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Posts Tagged ‘試作’


7月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 27th, 2020  Posted 12:00 AM

7月27日 赤口(辛未)

『分別としてのデザイン』

「何がデザインか」という
陰影からホログラム的虚像を
シミュレートして、
実像としての「デザインとは何か」、
このモデリングを試作することが
出来るはずである。

artificial heart:川崎和男展


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7月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 26th, 2020  Posted 12:00 AM

7月26日 大安(庚午)

「戦争用」と「闘争用」、
使い分ける必要だ。
おそらく、兵器が変われば、
無人で「辞められる」、
私はそう思っている。

artificial heart:川崎和男展


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『もう一度、とっても会いたい菅野沖彦先生』


   


     3月 27th, 2019  Posted 12:00 AM

昨年、10月13日にダンディズムとしてのオーディオ評論家、
その道を極められた菅野沖彦先生があの世に逝かれてしまったのです。
私は好き嫌いがはっきりとしています。
たくさんの評論家の中でも特に先生に傾倒していました。
東芝時代、若手のデザイナーとして私のデザインを、自社の営業より
評価、理解していただいた先生の期待に応えたいと通っていました。
オーディオ評論家という枠を超えて、
パイプ、西洋人形などの世界観を教えてもらいました。
菅野先生が提唱された「レコード演奏家」は必ず残っていくでしょう。
コンピューター雑誌に私は連載を2つ持っていました。
あるときに、新進のスピーカー企業に行きました。
前日には菅野先生からもアイディアをもらったことを聞き、
「S先生」とエッセイで、菅野先生との東芝時代の想い出を書いたところ、
「S先生」とは菅野先生のことではないかと、オーディオ雑誌の編集者、
M氏が、交通事故と東芝退社で、途切れていたご縁をつないでくれました。
先生の自宅にお邪魔しました。
懐かしい空間と、選び抜かれたオーディオから、
音響を何十年かぶりに体感しました。
ワイフは、息が出来ないという音質を感じ取りました。
そして、先生から、「レコード演奏家」として、
私を取り上げていただくことになりやはり部屋を改装し準備しました。
今では、この程度で?と、
残念なオーディオでありビジュアルの評論家が多いのです。
東芝時代には、まずは先生に試作を持っていき
なかなか通らない私のデザインを
東芝の偉いさんに先生から説得してもらいました。
無神論者である私ですが、
先生とこちらで再度会いたいと思っています。

*先生との対談


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『とても酷使していた中判カメラがありました』


   


     11月 8th, 2017  Posted 12:00 AM

APSカメラ仕様になったとき、ある大手カメラ企業の仕事をしました。
APSから直ぐにデジタルカメラになり、
それでも自分デザインの形態はしばらく引用されていました。
今では、スマホでのカメラ撮影はもう「インスタ映え」など普遍化しました。
倉庫を整理していたら、中判カメラがありました。
デジタルカメラになってから正直忘れていました。
これは私のカメラ歴ですから、思い出すと、このカメラで随分撮影。
それは、プロの有名カメラマンから教わったことを特に伝統工芸では、
商品撮影も予算が無いので自分でやっていたのです。
カメラ機器は収集の対象にはしていませんでした。
が、気がつくとアナログ系カメラもそれなりに倉庫に残っていて、
自分なりにはびっくりしてしまったのです。
ともかく、私は有名カメラマンマンから学んだことは、二つあります。
照明のあり方で、太陽は一つだから必ず光は一方向のみ。
だから、陰影も一つ、そのために鏡反射を使うことでも一方向のみでした。
もう一つは、露出と被写界深度に対してのスピード調整などは、
今ではソフトでかなり自由になりましたがデジタルでも基本にもどることです。
若い頃はデザイン試作を随分と中判カメラで確かめたものです。
私の場合は、かなりマクロレンズを使います。
特にメガネなどは自分撮影がデザインした形態言語を表現できます。
思い切って、このカメラのデジタル化を考え調べましたが、
とても高額になるのであきらめました。
このカメラの重量感は、なんともいえない心地よさがありました。
そこまで言いながら、このブログ写真は下手なモノ、かなり多いですが、
本当に慌てて撮影しているので許してください。
そして、実は、デジタルカメラで、撮影がとても難しいカメラを所持。
いつも、このカメラで撮影したいと思いつつ全く使いこなせていません。
これで撮影するには、もっともっとデジタルカメラを
これまでの、特にこのカメラとの差異性を存分に知る必要があるようです。
そんな意味でも、このカメラがあったことに喜んでいます。
いずれデジタルながら極めて最高品のカメラを紹介したいと思っています。

