kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘レタリング’


『C.I.もブランドも、その一般的知識が無い』


   


     3月 19th, 2019  Posted 12:00 AM

C.I.=コーポレート・アイデンティティと
Brand=ブランドについては、デザイン戦略の中で
商品から企業全体までの未来を描こうとしています。
ここしばらく行政ではブランドというキーワードがもてはやされ
デザインではなくて、
ブランドあるいはブランディングが一応に目立っています。
C.I.についての基礎知識がないばかりか、
同時にブランドも知識不足です。
はっきり言えば、企業存在は「どこの馬の骨か」、
「焼印」を由来とし、その成り立ちやテーマ、理念の社会的共有、
認知といった知識なのです。
C.I.でのE.H.エリクソンの8段階までのアイデンティティが不足しています。
企業生存率を考えたことがあるでしょうか。
私は、商品を手掛けるだけでなく、ベネフィットとプロフィットにおいて
商品ブランドはC.I.からをデザインします。
このところ、パソコンでは、カーニングどころか、
英文の曲線と直線までの知識不足がとても多いと感じています。
また起業した年月と、どこからスタートしたとかも、
表現されていませんから、その企業のC.I.とブランドの力が、
社会のなかで存在を発揮できていません。
美大の教育では、このレタリングは丸1年すべてがフリーハンドでした。
定規やカーブ定規も使わずに、手に覚えさせます。
「デザインストローク」で訓練して、
サンセリフ、セリフ、スクリプトは、得意分野に訓練で身につきました。
当然、今はコンピュータでの作業ですが、身についた感覚が
微妙なバランス力や視覚補正をして、
ぴったりくる美しいレタリングを実現できます。
結果、ワンヘヤーラインが描けるレタリング技能者が激減しています。

*デザインストローク


目次を見る

『レタリングで基本ロゴタイプ・Kazuo Kawasaki® 』


   


     1月 20th, 2019  Posted 12:00 AM

「Kazuo Kawasaki」。
フリーになって、ともかくこれからが、デザイナーとして
「名前を出す」と言うことで作成したロゴタイプです。
天地60mmで、ある書体(不明)を参考にして、
ケント紙上(ホワイティングが可能)で作成をはじめました。
私の作品・企画書・計画書に記載されるこのロゴは、
全てのレタリングの調整を終えるまでに3ヶ月くらいかけて
当時、赤坂の事務所でつくっていたことを思い出します。
最もzの書体が気になり、そのうちの2ヶ月をzの書体を調整しました。
しかし、このロゴタイプは最初は企画書だけに使用していました。
ふるさとの福井に帰ってから、越前打刃物にデザインを導入し、
「タケフナイフビレッジ」のブランディングを手掛け、
デザイナーとしての自分の名前は、表に出さないと私は決めていました。
また話題になってからも、私の写真は掲載しないとも決めていました。
作品よりも、「身障者がやっている」というイメージが、
先行することを恐れてたからです。
まだまだ公然と偏見や差別がある時代でした。
これを出来る限り、作品から抹消したかったのです。
28歳で車イスになり、まもなく70歳です。
そろそろ、思い切ってこのレタリング=ロゴタイプで、
デザインを使用していいのかと思っています。
ちなみに、名前をブランドとして商標登録するには条件を
満たす必要がありますが、
「Kazuo Kawasaki」は商標登録されています。
最近では、企業の製品で自分を売り出すデザイナーが、
多いことこそ、「デザイン本来」を忘れています。


目次を見る

「モノの美しさにあるバランス性が決定要因」


   


