5月 7th, 2010 Posted 12:01 AM
度量衡
人の心が広いことを「度量が大きい」と言います。
「度量衡」の中で、「量」という概念が、
日本には無かったのでは、ということから、
私は、徹底的にこの「尺度」=これも大きな疑問でしたが、
調べまくった記憶があります。
無論、こうした尺度観は、中国から朝鮮を経て入ってきましたが、
日本では、私はやはり、「度・衡」だったという思いが強いです。
度・量・衡は、度=長さ・量=体積・衡=質量ですが、
さらに、度・量・権・衡で、権=重さを量る分銅を表していると言われています。
そして、この概念と実務は「国家制度」の根幹です。
なぜなら、「税」はこの尺度制度そのものの「政治体制」だからです。
したがって、度量衡とMedia Integrationはやがて、
「社会制度」へ展開することは間違いないと断言しておきます。
度
さて、度量衡の概念と実際、この基本的な発想は、
「度」という概念をわが国が理解して「量」ということへ
つながっていったのではないかというのが私の独断的な結論になっています。
つまり、「度は長さを測る」ことから始まったと考えることができるからです。
これは、私が「音」からスタートしたデザイナーだったから、
その印象に囚われていたのかもしれませんし、確信しています。
なぜなら、「長さ」を測る基準が何だったか、ということになります。
中国で「黄鐘」=「律管」という笛に心惹かれたからです。
世界的には、「長さ」は、ほぼ五つに分類することができます。
1・「人体から」・腕の長さ、身長、指など
2・「自然物から」・穀物、アワやキビの長さや幅など
3・「道具から」・鋼や糸、結び目など西欧の言葉に残っている
4・「人や家畜の速度から」・日の出の最初の光を見て歩く距離など
5・「物理的なモノから」・ここに私が推測し、現代につながる長さの基本
律管と光
こうしたことから、「度」は長さであり、
長さが分かってから
やっと「量」への概念が生まれたものではないかということです。
なぜなら、私流には、黄鐘=律管で「音」が違えば、
基準を決定する上で、
もっとも、「性能的な尺度観」ができると考えます。
現代、光の速さ=光速というのが長さを決定する基本ならば、
おそらく、「光」はMedia Integrationの基準ですから、
「度」は重要な概念として、
情報の度数は、「光」だと断言できます。
「光」の国家管理・国際管理が制度化するのでしょう。
やや乱暴な記載ですから、
「度量衡」はさらにメモを重ねていくべきだと考えています。
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5月 6th, 2010 Posted 12:01 AM
Qというアルファベット、
その文字としての変遷は、とても興味深くて、
変遷しながらも意味が普遍だったことに注目すれば、
QuantityやQuality、そしてQuestionにつながっている。
無論、ヒエログラフでは砂丘の斜面であり、
発音もローマ字q(ku)と同じだったらしい。
精子や水が形態的には、テールに表れています。
この発音はシュメール語に由来があるのかどうかは不明。
しかし、ヘブライ文字、フェニキア文字、エトルリア文字では、
斧であり、「切断」の概念を意味していると言われている。
切断は、人間が叡智に到達するために、
自己がどれほど自らを孤立させ、
その孤高さを受け入れるかという象徴性があります。
この「叡智」を意味することから、
IQ=Intelligence Quotientに明快に表れています。
それでは、なぜ、
QuestionやQuantity =量・Quality=質に至っているのかは、
量と質は、「度・量・衡」に集約しています。
度・量・衡
qがquintalという重量単位であったり、
Q-ValueやQメーターなどの名称とその機能性の中核は、
明らかに、人間の叡智だと考えます。
たとえば、すでに伝統的な映画「007」での
Qという人物は、発明家として重要な登場人物です。
Mediaにとって、「度はどのようなIntegrationなのだろうか?」
Mediaにとって、「量はどのようなIntegrationなのだろうか?」
Mediaにとって、「質はどのようなIntegrationなのだろうか?」