* 『ガンマカメラにより放射能は視覚化可能』
* 『今のコンパクトカメラはこの三台』
* 「カメラ修行は今なお・・・」
* 「デジタルカメラに向かい合うとき」
* 『デジタルカメラはなるべく買い換えない。』


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『迷信だったでしょ!新素材の試作が出来てきました』


   


     11月 3rd, 2017  Posted 12:00 AM

絶対に無理、無謀、素人考えだと言われてきました。
おそらく、この二つの素材でファブリック化は出来ない。
しかし、私=デザイナーの直感では、出来ない理由には試行錯誤ありえず。
この経験も無く、ただ「出来ない」という業界の迷信だと思ってきました。
そこに、取り組んでみますという若者が現れました。
ひたすら、彼の報告を待ちました。どこも試作すら断られます、
という報告の連続です。しかし、とうとう試作が出来ました。
どういう複合素材かはまだ発表は出来ません。
が、もう嬉しくて嬉しくてたまりません。
おそらく、世界初のはずです。
私には、時折、こんな断りを受けます。
「川崎先生に恥を搔かせるかも知れませんから」。
「この業界では不可能と言われていますから」。
「川崎先生はデザイン料が高いと聞いていますから」。
「私どもは企業規模が小さいのでとても先生の要求は無理、会議結果です」。
この「褒め殺し」には辟易してきました。
まず「開発原資をこうしましょう」。
「小さい会社だからこそ、その問題解決ができます」。
「工業デザイナーの正式なデザイン対価など、今の日本には通用しません」。
もう言い飽きました。それなら真実を言いましょうか!、
(大人にならないといけない、怒鳴らないこと)ということになります。
儲けるって何?、信じる人になることですよ!
それで働きがい=生きがいはある?一生懸命などありませんよ。
一生賢明・一所懸命ですよ。安全で安心で信用と信頼されることです。
この闘いをどれだけやってきたでしょう。
もっとはっきり言いましょうか!「あなたはなぜ働いているのですか?」
働くって、傍を楽にしてあげることでしょ。
今、あなたの立場を利用しないと、やがてあなたがリタイアした時、
これが必要になるのですよ!「川崎先生は流石に喧嘩師ですね」
(ふざけんじゃねぇ〜よ!喧嘩は自分に売って、それからてめぇだよ!)
高校時代なら、殴ってやるから、そのために自分を鍛えてきたんだから。
そうした環境の中で、世界初のファブリック試作が出来上がりました。
嬉しくてたまりません。何のデザインになるって?
まだ言えませんが、モノづくり日本、これが日本の実力を創るのです。

* 『日沈む景観であっても景気はデザインが主導する』
* 「日本の事務ワークのスタンダードファイル」
* 『難問解決の大ヒントは「素材」開発デザインの美です』
* 『眠ることを知るためのアプリを使いながら』
* 「音からデザイン役割を語る基礎として」


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『徹底した「仕上げ使用」について』


   


     7月 21st, 2017  Posted 12:00 AM

63歳で阪大を定年退官して、
幸いにも京都のミネルヴァ書房から私の作品集を出版されました。
最も、自分の作品集出版には、(決して口出ししない)ことが鉄則です。
が、やっぱり口出しをして、出版はその翌年64歳でした。
その作品集も「川崎和男・全仕事」でしたが、
「いや、生きている限りデザインしたい」と言い張って、
「川崎和男Design」という図鑑にしてもらいました。
表紙から紙質も選び抜いて、インダストリアルデザイナーとしての
「デザイン仕様」は、表紙には「3D-ホログラム写真」、
特に3D写真も最新印刷で、とりわけ、その裏が裏表紙で職人さんから
その「型」までを見せてもらいました。
おそらく美術出版誌ではトップの仕上げになりました。
私の最近の口癖は、「簡単なモノのデザインがしたい」、です。
実際、デザインする対象で易しいモノがあるわけではありません。
ともかく論文読んでとか、最新技術で命と向き合う医療機器以外、
決して容易ではない「日用品的存在」のモノです。
これは先般、このメーカーが出展したのですが、モノは日用品です。
仕上げは本体素材の仕上げは、カーブに沿わせた「ヘアーライン」なのです。
おそらく、この仕上げはB&OのCDプレーヤー以外は無いはずです。
(モノは何?)、想像してください。
まだ、ブランド名などは入っていません、試作です。

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『深紫外線の近接場をグリップするそのプロセス』


   


