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Posts Tagged ‘鏡面’


「フルフラット(鏡面)のキーボードが再評価」


   


     6月 22nd, 2020  Posted 9:19 PM

「COVID-19」は、家庭内でのワーキングを変えました。
緊急事態宣言を経て、これからのビジネス形態も変遷するでしょう。
ホームワークでの随時状況に合わせて、
あるいは後手に仕組みが変わり対応を迫られています。
また、日本のデザイン界も例にもれず、先手を打てずに、
何にも考えていないことが露呈したとも言えます。
まず、100年前の「マスク」では、もはやないと言えます。
新たなフェイスシールドが世界的には発信されています。
また、私デザインの「キーボード」が国際的に再評価されました。
これまでにいくつかのキーボードを手掛けているのですが、
最後に手掛けたフルフラット キーボード(鏡面)は、
液体が飛んでも消毒でき、ゴム手袋8枚でも対応できるモノです。
立体的な空中の文字表現も、私には実装アイデアがあります。
そこで、また新たな存在感あるキーボードを購入しました。
「HUSAT」を踏まえて、正確なブラインドタッチの習得です。
現在のノートパソコンでもキーボードはやり直し、
まだまだ、「HUSAT」で、デザインされなければなりません。
そしてあらためてキーボードが「大変に不潔」になることは問題です。
それこそ、買い物袋も「不潔」ですが、
レジ袋有料化でエコバッグの新たなデザイン管理が求められます。
物理的、精神的、公衆衛生的な「穢れ」への意識が高まってます。
「不潔」なモノは否定し、完全な「清潔さ」のあるデザインこそ、
世界的な「清潔さ」あるモノになることは間違い無しです。


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『「ミラーワールド」とのデジタルアッサンブラージュ』


   


     9月 20th, 2019  Posted 12:00 AM

AXISでの展示とKeynote Liveを開催できました。
中央の展示は、天井・ステージ・正面で、いわゆる3面の鏡面。
これは、それこそよく見れば6面の反射で虚像化を図りました。
それは虚像というより「ミラーワールド」になりました。
結局、この鏡面の展示では、12層分を突き抜けた世界でした。
「ミラーワールド」という具体的な物証を見る、体験してもらえたのです。
そしてプレゼの時間には、前面のスクリーンだけでなく、
観客に向けては、私の講演を皆さんのスマホで各々が会場回りで
見て聞いて頂けるスタイルとしました。
今後、Keynoteでの講演やプレゼではLiveを聞くことになりそうですが、
まだ動画が重なった時の動きなど同期は十分とは言えないようです。
「インテリア・ドメイン」と「インテリア・フェーズ」で、
映像と音響が今後のインテリアでの無線でつながる状況は、
私のデジタル・アッサンブラージュの作品にもなっています。
展示で、こういったデジタルの断片的な提唱ができました。


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『モノは実像で鏡面に、虚像にはそれが「神話学」となる』


   


     7月 20th, 2019  Posted 12:00 AM

デザインに最も近い領域には芸術があります。
さらに、現代アートが寄り添っています。
私はデザイナーですが、作品「PLATON’S ORGOAL」では
デザインからアートを近づけました。
プラトンからミッシェル・フーコーまで12人へのオマージュとしての造形を
オルゴールとしてかたちと音に込めました。
1994年ギャラリー・間で、2006年には金沢21世紀美術館で展示し、
そのままパーマネントコレクションになっています。
私のこの秋発表の新作は、モノ・オブジェです。
改めて、「芸術の陰謀」を再度読み直しました。
モノゆえにコトとのつながりがあっても、
私はモノとコトを分けたいと考えています。
モノは私独自の素材論であり、
コトもそのオブジェならばと意図しています。
しかし、私の造形言語=designingの意図は、
形態言語=designedの内容に繋がってもいるのです。
モノ・オブジェであることからは、コトの世界は何も意図していません。
ゆえに、モノとコトは完全に分離されています。
芸術が主観性であれば、デザインは客観性。
この客観性をデザインで事細かく設計しています。
この書籍を再び読み終え、新作には「Mythology from an efficiency」を
テーマとしました。実像であるモノが鏡面に浮かび、
虚像でモノの神話学まで私は持っていきたいのです。