Mediaにとって、「衡はどのようなIntegrationなのだろうか?」
以上を、私は念頭において、
「度量衡」がデザインにとっての叡智尺度であることへ
私の思考を続けていきたい。
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5月 4th, 2010 Posted 12:01 AM
形容
「容」。
かたち、としたのは立原正秋でした。
彼の文体は、まさに形体でした。
形体とは、立方体や四角錐といった規定ある形態です。
したがって、文体は、作者の規定という思念定義があるのです。
立原作品には、女性・庭・能・作庭・樹木・陶磁器・刀剣などへの造詣、
彼のの著作深度は、学者以上であったと思っています。
私が、樹木や作庭については、幼心に祖父の一言一言があり、
陶磁器・刀剣は、父に連れられていった道具商の市でした。
しかし、当時私はそうしたモノは傍観していただけです。
「きれいだな」と思う程度でした。
それから、美大を出てようやく気づきました。
伝統工芸の産地と先祖の書き残してあった図面で、
私は、これらのモノと日本人について考えることになったのです。
それは年齢とともに、蓄積されてきた知識や感受性に深みが
やっと出てくれたのだと思いたいわけです。
綺麗
そして、ひとまず、日本的そうしたモノが「きれいだ」と思うこと。
この「きれい」という言葉と「美しい」との距離感に私が放置されたのです。
それは絶対に一直線上にあるものではないということです。
なぜならば、
● きれい・・・形容動詞
● 美しい・・・・形容詞
すでに、言葉の領域、その次元がいわば異次元だということです。
しかし、たとえば女性たちが望む「きれいになりたい」欲望は、
「きれい」になることから「うつくしい」、
あるいは「かわいい」次元に
ワープ=超光速航法を切望するということです。
はかない夢想だと、私は思います。無論大切なことですが。
トランスレート
むしろ、「綺麗」から「美」へトランスレートすることが論理性があります。
なぜなら、綺麗という形容動詞はネットワーク層があるのです。
ところが、その層からトランスレートすれば、
「綺麗になる・綺麗にする」動作の蓄積が
「美」という層へ運びこんでくれるでしょう。
「形容動詞が形容詞になる=綺麗が美になる」述語解です。
私のこのまなざしでは、決して、日本の伝統ですら、
「綺麗」なモノやコトで終わっているのは、
「美しい」とは言い切れません。
Media Integrationへは、形容動詞から形容詞として、
「形容」の世界観を、私はめざしたいと考えています。
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4月 30th, 2010 Posted 12:01 AM
Identification
バブル時期に、C.I.ブームが起こりました。
C.I.=Corporate Identificationの流行でした。
当時、私はふるさと福井で活動をしていました。
そのブームは、「企業イメージアップ」ということで、
企業名の変更や企業マーク・ロゴのデザイン変更や刷新を図り、
名刺や社屋までの視覚的デザイン印象を一新するという流行でした。
北陸の企業にもそのC.I.ブームが来ていました。
毎月、売り込みが10件以上あるという銀行から相談を受けました。
その売り込みはほとんどが広告代理店が中心の、いわば、
企業広告手法だったのです。それは大きな誤解でした。
無論、私はその導入以前の問題点を指摘しました。
そして、改めて「Identity」・「Identification」をまとめ直しました。
エリクソン
基本に選んだのは、E.H.エリクソンでした。
彼の「自己同一性」が自分のC.I.デザインをやる上での
基本的な思考を支えてくるました。
特に、福井のTV放送局は、福井放送FBCと福井テレビftvでした。
ftvは開局時、大学1年の時に、ロゴタイプで私のデザインが選ばれていました。
今は変更されています。
福井放送は福井時代にロゴタイプをやり直して、今も使われています。
そして、当時は福井放送に関わりました。
TVとラジオの放送をじっくりと見直す経験ができました。
マクルーハン
H.M.マクルーハンがラジオについて語っている一説は今も当てはまります。