     8月 4th, 2016  Posted 12:00 AM

電磁波にはまだまだ不明点があります。
すでに我々の生活環境にはWiFiが飛び交っています。
さらに、特にインナーヘッドホンからの電磁波、その影響もわかりません。
フォトニクスセンターでの研究は
大阪大学から国際的研究テーマ発信でした。
紫外線からさらに分類して深紫外線=UVA・UVB・UVC、
その中でUVC・265nm、そのLED開発競争を追いかけながらも、
深紫外線LEDは石英ガラスの管の中で
入射と反射での近接場を形成していました。
まだそれでも、自分の試作はアクリルパイプ内での石英ガラス管をグリップ。
フォトニクスセンターから、アクリルパイプ不要論が出ました。
とりあえずは、入手可能な石英ガラスに深紫外線LEDを実装しましたが、
医学界からは、RNAには影響出ないか、不安説に取り囲まれました。
再度、大腸菌からの滅菌調査そしてデザインからの動物実験を開始しました。
きわめて典型的なラット36匹を動物実験機関に委託しました。
2週間での創傷、その治癒状況次第では、この造形言語のデザイン形態が
妥当かどうかが問われていました。
確かにグリップだけでは、指と指の間までに近接場:エバネッセント場の
リングが必要になりました。
これは日本医師会からも指摘されていたことでした。
LEDの開発競争は、何としても日本が最先端であるべきでした。
理由は簡単です。
深紫外線での消毒・滅菌を論文発信したのは
阪大フォトニクスセンターでした。
この業績は論文から製品にしてモノ化する使命がデザインにありました。
看医工学によって医工連携では何も出来ない現実は明らかでした。
医学と工学、さらに工学に保健学で「安全」が、
保健学と看護学で「予防」が、
看護学と医学で「安心」が、これを統合化できるのは、
「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」の
我々の最先端な統合デザイン学による、次世代デザインの
その手本だと、自分は考えてきました。見本ではありません。

* 『研究棟看板「Consilience Design Interdisciplinary Studio」』
* 『医工連携を看医工学ベクトルとしてさらに強化』
* 『コンシリエンスデザイン学域の統合図解』
* 『デザイン対象となる医療関連の開発について』
* 『ベクトル論理では「何がデザインか」となる』


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『「手洗い習慣」をグリップすれば清潔を手にいれる』


   


     8月 1st, 2016  Posted 12:00 AM

電車の取っ手に触る、初めてのハンドルに触る、
正直、若い頃から手が汚れることに抵抗がありました。
自分にとって最大の不安は感染症です。命に関わります。
だから、外出すれば必ず徹底的に「手洗い」をします。
敗血症、風邪であっても、自分には不安極まりないことです。
触る、グリップすればそれで清潔になる。
アドバンスデザインとしては理想の方式であり、それを成し遂げるのは、
決してデザイナーの力では無理、いや無謀なことでした。
技術進化を待っていたようなことが大学にはいろいろあります。
深紫外線の発光素子LEDの大変な技術競争が入ってきました。
きっかけは、阪大のフォトニクスセンターでの
深紫外線研究、電子顕微鏡での遺伝子検査その遺伝子に深紫外線を照射。
国際的にも最初の論文が受理されると、一斉にその研究が拡大しました。
フォトニクスセンターから、深紫外線で消毒、滅菌が可能ゆえ、
消毒、滅菌のモノ・器具あるいは装置のデザイン依頼がありました。
関連する論文、LED発光素子競争の資料を全て読みこなしながら、
紫外線で殺菌?、紫外線とはいわばDNAを破壊するのになぜ?
この大きな疑問のままに、
一方では、「グリップすれば消毒可能」、
そんなことがもし、本当なら新しいデザインが出来る。
大腸菌に深紫外線のある波長が近接場に入射と反射があれば可能とのこと。
デザイン計画書とともに、プロトタイプの試作に入れました。
このプロジェクトは、工学と医学、そしてデザインが協同、
しかし、看護学、保健学からの支援ということで、
デザインサイドでの動物実験までがデザイン対象となりました。
厳しい中間審査でさらに市場性=中近東の拡大までが検討され、
そのまま、内閣府での審査結果、「製品化発表」にこぎつけました。
「手洗いの習慣」を変えることが出来る。
7月28日、報道関係のTV局2局、大手新聞各社社も集まり、
「記者発表」しました。
「手・掌の日常的な方法を根本から変えます」、
動物実験結果とともに、その最終製品デザインが出来上がりました。
いよいよ、企業への「商品化」、商品アイテムは一杯あります。