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『鏡・・・私の造形要素となっている』


   


     1月 27th, 2019  Posted 12:00 AM

「鏡」は、造形要素として使う最初のきっかけでした。
インダストリアルグラフィックでのアイディアと、
さらに、チューナーグリル、
そしてメーターに誰も思わなかった鏡を造形要素とし
Aurex チューナーST210が完成しました。
ギャラリー間での「プラトンのオルゴール」展では、凹鏡球面内の球を
虚像として浮かび上がらせるプラトンのオルゴールや
立体を鏡を介して絵画を出現させる
モンドリアンのオルゴールでもそのアプローチを実践しました。
さらに金沢21世紀美術館では、各展示空間で鏡との
対話、拡張、対立、調和と造形要素としての
鏡への実践的デザインを続けました。
鏡については、美術評論家・宮川淳で賢明に学びました。
「鏡の裏には冥府への道が・・・」があることや、
左右対称ではない「対称性の破れ」、そのデザイン的解釈を
このチューナーで表現しました。
ともかく、営業からは「これが売れるのか?」と詰め寄られ、
すぐに、殴りたくなる私を止めたのはKチーフでした。
私をいつもかばってくれたKチーフには今も頭が上がりません。
若い頃は、デザインを通すためには
力ずくでと目上の人達にも食ってかかっては
「高校時代なら殴ってる」と腕まくりをしていました。
結果、腕力ではなく、あくまでもデザイン力で、
パワーアンプ、メインアンプなどには、
インダストリアルグラフィックと鏡・鏡面が使われる状況になりました。

*プラトン

*モンドリアン


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『伝統の革新は新素材開発と情報エンジニアリングを図る』


   


     5月 7th, 2016  Posted 12:00 AM

一般には陶磁器で一括りにされてしまいますが、
これは明確に素材から陶器と磁器に区別して理解しておく必要があります。
簡単には「陶器」は土器からの古代歴史性があります。
六大古窯は陶器の歴史として、縄文の時代が深く関与しています。
なぜなら「陶器」は土を粘土にして焼き上げた歴史が歴然とあります。
「磁器」の歴史は石の粉をさらには骨の粉を粘土状にして焼いたモノ。
しかし、陶磁器なるモノはありえません。
なぜなら、陶器と磁器になるように土と石それぞれの粉を焼き上げるには、
現代的なセラミックとしての工業技術が不可欠です。
したがって、今、最も注目出来るのは、
手前味噌ながら磁器にプラチナ釉薬での鏡面仕上げですが、
完全にこの製造方法はオープンゆえ、
あたかも自分たちのオリジナルという盗用がはびこり出しています。
しかし、六大古窯であった越前焼に、素材である青粘土と新技法での
革新的な陶器が若い作家から生まれました。
この越前焼が最高品になる可能性があります。そうするつもりです。
この技法によって、ようやく、デザイン的な解決を
自分の鍛え上げてきたタケフナイフビレッジとの協同をねらっています。
陶磁器にしてもすでに焼成温度の管理は不可欠ですが、
これだけではありません。
新しい素材の応用、技法としての加工エンジニアリングが決め手でしょう。
この革新的な素材開発と情報エンジニアリング、そのデジタル手法を
伝統工芸の伝統技の継承とその革新性に再配置していきます。
それは新デザイナーの登用とともに解決制作をデザインします。

*『有田プラチナ釉薬仕上げ工程デザイン』
*『六古窯・越前焼ー若い才能が復元から再興を始めだした』
*『最高級品・アストバリーの技法を超えるには』
*『陶磁器は進化も革新もしていなかった、私の判断』
*『陶磁器メーカーの相次ぐ倒産はやむなしかもしれない』


