kazuo kawasaki's official blog

Archive for 6月, 2015


『ノート形式』、その使い勝手はまだまだ拡張する


   


     6月 30th, 2015  Posted 12:00 AM

この企業の新商品はほぼ常連のごとく、
商品づくりにおいて、徹底したきめの細かさがあります。
それだけに、今度はどのような商品をと気がかりですから
多分、毎年それは企業ストレスになっているかもしれません。
しかし、企業とは、「企」という文字の象形文字意味には
明らかに、つま先をたてて遠くを見つめて案を決定している、
その原意がありますから、企業とは未来づくりだけが
常に求められていて当然だと考えます。
よって、デザイン主導でなければなりません。
さて、またしても新しいノートが登場しました。
当然のこと、紙質からシリーズの外観的な意匠は優れています。
しかし、
このメーカーはこれがデザインだということを超えようとしています。
ノートゆえにノート性能だけではなくて、
それ以上に、ノートには何を記述し、それはどのような発想、
すなわちアイディアの記述性にまでを目論んだ
問題解決を成し遂げています。
それは、ノートといっても、文房具の基本をさらに詳細に
使い勝手を拡大しています。
今回このノミネートと、当然の受賞から、
私は、まだまだノート類の用途開発と
ノートというものの拡張性があることを知ることができました。
もちろん人間には「考えること」と「思うこと」は同次元ですが、
実際は大きな違いがあります。
それはこのノートを思考の道具としてユーザーに
ノート形式を横型にして、横型柄の紙面を準備しています。
それはユーザー自らが、
このノートをどのように使っていくかを問いかけています。
惜しむらくは、このノートには海外製ノートの
バインディングのゴム素材までを新規にしてほしいことを望みます。


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『森羅万象悉紙也』=ペン先メインテナンスの紙


   


     6月 29th, 2015  Posted 12:00 AM

文房具の審査会に出るためには、
私は国内外ほとんどの商品は熟知することを義務にしています。
しかし、新商品の登場を会場で初めて知ることもあります。
それがこの審査会の大きな楽しみになっています。
今回、この商品を見たときに、日本という国は、
なんとこのような紙製品を創り出したことにびっくりしました。
私自身が万年筆の収集趣味があり、万年筆においては、
そのペン先の重要さを知っているだけに布地にしても、
ちょうどペン先清掃の布については、
繊維質との兼ね合いがあると良くないことも知っていました。
私は和紙についてもプロだと自認しています。
「森羅万象悉紙也」という越前和紙職人さんとの越前和紙もあります。
紙は和紙と洋紙の違いも十分に知っていますが、
万年筆のペン先、そのメインテナンス専用の用紙までが開発されました。
今、おそらくティッシュペーパーなどでは、
その紙質の繊維によって、マイナス面があります。
私は私なりに選んだボロ布をペン先、ペン軸内外それぞれに使っています。
そういう意味では、ここまでの商品開発をするというのは
日本人だからこそ、心配りのある商品であると思います。
万年筆と紙との適合性を謳いあげたノートや便せんなどもありますが、
私は、この適合性については、やや疑問の商品もあります。
それは、万年筆のインクの染みこみ方だけでは語れないのです。
重大なのはペン先との適合性があります。
そういう意味では、
ペン先のメインテナンス性だけに特化したモノづくりは
特筆すべき新たな商品アイテムの提案になっています。


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6月28日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 28th, 2015  Posted 12:00 AM

6月28日 大安(乙亥)

「喧嘩」は
勝ち負けがあるが、
「喧嘩道」には
勝ち負けは無い。

必ず、勝つことであり、
それは克つことが決定している。

川崎和男「喧嘩道」


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『商品のシリーズ化』は大きさの性能が全体機能である


   


