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Posts Tagged ‘思考’


「20年追い求め、やっとその時代到来か・・・」


   


     6月 11th, 2013  Posted 12:00 AM

「スカウター」と名付けました。
エスノグラフィーという民族の個人的な、
視覚性と情報性を考えて見れば、そこに必要な情報を。
この思考を20年熟考してきたのかもしれません。
大学人になる前に、ある大企業とある省庁とへの提案は、
すぐにベンチャー企業ができました。
しかし、この発想はとても早すぎたのでしょう。
「売れること」より、技術進化の方向を示していました。
1996年、大学人になって、
この提案は「ディレクター」で制作し中国の学会で発表しました。
それ以来、私にとりついた技術展開概念とデザイン対象でした。
私は「映像」を全体像で追いかけてきた実感があります。
当時思いついていたアプリケーション、
自転車競技、カーレース、学術用途、医学・手術、音楽など、
この領域にこれは最適な、言わばヘッドマウントディスプレイ。
私が、気づいたのは、
目の前が真っ暗な映像が見えるモノは船酔いすることでした。
これは人間の生理がまったく受け付けない代物ということです。
にもかかわらず、未だにこの商品化をしている企業は実験不足。
話題になっているGoogle Glassは、
元のアイディアは日本産だと断言できます。
現在、評価版があるらしいのですが、
私は根本で4つの疑問を持っています。
今それを明らかにすることはできませんが、
この4つを日本が進化させたなら、
彼らのあの商品価値は劣ることは間違いありません。
20年前の発想は、何も変える必要はありません。
私は、「技術がデザインを実現できなかった」と思っています。
ということは、
デザインは常に技術への提言を持っているべきだと考えます。
たとえば、Apple社は、かつて「Knowledge Navigator」という、
パソコンが秘書になることを提言していました。
現在すでに、iPadであれ、Cloudであれ、
私たちの日常には、当時のデザイン思考以上の志向性があります。
デザインは100年先を考えていいわけです。


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「三つの革命を促してくれた『光造形』デザイン」


   


     5月 8th, 2013  Posted 12:00 AM

私は大学人を選んでもう18年目になります。
なんとしても自力でやりたかった事が「光造形」でした。
それ以前に心臓発作で何度か倒れて、
結局、162日間入院して担当医への質問攻めをしました。
流石に担当医は、一般書から専門書を私に貸していただきました。
私は人体が中空な物の集合体だと思ったのです。
「光造形」は大学でそれなりの設備が無ければ不可能でした。
様々なトポロジーの代表形態を想像力で、
当時のEWSと3D-CADでは、とても困難でしたが、
とりわけ、私を惹き付けていたのは心臓でした。
それは私がやがては「心臓障害者認定」までなりましたが、
これは見事に空洞の中に中空なパイプがトポロジー空間でした。
私は、次の三つを次世代の革命と予想して、
講義や講演ではその具体例をグラフィカルに見せていました。
  ● 遺伝子革命・・・iPSが具体例
  ● 光重合革命・・・光造形から3Dプリンターへと進化
  ● 電磁波革命・・・エネルギー(水・食糧・電力)を意図
この三つの予測はほぼ的中していたと思います。
それでも、おそらくデザイナーとしての半分は、
この進化や連鎖を思考し、具体例を「見える形態=言語」へと、
私は様々な概念や理念で希求してきたと思います。
もっとも私はデザイナーですから、
その世間的な信頼性はいつでも、
「デザイナーは外観の造形専門家」とみられてきました。
しかし、美大時代から、
「デザインは造形という手法で問題解決を提示すること」でした。
したがって、
遺伝子革命や電磁波革命は、
私の科学性=知識性を高めてくれましたから、
直接的ではなくとも、
私の「造形手法での問題解釈」を支援してくれました。
そして、「光重合」では光造形システムから、
3Dプリンター、さらにはこれを取り巻く環境までを知りました。
しかも、この三つの革命は、やっと入り口にきたようです。
私が特に3Dプリンター素材に拘っているのは、
「中空」です。
そうした素材が、「危機解決」という、
人間として生存する日常での最適な応答・回答・解答こそ、
この国難・日本の産業に出来ないかとさえ思っています。


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「一筆書き・問題・立体化できるだろうか」


   