     10月 19th, 2017  Posted 12:00 AM

デザインという言葉は至極一般化しました。
デザイナーにとっては嬉しいことですが、大誤解に包まれていると思います。
デザイン賞は、モノのデザインとコトのデザインがあり、これは当然です。
しかし、日本には大物主の神子と事代主の神子とがあり、
すでにモノの美しさがコトを決定しているという伝統性があるにも関わらず、
コトのデザイン優先主義が、センスの大破壊になっているようです。
そんなことを思っていたらしばらく会っていなかった人O氏が逝かれました。
この思い出は私には大きな人生観になっています。
おそらく金沢美大出身ならば、
私たちが鍛えられたレタリング=フリーハンド・デザインストロークでは、
キャスロンとボドニー(右はヘルベチカ)を徹底的に鍛えられました。
その最大が私にはこのアルファベット「X」のサンセリフ体とセリフ体です。
実際はこのクロスする部分には視覚補正がとても厳しい評価が入ります。
それはこのクロス部分が単純なクロスどころか、
ヘアーライン補正とまで言われている繊細詳細なバランス感覚が
何度も何度も求められて身体化するまで鍛えられます。
そのおかげで、後天的な造形におけるバランス感覚が要請されるのです。
最も、自分はデザインの教育者になって、
バランス感覚はすでに先天的なことと思っています。
理由は、造形されたいわゆる造形言語となっている形が意味されている、
その内容にはバランス性は先天的であり、
それが実際にはスケッチや造形訓練で身についていくものと思っています。
身についていくコトではないのです。
それを明確に知りたいのであれば、事代主の神子との存在意義を知れば、
私は全体に理解出来ると思っています。
こうした観点から、昨今のデザイン賞判断では、
審査委員にバランス感覚が全く無い人が増えていると言っておきます。
とりわけ、バランス感覚・センス、そしてモノの美しさは、
偏差値では決定することは絶対に不可能だと思っています。
「たかだかデザインが」、とかを何度言われて来たでしょうか?
それでも私には絶対的な先天性が後天的に、
たとえば、この「X」の訓練があったということです。
コトのデザインは、モノのデザインの美しさが決定しています。

* 「ヘルベチカは文字の結論になっている」
* 「ロゴタイプ書体その基本ルールには伝統がある」
* 『象形の姿形に潜む意味の吟味』
* 「日本語・『情報』はなぜ曖昧になってしまったのか?」
* 『工業デザイン教育での「手」のトレーニング』


目次を見る

『ダビンチのスケッチに想像力は皆無だ、創造のためだ』


   


     10月 1st, 2017  Posted 12:00 AM

創造性と想像性について、私がこの関係を語り出したことは、
大学人になってデザインの講義や講演でのことでした。
美大時代はひたすらデッサンは東京藝大の石膏デッサンよりも
鉛筆デッサンや水彩画であり、とりわけスタイライゼーションとかレタリング、
柳宗理先生は常にモデリング主体で絵を描くことは叱られるほど駄目でした。
創造力と想像力の関係は、それこそクリエーションとイマジネーション。
これらについて語らねばならないほど、時代も社会も産業においても、
創造力と想像力が大欠落してきたからだと思います。
私が手元において常に見ているのは「レオナルド・ダヴィンチのスケッチ」、
手稿集がまとめられている、とても分厚い本です。
彼のスケッチで、ほとんど知られていないのは、
馬のスケッチや植物のスケッチとその寸法図があることです。
彼の手稿集は、ほとんどが武器の構造図が多く、筋肉や骨格であり、
私がもう20年も見続けている限り、
たとえば眼球のスケッチは2枚しかありませんし解剖図にはなっていません。
私はメガネのデザインもしていることから、
実際に名古屋市立大学医学部の解剖室で眼球周辺を
自分で死体(女性)の眼球周辺の筋肉から神経と脳内まで、
解剖学の教授から教えられています。
それだけに、眼球周りの写真でもある解剖図鑑は見返すことはしばしばです。
だからメガネのデザインを見て、一瞬にこのテンプルはありえないと、
断言することもできますし、このメーカーがたとえこの著名デザイナーと、
いわゆるコラボレーションでも、絶対に失敗することがわかります。
先般も京都の古本屋で江戸時代の人物素描集を発見しましたが、
ちょっと躊躇していたらら、次回訪れるともうありませんでした。
そういう意味では「ターヘルアナトミア」、
日本で最初の「解体新書」をじっくりと読み直してみたいと思っています。
それはふるさと福井県の小浜藩士の杉田玄白著でもあるからです。
これにどれだけの眼球解剖図があるのかを確かめたいと思っています。
とこかく、クリエーションとイマジネーションとは
まったく無関係だとも言いたいからです。

