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Posts Tagged ‘古代’


2月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 17th, 2021  Posted 12:00 AM

2月17日 赤口(丙申)

『基層としてのデザイン』

されど、
我らが日本の文化は、
古代よりすでに
「物語る」という
言の葉を携えてきた。

artificial heart:川崎和男展


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『ペリカン社の万年筆とそのインクについて取材から』


   


     10月 18th, 2017  Posted 12:00 AM

昨日はもう20年前にあるデザイン誌、
今もありますが、現在の編集長は彼女の存在、
その実質性や貢献性を知らないのではと私は想像しています。
その編集長だった人が、現在の大手出版社で私を紹介。
私は万年筆、それもドイツのペリカン社記事での取材を受けました。
以前、このブログでドイツにあるモンブランとペリカンを紹介しましたが、
改めてペリカン社の万年筆をこれを機にクリーニング。
それは2日がかりで先ずは水洗いして
万年筆タンクとペン先を調整することができました。
これは私が収集している万年筆がワイフに全て分かってしまうこと、
案の上、「なぜ、こんなに!呆れる」、仕方ありません。
ともかく、ドイツでは代表的な万年筆メーカーですが、
モンブランとの書き味を確認していくうちに、
こんなにも収集してしまった結果です。
取材では、通常は使うかもしれないそんなシーン毎のペンと、
最高級ペンと私が認めているペンを見せました。
これもと思ったのは、万年筆で商品化されている黒・ブラック仕上げ。
これらは気がついたらペンケースは、
ほとんどがペリカン社だったのです。
私が知っていることでは、作家の人は万年筆は結局、
ペリカンに戻るほど、ペン先の柔らかさは日本人には合っているようです。
そして、先般は終活と思ってインクを相当に廃棄しましたが、
ペリカンのインクは7瓶もありました。
それは万年筆インクの色彩は、すべからく私が最も気にいっていたから、
全く廃棄しなかったのだとこの取材で気がつきました。
それこそ、たとえば、青系=ブルー色は古代から難しかったのです。
青色は、海と山と空の色で色彩が区別出来るのです。
ウルトラマリンは海の色、スカイブルーは空の色です。
それこそ山・鉱物の色であるラピスラブリは素敵な色で、
江戸時代に加賀藩がもてなしの色にしたほどの色です。
だから青色LED がどれほど優れていたかを再確認できるのです。
正直、私は万年筆はほとんど黒色に拘っていて、これは万年筆インクを
決定的に確かめるには最適だとある理由するあるのです。
それでも、色彩的に気に入っているのはペリカンでした。
そして残念ながら、国内に万年筆メーカーはとても優れていますが、
海外メーカーほどの商品価値がありません。
そしてスマイソン社に特注したノートには、好きな詩を書いています。

* 『万年筆のミュージックタイプとインクで筆跡品格が可能』
* 『イコン=アイコンが明解なモンブランとペリカン』
* 『ペンホルダーある組み合わせの筆記具は自分表現』
* 『最高級品=最高価格であるべき万年筆の登場の意義』
* 『インク、インク瓶を初めて整理しました』


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『完全命中の投げる行為がミサイルであるという知識』


   


     10月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM

オリンピック種目である、やり投げ・砲丸投げ、この二つは不思議です。
それこそ古代にはやり投げも砲丸投げも対象物への命中技能。
それは狩猟する動物を的にしての体力と狩猟技能を競うこと、
そのゲームに過ぎなかったことです。
それだからこそどこまで遠方に投げられるかということでは無いはずです。
やり投げ・砲丸投げは古代体力の測定ゲームに成り果てたにすぎません。
人間には「投げる」という行為があります。
その最も機械工学的で最先端なモノとコトは、
ミサイルにその最先端技術があるわけです。
まさか自分の生涯に戦争の危機とは思ってもいませんでした。
と同時に、日本という島国国家観で最も欠落しているのは武器という知識。
おそらく世界的に最も無知識な民族が日本人でしょう。
理由はすこぶる簡単です。軍隊では無い自国防衛だけの
自衛隊という軍事集団がいますが、彼らの武器、
いや防衛システム機器については最も無知識な民族だと思います。
これは二度の原爆被災をし、さらに原電事故による放射能からも、
私たち日本人は原子爆弾の怖さはすでに語り継がれている物語性なのです。
だから、私たちはこの国を飛び越していく弾道ミサイルに
今では広島の何十倍もの威力ある水爆、
この怖さも物語性で語られているにすぎません。
したがって、私が今回も最先端のミサイル駆逐艦を差し出せば、
やっぱり川崎は右翼とか言われる始末です。
それならもっとこの危機迫る戦争それも電磁砲からミサイル駆逐艦までを
私は極右として提出します。
なぜなら、ミサイルはやり投げ・砲丸投げから進歩を重ねて来た、
機械工学の最先端の武器であるからです。
そして、こうした知識無きそれもデザイナーなどは、
真のデザイン=幸運で幸福な最先端的な知識無きデザイナーなのです。
最先端であるズムウォルト級ミサイル艦、この形態言語からのそれこそ、
重大なデザイン内容を熟知すべきだと私は考えぬく想像力が必要です。