* 『天空と深海で何が起こっているのだろうか?』
* 『「手・掌を清潔に」するモノとコトのデザイン実務』
* 『コンシリエンスデザイン看医工学の危機解決対象・MERS』
* 『手の消毒、そんな時代になっている?』
* 『デザインはすでにここまでが必然となっている』


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『宝飾品を実際に確かめていた頃を思い出す』


   


     5月 18th, 2016  Posted 12:00 AM

オーディオデザインに懸命だった若き日に、
アンプのツマミ設計で「ガラス」素材を試行していた時代がありました。
ちょうど後輩がガラスメーカーのデザイン室にいて
いくつか試作を現場=工場につめて取り組んでいたことがあります。
ツマミと部品、ボリュームなどの取り付けに苦しんでいました。
ようやく、3個ほどの試作を持ち帰りましたが、
技術側も営業側もまだまだ入社間も無い私は両方から苛められていました。
若いときから「売られた喧嘩」と考える私は、
なんとしても実現したくて、「30代以上は口出すな」という気迫でした。
しかし、チーフに説得された生産コストで納得しました。
ガラスを使うという私の狙いが、今、私の車AMに適用されています。
なんとも、素晴らしい仕上がりであり、透明ガラスと機構とは、
透明ガラスの底にはエンブレムロゴが入っていて、
「そうか、ここまでの仕上げが出来るんだ」と思い、
この製造方法を聞くと、これは宝石加工メーカーに別注らしいのです。
その他のキーホルダーや、ジッポーライターのエンブレムも
すべてそのメーカー製ならではの仕上げが出来ています。
工業デザイナーは「高級品の仕上げを知らないから、
覚えてきなさい」と、上司に言われて、
銀座の和光に連日通ったことがあります。
そこでは、若者などがいる場所ではないために、
支配人に別室に呼ばれましたが、事情を話すと、
お店の方々に命令していただき、白い手袋をはめて、
高級時計やライター、そして宝飾品を実物で確かめました。
その支配人は、私のもう一人の師匠だったと思っています。

*『高級店での思い出・銀座で学ぶ』
*『インターラクションデザインの基本は可変抵抗器と指先』
*『物欲によるモノの美と美あるコトへの自分』
*『SZ-1000・私のオーディオ最終作だから』
*『万年筆メインテナンスから見えている現実』


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『素材産地からWブランドのアライアンスイニシアティブ』


   


     3月 8th, 2016  Posted 12:00 AM

産業のスタートは繊維産業でした。
五か条のご誓文を書いた由利公正は国家の殖産興業を考えた最初の人物。
彼が橋下左内、横井小楠から学んだ結果は富岡製糸場に結実しますが、
すでに生糸は海外から認められなくなっていました。
結果、細井順子女史らの「縦糸2本横糸1本」の「羽二重」は
世界制覇をします。
羽二重でのパラシュートを陵駕するためがナイロンの発明であったのです。
「羽二重」は人絹から今では高密度ポリエステル産業に発展してきました。
繊維には長い間に繊維性能が七つありました。
 ・「しなやかさ」
 ・「ふくらみ」
 ・「はり」
 ・「こし」
 ・「ぬめり」
 ・「しゃり」
 ・「きしみ」。
この七つの感性評価が繊維・布の基軸になることはありませんでした。
私たちはこの七つの感性評価をオノマトペでの研究で、
明確に手本・見本にするマーク表現をしてきました。
僕自身が母方の実家周辺は
いわゆる「機織り屋さん」が幸盛を極めて来た時期、
僕の遊び場は小学校より大きな機屋工場でした。
ふるさと福井に、私は「ダブルブランド戦略」を準備しました。
まず、ふるさと福井は「素材産地」として「羽二重=HUBTAE」にて
メーカーでは、企業毎、商品アイテム毎をブランド化します。
そして、「素材」はさらに新素材から新たな製品化・商品化を産地から
高密度素材開発からの「記号商品」を発表していくことになるでしょう。
素材には確実な感性評価基軸のマークが、素材性能を表します。
すでに、新素材は新たな繊維としての試作を開始しています。
この新素材はやがては医療用として、細胞シートになる可能性があります。
いずれ衣食住の基本である繊維は
日本の新たな素材産業を創成するでしょう。
その大きなきっかけが、繊維の歴史から、
それはコンセプトではなくて
LINEとしての新産業のアライアンスイニシアティブを
かつて、由利公正が意図していた
日本の主産業になると僕は確信しています。


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