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『KK塾での実務紹介=デジタルアッサンブラージュ』


   


     10月 23rd, 2015  Posted 12:00 AM

ある医療メーカー研究所のショールームのデザイン監修で、
私は「デジタルサイネージ」を基本にし、
鏡面やセンサーでの展示空間を創りあげました。
デジタルサイネージ=電子看板と言われているモノは、
騒がれているわりには、全く具体例がありません。
そして、この具体例をさらに進化させるために、
自宅玄関に、鏡面での映像表現とLED照明を実験実現しました。
さらに深紫外線LEDでの消毒システムを加えることなどを試みた結果、
これは「デジタルアッサンブラージュ」という新領域を提示可能となり
「アッサンブラージュ」のデジタル化に至りました。
元々はピカソのキュビズム時代の作品やマルセルデュシャンの作品が
彫刻概念を超越した3次元表現手法です。
まさしく、「デジタルアッサンブラージュ」は、
映像・音響・照明・空調を実現させる統合的な機器システムです。
すでに深紫外線での消毒機器:滅菌・殺菌をLED照明に仕組むなどは
大阪大学大学院・医学系研究科の私の研究室で
製品開発が終わり、エビデンス=医学的根拠の実験に入っています。
私はコンシリエンスデザイン+看医工学の実際例だと考えています。
これまで「デジタルサイネージ」が騒がれたわりには、
具体例が無かったのは、映像表現が、
さらに感覚受容の拡大が必要、この判断が私にありました。
これは照明学会の全国大会で、特に、日本が遅れているLED照明を
拡大進化させるために準備してきたコンシリエンスデザインでした。
もっと正直に言えば、デジタルサイネージはもはや進化しません。
私はコンシリエンスデザインの実務事例として、
「デジタルアッサンブラージュ」によって、
たとえば、焚き火が燃えている映像で
その空間の照明と空調が制御可能になります。
照明のための新規LEDのイノベーションで、
看医工学的な設計学と価値学によって、
全く新しい環境空間の創出が可能になると考えています。
こうしたことを「KK塾」によって、コンシリエンスデザインを
看医工学的な統合的な実際例を紹介し、かつ、次世代デザイン、
その方向性を語っていくつもりです。

* Website-HP


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『デジタルアッサンブラージュでの映像音場照明空間』


   


     9月 10th, 2015  Posted 12:00 AM

PCモニターそして液晶TVのデザインを見ていて、
デザイナーとしてなんともしくりとしない事が連続していました。
それで、ペットボトル素材2000層での新素材を発見し、
この素材メーカーと鏡面でのキーボードを商品化しました。
しかし素材が高価なことや、
キーボード自体が中国産になって安物になりました。
そこで、デジタルサイネージ化を大手企業とともに、
医療機器メーカー研究所のショールームに展開して
やっと一つのヒントが生まれ、
さらに、コンテンツ映像を自宅から毎日の景観そのものを、
実像映写を玄関に考えました。
自分の映像は相当に蓄積もあります。
そうしたら、WiFiでのコンテンツ映像とさらにLED照明まで
連動が可能になりました。
デジタルサイネージという言葉があるわりには大した事がありません。
プロジェクションマッピングも、
マッピングそのものの進化をみてきただけに、
たとえば、金沢駅などや、大阪城など、東京駅も、
結局はライトアップ手法変化でした。
そうなると、自宅玄関をどこまでやれるかやりつくすことになりました。
これが出来る企業も今は当初から積み上げてきた一社のみです。
それ以外の売り込みも、私の知識蓄積には来ていませんでした。
ともかく、映像は映像、照明は照明、ロボティックスはロボティックスで、
これらの組み合わせが皆無でした。
何度も自分のMac内で使用画面づくりをして、
それはセンシングし、なおかつ時間軸での構成、
WiFi+IRも、ここまでが限界、それは海外メーカーどまり。
まして、国内メーカーでは、
やはりモニター機器と照明機器の組み合わせはありません。
さらに4K、8Kに映像は進化していますが、
その程度の液晶モニターは欠点が見つかり、
それ以上に照明機器、照明計画と音響+映像が組み合わさることでは
国内の現在企業は無理。これは欧米もそこまでは見えていません。
この判断から、デジタルサイネージ+マッピング+WiFi空間で、
映像+音場+音像+写像+射像までの空間デザインには、
新しい呼称が必要と判断しました。
「デジタルアッサンブラージュ」では、となりましたが、
アッサンブラージュは元来は美術の用語、
もっと深く掘り下げると彫刻用語でした。
それなら、現像でのセンサーでのパッシブ系とアクティブ系を
iPhoneアプリの基本に置いてみて、
ようやく、画面インターラクションに至りました。
ともかくこれからのプロダクトデザイン対象を
インターラクティブピクトグラムあり、
ここまでアプリケーション開発の目処がついてきたところです。
「デジタルアッサンブラージュ」は、
限りないほどのスマホコントロールに辿り着きました。