* 「想像力の尊大さをリドリー・スコットに観る」
* 「見本市と貿易と、国際関係の国家戦略」
* 『現時点でのスタイラスペンの評価』
* 『民藝の美とデザインの美は区分分別されていた』
* 「HMDを『スカウター』と呼んでいる・商品化されたモノ」


目次を見る

『今年のTVドラマ=学芸会ではありません』


   


     5月 21st, 2017  Posted 12:00 AM

私はTVが大好きな人間です。
だから4KTVでおそらWiFiでサラウンド環境は最高だと自負しています。
7.1chをワイヤレス環境にしてから、特に洋画・音楽視聴は満足しています。
民放TVドラマディレクターには金沢美大後輩がディレクターが各局にいます。
脚本がマンガの場合もマンガ家が後輩にいます。
おそらく、現在、今年のTVドラマは
輸出も出来ないモノが格段に増えていていると判断しています。
大手のアイドル事務所からの主役などは学芸会にすぎません。
日本のTVドラマがつまらないのは歌舞伎や宝塚出身でも、
脇役が確実であっても歌舞伎役者も宝塚出身者の演技が劣化しています。
最もプロではないので極めてアマチュア的な判断評価ですが、
たとえば、これまでNHK-Eテレで、誰も見ていないだろう舞台にしても
TVメディア表現者の能力は落ちていると思います。
折角4Kというほど液晶技術にありながら、無論、液晶TVそのもの、
これは私デザインもありますがもはや売られていないのですが、
現状のTVデザインも最悪になっています。
売られていないオーストラリアのTVデザインで凄いのが登場しています。
オーディオ環境では、
私のオーディオの恩師は「レコード演奏家」と名辞したのです。
だから「TVドラマ視聴家」存在があってもいいわけです。
ともかくTVドラマは面白くありません。
私のデザイン領域で判断出来るのは、ドラマタイトルのレタリング構成です。
つまり、タイトルロゴがドラマ内容を決定づけています。
確実にロゴタイプ・カリグラフィー表現を見比べると
正直、まともなのは2点で「上手い」というのは1点です。
どれかということを明言はしません。が、それは書籍タイトルも、
最近は出版産業が駄目になるにも関わらず残念。
4Kがやがて8K液晶技術と有機大画面も出てきますが、
ソフトであるTVドラマの劣化は、
見事にわが国の輸出産業や、マスコミメディアに衰退と比例しています。
ともかく、TVドラマのデザイン価値は
主幹産業化には無関心な表れだと言わざるをえません。
海外ドラマの親展は確実に「輸出産業」になっています。

* 『技術革新以前の問題解決=デザインがある!』
* 『対決が明白なTVドラマの効能性の評価』
* 『サラウンド形式ゆえに3.3chと呼びます』
* 『私のJBL4343はフリーになってからの私を見てきた』
* 『整理したTVオーディオ環境のスピーカーシステム』


目次を見る

『バブル経済は私たちも破壊したのでしょう』


   


