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Posts Tagged ‘発想’


12月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     12月 10th, 2020  Posted 12:00 AM

12月10日 大安(丁亥)

『指示としてのデザイン』

デザインは
発想、表現、伝達という
プロセスにより
社会に意図づけられる。

artificial heart:川崎和男展


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7月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 10th, 2020  Posted 12:00 AM

7月10日 赤口(甲寅)

『関数としてのデザイン』

すなわち、
「かたち」の形態化因子として
「関数的」表現にたどりつく
デザイナーの発想ボキャブラリーが
不足していることを自覚したい。

artificial heart:川崎和男展


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6月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 28th, 2020  Posted 12:00 AM

6月28日 赤口(壬寅)

『関数としてのデザイン』

デザインの発想、
その表現手段にコンピュータが加わった。
やがてこの手段はデザイナーの発想をも
支援するようになるだろう。

artificial heart:川崎和男展


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4月13日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 13th, 2020  Posted 12:00 AM

4月13日 大安(丙戌)

壁に時計、
というのは、
すでにインテリアをデザインしていく
基本的な行為になっている。

そこで、
その時計に
「何が意図されてくるのか」ということに
つながるが、
これには、
「時計」の造形をどこかで凌駕した
発想が要求されるわけだ。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』16 時の経過と瞬間


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『手書きにこだわる「東京人」・12月号』


   


     11月 1st, 2019  Posted 12:00 AM

文房具がとっても人気なんでしょうか。
私の約100本万年筆のコレクション(もうやめようかと・・・)、
モノへの執着は伝わっているのでしょうか。
まさしく偏愛文具からの様子が、
愛すべきキャラクターが見えて、楽しい号の「東京人」です。
それこそ、久しぶりにライターの高瀬文人氏は、
私の「商品展示会」にも来てくれましたので、
恰幅のいい彼も十分にしなやかに受けとめた
厚さ1mmを波形5mmのカーボンファイバーの椅子も載せてもらいました。
インタビュー取材はデザインを生み出す発想、表現、伝達で、
脳の「起電力」を掴み取る話を一気にしました。
これも学生時代に、散々鍛えられたデッサンやスケッチ、
それだけではなくデザインストロークの訓練からの覚醒です。
そして、私は手を大切にしていますから、目に見える一番の道具である、
「手」の手入れも余念なく、普段は手袋で保護しているくらいなのです。
昨日は鯖江市から来客もあり、
私が伝えられるような考えや技はつまびらかに
モノづくりに関わる後輩たちに伝えたいとセミナー開催を予定しました。
そろそろ、とくに鯖江や福井の眼鏡の専門家に、
生理学的にも網膜が丸いことや神経細胞を解剖学などまで、
全く知らないマスコミから、私の実務、実践的デザインを話します。
ちょうど、高瀬氏は、次には「宇宙」をとりあげたいというので、
最初の日本人宇宙関連のいとこを紹介しました。
やはり本物の話、実務者から話を聞くべきだと彼にも伝えました。


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『教えるということは、教わることだ』


   


     10月 29th, 2019  Posted 12:00 AM

カーボンファイバーの新作椅子発表会には、色んな人が来ました。
かって、三省堂で「広報誌のエッセイ」の私の担当だったT氏でした。
ほぼ20年ぶりに再会、その後インタビュー記事を書いてくれました。
インテリア雑誌とは違って『東京人』です。
カーボンファイバーのイスも取り上げてもらいます。
彼が長年買い足して愛用してくれている
私のメガネMP-690の写真も掲載予定です。
このモデルにはコアな目利きのファンが多いのです、感謝。
主題は手描きの力。
それは、私のデザインの起電力そのもので、
簡単に言えば、デッサンを重ねて訓練していれば、
頭を無にした状態で、手が起電力となって発想が生まれるのです。
そんなスケッチや、私の筆記具を見せました。
取材を受けるとあちらこちらに散らばっている道具たちが
一堂に会しなんとも圧巻です。
ライターの彼は今では母校の非常勤講師をしているらしいのです。
22年間も大学人だった私が彼にも言いました。
「教えるということは、教わることだ」には、
彼からも大賛同を得ました。
おそらく彼の「文章の構成力、編集力そしてインタビューの作法」の講義
それをを私も聞きたいなと思います。


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8月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 28th, 2019  Posted 12:00 AM

8月28日 仏滅(丁酉)

