kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘行動’


『アフリカ向けのワクチン2接種開発・PKD』


   


     3月 17th, 2022  Posted 2:00 PM

私は「Peace-Keeping Design」を訴求してきました。
研究や制作だけでなく美術館やイベントでの展示を重ね、
その展示は「WIRED」で掲載されました。
あれから随分経っています。
Peace-Keeping ForceもPeace-Keeping Operationsも、
どっちも武力、軍事の背景がありますので、
私は「PKD=Peace-Keeping Design」を提案しました。
本来は「ワクチンを二種、開発」、
注射器もその検査用具を発明。
その直後に「エボラ出血熱」で人類の医学対応が
不可能になりました。
研究室では世界コンペに検査システムの提案7項目を
応募したのですが、
当時はデザインコンペに医学領域の判断は
「難しくて分からない」と主催の英国で言われました。
世界の工業デザイン界は以前、「その程度」だったのです。
デザインと生理学を大阪大学院研究室では
早くから「取り組んでいたのです」。
私は本当に思いつきが早い、行動が早い、
そして周りを巻き込みます。
平野元金沢美大学長と澤 名誉教授でPKDの発表会で、
大使や領事を招待してやりました。
世界のID界でも私は発表をしましたが、PeaceーKeepingが
まざまざと難題である現実に向き合っています。
「Peace-Keeping Design」を掲げることで、
COVID-19・パンデミックから、
ウクライナの「プーチン戦争」までを
私は予測していたのかもしれません。


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『危機管理ではありません、危機解決なのです』


   


     2月 29th, 2020  Posted 12:05 AM

「危機管理士」は何も出来ませんでした。
自然災害と社会的リスク、生物兵器においては
対策、対応、対処する役割、管理体制が問われています。
「危機」とは「危険」である「機会」があるということ、
その想定される危機や機会では「管理」ではないのです。、
つまり、Riskに向けた防災や防犯を活かすことです。
しかし、Crisisは「すでに起こってしまった事象、事件」。
その現実、新型コロナウイルス=COVID-19の
パンデミックという起こっている現実への対処、
行動で「解決」へと導く方策=医学的が欲しいのです。
つねに日本は災害多数であり富士山爆発が予想されています。
地域ごとの地震予知から予測へつなげようとしています。
私はCrisisとRisk、現実と予測の両面こそ重要だと考えています。
そしてやはり、危機は管理ではなくて、
「危機解決」=医学的なデザインなのです。


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『71歳になります』


   


     2月 26th, 2020  Posted 12:00 AM

本日、71歳になりました。
28歳で交通被災し車イスの生活を余儀なくされました。
重傷当時には40歳までが生涯だと言われました。
金沢美術工芸大学を卒業し、東芝からデザイナーになりました。
その後、東芝を辞めて赤坂で独立し、そしてふるさと福井に戻りました。
寿命の40歳を過ぎて、41歳の時に、「毎日デザイン賞」を
故・倉俣史朗先生から推薦を受けて、受賞しました。
そして、気がつけば名古屋と大阪で22年間も大学人でした。
事故や病気の重篤から4回はあの世から戻ってきました。
かなり無茶苦茶な人生を送りながら、デザインには清廉潔白を通し、
デザイン界では、かなり激しい生き方をしてきました。
自分と正反対の思想と行動であれば、
その人を敵というように見なしてきたようです。
私にとっては、敵でも無いのです、
デザイン哲学を最優先してしまいました。
私の父は、70歳で全ての仕事を辞めましたから、
自分もと思っていましたが、そもそも計画を綿密に立てないし、
アクシデントだらけで、私の人生は予定調和ではありません。
「やりたい仕事」として書き残したいことがあります。
ようやく、一冊目を書き始めました。
カーボンファイバーのイスは、今年ドバイで発表します。
次世代のケイ炭素素材も見つかっています。
製品開発をしてきたモノを商品化すること。
いろんなことの引き継ぎとかを終えて
79歳で亡くなった父より、
少し伸ばして80歳の生涯だったらと願います。


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『医師以上の海外貢献』


   


     12月 10th, 2019  Posted 12:00 AM

中村哲医師がアフガニスタンで銃弾に倒れた訃報が駆け巡りました。
アフガニスタンではガニ大統領が棺を担ぎ葬列の先頭に立ちました。
正直、私は一回か二回ばかりTVで見たことがあるくらいでした。
それも彼の同胞が死んだ時でした。
ニュースや特集番組から彼の功績、
医師以上にかんがい事業を先導し、江戸時代の山田堰技術より
砂漠を緑の大地へと変えた奇跡の軌跡を確かめました。
そして、アフガニスタン飛行機の尾翼には彼の肖像画まであり、
「私たちのヒーロー」、
羽田空港には在アフガスタン人が80名も出迎えたという話でした。
彼には、祖父の大きな歴史もありました。
それを思うと、それこそノーベル賞平和賞が与えられるべきです。
今同じ時期に誇らしくも吉野先生が
ノーベル賞の授賞式に参加されていますが、
あまりに明暗が分かれる同世代の世界のニュースです。
本当に私たちは海外の、
それもマイナーな国での同胞の親善活動、
彼らの行動、活動が知られていません。


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『武器も兵器も、戦争ではなくて「スポーツ」である』


   