「ラジオはホットメディア」という指摘です。
つまり、マスメディアでもラジオ放送は、
一方的ながら聴取者からのはがきでの双方向性を
DJスタイルで確立してきたわけです。
それは、ラジオのIdentificationはTVとはまるで異なっていたということです。
私はMedia Integrationの基盤にIdentificationとの連動性は不可欠です。
だから、メディアとしてのラジオ番組のコンテンツは音のコンテキストなのです。
コンテキストはタイムラインで聴取するということが、
基本=Identification要因なのでしょう。
今、Ustreamの面白さは、タイムラインでのつぶやきという双方向性があるからです。
デジタルTVのリモコンには、カラーボタン(青・赤・緑・黄)があります。
自分もデザインしていますが、
この機能を運用したTVは、決して「ホットメディア」どころか、
死んでいると言っていいでしょう。
このリモコンのカラーボタンを使用するTV番組など皆無です。
IntegrationとIdentificationが、
密接に連動していることに気づいていないTVメディア、
そのメディア企業価値観に「多様性はやはり皆無」なのです。
IntegrationとIdentificationは連動しています。
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4月 29th, 2010 Posted 12:05 AM
Media?Tool
MediaがToolとなり、ToolがMediaと化すのは、
ユーザーの使用観と所有感によって可変します。
この可変容性を与えたのはコンピューターの登場でした。
それは、MediaあるいはToolにCPUの内在性と、
Networkingによる連鎖性だったと考えます。
明らかに「パソコンから自動車」に至るまで、
ユーザーの意識は、Mediaとしてものモノであったり、
Toolと化したMedia、Mediaと化したToolになっています。
そこで、この分別が困難になってくるのは、
三つの原因があるようです。
年齢での興味・必要感覚・楽しみ方、です。
まず、高齢化することによって、
「わからないモノ世界」を時代が創っているという印象。
もう、自分の日常性では不必要ということです。
そして、最後には、「興味」の有無でしょう。
しかし、MediaとToolという区分を自由に取り替えてこそ、
新たな世界と「自分」が出会うことの「楽しみ方」があります。
簡単に言えば、
どんなモノを自分はToolとしているのかという
日常的な「モノ」の使い方にあります。
ところが、
モノへの興味がMediaだと考えられるかどうか
ということは重要でしょう。
Mediaとしてというのは、「自分らしさ」の顕示性がまずあります。
たとえば、車などは移動するToolに過ぎないから、
とてもMediaにはならない人がいます。
こうした人には、なぜ、車で自分の表現や存在性を重ねるのかは、
「価値性」がまったく異なるわけです。
ToolであってもMediaとして革新
まず、現代は、「革新されたモノ」はMediaとして登場します。
また、Media化しないモノには、
創出された「価値」そのものがありません。
したがって、このMediaを印象づけるのが「ブランド」、
あるいは「アイコン」としての視覚認識性であることは間違いありません。
要は、Media→Tool・Tool→Mediaへの
価値の自由な認識能力に関わっています。
TVには無関心という人にとって、
TV番組などまったく価値性がありません。
価値観の多様性などは起こっていない
パソコンが使えない=メールのやりとりも不可能、
こうした社会的な価値感を「多様化」というのは、
まったく間違っています。
時代や社会の「価値感・価値観の多様性など」は
本当は起こっていないのです。
私がMedia Integrationというのは、
実は、Tool Integrationと同値だとも考えています。
Integrationは、
MediaとToolに共時的な励起現象になっていることです。
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4月 28th, 2010 Posted 1:45 AM
手は起電力を!
