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Posts Tagged ‘民族’


12月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 26th, 2017  Posted 12:00 AM

12月26日 先勝(丁亥)

右翼を自称する私も、
できることなら今後の人生を
海外で過ごしたいと思ってしまう。

理由は簡単だ。
日本という国家の行政や
日本人という民族性がすでに
崩壊してきているからである。

『デザインの極道論』量感


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『完全命中の投げる行為がミサイルであるという知識』


   


     10月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM

オリンピック種目である、やり投げ・砲丸投げ、この二つは不思議です。
それこそ古代にはやり投げも砲丸投げも対象物への命中技能。
それは狩猟する動物を的にしての体力と狩猟技能を競うこと、
そのゲームに過ぎなかったことです。
それだからこそどこまで遠方に投げられるかということでは無いはずです。
やり投げ・砲丸投げは古代体力の測定ゲームに成り果てたにすぎません。
人間には「投げる」という行為があります。
その最も機械工学的で最先端なモノとコトは、
ミサイルにその最先端技術があるわけです。
まさか自分の生涯に戦争の危機とは思ってもいませんでした。
と同時に、日本という島国国家観で最も欠落しているのは武器という知識。
おそらく世界的に最も無知識な民族が日本人でしょう。
理由はすこぶる簡単です。軍隊では無い自国防衛だけの
自衛隊という軍事集団がいますが、彼らの武器、
いや防衛システム機器については最も無知識な民族だと思います。
これは二度の原爆被災をし、さらに原電事故による放射能からも、
私たち日本人は原子爆弾の怖さはすでに語り継がれている物語性なのです。
だから、私たちはこの国を飛び越していく弾道ミサイルに
今では広島の何十倍もの威力ある水爆、
この怖さも物語性で語られているにすぎません。
したがって、私が今回も最先端のミサイル駆逐艦を差し出せば、
やっぱり川崎は右翼とか言われる始末です。
それならもっとこの危機迫る戦争それも電磁砲からミサイル駆逐艦までを
私は極右として提出します。
なぜなら、ミサイルはやり投げ・砲丸投げから進歩を重ねて来た、
機械工学の最先端の武器であるからです。
そして、こうした知識無きそれもデザイナーなどは、
真のデザイン=幸運で幸福な最先端的な知識無きデザイナーなのです。
最先端であるズムウォルト級ミサイル艦、この形態言語からのそれこそ、
重大なデザイン内容を熟知すべきだと私は考えぬく想像力が必要です。

* 『応答では移染と呼ばれるから真の解答が必要だ』
* 『大物主神から事代主神、このコンテクストの卓球台』
* 「海底資源探査船というわが国の技術は防衛されるべきだ」
* 「ロケットとミサイルはグッドデザインの問題」
* 「H2Aロケット・はやぶさ・しらせ=日本技術の結集象徴」


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『諦観からの発想でこの国家・民族が選ぶべきデザイン』


   


     10月 11th, 2016  Posted 12:00 AM

おそらくこれだけ落胆をさせたドキュメント番組は無かったでしょう。
日本、わが国の少子化と老人社会は、ローカルはもちろんのこと、
首都東京までも悲惨極まり無い状況が年毎に迫ってきています。
その具体的な事例を、東京、ローカル山村、破産都市・夕張の実態を観て
その破産都市への進行がまさに2020年オリンピックどころでは無いのです。
夕張には一度行ったことがあります。
SL列車、その最期の録音にオーレックスチームで出かけました。
当時でも、とても寂れた街でしたが、SLの蒸気機関車3連走は素晴らしく、
その録音はレコードになったほどでした。
当時、北海道での公立大学学長候補だったときには、
この街へのデザイン導入を、様々に発想して真剣に考えたこともあります。
しかし、現市長の給与や交通費は自腹というのを観ると、
なんと地方首長、地方の県市議会議員にこれほどの差異がと呆れます。
2050年まで自分の命は無いと思っていますが、
日本というこの国家、そして日本民族の未来の消滅を確認させられました。
ふるさと福井県も人口減少の進行が進んでいますが、
豊島区の20代の年収を知ると、結婚どころか「貧しい国家」は歴然です。
我々は今、諦観あるうちにredesign=諦めてこそのデザインがあるのです。

