kazuo kawasaki's official blog

『iPadOSに期待をしているのです』



     7月 18th, 2019  Posted 12:00 AM

Macintosh-128Kから、私はMacユーザーです。
さらに、Popeyeでは、7つのプロジェクトをApple本社で関わりました。
これまでもデスクトップからラップトップ、
パームトップといったノートパソコンから
タブレットまで随分と使用してきました。
今ではすっかりiPadになり、スケッチもこれで描けるようになり、
デジタルでの技を身につけています。
今の新しいiPadになって、これまでMacbook proやMacbook-Airと
併用しているのですが、
iPad だけでも十分じゃないかと信用しています。
おそらく、Windowsユーザーが日本では約90%います。
Macユーザーの私は、この少数派10%が、
日本の創造の世界を押さえているとすら思っています。
またタブレット用に、キーボードは最も狭い2段のモノを使っています。
どうしてもAppleのキーボードは使っていません。
ソフトとして、レンダリング、書道、さらにはKeynote、
そして2種類のノートは定番です。
iPadもapple pencilもまた更新したので、
これを軸にした生活で創造の世界に浸ります。
iPodOSが進展することを願っています。(2019/7)

7月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     7月 18th, 2019  Posted 12:00 AM

7月18日 先負(丙辰)

まもなく、
iPodOSで
創造が広がっていく。

7月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     7月 17th, 2019  Posted 12:00 AM

7月17日 友引(乙卯)

モノづくりとコトづくり、
コトづくりとモノづくり、
これらが覆される新たなストーリーが
必ず、あるだろう。

『かっての日本の行事やモノやお菓子には文化があった』



     7月 17th, 2019  Posted 12:00 AM

本来は端午の節句に「ちまき」は配られています。
ちょうど今、祇園祭りで「ちまき」が圧倒的に売れ、
同時にネットで転売されているというニュースが出ていました。
祇園祭の「ちまき」は笹の葉で作られたお守り、
疫病と災難除けに効果があるとされています。
それを見ながら、私は母方の祖母が、
とっても大きな鍋でちまちを巻いていたことを思い出します。
この時期、京都の和菓子のちまきを食べたとき、
これは絶対に私の知るちまきではないと言い放ちました。
それこそ現代では、行事、節句の中でも消えつつあるモノ、
消えたモノがあります。
たとえば、油団(ゆとん)、
これは福井の夏のしつらえ、和紙に荏油を塗り込んだ敷物でした。
蚊帳なども、今ではすっかり使われていません。
が、この蚊帳の目がとても気持ちがいいのです。(床ずれなど)
昔、祖母がやってくれていたことがとてもいい思い出であり、
福井での日々の暮らしがとても豊かだったのだと感じる一方、
日本は随分と継承してきたモノやコトを捨ててきていると思います。
そういう意味では、
小中学校での思い出の「日本の文化」が消えているのです。
合理化や利便性を追い求めすぎた代償は大きく、
未来づくりを担うデザインも、単にモノづくりがコトづくり、
翻って、コトがモノづくりだとする一辺倒のストーリーは
再考、再構すべきです。

「モノとコトからの逸脱を私は図る新作の価値論」



     7月 16th, 2019  Posted 12:00 AM

モノはコトを仕掛け、コトはモノを要求します。
モノが象徴化されれば、構造がそのモノの進展を促し、
コトがモノを準備させます。
一方、モノが神話化すれば、効能がモノを要求しコトを導き
あるいは発祥させます。
現代では、コトからモノへ、コトがモノを突き動かすという
デザインが多く、またそれらがデザイン賞でも奨励されています。
しかし、私は、『芸術の陰謀』(消費社会と現代アート)での
ジャン・ボードリアールの「無価値と無内容」という
一刀両断の切り口を、今の市場の価値論で、思い返しています。
私は秋発表の新作において「性能」としての存在から、
機能と効用を取り込み象徴化から神話化へと昇華させなければなりません。
市場はインターネットで多極化していますから、
消費と浪費の間で、普遍的な富と美を訴求すれば、
その過程で、象徴と神話がモノとコトを見事に分裂を起こせます。
そのとき、アートとデザインはくっきりと定義をわけるでしょう。