     6月 28th, 2015  Posted 12:00 AM

裏面にマグネットが塗布されたモノは
シート・ボード・パッド、そしてノートと呼ばれる、
商品シリーズとして展開されました。
シートは携帯用のホワイトボードとして、
いわゆる黒板的な文房具として登場してからほぼ半世紀?
かもしれません。
この競合商品の市場競争を見てきた経緯があります。
そして、ノートと明示されたマグネット塗布の付箋的な、
「ノート」によって、
このシリーズは、単純には大きさ違いでしかありませんが
明確な文房具としてのポジションを決定したと評価できます。
なぜなら、携帯できるホワイトボードは、ただの黒板的なモノでした。
それなりには黒板的な用途であり、
それなりの用途的な感動はわずかだったはずですが、
それがボードになり、パッドになり、
適合したノートというマグネット塗布された適切な大きさが、
まるで付箋的な形式をこの商品で語ってくれています。
おそらく、この商品シリーズを決定づけたことが、
文房具として、何に使うべきか、というよりも、
どのようなために使うかを与えてくれるモノになっています。
言い換えると、Whatのためのモノから、
Howを紡ぎ出してくれる思考を
再質問してくれるモノとしての文具になっているということです。
おそらく、商品シリーズは、
大きさとカラーと材質でシリーズ化は可能です。
シリーズ化を成し遂げる根本としての大きさが、
同じ材質に限定されても、カラー化は使い勝手でも、
どのようなために使うべきかを問いかけてくれます。
この重要さを明快に与えてくれるマグネット塗布されて
「くっついてしまう」から、
新しい使い方を再考させてくれるモノになっています。


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6月27日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 27th, 2015  Posted 12:00 AM

6月27日 仏滅(甲戌)

「喧嘩」と「喧嘩道」には
大きな違いがある。

それは、
克己たりうる精神の有無である。

川崎和男「喧嘩道」


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『未来創世を象徴している地場産業産地でのデザイン』


   


     6月 27th, 2015  Posted 12:00 AM

デザインには二つの役割があると私は思っています。
かつては外観性や装飾性であり、
産業経済のための付加価値を支援する実務という理解が一般化しました。
確かに、デザイン、その源流的な職能意味であったことは確かです。
しかし、外観づくりや装飾性の設計実務は、
二つの明快な役割がはっきりしてきました。
それは「問題解決」と「未来へのモノづくり」、
その明確な方向性とモノづくり思想を与えることでした。
これはメジャー=巻き尺に過ぎませんが、
メジャー筐体は切削加工によって緻密に製造されています。
この金属、アルミやステンレスの精細な切削加工は、
新潟県の燕三条の地場産業によって製作され商品化されています。
燕三条の地場産業は、和釘産業の産地でした。
その地場産業は、釘づくりを金属加工へと時代の要求を先取りするために
デザイン=未来への産業としてのモノづくりに挑戦をしてきました。
これは、付加価値産業ではなくて、明らかに全体価値としてのモノづくり、
その基本をデザインに求めてきたことを高く評価しています。
しかし、大きな問題が残っていることも書き記す必要があります。
それは、価格設定に限界を与えてしまっていることです。
ブランド設定のためのデザイン投資が海外メーカーのブランド戦略に
まだまだたどり着いていません。
私自身が地方産業・地場産業・伝統工芸産業・中小企業全体が
未だに、デザインには「付加価値」しか求めていない傾向があることです。
それはこの商品にも、問題解決への未来的正解へのアプローチが未然です。
ここまでの精彩な切削加工ができるのであれば、
メジャーそのものへの未来的知識、その先取りが必要です。
私は願わくば、その詳細をこの企業に伝えたいと願っています。
しかし、この精彩で精細な切削加工アイテムを
拡大していくためのデザイン主導は優秀賞なること十分です。


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『現代に蘇った描くペン』


   


