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Posts Tagged ‘鏡’


『2Dから3Dへの視線は動線になる』


   


     2月 10th, 2020  Posted 2:00 AM

眼球は唯一、一部むき出しの臓器です。
目で見る、視る、観る、覧るといったその生理と機能があります。
絵画の瞳は、2次元で表現されていますが、
レオナルド・ダ・ビンチは、解剖の経験を絵画にまで持ち込みました。
モナリザの視線は、追いかけてきます、
モナリザは、どこから見ても視線が合うのです。
視線が合うダ・ビンチの絵画は2次元から3次元の表現となり、
それは彼の功績です。
したがって、液晶TVでも2Dと3Dが間違っているのがあります。
遠景がはっきりと見えるのは、大きな誤りです。
以前、私は依頼があっった選挙用のポスター撮影に立ち会った時、
鏡に視線を送って撮影し、視線が合うつまり3次元の表現を作りました。
鏡の像を反転したポスターで、
どこからでも見つめる視線を持つ選挙用ポスターの完成です。
そして目で見る、映像のモニターとその画づくりはもちろん、
長年、私はメガネをデザインしてきました。
メガネの由来はいろんな話がありますけど、
「目の差し金」だと言っています。
そもそも依頼された企業には、
皆アイバンクに登録することから
デザインに取りかかりたいと言いました。
有難いことに、私はダ・ビンチのように解剖を経験でき、
私は目周辺の筋肉、血筋、リンパ線を知っています。
そろそろ、こういった目のメガネへの知識と知恵を
めがね産地の福井と鯖江のデザイナーに
全てを受け渡したいと思っています。


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『「腰」では絶対疲れるから座れないアイディアがある』


   


     9月 17th, 2019  Posted 12:00 AM

「座れる」イス+ソファーの組み合わせ=2台と、
もう1台はステージ展示、その実像と虚像でした。
正面に設えたコンクリート壁の裏側には天井も床も突き抜けた、
「鏡の裏には冥府への階段がある」ことを
AXISにディスプレイ。
もはや階段でも虚像でもない、これからの新しい世界観を表現しました。
いわゆるリアリティを乗り越えるデジタルな、
それこそVRでもAIでも無い、これからの視界観が広がっていくのです。
極薄のカーボンの板としての座り心地を実現するために、
「腰」で座るということから離れました。
「腰」では無い、いつも私は車椅子を使っているからこそ、
そのアイディアを「座る」ので出来ました。
たった1mmの平板を5mmの波型で、
炭素繊維の「性能」を造形化しました。
そして、「性能」の造形化、
デザインしたいと望む素材にはアラミドとボロンがあります。
ボロンでのLPプレーヤー用のカートリッジ カンチレバーを
40年前に「ナガオカ」で商品化しています。
この商品は、山形県東根市の返礼品になっています。
これらの素材は、超軽量及びその強度といった性能が、
絶対に「神話化」することは間違いではないでしょう。


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『WAVELET RESPECT』
「Mythology from an Efficiency」


   


     9月 14th, 2019  Posted 12:00 AM


● マルイチセーリング株式会社による新商品発表会を実施

● スケッチからスタートした新素材カーボンによる倚子の開発

● 100年経っても丈夫で変わらない美しいデザインを


● カタログデータ(低解像度PDF)



プロモーション動画 3minutes

● 鏡を用いたインスタレーションによる発表会

● 実像と虚像の共存による展示空間演出

● 会期中に実施されたプレゼンテーションの様子

プロモーション動画 8minutes

● Kazuo KawasakiのDesign Language:「WAVELET RESPECT」


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『春日大社で最も古い太刀が見つかったことは徴である』


   


