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Posts Tagged ‘同胞’


『医師以上の海外貢献』


   


     12月 10th, 2019  Posted 12:00 AM

中村哲医師がアフガニスタンで銃弾に倒れた訃報が駆け巡りました。
アフガニスタンではガニ大統領が棺を担ぎ葬列の先頭に立ちました。
正直、私は一回か二回ばかりTVで見たことがあるくらいでした。
それも彼の同胞が死んだ時でした。
ニュースや特集番組から彼の功績、
医師以上にかんがい事業を先導し、江戸時代の山田堰技術より
砂漠を緑の大地へと変えた奇跡の軌跡を確かめました。
そして、アフガニスタン飛行機の尾翼には彼の肖像画まであり、
「私たちのヒーロー」、
羽田空港には在アフガスタン人が80名も出迎えたという話でした。
彼には、祖父の大きな歴史もありました。
それを思うと、それこそノーベル賞平和賞が与えられるべきです。
今同じ時期に誇らしくも吉野先生が
ノーベル賞の授賞式に参加されていますが、
あまりに明暗が分かれる同世代の世界のニュースです。
本当に私たちは海外の、
それもマイナーな国での同胞の親善活動、
彼らの行動、活動が知られていません。


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「青い空は動くのです、しかも晩夏の空にアラート不要」


   


     9月 7th, 2017  Posted 12:00 AM

「青い空は動かない
雲一片あるでない
夏の真昼のしずかには
タールの光も清くなる」
夏をうたいあげたある有名な詩人の一節です。
この平和さを人は懸命に守ろうとしてきました。
そして、まさかなのです。
父は青春を7 年半、日華事変で召集され大東亜戦争で、
満州から蒙古へ、蒙古からインドシナまで、インドシナの解放戦線で、
日本はアジアを開放したにも関わらず、
敗戦はとてつもない言われなき償いを求められてきました。
それもなんともしがたい北朝鮮は、
原爆?水爆?化学兵器?生物兵器?、
これらを私たちにつきつけてきています。
自分の生涯に戦争などは全く無関係と思ってきました。
無念ながら3.11から大天災も控えています。
そうして「Jアラート」って何?
昨日も、緊急速報が立て続けにスマホが鳴りました。
おそらく、先日「Jアラート」を聞いた東北の同胞は
どれほど怖かったことでしょう。
あのアラート音をTVでの再現を聞き直すと、実に上手く考えられた成果、
いわゆる「不協和音」の仕掛けは、ひたすら緊張や恐怖感を与える性能。
この怖さの演出にはエンターテイメントなら、大喝采ですが、
なぜ、すべての住宅・アパートにシェルターを義務付けなかったのでしょう。
私も住宅産業でコンサルタントの経験はあります。
だから災害を考慮して「仮設」ではない「佳設」住宅をやりました。
日本のシェルター普及率は0.02%だと聞きます。
スイスのマニュアルには普及率100%を明言しています。
それは日本国民が平和呆けは認めましょうが、
誰一人政治家は「財産と平和を守る?」って、これ嘘ですね。
三重国籍の野党代表に、国家プロジェクトは仕分けされました。
5年計画で3年で仕分けでした。
「なぜ、私に説明さえてくれなかったのですか?」
「先生が行ったら、とんでもないことになるじゃないですか!」
・・・(そりゃそうだ)って分かる自分がいました。
中国からの講演依頼に、講演前に四つの話をとレジメを出したら、
「永久に貴方はわが中国には入れません」だって。
「教科書問題・靖国問題・慰安婦問題・南京大虐殺問題」、ヤッパリ!
「J アラート」ってこんなデザイン?駄目です。
防衛アラートの問題解決を提案したいです。
パトリオットがもし発射されたら、その周辺は発射の爆音でどれほど、
周囲の建物が被害甚大かも言っていないのです。
「虐殺チームの創成」って、それは戦争でしょ!
韓国が宣言しましたって宣戦布告でしょ、
戦争があまりに近接しているのです。
「夏の空には何かある」ってこの詞、そして作者は
「Jアラート」とは全く詩情には皆無だったはずです。