     6月 26th, 2015  Posted 12:00 AM

すでに自分が使っているペンが登場すると、
私は正直、個人的に迷いが出ます。
このペンは、ピニンファリーナといえば、
カーデザインでは、歴とした有名スタジオです。
したがって、このペンの登場を知るとすぐに私は
海外の通販で入手して使っていましたから、
このブログでも取り上げたことがあると思います。
審査員として、さらに審査委員長としては、
自分が使っているという主観性は、デザイン審査の経験からも、
私にはすぐに客観的な見方が生まれます。
一つは、審査員たちの評価をじっくりと聞くことで、
自分の主観性は抹消されます。
もう一つは審査委員の審査基準あるいは知識とセンスを再確認できます。
そして私がびっくりしたのはこの商品化には、
明らかに日本のモノづくりが基盤にあったことでした。
このペンは、紙質を相当に選びますが、
描くという行為は、欠くこと=紙質の表面を削り取って、
描くことは画くこと、書くことにつながっています。
しかも、ペン立てのスタイルでありながら、
ペン立て部位は、ペン入れになっている機能化が仕組まれています。
このペンは、いわゆる石筆=スタイラスと同様に、
欧州で発見された金属ペンだということです。
この商品が発表されたときには、
すでに金属そのもののペンはいくつか登場しましたが、
これが最高に熟考されていたスタイリングデザインが完成していました。
まさに今年度、デザイン=スタイリングという装飾性を現代ゆえに、
ペン立てとペンケースを解答としてしまった商品だと断言できるでしょう。
これが優秀賞になっていることで、
デザインはひとまず装飾的な機能性だけではなくて、
金属ペンとしての問題解決になっていることを確認してください。


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6月26日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 26th, 2015  Posted 12:00 AM

6月26日 先負(癸酉)

私に「喧嘩相手」になってほしい、
こんなメールがきます。

喧嘩相手が、基本は自分であることを
読み取っていないわけですから、
私は「無視」します。

無視というのは、
喧嘩の本質を知らない低レベル性を
私に差し出しているわけです。
この意味がきっと読み取れないでしょう。

川崎和男「喧嘩道」


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『やわらかい美しさのあるノート』


   


     6月 25th, 2015  Posted 12:00 AM

文具の基本は、ノートとペン。
人間のやや大げさに言えば、知的活動の根本ツールは、
ノートとペンに集約されます。
おそらくノートといえば、小学生の頃から大人になっても
知的活動を支える大事なモノです。
しかもこれほど安価であっても、
毎年その進化は目を離すことができません。
今年もいくつかのノミネートされたノート類を触って見て、
私はデザインの要である問題解決を成し遂げて、
なおかつ性能性・効能性・機能性を美しくまとめた商品として、
大手ノートメーカーなればこその解答商品は、
「やわらかいリング」で、
これまでの金属製リングの不満点を全て解決した、
このノートをデザイン部門賞にしました。
審査委員全員が納得できた美しいノートでした。
柔らかいD型リングが、
これまで当たり前だと思っていた金属丸形リングの欠点=問題点を解決し、
提示してもらえたことこそ、デザイン成果に他なりません。
デザイン部門なのか、機能部門なのかといえば、
この商品は当然、
品質やノート性能、存在感では、機能性はマスターしています。
それ以上にこのノートの佇まいには美しさが柔らかく存在しています。
おそらく、
このノートからの進展的な未来がイメージ出来ると判断可能だと、
私は思っています。
そして、このノートの柔らかな美しさに、
どのような鉛筆が、どのようなペンがふさわしいかということこそ、
ユーザーのセンスを決定させると考えます。
つまり、デザイン部門に求められている問題解決には、
この解答商品が、次世代のノート進化、
その想像性を拡大してくれるモノで無ければなりません。
そういう意味では、断トツの商品だったと思います。


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staffblog 6月24日


   


     6月 24th, 2015  Posted 1:11 AM

6月24日

来月7月16日に、
姫路市立姫路高等学校において、
講演を行います。

800名の高校生へ向けての講演です。

テーマ:「なぜ大学に行くのか」

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Posted in Staff


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