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『映像、その実像と虚像にも陰翳が必要だ』


   


     9月 1st, 2015  Posted 12:00 AM

すでに私たちは朝昼晩のひかり=太陽光の平均的な光温度まで熟知。
だから、この時には世界各国がどのような景観になっているのかまで
知りたい、という気持ちがあります。
そして世界各国の日本と同時間の各地の朝の景観まで制御できる、
そんな技術を手に入れることができるのです。
私は自宅玄関にその装置・装備化を実現しました。
私が最も留意しているのは、そのレイアウト=プログラミングでした。
それでもなんだかもの足らなさを感じて悩みました。
なぜ、まだ満足出来ないのだろうと考えていたときに気づいたのは、
「影」でした。
瞬間的に谷崎潤一郎の「陰翳礼讃」を思いだし、すぐに読み直して、
びっくりしたのは、デジタルサイネージどころか、
いわゆるマッピングでも感じていたこと。
それは影−陰翳の世界観でした。
それなら、このデジタルサイネージの中で、焚き火の映像を、となり、
その炎を映像化したときにも、陰翳そのものが果たして可能?
この問いかけをしながら、炎の編集をしました。
しかも、その映像と虚像の中に、決して燃えることのない文字表現、
その文字に明らかな陰影を入れたところ、
燃えさかる火・炎の中で、文字の陰影なのに、暖かさが実現しました。
デジタルサイネージそのものの映像モニター、その技術欠落を知り、
鏡面への虚像であっても、陰影のある文字に暖かさが残りました。
その暖かさは錯覚ですが、これを強調するには、
その空間そのものに朝の日差しが差し込んでくるLEDの動きでした。
私は、「陰翳礼讃」で詳細に描写されたひかりとあかりが、
カゲ・影・陰・翳それぞれは、アナログではなくてデジタルだから、
かえってコントロールが出来ることを確かめました。
この技術とデザインによって、日本のデジタルものづくりは
確実に可能になることを再確認できたという次第です。
しかも、ある企業での3Dプリンターでの新素材そのものの開発と
その実例を自宅で確かめることができました。


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『自宅玄関のデジタルサイネージとデジタル照明実験』


   


