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Posts Tagged ‘充分’


5月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 6th, 2022  Posted 12:00 AM

5月6日 先負(己未)

『分割としてのデザイン』

科学が
知的欲求を
整理するために、
それぞれの専門領域を
分類するために
分割されたように、
感性的な
欲求を満足させることは、
夢、
希望、
期待に対する
充分な回答を
与えることである。

artificial heart:川崎和男展


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8月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 11th, 2021  Posted 12:00 AM

8月11日 仏滅(辛卯)

『博学としてのデザイン』

感性の中で
モノをとらえるために、
感情の
知的変容をうながす、
「博学としてのデザイン」
を充分に
醸成させていくべき
デザイン感性観が
必要だと考えている。

artificial heart:川崎和男展


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5月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     5月 19th, 2021  Posted 12:00 AM

5月19日 大安(丁卯)

『観念としてのデザイン』

それは、
その職能を
解放するデザイナーには
充分な体力があるが、
今だに産業にのみ
因り処を求める
デザイナーには
困難な時代であることは
まちがいない。

artificial heart:川崎和男展


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03月03日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 3rd, 2018  Posted 12:00 AM

03月03日 仏滅(甲午)

私は、努力という言葉が大嫌いである。
なぜなら、
努力したからという
言い訳がましさが鼻につくからだ。
充分に努力を積み重ねたにもかかわらず、
思いどおりの結果を
出せない人もたくさんいる。
それはなぜだろうか?

『プレゼンテーションの極意』「口説き」、それは三位一体


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『100円ショップの明晰さと確実に連鎖する美知らず』


   


     10月 5th, 2016  Posted 12:00 AM

100円ショップで買ったいわゆる「孫の手」。
「孫の手」というこの商品は庶民の産み出したある意味では優れたモノです。
果たしてこの商品では工芸品とでも謳われれば10万・5万のモノもあります。
しかし100円ショップでも充分に使い勝手が行き届いています。
孫の手がデザイン対象にはおそらく決してならないでしょう。
問題解決の商品としては、背中を搔くことの応答商品であり、
ゴルフボール風の肩たたき機構さえそろっていて、
なおかつ100円ショップ商品ですから、きわめて日常品だと断定できます。
大手のそれも巨大な家具商品ストアに行けば、デザイナーなら驚くばかりの、
盗作だらけ、いやこういうのをジェネリックプロダクトと言うのでしょう。
自分のデザイナー倫理観、デザイナー正当職能観では、
決して許容できるモノ・デザインではありません。
けれども日常生活では自分自身もこの手の商品は自宅にあります。
何が応答商品か?ということで、考えれば、
いわゆる「使用感」だけがまかなえれば、100円ショップ商品で充分。
車や時計、あるいは万年筆などでは「所有感と使用感」において
確実に納得するモノであることが必要充分条件です。
それこそ、プロのデザイナーとしては決してジェネリックプロダクトも、
ましてや盗作などは非難どころか告発とさえ自分は職能倫理を守ります。
今年度のすでに制度となっている国家的なGマーク商品の選定では、
元審査委員長としてはなぜ?、コト重視?、仕組み重視?、美は?
審査委員資格としての問題解決での応答・回答・解答、
そして性能・効能・機能、価値性、未来創成と継続性の日本らしさは?
100円ショップ的な応答商品のそれこそ見事な羅列に、
わが国経済が存分な低迷を反映し、そしてその哀れさに心痛です。
明言します。
審査委員失格者は相当存分に「美知らず」が存在していることです。

* 『大物主神から事代主神、このコンテクストの卓球台』
* 『アンチテンションはコピーされている福井産の革新技術』
* 『愛着と愛用がデザインの全体価値である』
* 『造形デザインがレジリエンスデザインを具体化解答』
* 『モノ真似防止、他のデザイナー作品は暗記すべきだ』


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9月22日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 22nd, 2016  Posted 12:00 AM

9月22日 大安(丁未)

書くことと描くこと、
欠けているから
充分にしていくこと。
撫でるから、
感じ取れること。

だから、
書いて、描いて、
発想がやっと出来るのだ。

川崎和男の発想表現手法


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『文具大賞「システム手帳」の再発明と効能性という機能』


   


