kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘evian’


『ペットボトルのリデュース・リユース・リサイクル』


   


     12月 6th, 2019  Posted 12:00 AM

ペットボトルのリデュース、リユース、リサイクルの取り組みで
最近、私が愛飲しているエビアン=evianでも
こうしたペットボトルの代行や変更が見られます。
やがては、植物性や新しい素材に変わっていくでしょう。
その気配を、私は読み取っています。
それこそ、デザイン系大学での大きな題名テーマに関わります。
たとえば、蓋もリニューアルし、エコボトルが採用され、
中間部分は飲むのに持ちやすく上部と下部がパッケージを
支える強度を持っています。
今後のペットボトルでも、絶対には透明性と中身の鮮度保持が必要です。
素材としてはすべてエコロジー的なPETフィルムであり、
透明性があり、新マルチレンズコーディングが必要になっていくでしょう。
必ず、ペットボトルのは「土」に戻ることが必要だと予測します。


目次を見る

『ペットボトルがやがて消滅するのでは無いだろうか』


   


     12月 5th, 2019  Posted 12:00 AM

ペットボトルの水は、最初はいろんな種類を試し続けました。
今ではevian=エビアンに統一しています。
これだと何処の国に行っても必ず飲めるので身体の水を一定に保てます。
肝心の水だったFilette、イタリア製は手に入りにくくなってしまいました。
ところが、
来年からはペットボトルは世界的にも廃止されていくでしょう。
美大の授業では、パッケージとしてコカコーラの缶用6ケースを
手で創りあげました。すべて「手書き」でとっても難しいテーマでした。
パッケージとしてのテトラパックにも
デザインの凄い仕事だなと感動したものです。
今では、お握り製品にも転用が使われています。
フリーになって、日本パッケージ協会でも数度、講演をしました。
その時にも、「いづれこのペットボトルがやがては変えられる」と
言っていたことは当たっていたと思います。
が、「海に浮かぶ」このパッケージの世界への罪悪が
これほどになるとは、想像がつきませんでした。
それこそ、日本の波打ち際には、
中国や韓国からのペットボトルゴミが届きとても酷いです。
海は繋がっています。
そこから、この問題解決と価値創出で、パッケージデザインこそ、
新たなデザイン提案であると考えています。


目次を見る

『牛乳の蓋から収集癖が始まった』


   


     5月 23rd, 2019  Posted 12:00 AM

私の収集癖は、最初は「牛乳の蓋」でした。
それが、切手、マッチの箱、古銭、藩札、決まった缶詰の蓋、
野球選手や相撲取りのカードなどになっていきました。
最近では、ペットボトルのキャップがとってもいいと思って、
これを収集しようかと思っていましたが、ワイフに怒られました。
水はevianと決めていますから、
このキャップやデザイナーのボトルシリーズを
どこまで集めるのかをほんの少し、決めていました。
もう収集癖は諦めよう、いや、これは本能に基づく習性なのだ。
「収集とは何が無いかを知ること」だと私は知っています。
収集するというのは、
「持っていないモノを探し、さらには全てを持ちたい」を
満足するまで、完全主義に撤して他の人が何を言おうがやりとげる、
とても勝手な行動です。
しかし収集癖だからこそそれでも埋まらないモノを自分のデザインや、
ブランド形成にと昇華させる手段だとも考えています。
これまた身勝手な言い分ですが。
そしてペットボトルのキャップには、
その秘密とも言える機構と種類があり、
「何かが果たせる性能や効能がある」のです。
機能とは、収集した後にやってくるのです。


目次を見る

『水には様々なペットボトル入りがあるけれど』


   


     2月 18th, 2017  Posted 12:00 AM

先日欧州に企業留学していたカーデザイナーの教え子から、
「水のドンペリ」と言われる水をいただいた。
そうしたら、これまで認めてきたイタリアの水を思い出しました。
しかし、現代は海外の水は本当に輸入されなくなりました。
それでも私は出張でどこにいっても手に入るevianにしています。
日本の水のペットボトルは
帝国ホテル・ホテルオークラからスタートしました。
最近では水素水が騒がれていますが私は無意味だと思っています。
水へのこだわりは、大きな理由があります。
それは人体の70%は水です。身体は水ですから、
様々な硬水軟水と「おいしい水」を探し求めてきました。
特に最近では、周囲が「癌」になってその相談を受けます。
とてもやっかいな病ですが、医学の進歩はめざましいのですが、
医療機関の技能次第だと思うことしばしばあります。
私は、癌になったら、ともかく民間療法は辞めてほしいこと、
推薦出来る薬剤もありますが、それ以上にペットボトルの水は、
絶対に一種類にしてほしいと私は決めています。
なぜなら、水には様々な種類があって、
水と言っても、硬水、軟水から、水と一概には決していえないと思っています。
最もこれは私の決定事項で
なんら医学的なエビデンスがあるわけではありません。
今回、フランスの「ドンペリに匹敵している水」は
とても美味だったと思いますが、輸入はされているようです。
水にこだわったのは、
高級レストランが決定的に選んでいたあのイタリアの水、
これがもう全く輸入されなくなりました。
したがって、
どこでも手に入る水で自分の身体の水も決めておきたいのです。
水には絶対になんでも構わないということには、
私は反対なのです。

* 『デジタルな火と水を傍らに置く重大さ』
* 『水というエネルギーの国際化』
* 『ペットボトルの水=企業選定C.I.として』
* 『最も重要なエネルギーとしての「水」』
* 「エネルギーの邦訳を決定するためには」


目次を見る