単なる陳列台であっても、
仕掛けられた発想から実際となって、
しかも、
私の趣味的判断であっても、
この「光の棚」には、
クラマタの時代からの次世代への
未来予感と二重光源となる
「面光源」の想像力が
「面光源」=審美性を持っているからである。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』9造形された形式


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『武器も兵器も、戦争ではなくて「スポーツ」である』


   


     8月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

戦争という言葉だけで、特に日本人は大嫌いです。
様々な技術開発が戦争の武器や兵器となることは当然危惧しています。
同時に、デザイナーとして武器や兵器には
造形と技術の知識に、ダ・ヴインチの如く関心を持って見ています。
知識と発想がなければ開発することも、正しく有効利用することも、
問題解決することも、平和的利用にもつなげられません。
「戦い」はそれこそ戦争ではない勝敗で、
新しいスポーツ化されないものかと考えています。
サッカーの起源が、戦争で勝った敵国の将軍の首を蹴って
祝ったことからとされていますが、
今はその競技には行き過ぎた行動を伴うほどに
血が騒ぎ熱狂を持って楽しむスポーツです。
そしてスポーツ選手は、英雄になり多くの人達に、
感動や勇気を与えています。武術や武道も戦闘法から、
その型の美しさや技の強さを競う勝敗をつける戦いとなり
身体と精神とも自分との闘いにより磨かれ、
その道を学び、極めていきます。
空手などの美しい動きの型はロボットの動きにも転用されています。
例えば、伝統工芸としての打刃物、刀剣も、
武器から神格化までその時代で役割や技術その継承が重ねられています。
日常の道具としての刃物も武器になる、人を傷つける可能性をもつ以上、
それを産み出すモノづくりには、
「生」をかけて、取り組まなければなりません。
結構な刃渡りの刃物をどこにでも持ち運んで使いましょうという
軽快なコンセプトでスタイリッシュなデザインされた刃物ケースは、
素材も相応しくなかったけれど、県か市のデザイン賞が与えられており、
銃刀法も知らずに「馬鹿が選んでいる」と想像がつきました。
話は展開してしまいましたが、
さて、コレはまた進化している「ズムウォルト級ミサイル駆逐艦」です。
「そして私は、戦争ではないスポーツとして、
その駆逐艦を考えていた男がいた」と言われたいです。

*駆逐艦


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6月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 24th, 2019  Posted 12:00 AM

6月24日 友引(壬辰)

デザイナーは、
概念からのかたちを捨て去り、
観念からの発想に
身をあずけるべきだろう。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』6変形という観念としての裏切り


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『伝統工芸品は売れないからこそ「裏切り」があるのだ』


   


     5月 26th, 2019  Posted 12:00 AM

伝統的工芸品産業の振興に関する法律1974年が
なぜ創られたか、その時代背景があります。
これは、沖縄返還の産業政策1972年がありました。
そして1973年にオイルショックで高度成長期の終焉を迎えました。
沖縄では産業は、何も無かったという話もあり、
地域ごとに形成されていた産地を伝統的な工芸として
その産業を見直し、保護、育成、管理、振興すべく
それは、日本全国に伝統工芸産地に及びました。
私自身は1980年に福井に戻り、伝産法全文を見つめ直しました。
当時「第四次全国総合開発計画=四全総」が立ち上がりましたが、
その目標と目的を遂行する活性策の基本的な認識に、
地域活性化の3要因が欠落していました。
活性化には温度=情熱さと冷静さ、濃度、そして触媒でした。
触媒となるデザイン・デザイナーを軸とした3要因を入れることで
福井での私の仕事は、今に続く産地ブランドとなったのです。
オリンピック・パラリンピックでは、伝統工芸製品
そして工業製品までが東京2020ライセンス商品、さらにはG20でも、
伝統工芸と工業製品の推薦商品としての「認定?」を要しています。
伝統的工芸品はその技だけでは売れない現実=私にはわかります。
さらには、産業としての後継者不足がありますから
法制度や、こういった施策や先導には大きな影響を受けます。
今、全国には232(インチキがある)伝統工芸品の指定品目があります。
私の産地には後継者も育っていますが、
新素材や新規工程とデザインを発想しています。
常に伝統を「裏切る」発想=革新こそが、産地が継承されるのです。
売れない伝統工芸品、さらには雑貨までが、全く「売れません」。


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