* 『諦め:自己防衛は不可能になってきた大不安』
* 「スイス政府防災マニュアルは憲法の具体解説」
* 「ハプティックス・アクチュエーターの実現まで」
* 「仕分けされたプロジェクトの重要性から現政権を否定」
* 『大戦学理を超えた平和構築の情勢報告』


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『ふだん・忘れた頃に、まさか・想定外はありえない』


   


     10月 3rd, 2013  Posted 12:00 AM

「March 11.2011」を体験してしまいました。
だから、私は最期の仕事をデザイナーとして、
ふだん・万一の危機=CRISISに対してと、
まさか・想定出来る=RISKに対して、デザイン解決を求めます。
東日本震災の天災と人災で本当に私たちは学んだのでしょうか。
南海トラフは間違い無く起こるでしょう。
私たちは忘れた頃にを思い出す必要があります。
そうして、今度こそ、想定外はありえないのです。
四国、黒潮町には2分間34mの津波が予想されているのです。
幼児、児童、生徒、介護者は2分間で50m高台に逃げられません。
この想定を「忘れてはならない」のです。
私は、デザイン手法で「空中都市建設」を考えています。
黒潮町に限らず、この日本列島全体を空中都市にしたいのです。
東京オリンピック・パラリンピックまでの7年間、
ふだんを危機にまさかを考えて、即行動が私の一番のテーマです。
私はデザイナーの知恵を一杯集めたいと思っています。
この祖国、日本列島を土=つちに、土地=とちを空中に、
そして町・街=まちを創ることをやり遂げなければいけません。
まさか、忘れた頃に、少なからず想定されている所から、
デザイナーが入り込んでいくべきだとずーっと考えてきました。
膨大な同胞を失いました。
彼らのまさかを絶対忘れてはいけないのです。
となれば、ふだんをもっと強化しなければいけません。
私のデザイナー・大学人最期に、CRISISとRISKへのデザイン設計。
3.11以後から、私は「までい Project」と呼んできました。
東北弁での「までい」とは、真剣に、真面目に、
絶対に想定外などを残してはいけないのです。
デザイナーみんなの力を借りたいと考えています。


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「デザインから『ちの理想主義』は創出できるだろうか」


   


     9月 25th, 2013  Posted 12:00 AM

3.11は天災と人災で多くの同胞を失いました。
打ちひしがれた私たちに、オリンピック・パラリンピック、
この東京開催は、目標と時間設定を確認させてくれました。
多分、プロのデザイナーとしての人生も、
この東京開催まで、自分を支えられるかが最大目標です。
私は、一方で大学人ですが、それは先導と主導が可能だろうか、
これが一番の課題になっています。
デザイナーゆえ、ビジュアルでその理念や手法をまとめます。
三つあります。
 ● デザインは形態設計を制度設計にデザイン対象の拡大
 ● 「原資」獲得の具体的手法を先導
 ● なんといって「モノづくり」主体者の意識改革主導
これら三つは、現代の資本主義と民主主義への疑問の整理。
しかし、疑問を溶解するには、
新たな「理想主義」を私は「かたち」で生み出す必要があります。
資本主義の拡大は、歴史的には常に批判され、
その根本は評論以上にはなりきれません。
民主主義への最大抵抗は宗教主義での認識心情を変えるだけ。
私は、この二ついづれも疑ってきました。
4月に「危機解決産業創成デザイン重要拠点」として、
私は、「デザイン講座」と「プロジェクト」を立ち上げました。
あくまでも、「かたち」から入っていきます。
それは、「かたち」が「きもち」を動かし、
「きもち」は「いのち」を絶対に護ることになるでしょう。
それを言語と空間に造形化すれば、
「とち」の「つち」を見直し、「まち」の「かたち」になります。
すべからく、私の理念は「ち」一語に集約するのです。


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「軍需こそデザインによる革新の真の目的」


   