     2月 13th, 2019  Posted 12:00 AM

春日大社で、特別展が開催され名刀が一堂に公開されています。
大社と言えば、大きな神社のことと言われます。
神社、神宮、大社、天満宮、八幡宮、稲荷と格式と違いがあります。
日本には、仏教と神道がありますが、私はこれらのモノとコトを、
単にいわゆる宗教と言い切ってません。
768年に建立された春日大社には、神道である、天皇制よりも
日本国家という国づくりの瞑想的な逸話があります。
春日大社の宝庫で昭和14年に発見された太刀が、およそ80年経って、
研磨され日本刀の原型が成立した平安時代末期、
国内最古級の日本刀だと昨年明らかになったのです。
「古伯耆物(こほうきもの)」と呼ばれます。
太刀と刀剣では、身に付ける方法が変わります。
平安京の頃の太刀とは、刀としてもどこまで丈夫であったのだろうか。
刀剣といえば鎌倉時代よりも、
それこそ神具としての太刀があったということです。
日本人としての倫理性=武力具ではないことが、確かめられるのです。
春日大社のある奈良、大和国は
山城国、備前国とともに刀剣の産地でもありました。
神具である太刀には、神社の瑪瑙、鏡、そして刀があるのです。


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『鏡・・・私の造形要素となっている』


   


     1月 27th, 2019  Posted 12:00 AM

「鏡」は、造形要素として使う最初のきっかけでした。
インダストリアルグラフィックでのアイディアと、
さらに、チューナーグリル、
そしてメーターに誰も思わなかった鏡を造形要素とし
Aurex チューナーST210が完成しました。
ギャラリー間での「プラトンのオルゴール」展では、凹鏡球面内の球を
虚像として浮かび上がらせるプラトンのオルゴールや
立体を鏡を介して絵画を出現させる
モンドリアンのオルゴールでもそのアプローチを実践しました。
さらに金沢21世紀美術館では、各展示空間で鏡との
対話、拡張、対立、調和と造形要素としての
鏡への実践的デザインを続けました。
鏡については、美術評論家・宮川淳で賢明に学びました。
「鏡の裏には冥府への道が・・・」があることや、
左右対称ではない「対称性の破れ」、そのデザイン的解釈を
このチューナーで表現しました。
ともかく、営業からは「これが売れるのか?」と詰め寄られ、
すぐに、殴りたくなる私を止めたのはKチーフでした。
私をいつもかばってくれたKチーフには今も頭が上がりません。
若い頃は、デザインを通すためには
力ずくでと目上の人達にも食ってかかっては
「高校時代なら殴ってる」と腕まくりをしていました。
結果、腕力ではなく、あくまでもデザイン力で、
パワーアンプ、メインアンプなどには、
インダストリアルグラフィックと鏡・鏡面が使われる状況になりました。

プラトン

モンドリアン


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『玄関にアナログシンセサイザーでクラッシック』


   


     1月 6th, 2019  Posted 12:00 AM

自宅の玄関には音楽が鳴っています。
玄関は、鏡とグレートーンの石タイルと
天井壁紙で仕上げてあるので照明がない時は真っ暗です。
そのため、ドイツ家具 KAREのチェストをアクセント的に置いて、
その上にコルグのピアノ シンセサイザーを設置しました。
このシンセサイザーは、61鍵盤の電子ピアノとして演奏を楽しめ、
普段は鍵盤の数だけのデモ曲を自動演奏にしています。
ここの空間には音楽がどうしても欲しくて、ズーッと探し求めていました。
本格的なシンセはプロ用で2台持っています。
美大の頃に、ロバート・モーグが本格的なシンセを発明しました。
そのシンセのデザインをやりたいと、
主任教授の命令でしたが東芝に入ったわけです。
東芝での配属希望を記入するときには
「第1希望 音響 第2希望 音響 第3希望 音響」と書きました。
フリーランスになってからも音響作曲は継続していて、
コルグはアナログ・ミニシンセを三台使って様々な音を創りました。
亡くなった母から、
「あなたは美術か音楽が向いている」と言われていたこともあり
音楽はピアノが出来ないけれど、16拍子は手では無理でしたが、
32拍子以上まで自在に出来るシンセにのめりこんだのです。
東芝の総研にある音響研究センターで音楽を徹底的に学び、
特にモーツアルトのピアノ協奏曲には、
暗記する程にスコアと音響を聴きました。
だから、玄関をドアを開ければ、
クラシックの音が響いていてほしいのです。


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『「刀狩令」が刀剣を武器ではなくしている。』


   