     1月 29th, 2017  Posted 12:00 AM

明治のチョコレートは、私自身がその味を知ったモノでした。
しかも初期のパッケージのロゴタイプは、
デザイナーなら絶対に知っているグラフィックデザイン。
大御所であった故・亀倉雄策氏のレタリングでした。
ところが、グラフィックデザインの切なさというべきか、
全てが小文字表現になってしまいました。
多分、企業には逡巡性があったのではないでしょうか、
もし、時代風潮からの変更であったとしたなら無念だと私は思います。
したがって、このロゴタイプになってからは、私は明治チョコレートを
もう絶対に買わないでおこうとさえ思ったものです。
ちょうどこの時期になると、バレンタインという行事の準備が始まります。
デパートから、バレンタイン商戦始まりとかの小冊子を見て世の中は大変、
正直、呆れながらも、どこがこの商戦にどのような戦術になるのかという
興味がとても私にはあります。若い頃には大手デパートで、
自分自らが「ラブチェアー」という企画展をしたことがあります。
「ラブチェアー」って和製英語ゆえ、「ラブシート」、と、
米国の親友にアドバイスをもらったこともあります。
さて、チョコレートでもバレンタインでもなく、
日本の企業が壊れ出したのは、あのバブル時期からだった気がします。
バブルでの経済の崩壊は、企業にガバナンスとか、
企業は株主のための存在とか、しかもインターネットでの
情報時代=意識革命は、SNSとかのネガティブさが企業存在まで、
とても怪しくして、モンスターなる消費者とか、
サイレントユーザーという、文句は言わないが、
その企業の商品消費は辞めてしまうなど、
性悪説の社会構造が出来上がってきている気がしてなりません。
それこそ、「イジメ社会」も激しくなったようです。
ケータイやスマホがこの社会成立をバックアップしています。
企業の義も善も否定が扇動して、
美は「かわいい」ということに置換されたのでしょうか。
チョコレートの名作だったデザインの変更は、
まさしく小文字だからこそ「かわいい書体」へということは、
私には悲しみでしかありません。
バブル時には私は米国での仕事だけをしていました。
東京が「何か変」だったのです。
バブルは私たち日本人を壊したのかもしれません。

* 「チョコレートの決定打は決まっている」
* 「2/14のチョコレートは天然とヒーリング」
* 『漫画・アニメーションにみる日本独自のロボット観』
* 「泡・バブルって、やっぱり凄いんだって思います」
* 「キティちゃんにて確認できる『安全と安心』」


目次を見る

『毛筆も万年筆も細軸だから可能になる運筆がある』


   


     8月 25th, 2016  Posted 12:00 AM

今、自分が細字とそのためのペン・筆はこれだ、というのがあります。
そして、紙だけではなくてiPad Proでの「書」で、
訓練をしているのがApple Pencilです。
筆と言っても、これはいわゆる面相筆ですが、
この毛筆の長さ一杯を使えば、中文字=Mまでも可能です。
これで自分は手紙を書いています。
宛先も毛筆で書くことが可能なほどですが、直径は4.5mm程度です。
万年筆はおそらくこれより細字=EEFといってもいいほど、
0.03という文字であり、システム手帳や日記帳も可能です。
面倒なのはインク切れになると、これ用のカートリッジに
インクはシリンジでしか入れることができません。
この万年筆も毛筆も軸は5mmもありませんから、
絶対にトレーニングが必要だと思っています。
通常のペン軸は、人間工学的には14mmで、
Apple Pencilは鉛筆の太さを意識したデザインになっていますが、
毛筆での漢字やアラビア文字には不適合だと指摘することができます。
したがって、カリグラフィーを意識したペンにはなっていません。
東京美術学校を創設した岡倉天心は
横山大観などへの訓練では「運筆」が基本でした。
この運筆は美大時代に徹底的に教えられたデザインストローク。
当時のトレーニングでは丸ペン・烏口を使っていました。
美大卒業間際にロットリングが登場して0.6mmと0.3mmだけが可能でした。
今では、0.03mm〜0.01までがすでに出来上がってきています。
スティーブジョップスがデザイン優先であった基本は、
カリグラフィーの素養があったからに他なりません。
運筆はデザイナーにとってはデザインストロークですが、
これでレタリングがセリフ体とサンセリフ体は、
定規なしで描き出すことが基本でした。
アルファベットでもスクリプト体になれば、毛筆になりますが、
今はパソコンで簡単に済ませている下手くそな文字やロゴタイプばかりです。
文字間隔にカーニングはとてもいい加減だということです。
書くことと描くことのためには、細字は毛筆では垂直にもちますから、
Apple Pencilも垂直持つことで、実際的にPad上での書が書けます。