     4月 29th, 2013  Posted 12:00 AM

ブレーゲルという川に七つの橋があるそうです。
その七つの橋を2度通らないというルールで、
出発点はどこでもいいけれど、全ての橋を渡って、
元の場所に戻ってこれるだろうか、
という伝統的な問題があります。
これは「ケーニヒスベルク(現・カリーニングラード)の問題」
という名前の「一筆書き問題」です。
名古屋市立大学当時に、
大学院では
「光造形システムでのトポロジー形態の制作」に関わる修士論文で、
必ずまず、「オイラーの解」として冒頭に記載されました。
それは、レーザー光線で液体のエポキシ樹脂を形態制作する手法で、
特に「形態を支えるサポートづくり」を考える
普遍的な思考を追随するのに、
基本的な思考方法に至るためのトレーニングになりました。
左に「メビウスリング」が、
光造形モデルとそのワイヤーフレームがあります。
右は同じ「メビウスリング」をテープを一点で表裏逆に一回すれば、
テープ真ん中線上で切断するとそのテープは大きくなるだけです。
ところが、2点で表裏を逆・逆として切断すると、
リングは二つに分断されて二つのリングが鎖になります。
試してみて下さい。
これは「手品」にして見せることができます。
これまでの話を理解する必要があります。
そうすると、ラインで面を造ることが出来ますが、
そのラインを話題の3Dプリンターで0.6mmのラインを射出させながら、
たとえば、中央下の「ハイヒール」を造るとしたら、
どのように形をライン書きから、
「一筆書き」していくことが出来る時代になったようです。
3Dプリンターは、確実にインターネット上で
真っ当な展開をしてくれることを願うばかりです。
私が心配しているのは、インターネットがこのままの資本主義では、
相当に無理があるでしょう。
しかし、時代は良貨は悪貨を駆逐するという人間界の癖があります。
私の癖は、私の人生において、
この癖に最も喧嘩を挑んでいます。


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「『危機管理デザイン賞』を創設しました」


   


     8月 2nd, 2012  Posted 12:00 AM

2023.8.1・昨日、日本は世界に向けて本賞を設けました。
わが国は、伝統的、四季的、自然環境と日常生活を
堅固に結びつけてきた美しい花綵の国ですが、
一方では、自然災害、台風、地震、雷に晒されてもきました。
ところが、最近では地球温暖化などで、
気候状況は、竜巻、大豪雨、落雷など
とんでもない危機状況に入っています。
3.11は当然ながら、今後の南海トラフや火山爆発も予知されています。
まず、自然環境での危機回避があり、
人災は、学校のいじめ問題から原子力発電、放射能はもちろんのこと、
テロから企業へのスパム攻撃まで複雑化と多様化と回避困難が拡大です。
よって、本賞を設けることで、危機管理産業から危機管理制度設計まで、
モノのデザインとコトのデザインを顕彰してその活性化を目指します。
本賞のシンボルマークには、「ヘルメスの杖」を引用しました。
アスクレピオスの杖やヒギエイアの杯も検討しました。
つまり、この賞には、
人類が歴史的な命の守護をどういうシンボルに象徴してきたか
ということに焦点を絞りました。
「生きる」こと、「生き延びること」、
危うい事や「まさか」、「いざ」という危険性=命の防御、
その象徴を求めました。
したがって、このブログでも、
ヘルメスやアスクレピオスなどについてメモ記述をしてきました。
それは、私の思考メモでした。
「ヘルメスの杖」への異論が存在していることも十二分承知し、
しかも、「ヘルメス学」という知的歴史性をテキストにした結果の、
マークとロゴタイプの統合シンボルです。
この賞シンボルは、本賞創設とともに、
危機管理産業・モノデザインと危機管理制度設計・コトデザイン、
その展開・アプリケーションを完備させました。
ここで紹介していくつもりです。
無論、本賞受賞によって、あらゆる「想定外」=「まさか」を回避し、
「いのち」を本賞選定基準からもう一度、
見つめ直すモデルケースを普遍化していきます。


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「ハングル=表音文字・その根幹にある意味性」


   


     7月 27th, 2012  Posted 12:00 AM

パソコンが登場したとき、
韓国語・ハングルが世界で最も有効な文字体系と言われました。
私は、「ことば」と「かたち」の相対論的な思考を
一つのデザイン手法にしています。
日本語・かな文字:漢字=表意文字→象形文字については、
かなり辞書的に覚えてしまっています。
アルファベットも本来の原典であるヒエログラフ、
26文字はすっかり記憶しています。
アルファベットは表音文字という認識がありますが、
本来は象形文字と考えるべきです。
まさか、ハングルにまで及ぶとは思ってもいませんでしたが、
スタッフに韓国の子がいて、徹底的に調べ直しました。
そこで、このような図解から
ハングル文字を「形態論」として組み立てる可能性がありそうです。
五行思想はそのままハングル文字要素に適用出来ると考えています。
無論、韓流ブームは私にも届いていますから、
「少女時代」か、「KARA」か、という論争は学生と大議論にもなります。
私?
そりゃ「少女時代」でしょう。
ということも含めて、
やはり隣国ですから、
韓国語はマスターしなければ行けないのかも知れません。
そういえば、昨年、一年でフランス語会話マスターを
学生たちに宣言しましたが、細々と続けている次第です。
だから、宣言はしませんが、
韓国本国よりもハングルがどう構成されて、
表意性が相当にあるかは、
絶対にマスターしておきたいと思っています。


