kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘コミュニケーション’


『コンシリエンスデザイン学域の統合図解』


   


     8月 18th, 2015  Posted 12:00 AM

学問・教育の領域を図解化したのはバウハウス時代が鮮明でした。
私は大学人になって以来、芸術工学という学術と芸術に、
デザイン、その実務性、職能性、デザイン学、デザイン工学を整理。
私自身は美大での産業美術学科からプロになっての経験母体と、
大阪大学大学院では、
デザイン理工学・デザイン医工学・デザイン文理学・デザイン政経学と、
四つにそれぞれの学域を設定し、なおかつ、より大きな統合化を目標。
それは、安全・安心・防災・防犯で健康と生命を囲んできました。
周縁に配置した学域も、信頼学・価値学・保健学・防衛学になりました。
そうして、学術と芸術、文科系と理科系、その統合も、
機能的統合・伝達網的統合・規模的統合・文化的統合で解釈を可能にし、
コンシリエンスデザインにて、直接的には看医工学を焦点にしました。
名古屋市立大学に芸術工学部が新設され、芸術工学研究科完成にて、
私は大阪大学大学院で、この体系化を積み上げてきたと思います。
この大きなきっかけは、March 11.2011・東日本大震災でした。
現代日本は、戦後70年であっても自虐史観とともに拉致問題を抱え、
それでも2020年のオリンピック・パラリンピックに期待がありました。
しかし、東日本大震災どころか、気候異変と感染症増大など、
本当は学術も芸術もコンシリエンスされ、しかもデザインが主体でした。
しかし、性悪説に陥った連中には、日本の問題は破壊されています。
私は、性善説がインターネットの誤ったコミュニケーションや
マスコミの商業主義で台無しになっていることへ喧嘩をしかけます。
その大前提に、学域の体系化をこれまでのプロ経験から組み立てました。
あくまでも、この学域論理に従って私は自分の活動に経緯をもたせます。
それがプロフェッショナルなデザイナーであり大学人だと思います。


目次を見る

1月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 18th, 2015  Posted 12:00 AM

1月18日 甲午(友引)

なんとかハラスメントが流行し、
一方で、言論の自由と言い、
そして、個人情報だから、
でも、コミュニケーションをと。

これほど無茶苦茶な社会情勢だ。
喧嘩師に徹底しなければならない。

ハラスメントなど関係無い!
言論なんて不自由さがいいに決まっている!
個人情報とプライバシーに分別が必要だ。

川崎和男「喧嘩道」


目次を見る

『パソコンがもう変わり始めているから・・・』


   


     9月 1st, 2014  Posted 12:00 AM

私は正直、予知力があるともう言えると思っています。
コンピュータを知ったのは、東芝に入社して新人研修の時でした。
TOSBACでFortranも Cobolも、パンチカードで教わりましたが、
これが日常化するなんて、とは全く思いませんでした。
ふるさと福井に帰って、悶々としている私に、
コンピュータへのきっかけを与えてくれたのは幸運にも親友であり、
彼は今、福井キヤノンの会長です。
MacからEWSと自習自得しながらすでに私の日常化はPCありきですが
やはり、with Googleは、革新を起こしています。
いるようです・・・とは言えなくなってきたと私は主張します。
プログラミングのプロが教えてくれたchromeOSに可能性をみます。
電源でもう悩む必要はありません。この電源で十分です。
そして、これまでのパソコン、
私はWindows系は前頭葉を刺激しない美学零パソコンですから、
これをいまだに使っている人は全除外できます。だからこそ、
私には未来が見えているのだと自覚も認識にも自信があります。
ネットワーク・クラウドのアプリはとても新鮮です。
となればこのchromeOSの進展が必ずMacの世界に反映するでしょう。 
パソコンと呼ぶのも終焉するかもしれません。
ウェラブルPCへの特にデザイナーという連中の眼差しが
事実流行に乗って勉強したとかで狂っていることを一杯見ます。
私は性格上、許せないとなれば本人に伝えてしまいます。
そして怖がられていますが、
折角、これだよ!って言うのが分からないなんて、
どれほどバカでしょうか?、アホウでしょうか?!
このchromeOSに向き合ってみれば気づくとは思いますが
無理な輩が増産されていることも事実です。
そうだ!、これでevernoteをfacebookをgoogleを使ってみれば、
ネットワークがクラウドから飛び出さざるをえないこと、
分かってもらえるでしょうか!、なんて思ってしまっているわけです。
このOSが車載されたら、
車どころかTVも、だからコミュニケーションそのものが
確実に変わる!と思っています。