     4月 13th, 2013  Posted 12:00 AM

私たちは間近に狂気の国家に苛まれています。
この国家には拉致された同胞が生きていますが取り戻せません。
それどころか、私たち国家をミサイル攻撃を加えようとするあり様です。
ここ数日苛まされています。
私は彼ら指導者だけを全滅させるべきと正直思っています。
ミサイル配備とともに、消滅させることは時代として当然です。
そして、「軍需産業は不可避」です。
ただし、原爆や原発、そして平和を謳歌した私たちは、
「新しい知恵」、すなわち、
全世界から新たな軍事手法の大変革が必要です。
それは、大量殺人をしない新たな軍事です。
軍事脅迫や軍事暴力を革新するデザインが必要だと考えます。
具体的には、命を奪う方法論を消去して、
「失神状態にて暴力の完全防止」させる新たな軍備物品の発明です。
そうした新たなデザインされたこと、
命を剥奪させない「軍需産業」を日本が提示することです。
たとえば、現在、
わが国の警官は拳銃を「警察権力のシンボル」にしています。
万一、発砲すれば裁判にかけられるほどの大事件になります。
しかし、警官は拳銃の練習では200万発の銃弾が必要と言われています。
しかし、本当に使われる銃弾=警官としての義務発砲は10数発。
もしそれを実行すれば「罪人」になってしまう国家です。
無論、押しつけられた憲法では軍隊を持っていませんが、
私たちの自衛隊は見事に国際的には軍隊です。
その軍隊が国家窮乏の時、拉致被害者になったとき、
海外で同胞が生死を軍事行動に晒されたとき、
私たちは軍隊ではないかぎり、何もできません。
であるならば、私たちの知恵は、
人命剥奪の戦争を永久に停止する新たな軍備・軍需をデザインすべきです。
専制政治で狂い果てている国家のために、
私たちは苛まされていてはなりません。
私たちは「創ることで問題を解決」していく国家・国民であるべきです。
まだ攻撃してこない狂気国家を見ながらも、
私たちは新しい軍備=殺人行動を
決して起こさせない産業化をしていくことです。


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「デザインが新産業MADE IN JAPANを創成させる!」


   


     2月 25th, 2013  Posted 12:00 AM

人間の存在は、天災と人災に毎日、そして日常さらされています。
つまり、人間の存在=生きることそのものが危険いっぱいなのです。
それこそ、3.11という大天災は、
一瞬にして同胞達が消滅してしまいました。
連日、日本国中のどこかで人命は「危険」と共にあります。
天災であろうが、まして人災であろうが、
私たちには「想像し創造する力」があります。
天災も人災も、人間には多大な問題ですが、
そうした問題解決には、
人類は永い歴史の中で大きな知恵を見つけだしました。
それは、どのような問題・問題意識に対決するには、
あきらめることや批判し非難することではありません。
何と言っても、問題と対決するならば、
「想像し創造すること」=問題解決をいつも念頭に置くことです。
それこそ、問題解決の実務は「デザイン」に他なりません。
私は、3.11対策で1年間、
デザイン実務で何としても問題解決に向かいました。
しかし、この問題解決を図るには、政治的な力が不可欠でした。
つまらない「政治ごっこ」の政権などに図れるはずがありませんでした。
力無い大企業も全くあてにならないことを思い知りました。
だから日本国家思いの大組織と「危機管理デザイン賞」を新設しました。
そして、丁度、阪大退官時と重なりました。
それなら、新たなMADE IN JAPANでの新産業エリアを、
デザイン主導で開拓していくことに気づきました。
研究室を引き継いで、新産業=危機管理産業そのものを、
最初から、この関西から発信しようと考えました。
しかも、インフルエンザを経験して、
どれほど単なる風邪であっても生命の危険を想い知らされました。
地球環境問題には、Peace-Keeping Designとも重なりました。
原発問題も、相当に思考を深めなければなりません。
俄然と勇気を出して、私の人生の最終章をかけて、
新産業開発をデザインで主導していくことを決心しています。
あくまでも、「モノづくり」で問題解決を成し遂げるつもりです。
このwebsiteにて、新たなアイディアをいっぱい発信していくつもりです。
そのためには、インターンとしてのデザイナーを求めたいと考えています。


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「この日からの再出発、再認識」


   