フレミングの法則が「指先の向き」だったのは奇跡的な発見でした。
私は、手と指先には、発電装置があると言い続けてきました。
ますますその気持ちは強まっています。
美大で徹底的にデッサン、
それも工業デザインのスケッチトレーニングでした。
東芝の実習=これはデザイナー採用入試ですが、
当時、他大学よりもスケッチは絶対に自分が巧いと思っていました。
ところが入社して、「レンダリングに」と指示されて、提出したら、
「ラフ・スケッチ(レンダリングの下書きの下書き)ではなくレンダだよ!」
と窘められて、『どうすりゃいいんだ』という思い出があります。
スケッチ作法
40年もデザインのためのスケッチを描いてきました。
それは、頭の中がまったく空っぽで、何も考えていなくても、
「手を動かせば」→脳内に「かたち」が浮かび上がってきます。
だから、「創造力」は、「手」あるいは「指先」で何かに集中していると、
必ず「かたち=形態」が生まれます。
だから、私は「手」は起電力装置だと思っています。
「手」をともかく動かすのです。
これまで、様々なスケッチブックを使ってきましたが、
今は、「モレスキン・ジャパニーズタイプ」と
ボールペンのB黒を使っています。
そして、そのスケッチに色鉛筆、最近はステッドラーに限定していて、
このスケッチに着彩をします。
一冊いっぱいになったら、ワイフに渡して、
また新しいスケッチブックを渡してもらっています。
これまでどれだけのスケッチブックを試してきたことでしょうか。
やっとこのスケッチ作法に落ち着きました。
鉛筆などは、最期までの使い方は35年使い方は定まっています。
ボールペンは、スケッチのためにあらゆるブランドを使ってきましたし、
今なお収集が趣味になっています。
それは、自分の「手」という発電装置を
常にピカピカにしておくためです。
そして、右手・左手いづれでもスケッチを描き、
ここ2年ほどは、「ペン回し」をしながら、描いています。
なんだか、「ペン回し」をすればするほど、
起電力が大きくなるという気分になれるからです。
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3月 14th, 2010 Posted 11:30 AM
53回目・2009年のベネチア・ビエンナーレに登場した作品。
トーマス・サラセーノは、地球を次のように表現しました。
“Galaxies forming along filaments,
like droplets along the strands of a spider’s web.” by Tomas Saraceno
この作品は、現代の地球をもっとも具現的に表現しています。
私のこの作品の印象からデザイナーとしての直感と予感が、
今なお次々と、PC ・Wi-Fi ・SmartPhone ・Cloudなどの
一般的なNetwork社会の世界観へ、
次のようなデザイン対象への背景思考を広げてくれています。
私のデザイン対象は、ハードであり、ソフトであり、
そのデザイン成果には、価値感と心地感を「最適解」として、
常に意識化していなければなりません。
問題=Problemへの解答=Solutionは形態に集約させます。
しかし、成果であるべき条件を設定します。
私は、その成果に、「コンテンツ」が「コンテクスト」に、
「コンテクスト」が「シンタックス」へ確実にしていく進化を
デザインが成し遂げてほしいと思っています。
私たちがコンピューターを手に入れてから、
日常の頭脳活動のツールとして、あるいはメディアとして、
「対話性」=インターラクション性の使い勝手にこだわることが
大きなビジネスとしても成立しました。
このビジネス・産業・資本性は、
すでに「資本論」や「経済論」・「経営論」をも変革しました。
おそらく、これからの変貌についても予知・予測すら、
あらたな資本になっています。
しかし、その資本の創出・運営・監理・維持・制度は全く
未定であり、不明だと言ってもいいでしょう。
だからこそ、デザイン、デザイン職能の役割を組み込みます。
これは私が主張する「デザイン領域の拡大」の一つです。
その学理的背景に「エソノメソドロジー」と「オントロジー」を、
配置しています。
これはとりあえず、「経営・経済」の論理では、
決して語ることは不可能だとさえ思っています。
なぜなら、「エソノメソドロジー」も「オントロジー」も、
webやNetwork上での「会話」という作法や「存在」を
人間に対して差し向けてさらに「問題」を与えてくるのです。
その「価値」に対決する「心地」は同値でなければならない、
というのが、私がデザイナーとしての姿勢・態度です。
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Posted in 017「ネットワークとコンテクスト」, 資本主義から逃走せよ!
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2月 5th, 2010 Posted 12:59 AM
2月5日
以前、喫煙継続中の友人のために
電子タバコを探していた
BOSS(川崎和男 KazuoKawasaki)。
ところが、
それ以降も探索は続いていました!
電子葉巻まで?一揃えすれば、
終了でしょうか・・・
収集するとは、まったく言っていません。
だから、そのうちに飽きるかも・・・
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12月 3rd, 2009 Posted 6:42 PM
12月3日
「FLIP」ベージュ色、到着!
BOSS(川崎和男)と
マルイチセーリング(福井)の製品、
KazuoKawasaki × Maruichiゆえに、
「f(m)=km キロメートル」がブランド名。
前回のお知らせでは、赤色を配置しました。
こちら。
ベージュもいいです。
ひろげてみると。
スピーカーの音に合わせて揺れたり。
JBL4343から、
音エネルギーを体全体に受けると、
そのエネルギーを発散するために、
揺れたり、踊ったりせずにはいれません!
陽だまりに置いて、ゆらゆらすると、
眠気が・・・。心地いいのです。
詳細もご覧になってください。
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