『まだ新たなOSのパソコン=HP Chrome11』
「色彩感覚とCAD感覚・05」
「コンピュータを強く認識したときの人物と試作デザイン」


目次を見る

『会話と対話の構造から』


   


     8月 7th, 2014  Posted 12:00 AM

人間同士のコミュニケーションには二つの形式があります。
会話=conversationと対話=dialogueです。
最近は会話が出来ない人が増加しているという話を聞きます。
私自身も、会話が出来ないのは、基本的には年代の違いを感じます。
それは極めて常識的な関係性という構造が壊れだしているのでしょう。
さらに、会話が限定化されると、それは対話になります。
そして、明らかに会話と対話には大きな差異があることです。
なぜ一方がcon+versationであり、一方は、dia+logosが問題です。
明らかに、対話はギリシア語のdialogosが語源であることに注視。
これはdiaとは決して、conである「二つの」という意味ではなく、
「・・・として」ということから、言葉としてのやり取りという
会話での限定性を意図しているととらえるべきでしょう。
ともかく、会話にしても対話にしても、
人間の関係性は話合うことが、言葉を厳密にしてやり取りに至れば、
それは「対話」になり、談話や雑談を超えた関係性の構造です。
そして、対話には、自分自身だけでの会話が成立していることです。
したがって、会話という二人同士の話合いが出来なくとも、
人は自分自身への言葉の確認作業=表現体系づくりは可能です。
なぜ私はここで「会話」と「対話」を取り上げているのでしょうか?
それはデザインする対象への会話形式と対話形式を明化するためです。
私は話をモノ=デザイン対象にしたときには、
会話としてのデザインと対話としてのデザインがあることの分別です。
デザイン対象の表現が、会話なのか、対話なのかは、
現状のデザインすることとデザインされたことの関係性の構造です。
ひとまず、この記載があったことを記憶に留めておいて下さい。


目次を見る

『日本人である「三種の神器」の意味再確認』


   


     3月 27th, 2014  Posted 12:00 AM

私は日本人で在ることをとても誇りに思っています。
その根本として「三種の神器」という日本国家のモノの存在です。
「三種の神器」というのは、簡単に言えば、剣・勾玉・鑑です。
当然ながら、この三つの国家としてのシンボルには、
それぞれの意味が配置されていますが、
私は、私なりの解釈をしています。
鑑は「太陽」をシンボルにしていますが、私は鑑=鏡として、
人間の通信=コミュニケーションの象徴であり、現代はそのまま、
光通信に直結していると思っているのです。
「勾玉」は政(まつりごと)の基本=呪術のモノですが、
私は、自然界からのモノを磨き上げてきた技術の表れと思います。
そして、刀=片刃ではない剣(両刃)は、まさに刃物であり、
これは武器=自分の身を守り文明の源のシンボルです。
しかし、日本人にとっての武器とは、もっと深度がある思想、
すなわちそれは、剣をシンボルとした思想の象徴と考えます。
世界のいわゆる王室=政は剣でそれぞれの王室国家は、
その武力性を剣そのもので表しているわけではありません。
むしろ、その剣を持って国の安全保障を誓約する象徴なのです。
国家の安全の象徴は、そのまま国家理念・国家思想です。
こうして考えてみると、「三種の神器」である三つのモノは、
その国家に属することの人間の生を護る三つのモノであり、
それを国家の基本としている日本の成り立ちを、
私は見事に信頼することが出来ると思うのです。
そして、私は、日本の未来、日本人の未来を支えるモノの体系は、
必ず、これらの象徴された剣=思想、勾玉=技術、鑑=伝達に、
すべてのモノの体系に治められる、
まさに隠喩として納得理由があると思うのです。
だから私たち日本人は「三種の神器」在ることを誇れるわけです。

「『鏡』の存在を知り尽くすこと」
「この技術はデザインによって大変革の時期がきた」


目次を見る

「商品・コミュニケーションから意味論的デザイン」


   