* 『silience=無意識だけれども重要な知的核心という解釈』
* 『忘れた頃にを想定内に!』
* 『1949.2.26日から生きている=死んでいく私』
* 「一極集中・東京が引き込んだ失策」
* 「喧嘩道には制度的なサンクションが作動する」


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『民族の色彩呼び名・?色を万年筆で確認する』


   


     10月 10th, 2016  Posted 12:00 AM

色彩には民族の色彩感が色の感覚がことばになっています。
「白」の色彩呼び名を一番持っているのがエスキモー民族です。
「緑」は確か中東の砂漠の民族だった記憶があります。
日本民族は「?」については世界で最も多く?の色彩呼び名を持っています。
オーディオを専門にやっている頃には、ポルシェブラックとか、
拳銃のガンブラックを相当に知っていたと思います。
無論、布や漆、茶道での陶磁器など日本の民族色としての「?」があります。
自分の万年筆では、新たな「?」が出てくるとその製造方法までを
徹底的に知りたくて、買い求めてコレクションにするとともに
「?」のいわゆる鏡面ブラック=ピアナ塗装からアルマイトなど
その万年筆で果たされた?色の絢爛豪華さから
しっとりとした?色が大好きです。
とりわけ、漆器の呂色や紋付き着物との対比では、「金色」との構成には
たまらない美しさがあります。そういう意味では、
万年筆で試されて、よくこの「黒色」や「金色」との組み合わせは、
自分には、万年筆で成功した「?色」が工業製品では最も製造方法が
一番、加飾手法としては最適なモノだと思っています。
そういう意味ではカメラは、たとえブランドメーカーは無論、
カーメーカーも遅れていると判定できます。
万年筆での「黒色」はデザイナーは知っておくべきことでしょう。

* 『コンセプトから逃走してほしい・・・』
* 「カラーの決定のために・HSB色空間」」
* 「赤と白、すぐに目に付く・・・」
* 「この画家をもっと知らせたい」
* 「欧州の紋章とタータンチェックから学ぶこと」


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12月02日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 2nd, 2015  Posted 12:00 AM

12月02日 赤口(壬子)

日本人が発想出来ない民族であること、
それには
二つの実例を私は体験している。

・「ブーム」流行を常に意識し、
その流行に自分をいつも沿わせてしまう。
・革新者の側に居て、
さも、自分が革新者という勘違いが多い。

私はこの実例者を一杯知っている。

川崎和男の発想表現手法


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『毎夏、再自覚決心の日』


   


     8月 7th, 2015  Posted 12:00 AM

子供の頃から、ヒロシマ・ナガサキは正直よく分かりませんでした。
修学旅行でヒロシマ原爆記念館に行ったときも、
歴史の一コマ見学でしかなかった気がしています。
しかし、留学生をインドから受け入れたときに、
彼女が「パキスタンにインドは原爆実験で勝った」と聞いた瞬間、
私はなぜか激怒し、彼女を広島と長崎に行かせました。
帰ってきた彼女はその小旅行の経験を話して大泣きしました。
それが日本留学=インドのデザイン官僚としての最大経験でした。
ところが伯父(母の兄)から、ある日手紙が来ました。
伯父は80歳傘寿になって、
「自分は徴兵、広島で郵便兵のとき被爆し、被爆手帳を持っている。
元気で暮らしてきたがこれまで誰にも言わずに生きてきました」と。
その伯父と私は親戚でも容貌が似ていると言われてきましたが、
私は被爆者である事を隠さないと生きてこられなかった伯父を
改めて敬愛しました。彼は高卒ながら有名大企業の社長室長までを
自力で成し遂げただけに、凄い人と思っていました。
ところが、これほど身近に被爆経験者でありなおかつ80歳まで
隠して生きてきた伯父の気持ちを想うとさらに尊敬を深めました。
「被爆者であることを隠さないと結婚もできなかった」らしいのです。
父は七年半、青春を戦争従軍で終わりながらも、
伯父が被爆者だとは知らなかったはずです。
私は、終戦となるためにふるさと福井も徹底的に空爆被害をうけ、
敗戦をするにはどれだけの人命が失われてきたかを受け止めています。
毎夏、私たちはこの日、多くの人命を失った敗戦事実を
受け継いでいくことを再決意しなければならないでしょう。
ヒロシマ・ナガサキ、そしてさらにフクシマの被爆体験こそ、
日本人であるアイデンティティを「平和」に差し出す能力だと考えます。
「決して戦争をしない民族」という理性的人間である自覚こそ、
それが日本人だと確認することが出来ます。