     8月 30th, 2015  Posted 12:00 AM

私は自宅玄関をリニュアルしました。それはデザイン実験でした。
システムは、すでにニプロ研究所のショールームで実現したことを
さらに、デジタルLED照明を玄関の人感センサーと時間対応まで
業務用ではなく、家庭用で可能な手法にしました。
最も家庭用が出来るまでは、まだ時間が必要だと認識しました。
それは、国内照明メーカーはもちろんのこと、
これまで映像機器開発をしてきた私にとっても
デジタルサイネージ化は不可能だと判断をしてきました。
実際、デジタルサイネージはまったく国内展開の成功例は皆無です。
結局、新たな映像開発はまだ明らかにできませんが、ある企業に
新規開発事業部門によって、実際のコンサルタントと開発中です。
デジタルサイネージは、私の作品や自宅からの遠景、そして海外、
時間対応などをiPhoneにアプリ開発でLED照明と組み合わせました。
これは偶然にもショールーム展開でのアイディアが果たせたことと
運良く照明学会全国大会の特別講演の依頼を受けたことでした。
そこで、なんとしてもこれからの照明とデジタルサイネージを
自宅で実験実施することができました。
デジタル照明ではWiFiとIR=赤外線通信、人感センサーを使いました。
玄関天井はLED照明と鏡面、55インチモニター縦使いでした。
現実にはLCD液晶モニターはまだまだ大画面ほど技術開発が必要です。
そして石材タイルや玄関扉もカーボンファイバー照射面も再確認しました。
石材の選択は、実はもう一つの目的がありました。
それは音響システムでの壁面としての整合性をいくつか考え、
これまでの試聴経験から自宅の音響空間づくりを条件にしました。
正直、
私はデザインよりもオーディオ、さらにビジュアル化が面白いので、
この教育をしたいとすら思っているほどです。
玄関のリニュアル化については、
これからのコンテンツ開発やアプリ開発のヒントが生まれました。
そして一昨日の講演会から帰ると翌朝には家電大手企業の
照明関連工場での封鎖と人員整理ニュースが入りました。
私の自宅玄関には、明らかにこれからのデジタル照明アイディア、
それこそ造形言語と形態言語がヒントになっていると思います。

*左=デジタルサイネージ 鏡面内映像モニター
*右=全面・鏡面
*玄関天井=ステンレス鏡面周囲にリボンタイプLED


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『鏡の背後を熟知するため、あるいは解放をめざす』


   


     8月 25th, 2015  Posted 12:00 AM

私が「鏡」に最も興味を抱くことになったのは、
宮川淳の現代美術評論によってでした。
具体的には最初、「プラトンのオルゴール」で、
曲面鏡を組み合わせて、空中に物の虚像を展示計画の核心にしました。
以後、私にとって鏡面は実像と虚像で、
確かに「鏡の背後には冥府がある」というほぼ虚像的な実感があります。
もちろん、金沢21世紀美術館の展示計画には、鏡を多用しました。
が、展示撤収では鏡を割って、と聞いたときに、震えがきました。
そのためかどうか思いすごしでしょうが、
敗血症・多臓器不全死に陥り、重篤状態までを経験しました。
それ以来も鏡面にこだわっていて、鏡面のキーボードを商品化しました。
そのことでは相当にノウハウを積み上げてきたと自負しています。
今はデジタルサイネージでの鏡面とLED照明の組み合わせで、
それこそ「陰影礼賛」にまで届かないだろうかというテーマを発見。
これを自宅にまで設置してWiFiコントロールを狙っています。
丁度、まもなく照明学会全国大会で、この紹介というより提案をと
その図解制作をしながら、多分、このデザイン意図では
必ず限界があることもこれまでの経験で解ります。
それは、かつてアクリルミラーを受験生に与えて入学試験をし、
その時もシミュレーションをしたところ、
それは想像を超えた印象を与えてしまっていることを確認しました。
この印象は金沢でも床面と天井面そして壁面に実物を展示したところ
実際には天井と床は永遠かと思えるほどの高低差を見せました。
まさしく、
視点は「どこを見ているか」という虚像の連続性を生み出します。
もうひとつの視点「どこから見るか」という自分の存在を消します。
鏡・鏡面・鏡面の立体化はとても怖い存在になるだけに、
鏡の魅力は果てしなく、まさに冥府なのかもしれません。
自宅にはなるだけ鏡を存在させずに、
もし鏡面があるとしたらという制御、コントロールが、
日常環境で自在になれば、映像という虚像と、
自分の関係から、冥府を知り尽くすか、解放されるだろう。


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