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「憂国のパロールの思考定本から知ること」


   


     7月 18th, 2012  Posted 12:00 AM

祖国への憂国はずーっと心にありました。
特に、海外に出ると比較することができます。
良いところ、ダメなところ、必ず心に残ります。
それでも日本は素晴らしい祖国、
それなのに憂いは拭い去ることができませんでした。
当然です。
人は、生きていることが死に向かっている不安を、
そのまま祖国への愛着と重ね合わせることができる、
そんな知性と感性を人は持っているからでしょう。
友人・松岡正剛氏は「連塾」最後に25冊の書籍を紹介してくれました。
その中に、エドマンド・バーク「崇高と美の観念の起源」がありました。
本棚にありました。読んだ記憶はありましたが再読しました。
彼の近著「3.11を読む」をテキストに、
私は、この三冊を憂国のパロール、
いやナラティブ・セラピーとして選んでいます。
松岡正剛は、ポール・ヴィリリオ「情報化爆弾」を紹介しています。
私は「民衆防衛とエコロジー闘争」を挙げたいと思っています。
そして、ウルリヒ・ベックの「危険社会」と「世界リスク社会論」を
まずテキストにしておくべきと考えます。
「憂国」はすでに「対立」も「衝突」も
超越した思想の創出でなければなりません。
その思想らしきことに近接するデザインを
祖国=日本のためにと考えています。


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「今年革新だった万年筆を再度確認」


   


     7月 14th, 2012  Posted 12:00 AM

パーカーの5thが発売になったときすぐに紹介しました。
なにしろ、筆記具はプロにとって、
重大で大切な道具であり、私の「意志のメディア」だからです。
「意志メディア」とは、思考結果だけではなくて、
筆記具グリップ感が、
意志を決定してくれる媒介であってほしいということです。
そして、今年度の文具大賞では、
プラチナの「インクが筆軸内で乾燥しない」万年筆が登場しました。
文具大賞の表彰式後にプラチナ万年筆の社長さんと立ち話をしました。
もっと高額で高級品も絶対に商品化してほしいこと。
日本の筆記具は世界的にも最高の技術的成果がありますが、
どうしても、海外の有名ブランドの十分の一価格です。
それには幾つかの「負け要因」がありますから、
その「負け要因」の話をしました。
呉竹の万年筆ペンも社長さんと話ができました。
今年はなかなかいいモノが出来ました。
これにも「負け要因」があります。
そして、私にとっては「スケッチが描ける万年筆」です。
パーカー5thは、どうしてもスケッチペンには不向きです。
まだプラチナには可能性があります。
結局はペン先・インク・リフィールそしてペン先の乾燥度合いが問題です。
かくなる上は、やっぱり自分のデザインで
世に問うことしか無いとも考えています。
パーカーは、万年筆風のペン先にこだわって、
リフィールを革新したことがポイントでした。
すでに、リフィールも、細字・中字・太字までそろってきましたが、
ペン先乾燥においては、まったく、プラチナには及びません。
プラチナもペン軸のデザインというより、
デコレーション=素材仕上げに高級感が望まれます。
この写真のような透明軸は「デモンストレーター」と呼ばれています。
大抵の万年筆ブランドには、
この「デモンストレーター」タイプアイテムがありますが、
プラチナはその筆頭でしょう。
しかし、この「デモンストレーター」タイプなら、
絶対にカートリッジやコンバータではないアイディアが欲しいのです。


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「語り部仕草は、再出発するべきです。」


   