* 『硯箱を整理しながら・・・』
* 「手を頭脳化するトレーニング=デザインストローク」
* 「スタイラスペンは、まだまだ進化が必要」
* 「ビジュアルC.I.ロゴタイプの基本はレタリング技能」
* 「デザイン基礎力の一つから現代社名ロゴをみると」


目次を見る

『ゴジラというアンプ思想はアンプジラ2000に継承』


   


     9月 16th, 2015  Posted 12:00 AM

このところオーディオマニアで話題になっていることです。
GODZiLLAというパワーアンプの話です。
私が東芝で結局最後の仕事になってしまったSZ-1000という
エレクトレットコンデンサーカートリッジの
イコライザーアンプに直結した話にもどります。
理由は、私はオーディオの世界で社会人デザイナーになり、
おそらくありとあらゆるオーディオ機器は聴いたと断言できます。
正直、当時のアンプで,今も定評があるアンプは
私にはさほど大したことはありませんでした。
ある日、このイコライザーアンプはプリアンプなので、
パワーアンプを探していました。
そんな時、どこからか板金そのままで荒々しい、
とても商品とは言えないアンプが来ました。
一台は完全に分解されていましたが、
この時期にはトロイダルコイルの開発で国内メーカを、
探していました。電源部はトロイダルの話が蔓延していました。
それ以上に、荒々しいレタリングで素人が書き殴った
GODZiLLA:ゴジラは、日本の怪獣映画で、
パワー最大という印象がありました。
そのレタリングがシルク印刷されていてそれも焼き付けされていない程。
これはとても商品では無いと思いました。
当時この評価記事があったらしいのですがあり得ないと思っています。
なぜならこのアンプと鳴らすべきスピーカーシステムはJBLから独立して、
レッドツェペリンの後押しでできたメーカーで2名がAurex提携で来日。
私は磯子の音響工場で彼らと話して,彼らから来ないかと誘われました。
私はこのメーカーに企業留学を決めて交渉をしていました。
彼らから、このスピーカーシステムはJBLを超えるが、
それにはこのゴジラしかないと言われていました。
無論、このゴジラのアンプはアンプジラでした。
このスピーカーシステムを知っている人はまだ出会っていません。
しかし、ゴジラもアンプジラも製造物責任法が丁度できたのに、
使用者納得であり、製造物責任は今も放棄しないと使えません。
それは、このアンプで感電したり、
スピーカーシステムが破壊されたりしても「使う」ということです。
そして、ジェームズ・ボンジョルノの存在を知りました。
私は、SZ-1000は必ずこのアンプを繋いでならしていましたが、
表向きにはAurexのパワーアンプでした。
アンプジラ2000はようやく大阪に行ってから手にいれました。
しかし、そのためには整流器が当然必要であり、
電源コードもメディカルコードでなければなりませんし、
このアンプの下も本当は金素材ですが、
私はインド産の石材を使っています。
アンプジラ2000はジェームズ・ボンジョルノの最後の作品です。
彼はもう逝きました。
?


目次を見る

『美大生1年のときに私の最初の社会的なデザイン』


   