     12月 22nd, 2012  Posted 12:00 AM

大阪大学大学院での大学人として、デザイナーとして、
最終的な結論に至ったことは、
「商品デザイン」・「コミュニケーションデザイン」、
あるいは、モノのデザイン・コトのデザインはすでに、
「記号論・意味論としてのデザイン」に決着しました。
来春3月に阪大を退官するにあたって、
一つの焦点を決定づけておきたいと考えています。
学生たちには、
「デザイン」と聞けば、
手法・実務・問題解決・美学的存在性の具現・問題提起と方向決定が
身体化してくれればと願って講義をしてきました。
それは、現在の日本の経営者やリーダーには、
特に日本の美学・能狂言から伝統工芸、
さらには宗教哲学や思想への統合的な見方など、
そうしたことが欠落しているから、
日本人のリーダーたちが考える
グローバリズムすらゆがんでいると判断しているからです。
特に、アジア近辺からの留学生には、
第二次世界大戦後の自分の国と日本の関係を
自学してほしいと訴求してきました。
そこには、あの世界大戦時に日本は必ずしも、
帝国主義に徹していたわけではなく、
日本の武士道やその美学性を発露していたことも講義では語ってきました。
最も、その講義は最近では
日本人学生は居眠りしがちだったことも告白しておきます。
今年は、特に、
「記号論」を先端的統合的な学際化としてのデザイン解説にしてきました。
その論理化には、二つの方法がありました。

 ・最大公約数的思考 The greatest common divisor theory
 ・最小公倍数的思考 The least common multiple theory

この思考方法を積み重ねて、結果と効果、
すなわち、それが意図ある造形のかたちと
意味される造形としてのかたちに「成っている」という論理でした。
私は、この考え方が、
現代どこにたどり着いたのかということを見直してみると、
それは、論理演算として
コンピューターに繋がってきたものと断言することができます。
ある概念集合の様々な要素や要因から、
その素数的な共通項を積み重ねると、
この画像の α・β・γ・ζ が最大公約数的な構造になります。
そして、その集合体の残存して集合が ζ という
最小公倍数的な構造になっているということです。
したがって、その ζ にこそ、
「記号論・意味論としてのデザイン」結果・効果が、
デザイン造形の「かたち」であり、
「かたち」に結実しているデザインだったということです。


目次を見る

「記号はNetworkとServerと私たちのimageに存在する」


   


     11月 25th, 2012  Posted 12:00 AM

三つ目の波が「情報革命」でした。
その革命によって、
「情報化」・「情報」はNetworkによって繋がっています。
もっとも具体的なNetworkは、「インターネット」であり、
それはwww-server、
あるいはName Domain Systemとして地球に覆い被さっています。
1970年代から、今日の情報社会までの急激な変貌は、
私たちの意識まで変えてしまいました。
結果が、端的に
「情報=知識・意識・諜報・案内」というコンテンツとして、
私たちはもう一つのコミュニケーション方法として手に入れてきました。
しかし、功罪相半ばを認めておかなければなりません。
おそらく、世界中の人が毎日、
電子メールを読み、インターネットにアクセスしています。
「ユビキタス」時代は、すでに「クラウド」時代に突入しています。
そして、その基盤であるデジタル処理が、
Serverによって、管理と運営と維持されています。
私はその基本程度は常識として知っておいてほしいと思っています。
数年前に私はコンピューター企業の代表的企業後援の講演で
「コンピューターが消える日」を通告したことがあります。
その時以来、よく質問をします。
「サーバーって何種類あるのだろうか?」、と。
大学院生ですら知りません。
すでに彼らは幼少の頃にはもう日常生活にパソコンは存在していたのです。
私が、ここに掲げているサーバーには、それぞれの役割があります。
せめて、その役割程度は常識にしておいてほしいと思っています。
なぜならば、
私がこのところ
「記号」・「記号化」・「記号学」・「記号論」を持ち出しているのも、
実際は、自分をパソコン能力に喩えれば、
自分の脳内にこの五つのサーバーが、
その人の能力そのままのスピードとメモリーで構成されているからです。
「頭の回転が速い」とか、「知識の箪笥引き出しが多い」というのは、
まさにサーバーになぞらえることが可能です。
それは、あなた自身のイメージのサーバーも、
この五つに必ず分類することができるでしょう。
なぜなら、私たちが共有しようというイメージが「記号」であり、
その「記号」の存在野=存在装置がサーバーだと言ってもいいからです。