* 『応答では移染と呼ばれるから真の解答が必要だ』
* 『大物主神から事代主神、このコンテクストの卓球台』
* 「海底資源探査船というわが国の技術は防衛されるべきだ」
* 「ロケットとミサイルはグッドデザインの問題」
* 「H2Aロケット・はやぶさ・しらせ=日本技術の結集象徴」


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『ふるさと福井はまだまだ恐竜の聖地になれる』


   


     9月 22nd, 2015  Posted 12:00 AM

私の記憶では勝山市北谷で、恐竜の小指発見が、
わがふるさと福井を恐竜の街にしたようです。
昔、恐竜の本物を米国の自然史博物館で観ました。
その圧倒的な巨大さがありましたが、
現在はデザインされた妙な展示で面白さが消えています。
そういう意味では、ふるさと福井駅に着くと、
正直、金沢駅の華やかさは全くなくて、
まさに田舎街ですが、「ここまで恐竜か」と驚きます。
先般も「羽二重」織物工業の青年部会指導に帰ってみると、
工事現場の看板にまで用いられ、
様々な恐竜には「フクイなんとかザウルス」まで、
どんどんと発見されているようです。
そして恐竜博物館は、ボランティア組織での運営など、
新たな博物館のあり方としては注目。
全国の小学生男の子たちには「聖地」が勝山市だそうです。
私も一時期は恐竜の名前や図鑑を一通り完読。
男の子にとっては、
とめどない古代への夢のロマンあふれる恐竜たちです。
最近では、羽毛もあったとか、まだ恐竜の実在的な色彩も不明ですが、
アルゼンチノサウルスやディプロドクスの巨大さは、
長さが30mで100tとか聞くと、これは船舶と同等の大きさに感じます。
今は自宅には唯一のティノサウルスが一頭います。
いわゆる巨大動物は象やキリンやカバ程度でも
彼らの大きさは実感できますが、
こうした恐竜たちが生きていた時代となるとそれは想像を絶します。
勝山市北谷近辺は加越国境の山々が、大長山から烏帽子岳などが、
白山山系の手前にあり、高校時代にはすべて縦走しています。
今でも白山手前への加越国境の山々はすべて名前と、
高校時代に縦走していた思い出が重なります。
この縦走訓練が、
大学時代の後立山・立山・剣岳それから針ノ木峠に出て、
そこから一気に大町駅に下ることを4年間やっていました。
私が高校時代には勝山市北谷ならば、イワナが捕れる山系でしかなく、
まさか、この勝山市が恐竜の中心地となって、
福井県が恐竜の街として、これほど私が帰省するたびに、
ここまで恐竜で語っていると思うほどですが、
プロのデザイナーとして、地方活性のシンボルとするならば、
まだまだ知恵不足なことは確かなようです。
もっともっと、「恐竜の聖地」になっていってもらいたいものです。


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「今夜はまとまらず」


   


     12月 15th, 2011  Posted 12:00 AM

このところ、取りつかれています。
なんとしても、年内にまとめておかないとと思いつつ、
今夜もまとまらず、
それは、古代原始キリスト教的言葉です。
きっとまとめます。
特に、医学系研究科での講義においても、
「医療サービス」対「医療制度」、
このインクルーシブデザインにとっての大きなヒントです。
84兆円で201万人の雇用を2020年には・・・・
このヒントへ近づくために。

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『資本主義からの逃走』
  「花綵には、景観論の要因に花鳥風月あり」


   


     12月 8th, 2009  Posted 11:49 PM

私が、「花鳥風月」に心酔していくとは思わなかった。
「花・鳥・風・月」が、日本人デザイナーとして、
本当に真剣に取り組み出したけれども、
まだ、それらを自分のデザインに取り入れてはいない。

しかし、私には独立すぐに、ある連載がありました。
「流行通信」でした。
二回で降ろされました。
MusicとAudioのページをいただいていました。
1980年です。
これを覚えていただいている人がいました。
当時は、赤坂にstudioがありました。
匿名的なデザインで、
かなりのヒット商品を出していました。
Musicもレコード会社から新譜が届き、
AudioはすでにMusic Synthesizerに取り囲まれて、
JBL4343も手に入れていました。
それは今も4回半、チューニングして使っています。
「流行通信」で、「景観論」を書いてしまい、
編集部から、すぐに、連載はストップでした。

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さてこの当時に私は「花鳥風月」に入っていきました。
景観は、「風」と「月」の異変に、
本来の意味があることに辿り着いたのです。
そこから、私は「景気」という言葉と「景観」に、
大きな「花綵の体系」が伝統美学となっていると
確信をしました。

「月」には満ち欠けがあります。
「月食」は、古代にはとても恐怖だったことでしょう。
「風」は、花綵の国には微風から台風まであります。

「景観論」と「景気論」は、
ある連関方程式があると思っています。
それを、「美しい方程式」とすれば、
私のデザイン造形=造形言語は、
「デザイン数理学」の一つになるでしょう。
もし、私がそこまで行き着ければ、
マルクスの「資本論」を絶対に、
「デザイン」という手法で
「モノのデザイン」で超越してみせます。


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