     8月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

戦争という言葉だけで、特に日本人は大嫌いです。
様々な技術開発が戦争の武器や兵器となることは当然危惧しています。
同時に、デザイナーとして武器や兵器には
造形と技術の知識に、ダ・ヴインチの如く関心を持って見ています。
知識と発想がなければ開発することも、正しく有効利用することも、
問題解決することも、平和的利用にもつなげられません。
「戦い」はそれこそ戦争ではない勝敗で、
新しいスポーツ化されないものかと考えています。
サッカーの起源が、戦争で勝った敵国の将軍の首を蹴って
祝ったことからとされていますが、
今はその競技には行き過ぎた行動を伴うほどに
血が騒ぎ熱狂を持って楽しむスポーツです。
そしてスポーツ選手は、英雄になり多くの人達に、
感動や勇気を与えています。武術や武道も戦闘法から、
その型の美しさや技の強さを競う勝敗をつける戦いとなり
身体と精神とも自分との闘いにより磨かれ、
その道を学び、極めていきます。
空手などの美しい動きの型はロボットの動きにも転用されています。
例えば、伝統工芸としての打刃物、刀剣も、
武器から神格化までその時代で役割や技術その継承が重ねられています。
日常の道具としての刃物も武器になる、人を傷つける可能性をもつ以上、
それを産み出すモノづくりには、
「生」をかけて、取り組まなければなりません。
結構な刃渡りの刃物をどこにでも持ち運んで使いましょうという
軽快なコンセプトでスタイリッシュなデザインされた刃物ケースは、
素材も相応しくなかったけれど、県か市のデザイン賞が与えられており、
銃刀法も知らずに「馬鹿が選んでいる」と想像がつきました。
話は展開してしまいましたが、
さて、コレはまた進化している「ズムウォルト級ミサイル駆逐艦」です。
「そして私は、戦争ではないスポーツとして、
その駆逐艦を考えていた男がいた」と言われたいです。

*駆逐艦


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『牛乳の蓋から収集癖が始まった』


   


     5月 23rd, 2019  Posted 12:00 AM

私の収集癖は、最初は「牛乳の蓋」でした。
それが、切手、マッチの箱、古銭、藩札、決まった缶詰の蓋、
野球選手や相撲取りのカードなどになっていきました。
最近では、ペットボトルのキャップがとってもいいと思って、
これを収集しようかと思っていましたが、ワイフに怒られました。
水はevianと決めていますから、
このキャップやデザイナーのボトルシリーズを
どこまで集めるのかをほんの少し、決めていました。
もう収集癖は諦めよう、いや、これは本能に基づく習性なのだ。
「収集とは何が無いかを知ること」だと私は知っています。
収集するというのは、
「持っていないモノを探し、さらには全てを持ちたい」を
満足するまで、完全主義に撤して他の人が何を言おうがやりとげる、
とても勝手な行動です。
しかし収集癖だからこそそれでも埋まらないモノを自分のデザインや、
ブランド形成にと昇華させる手段だとも考えています。
これまた身勝手な言い分ですが。
そしてペットボトルのキャップには、
その秘密とも言える機構と種類があり、
「何かが果たせる性能や効能がある」のです。
機能とは、収集した後にやってくるのです。


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『「羊と鋼の森」で、久しぶりに泣けました』


   


     4月 8th, 2019  Posted 12:00 AM

高志高校(今は中高一貫校)の同輩と後輩が関わる作品です。
「羊と鋼の森」は後輩の作家・宮下奈都氏の小説で、
「本屋大賞」を受賞しています。
映画は上映時見られず、昨夜遅くようやく視聴しました。
調律師であった同輩の上田がこの小説のモデルでした。
小学校、中学校となじめずにいた私にとって、
高校時代は、とても面白かったのです。
同輩の上田は、あれほど勉強も出来たのに、高校2年生からは、
毎日、スティックを持ってきて、「バンドマンになる!」を宣言。
ある時、ブルーコメッツが福井にやってきました。
「川崎、バンドマン断られた」と、直接志願という行動に出たのでした。
進学クラスで唯一、進学志望をやめて、
彼は、いつからか調律師になる、と言っていました。
車椅子になって福井に帰った私を、
彼が訪ねて来て、随分と励ましてくれたのです。
私がオーディオが専門だったことで、
私のオーディオシステムを見て凄いと言いつつ、
2本のオープンリールテープをくれました。
彼はジャズでは、福井を盛んにしたのでした。
「妹のピアノの調律を」と頼んだら、
「俺は高いから、誰かを回す」と言いました。
私たち二人は、音楽の話を、あまりしませんでしたから、
今はそのことが後悔です。
彼がこの小説のモデルで、映画化も決まっているということを聞いて、
小説もすぐに買いました。今は、福井で彼の息子に会います。
息子は、やっぱり、一流大学を卒業していて、見た目、同輩上田です。
これほど、映画を見て泣いたのは久しぶりでした、
姿なき「故・上田」に会えたようでした。

*「羊と鋼の森」


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02月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 24th, 2018  Posted 12:00 AM

02月24日 先負(丁亥)

「与えられた機会に感謝する」、
そのことに対してさらに
考えられることがある。

それは、やってきた「機会」に対して、
より詳細に感謝することで、
今後の自分への行動のけじめが
明確になるという点である。

『プレゼンテーションの極意』与えられた機会への感謝を忘れてはいけない


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12月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 27th, 2017  Posted 12:00 AM

12月27日 友引(戊子)

私は、あえて
行動を過激にしている。
デザイナーにとって
デザインという仕事の目的は、
デザインされたモノでの豊かさが、
人生そして世界に寄与することだ。
が、それは平和なればこそである。

『デザインの極道論』とうとい


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08月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 10th, 2017  Posted 12:00 AM

08月10日 赤口(己巳)

意識とは
知識をもって行動すること。
意義とは
知識の意味まで識って
行動の目標・目的が
決定できること。

川崎和男の発想表現手法


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