     7月 13th, 2016  Posted 12:00 AM

ヒラリーとテンジンと言えば、エベレスト初登頂です。
登頂に囚われていた自分には、
ヒラリーとなればFiloFaxというシステム手帳です。
このシステム手帳が有名になる以前から使ってきました。
以来、どれだけのシステム手帳を買い換え使い厭きてきたことでしょうか。
そして、もはやシステム手帳はスマートホンで充分でしたが、
日本の開発力は凄いと感心する商品が出てきました。
まさにシステムにふさわしいノートフィルから、様々な手帳の体系を
見事に商品として成功させているモノが、日本文具大賞に応募。
すでに現物を見ていただけに他の審査委員の評価がとっても楽しみでした。
案の定、「やっぱり、よく出来ているな〜」との声が多くて
当初からグランプリ候補でした。
日本文具大賞はグッドデザイン賞の評価は超えていると確信しています。
理由は明解です。
なにしろ、この評価で優秀賞であってもこの数年は大ヒットします。
文具というきわめて日常的な200円から5000円程度の、
ややもすれば衝動買いするモノですが
このささやかなモノには夢があります。
つまり、社会的な存在性が日常化する効能性=すぐに自分とモノの関係が
社会と時代にマッチングしています。
ましてここまで体系化が果たされている性能は、これまでのシステム手帳を
完璧に陵駕していることは明らかですから、
性能と効能が効用と効果をならしめて機能性は充分です。
それは発明が明らかだからです。
180度開閉すること。表紙は合成皮革だからこその一枚仕上げであり、
これまでのシステム手帳をとても軽量にしています。
「機能部門」のグランプリ賞品として
確実に国際競争に立ち向かえるでしょう。
ただし、自分は審査委員長ゆえ、
もっと厳密には要求がこれまでも残ります。
しかし、それを是正するメーカーが無いことには、
国際競争には勝てないことがあります。
この製品にももっと「体系」・「システム手帳」から、「手帳システム」を
なんとしても開発してほしいのです。

*『わが哲学の恩師・中村雄二郎先生』
*「ISOTでの勘違いを発見」
*「TV番組の役割は終わっていることを再確認!」
*『映像と音像を変えるHDMIケーブルの進化』
*「審査会=日本文具大賞からスタート」


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『DESIGN TOKYOでの「PROTO LAB」を充実させる』


   


     7月 11th, 2016  Posted 12:00 AM

「DESIGN TOKYO」は現在4名の審査委員で出展を決めます。
それだけに審査は3ヶ月かかっています。
その展示会の傍らに「PROTO LAB」を自分の発案で設置、
国内の次世代デザイナーに廉価なブースで作品展示をしてもらっています。
理由は、すぐにミラノサローネでの出展を試みる若手デザイナーが
ミラノに大変高額な自分費用をかけていることへの反発でした。
ミラノで発表する意味など若手には全くありません。
今年度は「DESIGN TOKYO」で昨年からグランプリを出しているので、
次年度から「PROTO LAB」でも表彰してほしいという声が出ました。
確かに、今年度も才能を3人ほど見つけました。
そして大企業のデザイン部長からアドバイスがあったとも聞きましたが、
「そんな考えではあの企業も危ない」と言ってしまいました。
先輩デザイナーとしての経験やアドバイスを一杯していくのが
もはや自分の役割だと思っていますから、出来る限り懸命に伝えています。
ガラス作家・長町三夏子さんを見つけました。もう一息の作品でした。
ガラス工芸の難しさも充分に知るだけに、
製品アイテムを増やすことや
これまでのガラス工芸が気づかない分野などを伝えました。
毎年、この会場で対応する以前に教えたいことが
本当に山ほどありますから、出品者を拡大することや、
是非ともこの領域まで「デザインを拡大」してほしいと思いました。
展示会主催者には、なんとしても三つは伝えて実現をしたいと思います。
最近、経師=ブースづくりがとても下手になってきています。
また、出展各社にもっとヒット作を出してほしいのです。
「PROTO LAB」からはスターになる若者が突然TVに出演しています。
そして審査委員を増やして海外への進出を増やしたい、と思っています。
もちろんこの分野の出展者にも
受賞・グランプリを出したいと思っています。
その分、自分自身、
次世代デザイナーへの新分野デザインに精進しなければなりません。

*『DESIGN TOKYOのPROTO LABから次世代デザイナー出でよ! 』
*『天衣無縫な時代と社会に活気がある』
*『DESIGN TOKYOはホスト国として拡大させる』
*「デザインが根付かないままに・・・」
*『若手デザイナーの海外個展を応援する』