     1月 3rd, 2013  Posted 12:00 AM

年末年始、多分、大学人としては最終の論文作成をしています。
国外向けは、いつもながら英文の文字数調整に苦しみました。
国内向けは、なんとしてもこの正月休みに書き上げたいと念じるほどです。
国外向けも、アブスト査読は昨年夏に合格しましたが、
やはり、3.11が及ぼしていることについての論説が求められました。
今世紀に入って、
経済的には多大なグローバルな変動に人類すべてが翻弄されていますが、
とりわけ、私たち日本人にとっては、多くの同胞を失いました。
そして、政権交代によっての政治的な指導力の欠如は甚だしいものでした。
私自身、被災地や内閣、
大企業の復興姿勢には怒りと落胆と情けなさを存分に味わいました。
よって、今度の自民党政権には大きな期待を持っています。
公共投資の方向性など決して間違わないでほしい限りです。
大企業の被災地支援も間近で体験しましたが、
企業トップの指導力や理念など大疑問ばかりでした。
たかが、デザイナーに何が出来るのか、という声が明確に聞こえています。
しかし、私は、来春阪大を退官と同時に、
自分のミッションは決定しています。
私は、2011年1月から5月までの、この映像を見る度に、
日本列島のコンニャクのような脆弱さを再認識させられます。
したがって、今年の4月からの活動こそ、
わが人生、その最期の「行学の実践」にしたいと意気込んでいます。
3.11直後に、大きな活動をしながらも、
ほとんど匿名的な活動も紹介していくつもりです。
それは、昨年8月に創設した「危機管理デザイン賞」の対象にしています。
私たち日本人は、すぐに醒めきってしまう民族性が残っていますが、
もし、自分たちが、この時代との共時性を共有するには、
どこまで、復興と再興に、
自分のプロフェッションを差し出せるかということでしょう。
そんな気持ちに、
この画像は決定的なプライミング・エフェクトを与えてくれています。


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「悪夢は醒めたのだろうか・・・・・」


   


     12月 20th, 2012  Posted 12:00 AM

前回の政権交代は、確かに一つの期待だったと思います。
しかし、この3年3ヶ月は悪夢だったのです。
とんでもない天災で同胞を失い、
神話が崩れて以後の反原発も卒原発も一つの決着案に入りましたが、
まだ悪夢さめやらずが連続しているのかもしれません。
この選挙戦で敗北した人々の顔つきは悪面が多い気がします。
そして、政権また交代です。
日毎の希望と期待感は、まさしく景気に連鎖しています。
日経平均株価8800円は10000円台にまで復活してきました。
私は「景気」というのは現代経済論理事例としては、
一つの指標だとは思っていますが、
その事例を特に「モノづくり」に直結した確信材料にはしていません。
「モノづくり」は、経済動向以前に、
さらに「夢現実」の世界観があってほしいと思うからです。
ただ経験則的には、日本の国家体制が最低でも、
13000円を常に維持していることは原則かもしれないと考えます。
新たなリーダーの言葉はそのまま市場環境の景気感を変動させています。
無論、大きなグローバリズム=これが幻想の景気観の中では、
世界、特に欧州のギリシア破綻への対応観と
米国の景気観がわが国との構造を決定しているものと
判断している次第です。
従って、
本当に私たちは天災を受ける列島の民族であることは確かな事です。
まもなく、2012年が終わろうとしています。
私たちは、新しい年を迎えるならば、
いつも幸運で幸福でありたい、
生きていくということの終末も理解しているだけに、
現実での悪夢だけはなんとしても避けなければなりません。
3.11という決定的な悪夢をなんとしてもはねのける必要があります。
その先行指標がもし、この日経平均株価であるとするなら、
ようやく悪夢から解放されつつあるのかも知れません。
解放されたいとつくづく願うばかりです。
私の人生において、
その時々に、悪夢は襲ってきていました。
ひょっとすれば、
これほど悪夢にうなされる生涯を生きなければならないのが
「人間」なのかもしれません。
だからこそ、「夢」の世界に飛び出していく価値、
その価値づくりの一つがデザインだと思わざるをえません。


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「同胞を救出せよ=わが国の最大的政治問題である」


   