     5月 31st, 2012  Posted 12:00 AM

松岡正剛「連塾」、その他の舞台演出は、
いわゆる講演スタイルにオリジナリティが顕著です。
私は、彼の講演での話し方、語り部仕草は、
まったくのインプロビゼーションであり、
観客を引き込む術において、
あるいは、プレゼンテーションとしては、
世界的にもトップランクだと思っています。
故スティーブン・ジョブスがプレゼンテーターとして、
最高の人物評がありますが、
私は松岡氏の方がはるかに彼をしのいでいると思います。
なぜなら、製品を題材に語るより、
抽象論理を語ること、文化の根底を語ることは
とめどなく困難だからです。
頬に押し当てた掌は、思考を巡らしているわけではなく、
不安や欲求不満などありえず、
いわゆる心理学でのパフォーマンスに深層心理表現は
まったく当てはまっているとは思えません。
彼の言葉に、「読欲」があります。
ともかく「本を読む」という欲求が強い人なら、
多分、頬杖ではない頬に掌は、私にもその癖があります。
だから、読欲あれば思索サイクルの表出が舞台上に出る、
そんなことはありえません。
すでに反芻された思考結果を語るだけだから、
観客は引き込まれるのでしょう。
ひょっとすると、写真撮影禁止だったのかもしれませんが、
私は、私記録としてシャッターを押しました。
ここで「連塾・最終回」のレポートをしたわけではありません。
「九景」として構成された最終回は、
なぜ、九景だったのか、
それも私には推測がついています。
彼の「自叙伝」がどうだったのかは、
書物となって出版されるでしょう。
おそらく、その「語り」と「身振り」による空気感までを
編集されることはとても困難だと思いますが、
その記録、あるいは・・・
私はその出版を心待ちにしています。
男として惚れ込んでいる「ち」としての松岡正剛です。
「ち」とは、
私が常用する「いのち・きもち・かたち」の「ち」であり、
知・血・地・致・智・値・治・置・稚など、
日本の森羅万象を受け止める統合的な百科的認識を表してます。
10年に及んだ「日本という方法」、
その結論を師範として松岡正剛は最後に提示しました。
それらが何であったのかも、
是非に出版を待っていただきたいと思います。
私はその出版を待って、再び松岡正剛を伝承したいと考えています。
「グレン・グルードのごとくありたい」と、
松岡正剛は声を詰まらせたとき、私も同様に胸が詰まりました。
私はあらためて、10年の結論こそさらに「日本という方法」、
それが3.11からの復興と復活の「ち」ゆえに、
松岡正剛は、その師範役を引き受けるべきと伝えます。
「連塾」は、9.11をもって開塾されたのですから。


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「スタイラスペンは、まだまだ進化が必要」


   


     5月 3rd, 2012  Posted 12:00 AM

スケッチで思考すること。
このことを職能に出来たことは私にとって幸運でした。
一番好きなことは「スケッチ」を描くことです。
それがデザイナーという職能につながっていることを喜んでいます。
しかし、ビジネス=金儲けにしていくことには
大きな抵抗そのものを抱いてきたことも事実です。
まして、デザインがビジネスのための大きな手段のために、
デザイン対価を経営者と論議することは苦手であり、
これまでどれだけ経営者と物別れを経験してきたことでしょうか。
デザイン対価以前に経営者の人柄や人品への敬愛から嫌悪感、
この振幅性に自分を沿わせることが本当に苦心惨憺でした。
さて、スケッチでも一番好きなのは「水彩風景画」ですが、
その次が、ボールペンと色鉛筆着彩、
そしてスピードライマーカー、水墨です。
油絵は美大時代に挑戦したことがありますが、嫌いです。
日本画には憧れがあります。
だからリタイア後に日本画画材での膠は研究するテーマにしてあります。
さて、プロとして、特に次世代デザイナーやその予備軍には
もうマーカースケッチは棄てさせています。
というわけで、私自身は、電子ペン・タブレットなどは
デザイナーのプロ道具と意識して、
そのような道具の進化に技法を私なりに研究し、
日常的なアイディアスケッチ程度まで自分もトレーニングをしています。
ようやく、iPadでのプロ的なスケッチ、
そのためのスタイラスも選択肢が増えてきました。
当初は自作をしてきただけに、
何が「手に馴染むか」ということがわかります。
そして達した結論は、
やはり、デザイン技法の基礎である「デザインストローク」から「運筆」、
さらに「草書」です。
つまり、様々な筆記具・鉛筆・ペン・マーカーから筆までが
指先と一致してくれることが肝要だと考えています。
しかし、どのような筆記具であれ、
もう一つの相互性は「紙質」との相性があります。
「紙墨相発」という言葉があるくらいです。
となれば、スタイラスとPad画面素材とのインターラクション、
「ハプティック性」が可能になることを期待しているということです。
5月末に、AppleStore銀座で、
私なりのスケッチの基本技法を紹介するつもりです。

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2月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 2nd, 2012  Posted 11:41 AM

2月2日 大安(癸巳)

思いついて(=アイディア)、
思い込んで(=思考)、
「発想・表現・伝達」を
自分に言い聞かせるだけでは、
説得には至らない。

『プレゼンテーションの極意』「わがまま」と「誠実さ」


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