     12月 20th, 2018  Posted 12:00 AM

武器を使わないことが、日本の魂でした。
刀剣は日本では武器ではないのです。
三種の神器、鏡・玉・剣のひとつでもあり、
天皇の受け継ぐ宝物の意味だけでなく、
支配や権力の象徴でもありました。
刀剣は、神様を崇める道具、魔除けとして
例えば、薬師寺では咒師が「五穀豊穣」「万民豊楽」を祈り
2本の刀で天地を指し、堂内を結界します。
より身近な端午の節句の弓と刀は、神様が降りて宿る長い弓と
人を傷つけない儀式と護身のための飾りであるのです。
しかし、世界中では、武器である刀剣を
精神的にも象徴ということがまだ行き渡っていません。
日本の歴史上には度々「刀狩」がありました。
それこそ、鎌倉時代には1228年には高野山の僧侶や従者から、
刀剣などの武器を取り上げることを行いました。
また柴田勝家は1580年には一向一揆を鎮圧平定し越前を治めました。
刀さらえ(刀狩)を行い、集めた武具を作り替え、
作り替え農具にして、領民たちに渡しました。
その後、賤ヶ岳の戦いで秀吉に敗北します。
私の高校時代には、駅の西方には柴田勝家が
深夜に歩いているという都市伝説がありました。
そして、安土桃山時代1588年8月29日には
豊臣秀吉が「刀狩令」を発令し、
日本全国で、兵農分離を進める政策を打ち出しました。
男子の人格と品格、名誉の象徴は、施策の対象となったわけです。
現代でも、米国では武器である拳銃や銃器を
国民が取り上げることはとても困難です。
背景には、秩序ある国家支援の退職者軍人組織があるからです。
私は刃物のデザインをし道具をつくりだすこの道具を大切にしています。
そして日本の葬儀では慣例ですが、
亡くなった人は守刀を上にのせて守られあの世へ向かいます。
きっとデザインした守刀で向かいたいと考えています。


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『セザンヌ、ベラスケス、そしてゴヤ』


   


     10月 28th, 2018  Posted 12:00 AM

私は美大卒で最高だったこと、
水彩画がおそらく自分ではプロ級だと自負しています。
しかし、油彩には一度も接したことがありません。
その中で「曇り空の元では色彩、それも灰色がしっかり読める」という
セザンヌ自身の言葉はとっても大好きです。
私自身は北陸で育ち、北陸の空の鼠色から逃走しましたが。
さらに、ベラケラスでは「自分も絵に登場し、しかも依頼人を鏡で描いたこと」、
これが私の現代画の入り口になっていると思っています。
そしてここまで自伝的な文章での「ゴヤ」はなんと言っても私の座右の書です。
自宅のガレージの書庫にはいつもあります。
この書は、著者が20年ものスペイン滞在し、
日本人の描くイメージ、スペイン=情熱を変えてしまったのです。
実際にはとても高緯度であり、情熱の国と言われていましたが、
それは日本人のイメージでしかないのです。
ゴヤは宮廷画家になるまでは、様々な手練手管をはかり、
敵を決してつくらないなどをあらゆる手段を実行しました。
そうして彼はとうとうに宮廷画家のトップになってしまうのです。
もはや誰にも文句をいわれないこの宮廷画家の立場で、
とんでも無い芸術の画面を創り出してしまいます。
やっと画家が本来の人間の醜さ嫌らしさまで描きあげました。
画家がジャーナリズムを創るというゴヤの芸術は、
画家の社会的意義をも創出したのです。


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『ブツドリというカメラ撮影のテクニックは重要』


   