目次を見る

「iPhoneに受話器、電話形式転換へのガジェット化」


   


     5月 12th, 2012  Posted 12:00 AM

ワイフの机上にある受話器とiPhone(左)、
そして私は受話器だけ(右)を自宅ではつないでいます。
おそらく、コントのような演出道具のようですが、
使い勝手では、スマートフォンと受話器のガジェット化に、
次世代の電話機セットが見え始めていると思います。
すでに受話器とiPhoneがBluetoothゆえにワイヤレス化、
そんなガジェットも登場、大学ではコレを使用しています。
そして、もう自宅、ホームでの電話通信には、
これまでの電話機は不要になってきています。
むしろ、パソコン無しでのSkypeでのガジェット化なども、
新たな商品化計画になっていくでしょう。
かつて、最も「必要なモノ」という質問の答は、
「ケータイ」でした。
そして、最も「不要なモノ」という質問でも、
答は「ケータイ」ということでした。
それほどケータイが日常生活での要不要を決定づけたのです。
電話というのは、会話・対話=コミュニケーションの基礎として、
現代生活では重大なツールであり、
人間関係化のメタファーとレトリックとモードになっています。
したがって、「関係化」とは、
世界構造に連関した人間社会の基礎構造です。
この構造化をスマホという通信形式のガジェット化は、
「受話器」は電話形態の系譜をそのまま受け継いでいます。
ここから、「電話システムの次世代革新」を想像することは、
とても重要な一つの視界かもしれないと、
私は確信して、このガジェットを楽しんで使っています。

目次を見る

1月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 25th, 2012  Posted 10:00 AM

1月25日 先負(乙酉)

手がけている仕事内容を
俯瞰的に捉え、
世間とのコミュニケーションを
バランスよくこなしていける
人財(人材という言い方はまちがっている)
がいなければ、
新商品開発でも企業経営でも、
それ以上の、発展や進化は望めない。

『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体


目次を見る

「現代の重大概念と技術支援とのギャップ」


   


     1月 7th, 2012  Posted 12:00 AM

「光景」とは人間の生死を対照化する景観です。
そしてその光景景観=生死境界には、
現代性を共時する言葉・概念が表れています。
その一つが「コミュニケーション」という概念と手法だと考えます。
3.11の大天災時に、
生死という光景を決定づけていたのも「コミュニケーション」でした。
それは「コミュニケーション問題」として
再検証すべきものになっています。
NHKは日本の最大マスコミとして、
災害情報発信においては毎日トレーニングをしていると聞きました。
よってその放送があまりにも冷静過ぎるとの批判さえあるらしいのです。
推測ですが原電での事故トレーニングは行事でしかなかったのでしょう。
さて、今回の連絡コミュニケーションはラジオ・テレビではなくて、
地元では、地元それぞれの地域内放送でした。
それは日常ツールであり、メディアでは無かったのかもしれません。
そしてSocial Networkでのtwitterが最も情報の拡散を果たしました。
写真にあるようなケータイの充電風景と、
ホワイトボード上に書き込まれた現場情報の共有情景、
この風景と情景によって、「光景」を決定づけている、
「コミュニケーション」の手段でありツールでした。
つまり、「コミュニケーション」は、
メディアとコンテンツがその概念の中軸のように思われます。
しかし、ホワイトボードとケータイという「ツール」が
コミュニケーションの基軸でした。
私は、現代、communication論として、
media・contents・toolとして再考するならば、
あらためて、toolのデザインがcommunicationでは
com=二つ対峙する関係がnicateお互いに分け合うこと、
そのためのtool論が本当は大問題だと知ることになりました。
コミュニケーションにとっての重大事は、
コンテンツが中心では無いというのは私の持論です。
コンテンツよりもコンテクスト=文脈、
それは「分かち合う脈略」がコミュニケーションの定義だという主張です。
あらためて「コミュニケーション」という現代重要概念の共有共時性は、
contextとtoolをこれからいかにデザインと技術支援し、
技術進化を果たしていくかを確実にすべきと判断します。
単純に「コミュニケーション」は、語れば語るほど、
現代社会観での光景論を喪失していることを露呈しているのでしょう。
communication=tool+contextが正解なのかもしれません。
よって、mediaとcontentsは
光景=生死からは離脱した概要だということが可能です。

目次を見る