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2月1日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 1st, 2015  Posted 12:00 AM

2月1日 戊申(赤口)

喧嘩の大事には、軍事があります。
軍事を単純な暴力事件の大事というのは
明らかに間違いです。

国家間の大喧嘩は軍事になるやも知れません。
民族間の大喧嘩も軍事になるでしょう。

しかし、宗教間での喧嘩は、軍事ではありません。
軍事における「情勢報告」=情報であり、
情報戦とは軍事ですが、喧嘩道の美学には
決して至らないことは明確になってきました。

川崎和男「喧嘩道」


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『日本の国家プロジェクトはとても優れていたのに!』


   


     11月 17th, 2014  Posted 12:00 AM

現代の日本は、現代の日本を履き間違え、穏便さこそ、
知性ある国家、国家姿勢だという貧弱さがありすぎます。
ユネスコにはへつらいISOこそ遵守すべきであり過激さを控えること
これは大間違いで、密漁?、とんでもない強奪を見逃しています。
すべてが不満はいだきつつも、ひたすら遠慮をしていればいいとは、
私はこの国家プロジェクトを思い出すべきだと思っています。
狩野芳崖の「悲母観音像」、このたった一枚の絵画に、
日本の国際的な立場を表した国家意図があったのです。
仕掛けたのは岡倉天心です。
西洋列強の欧米に対して、
日本そのアイデンティティをこの絵画一枚、
これで語り尽くした気概を思い起こすべきだと私は主張します。
領海内の強奪者には、聡明な武力を行使すべきです。
聡明な武力とは戦争ではありません。
この武力で、拉致被害者を取り戻すべきです。
フクシマの真実を明確に、
間違いだらけの再生可能エネルギーなんてありえぬことを、
単なる玩具にすぎないモノをロボットと勘違いなどさせないことを、
私は留まることができないほど、この喧嘩を売る覚悟です。
武力は、敗戦国家を狂わせてしまったと言っていいでしょう。
武力とは、戦争手段としての武器を使う事だけではありません。
この絵画は武力です。
武力の真の意味とは、文化という攻撃不可能の事態で対峙することです。
私は自分の講演では肝心な時にはこの絵画スライドを最終に使います。
悲母観音像を西洋は見て,
あの小さな島国にもマリア様は存在していたのか、
いやもっと偉大な母と子の観音像シンボルを持ち得る民族という証明です。
明治維新直後に、このたった一枚の絵画が武力だったのです。
この武力を国家プロジェクトで、島国を守りきった気概を
私たちは忘れていることを思い出す必要があるのです。
これは岡倉天心の策略=デザインでした。
策略としての難問解決は語り切ったのです。
「美しいモノに囲まれれば,美しく死んでいくことが出来る」と。
これこそ、人類普遍の命題であり、最大の武力です。
なにもオリンピックが、おもてなしが、最高ではありません。
無論、現代的には必要なことですが、
かつて、この絵画一枚が武力=国家プロジェクトだったことを、
私たちは忘れてはいけないのです。