     9月 7th, 2015  Posted 12:00 AM

美大生1年生の夏休みに、私は福井に帰省してアルバイトを探しました。
当時、福井市には唯一のデザイン事務所がありました。
グラフィック関係の事務所で、その頃でも、
パッケージデザインの依頼があると、
パッケージ年鑑をクライアントに見せて、
そこから「なんとなくこのような感じで・・・」という依頼に
学生だった私は激高して、アルバイト一日目で辞めました。
その時地元にUHSの福井テレビが出来て、
そのマーク募集がありました。
「道楽学校」という父に逆らって夜は、
このマークデザインをして金沢に戻るとき、
母に郵送での応募を頼んで金沢の下宿に帰ったところ、
私のロゴタイプが入賞して採用になりました。
このロゴタイプが私が社会へのデザインを提示した最初の仕事でした。
昔使っていた書籍にこの新聞切り抜きが入っていました。
1969年の私のデザインは
福井テレビ20周年で新しいマークに変わりました。
今では決して見ることができない「テストパターン」に、
私のデザインは、まだレタリング教育中でしたが、
社会への最初の提示作品になりました。
賞金も覚えています。10万円です。初任給が4万円の時代ですから、
私はこの賞金で
カメラ「ニコマートと三脚とマクロレンズ」を買うことができました。
東京で交通被災をして体はボロボロになって福井にもどりました。
その時には、東芝でC.I.を徹底的に学んでいたために、
福井テレビにCIの申し込みをしましたが、理解をえられませんでした。
ところが、テレビ局は今も2局しかありませんから、
福井テレビに私がCI提案をしている話が福井放送=FBCにも聞こえ、
福井テレビでは採用されなかったCIを
福井放送で新たなマークからCI全般を担当しました。
だから、当時は高校時代の友人には、
「お前は嫌なやつだ。深夜テレビ終了時に、
福井テレビも福井放送もお前のデザインで終わる」と言われる羽目でした。
2.3年前には福井放送も私のデザインしたマークは終わりました。
福井放送のマークを
私のデザインのままでと主張してくれる社員の方々もいましたが、
私は「時代とともにマークのデザインが変わって当然」と応えました。
グラフィックデザインでは決してやれないデザイン分野は、
今やユーザーインターフェイスや
エクスペリエンスデザインがあるように、
マークに動画性を持たせることだと思っています。
 FTB=ftbマークは、
最初のデザインから微調整的に変更されましたが20年使われました。


目次を見る

『工業デザイン教育での「手」のトレーニング』


   


     9月 6th, 2015  Posted 1:00 AM

美大時代、レタリングの実習は本当に厳しかったのです。
デザインストロークは、当時は丸ペンで合格が出るまでであり、
私は9枚描いてやっと合格。一枚が18時間かかりました。
その後には、カーペンターペンシルで、
手描きでアルファベットを描きながら文字の構造=書き方を習い、
それを決して定規を使わずに
セリフ体・ノンセリフ体をCaslonからFutura
そしてScriptまでを合格が出るまで、
一年間徹底的にやることで、
水平・垂直、そしてヘアーライン調整感覚が身体化するまでやりました。
私は当時、それをもっと論理的に知り尽くそうと、
この本は高額でしたが、
読みあさって自分になんとしてもレタリング論理を知ろうとの想いでした。
従って、社会人大学(鯖江市でSSID・市長二人で17年間が3人目市長潰す)
大学人になってからもデザインストロークや、
文字構成やレタリング・ロゴタイプは実習で徹夜は当然にやらせました。
この授業が厳しいというので、親御さんからは苦情の電話までありました。
それには直接に私が応えました。
「承知しました。学生さんに私の部屋に来るように」と。
「どうする気なんだ」
「わが校は公立大学(名古屋市立大学芸術工学部)ですから、
即刻,退学届けをご本人に」、
すぐに電話が切れて、学生達にこのようなやりとりが合った旨を伝えると、
翌年からはこの授業には親御さんからの苦情はゼロになりました。
大阪大学大学院では、時間が限られているために、
この教育はもっと厳しく行いました。
大阪大学大学院では、全てをデザイナーにするつもりはなく、
JAXAや警察官僚まで様々に「デザイン」のそれこそ、
ロゴタイプやレタリングは「手」の訓練を最重要視しました。
最近、デザイン業界はひとくくりにされています。
決して、トレースなどといういい加減さはありません。
トレースとはレタリング手法で言えば
まずカーペンターペンシルでトレーシングペーパーに下書きをして、
その裏面を鉛筆粉で塗ってから、準備原稿に手で移す作業です。
トレースとは、PCを使ったコピー&ペースト作業ではありません。
レタリング・ロゴタイプをあくまでも「手作業」で訓練しない限り、
PC上でのレタリング=書体構成でも
カーニング=文字間隔の調整はできません。
少なからず、グラフィックデザインの最近のデザイン教育内容では、
工業デザインの「構造」は語れるわけがありません。

「手を頭脳化するトレーニング=デザインストローク」
「デザイン基礎力の一つから現代社名ロゴをみると」


目次を見る