     11月 13th, 2012  Posted 12:00 AM

この本の出版を知った時、
私はとても困惑し、この哀しみと向き合えるだろうかと思いました。
そして、最初の書き出しから涙になりました。
10年という月日が過ぎたからということを
蓮池さんは淡々と記述していますが、
これは日本人全国民が読むべき必読本だと断言します。
ノンフィクションにあらず
レポートにあらず
ドキュメントにあらず
手記などという軽さなどありえず
私たちが、どう嘆き、どう同情し、どう憤慨しようが、
あまりにもアポリア過ぎる問題です。
このような生涯を強いられた人たちが現実に存在し、
そして、私たちが何もできないことをまず知ることが重大です。
日本は、自然災害問題・領土問題・沖縄問題から、
敗戦処理問題の全てを、拉致被害者に覆い被せているのです。
日米安全保障条約はあってしかるべきものかもしれませんが、
この問題解決には何も効力がありません。
だとするなら、政治判断・政治決着を超越してやるべきことは、
北朝鮮との対話や支援などしても、あの国は狂っています。
となれば、もはや政治決断が必要でしょう。
そういう意味では、
10年前、小泉首相はともかく蓮池さんやご家族を取り戻しました。
そのことこそ、国のリーダーの義務だったと思います。
私たちには「何もできません」。
それだけに、まず、蓮池さんのこの本を克明に読了することが必要です。
私は、「本」というメディアの力をあらためて再確認しました。
そして、これほど胸が締め付けられて泣きました。
私も交通被災で車椅子になるという人生を余儀なくされましたが、
それに比べたら、
拉致された方々、そのご家族の想いは想像を絶しています。
未だに、特例法案が決まらず、大学には交付金は来ていません。
地方交付金も届かない現政権を、
「政権交代」と歓喜したポピュリズムに二度と巻き込まれてはなりません。
現在、最大の政治課題は「拉致問題」の解決であり、
この解決が成されなければ、
私たちは同胞を見殺しているということを再認識すべきです。
この本は失礼な言い方になるかもしれませんが、
宗教書であり哲学書であり、
そして、何よりも政治学の教科書であり、
私の感情は押しつぶされています。
蓮池さんがここまで書いていただいたことに深く敬意と感謝をし、
そして、「祈る」ことしかできないことを謝ります。


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「1949年生まれにとっての2050年未来は?」


   


     11月 11th, 2012  Posted 12:00 AM

1949年生まれの私にとって2049年は100歳です。
したがって、2050年にはすでに私の生涯は終わっています。
書店で、この本を見つけました。
2050年という未来予測です。
ともかく読んでおこうと思っています。
その時に、地球は、世界は、そしてわが国日本はと、
想像するヒントだけでも知っておきたい。
ワイフは生きているかもしれないし、
甥っ子や姪っ子には人生の中盤になっていることでしょう。
教え子たちには必ずやリーダーとして、
世の中を牽引していてほしいと思います。
まだこの本は読んでいませんが、
まず、同胞である日本人には幸運と幸福であるべきです。
世界で最も理想的な国家になっているべきです。
大学人になって17年ですが、
17年前に私なりに今日のあらゆる領域の脆弱さは想像していました。
そうしたら、なんと3.11という1000年に一度という大天災と、
またもや、
放射能と日本人は向かい合わなければならないことになってしまいました。
私に残された時間を毎日確認しています。
28歳で車椅子になったとき、
ドクターの宣告は40歳までの生涯のはずでした。
だから、せめて体力は衰えようが、気力だけでも健気に社会と向き合い、
私なりのデザインを残したいと願っています。
なぜなら、デザイナーという職能家として生きぬくことが、
私の天命であり、運命であり、宿命であり、だから使命だと思います。
幸運にも、デザイナーゆえに、「夢を創る」仕事で生きぬけるはずです。
読者諸兄にとっても、
2050年をどのように迎えることになるのかは問いかけておきます。
2012年もこれから歳末はすぐにやってきます。
来年、どう生きるか、それは2050年に連続していくことになるでしょう。
私は、学生たちに最近は、次のように伝えています。
「君が中年になって人生に成功している姿を、
私はみることができないことはわかるでしょう、
だからこそ、君の将来は、
君自身で自分の中から紡ぎ出すしかないんだよ」、と。
未来は常に、「夢を抱いて招来すること」、
これが全ての人にとっての使命だと思います。


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