7月16日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     7月 16th, 2019  Posted 12:00 AM

7月16日 先勝(甲寅)

実在・機能・構造・象徴
さらには、
性能・機能・効用・神話
これを
私は新作品で、定義づける。

『モノの存在とコトの別れがあるから象徴と神話がある』



     7月 15th, 2019  Posted 12:00 AM

モノの歴史を語るために、「扇風機」を例として思い出します。
それは、
  ■ 実在論
  ■ 機能論
  ■ 構造論
  ■ 象徴論
これらがあります。
先般、この説明の順番を企業プレゼで誤りました。
それは、秋の発表のために、
 ■ 性能論
 ■ 機能論
 ■ 効能論
 ■ 神話論
といった流れで結びの象徴論と神話論を語るためでした。
市場は2極論というより、今では3極になっています。
そのためには資本論の所有と使用から、
インターネットでの新たな競合論があり、
私は思い切って、すこぶる超高価論で自分の作品を導いています。
「扇風機」という題材は、私自身が社会人として、
東芝最初のレンダリングのトレーニングでした。
そして扇風機がまず存在としてあり、
そこから機能的に首を回すことからの構造論である仕組みで、
虫の音色が流れたり、誰が使うかという対象化
そして最終的には象徴論を学んでいきました。
東芝では4枚羽でした。
そして羽のない扇風機も製品化を逃しましたが、
そもそもは東芝が特許を持っていました。
さて、私が最も気嫌いしているのは
「デザインは機能的」で語られることで、
「性能的」「効能的」でもあるべきです。
更に、インターネット市場にはAI(artificial intelligence)こそあれ、
まだ成り立っていない「神話論」がそこには必要となるわけです。
それこそ、モノとコトが、しっかりと分かれてくるのです。
象徴的と神話的は、どこかで別れうるかもしれません。

7月15日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     7月 15th, 2019  Posted 12:00 AM

7月15日 赤口(癸丑)

モノとコトを
離別させること。
モノがあって、コトになる。
コトがあるからモノになる。
デザインは別れる事物だ。

『ロマンスグレーは男の四分の一だけである』



     7月 14th, 2019  Posted 12:00 AM

老化をすれば、「ロマンスグレー」などは、男の4分の一なのです。
身だしなみとして頭髪は大きな存在です。
今はもちろん、ハゲ頭はセクシーという捉え方もありますが、
その昔、武士なら髷を結えなくなれば隠居、
今でも力士は引退を意味します。
ロマンスグレーだとまだまだ世代交代への猶予が残されてます。
人間の中年になって生理的な問題は、
文化やお国柄そして時代に影響されます。
私は母方も、父方も、薄毛やハゲにはならずに白髪になります。
幸いにして、いとこたちも白髪ヘアになってきています。
数年前に敗血症になり、治療後に頭髪が随分と抜けてきました。
さすがに私は観念していたのですが、
ドクターたちから、相当量の薬を使ったための副作用で
早ければ2週間、遅ければ2ヶ月で
復活してきますよと言われ事なきを得ました。
その通り私は2週間で元に戻りましたから、
大学時代の同窓会では当時の教授たちから、君は分かるが、
彼奴は誰だ?と随分と見かけが変わった同級生が言われていました。
世界の老化の問題、いわゆる薄毛やハゲ頭といった悩みは
男女ともに抱えており、同窓会ではかなり、
その問題の大きさを見ることができます。
昔からの問題解決があるからカツラなどが西欧では発達したのですが、
今や、頭髪を増やすそんな薬剤が出てきましたし、
阪大でも皮膚科に毛髪再生医学として治療できます。
それこそハゲ頭になることが早くから制止できるのです。
ハゲ頭がいづれは、無くなるだろうと思っています。

7月14日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     7月 14th, 2019  Posted 12:00 AM

7月14日 大安(壬子)

頭髪の大問題、
これが、現在なら、
いわゆる「ハゲ頭」が無くなる。
やっとそこまで行ったか!