「貿易立国最初の輸出品・九谷焼き」


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「20年追い求め、やっとその時代到来か・・・」


   


     6月 11th, 2013  Posted 12:00 AM

「スカウター」と名付けました。
エスノグラフィーという民族の個人的な、
視覚性と情報性を考えて見れば、そこに必要な情報を。
この思考を20年熟考してきたのかもしれません。
大学人になる前に、ある大企業とある省庁とへの提案は、
すぐにベンチャー企業ができました。
しかし、この発想はとても早すぎたのでしょう。
「売れること」より、技術進化の方向を示していました。
1996年、大学人になって、
この提案は「ディレクター」で制作し中国の学会で発表しました。
それ以来、私にとりついた技術展開概念とデザイン対象でした。
私は「映像」を全体像で追いかけてきた実感があります。
当時思いついていたアプリケーション、
自転車競技、カーレース、学術用途、医学・手術、音楽など、
この領域にこれは最適な、言わばヘッドマウントディスプレイ。
私が、気づいたのは、
目の前が真っ暗な映像が見えるモノは船酔いすることでした。
これは人間の生理がまったく受け付けない代物ということです。
にもかかわらず、未だにこの商品化をしている企業は実験不足。
話題になっているGoogle Glassは、
元のアイディアは日本産だと断言できます。
現在、評価版があるらしいのですが、
私は根本で4つの疑問を持っています。
今それを明らかにすることはできませんが、
この4つを日本が進化させたなら、
彼らのあの商品価値は劣ることは間違いありません。
20年前の発想は、何も変える必要はありません。
私は、「技術がデザインを実現できなかった」と思っています。
ということは、
デザインは常に技術への提言を持っているべきだと考えます。
たとえば、Apple社は、かつて「Knowledge Navigator」という、
パソコンが秘書になることを提言していました。
現在すでに、iPadであれ、Cloudであれ、
私たちの日常には、当時のデザイン思考以上の志向性があります。
デザインは100年先を考えていいわけです。


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「風と自然、自然と風」


   


     4月 4th, 2012  Posted 12:00 AM

強烈な低気圧はまるで台風のようでした。
わが国の自然は「風光明媚」と言われるほど美しいのです。
しかし、その「風光」は、時に荒れ狂います。
春一番というのは、まさに日本の自然の優しい「風光」ですが、
荒れ狂う風は、自然の猛威に等しい。
仏教思想での五大思想には、明確に「風」が含まれています。
そして、日本には三つの風があるということになっています。
まず、山から吹き下ろす風、
海からやってくる風、
そうして、もう一つは瀬戸内海に吹き渡る風です。
それは、全国各地に吹く様々な風の名前を研究しつくした事典があります。
「風の事典」は長年の研究成果がまとめられ、
そこに日本の風がすべからく詳説されています。
特に、海の仕事に関わる人にとって、
「風の名前」は、彼らの生活を決定づけているほど重要です。
それこそ、自然との関わり方が
「風」を媒介して行われていることを証明しています。
風にはそのたおやかな吹き方から
荒れ狂うまでの程度があるということです。
それはまさに自然と日本人のつきあい方を決めていること、
そのことに等しいということでしょう。
先日晴れわたった石巻の海岸線や女川の高台から眺めた海は、
穏やかで、あれほどの津波を及ぼしたことなど嘘のようでした。
「風が吹く」ということは、
自然界であると同時に、
まさにメタファーとしての「風のごとく」に等しいと思います。
自宅にて、外には大変な風が吹き荒れていることが分かりました。
あらためて、私たちは、「風」に対しての感慨を
そのまま自然観としてきたことを精査しなければなりません。
1000年に一度であれ、100年に一度であれ、
私たち日本人が、どのような自然に包まれて、
どのような風に吹かれている民族なのかを考えること、
そのことを今教えられているのでしょう。
自然に抗うことなく、
風を受け入れるどのような姿勢が
最も大事なことなのかを考えてみたいと思います。

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