     8月 24th, 2016  Posted 12:00 AM

取材にはプロのカメラマンが同行されます。
そして、自宅でいわゆる「ブツドリ=物撮り」をします。
デザイナー、特にプロダクトデザインでは、
このブツドリは、デザイナーの一つの技能だと考えています。
カメラとの自分の歴史は、祖父にもらったカメラで、
絞りとシャッタースピードというのを知りました。
そして美大では特別講義で、被写界深度とかを教わりましたが、
ほとんど覚えていません。
しかし、当時、ある放送局のシンボルマークのコンペで、
賞金をいただいて、ニコマートを手に入れ、
独学で写真を撮り始めていました。
ところが、東芝時代は必ずスタジオに出向いて、
これも業界用語のプロ撮をしてもらっていました。
そこでは、プロカメラマンの様々な撮影を見ることと、
気さくなプロには質問をして自分撮影で試すことができました。
最も残っているのは、光は必ず一点からしかこない。
なぜなら、太陽の光は一方向だけだから、人工照明でも、
影は一つしか出来ないことを教えられました。
自分がようやくデザイナーとして、雑誌にも取り上げられると、
その雑誌の編集長から、
「君もそろそろ撮影はFさんにしようか?」と言われて、
紹介をしてもらいました。それはあこがれのカメラマンであり、
建築とプロダクトデザインのみの専門的で高名な方でした。
それこそ、「これを撮影して下さい」といえば、
「何日かあずかっていいか?」と言われるのはデザインとして自信作でした。
しかも撮影されると、「代金はいらないよ、雑誌の表紙に使うから」、
これが撮影料かと驚くのは、デザインがいまひとつという物でした。
したがって、彼の撮影方法を自分は真似ています。
影をそうするか、そのための背景素材、背景素材にそれを使う?など
鏡で照明を一点に集中させることを、
いわゆるブツドリでは撮影テクニックを覚えてきました。
最近はスマホで撮影が出来、しかもアプリで光からコントラストが
自由になる時代ですが、コンパクトなデジタルカメラをなるべく
コレクションにはしないつもりでいます。
しかし、まだ使いこなせないカメラがあります。
これは、絞り・深度・シャッタースピードの
アナログ性をデジタルにした最高級のカメラです。
いずれこのブログの写真が撮れることをまだ練習しています。

* 『美大生1年のときに私の最初の社会的なデザイン』
* 「デジタルカメラに向かい合うとき」
* 「カメラ修行は今なお・・・」
* 『今のコンパクトカメラはこの三台』
* 『デジタルカメラはなるべく買い換えない。』


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『鏡映は冥府に降りていることゆえに「何がデザイン?」』


   


     4月 14th, 2016  Posted 12:00 AM

「鏡の背後には冥府への階段がある。」by 宮川淳
自分はこのフレーズを美大生の時に読んで以来、
それが現代美術へのひとつの大きな入り口になっています。
彼のデビュー作であった「アンフォルメル以後」は
今なお自分のアートからデザインに向かう姿勢の一つです。
まず、「芸術とは何か」という問いかけのその結語は、
この質問は、ただ、表現の再生産でしかなく、
「何が芸術か」という結語から、
彼はあくまでもデザインへの懐疑へ。
自分は、「何がデザインか」を常に問いかけ続けてきました。
しかし、未だにデザインは大きな懐疑=問題解決ではなくて、
「装飾」と同義だということです。
最も具体的には、オリンピックエンブレムデザインの公募や
政党マークの公募に現れています。
表現の再生産を、宮川淳は「鏡」にそのイマージュを重ねたごとく、
それこそ、ルネ・マグリットの「複製禁止」を見て、
ここに明らかな表現の再生産を破壊させられていると受け取る、
その知性がまだまだ育成されていない現実を知る必要があるはずです。
ユニバーサルデザインといえば済まされている思考、
インクルーシブデザインはエクスクルーシブの反対、
スペキュラティブデザインという問題提起での真の答え方、
全てに自分は「デザインとは何か」という、
再生産されてすまされている
「デザイン思考」の低レベルな思考停止の実際を
冷笑して見せることが出来るのです。
もし、鏡の前で自分の左手を挙げれば、
鏡映された自分は右手を挙げていることには気づきません。
だから冥府に降りる前に、「何がデザインか?」なのです。

*『鏡の背後を熟知するため、あるいは解放をめざす』
*『インクルーシブデザインの間違いを正す=KK塾』
*『表現としての美術とは?、教えられた宮川淳』
*『AとしてのB・対・BとしてのA、という連語考察』
*『AppropriationーDesignに紛れ込んできている危険性・1』


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