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『熊本大震災への新たな瓦屋根材のデザイン開発』


   


     6月 28th, 2016  Posted 12:00 AM

熊本の大震災は未だに終息しているわけではありません。
その後も大集中豪雨や、液状化も起こっていますが、
全く報道がありません。
九州大学・崇城大学は熊本現地にて「レジリエンスデザインチーム」を
大阪大学を中軸にして39大学・デザイン系建築系が支援活動をしています。
チームに「全瓦連」からアプローチがありました。
実際に熊本での特に屋根材・瓦の破壊や家の倒壊に関わり、
「瓦屋根材」への大きな見直しが必要になっています。
その前に大雨対策でブルーシートが大量に求められました。
それは悪徳業者によるいわゆるぼったくり販売が横行したのは事実です。
それと同時に、屋根が重ければ住宅の心柱が歪み、倒壊寸前になります。
屋根が軽ければ、あるいは瓦が地震で落下すれば、心柱は残りますが、
天井が破壊されて雨漏り対策が必然となり、ブルーシート張りになります。
それでも、被災者は、火事場泥棒の可能性があることから、
避難所よりも、いつまた地震が来るか分からない自宅で
生活を余儀なくされているのです。
結局、これまでのしかも阪神大震災・3.11東日本大震災を経験しながらも、
「建築基準法」はもとより、
屋根材・瓦構法など全てのやり直しが必要です。
建築だけに任せておけません。
伝統的な景観となっている「瓦」は、震災毎にダメージを受けています。
全く新素材のしかも伝統的な新規屋根材、
実装された「瓦屋根材」がデザインされるべきです。
それこそ、家屋には安全で安心できる住まい、
どのようなしかも連続している地震にも、
明確に耐震性充分な「瓦屋根材」のデザイン開発が
「レジリエンスデザイン」の大きなテーマになっています。

*『壊れてはならないから鄙美人にレジリエンスデザイン』
*『仮設という無能な制度設計の住宅』
*『ソーラーパネルは制度で大誤解をあたえその真実が歪んでる』
*『安政の三大地震・伝承されたこと』
*『石巻市へ『までいProject』の提案プレゼン』


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『マンガ表現での瞳表現、そのインターラクション』


   


     6月 8th, 2016  Posted 12:00 AM

日本の漫画はすでにマンガ=「manga」となって、
表現物の大きな文化性を国際化しています。
遺伝子に漫画印象が組み込まれているかどうかは
未だ定かではありませんし、
遺伝子を調整細胞として制御しているかどうかの研究もまだ最中です。
マンガを読むというライフ・ログとしての記録化と遺伝子関係は疑問です。
少なからず、ロボットを漫画で読んできた我々には、
確実なライフ・ログに組み込まれていることは間違いないと思っています。
たとえば、ロボットは日本の子どもたちは怖がりませんが、
欧米では、
子どもたちはロボットの存在に恐れをもっています。
またこの印象度を利用した「ゆるキャラ」はブームとなっていますが、
デザインが貢献しているのは「くまモン」のみと言い切ることが可能です。
なぜなら「くまモン」には明確なデザイン成果があります。
あとの「ゆるキャラ」となると、商業主義的な悲惨さがあふれています。
こうしたマンガやゆるキャラには、明確な分類ができます。
それは「顔表情での目」その表現にあります。
二つに分類されています。
黒い点だけと、白い中に瞳の黒点、この二つについては
阪大、私の研究室で黒い点に絞った研究が修士論文でまとめられました。
黒い点というだけの顔の中の配置だけで喜怒哀楽が表現されて、
黒い点の瞳感覚で充分に感情表現が可能だという結論を得ています。
むしろ、白い中の黒点瞳表現は、感情表現の限界を示し、
かつ、マンガでの顔表現では経年変化をすることが明らかです。
つまり、黒点瞳での顔表現は、生き物の顔表現を統合しているという
その結論は、
今後のロボティックスのインターラクションに繋がっていくでしょう。

*『キティちゃんにて確認できる「安全と安心」』
*『心を持つロボット表現として、「泣き出す表情」』
*『漫画・アニメーションにみる日本独自のロボット観』
*『VFXのロボットが柔らかくなっているのは進化?』
*『ロボットが『心』を持っている?かどうか、ということ』


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