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Posts Tagged ‘血’


『武器も兵器も、戦争ではなくて「スポーツ」である』


   


     8月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

戦争という言葉だけで、特に日本人は大嫌いです。
様々な技術開発が戦争の武器や兵器となることは当然危惧しています。
同時に、デザイナーとして武器や兵器には
造形と技術の知識に、ダ・ヴインチの如く関心を持って見ています。
知識と発想がなければ開発することも、正しく有効利用することも、
問題解決することも、平和的利用にもつなげられません。
「戦い」はそれこそ戦争ではない勝敗で、
新しいスポーツ化されないものかと考えています。
サッカーの起源が、戦争で勝った敵国の将軍の首を蹴って
祝ったことからとされていますが、
今はその競技には行き過ぎた行動を伴うほどに
血が騒ぎ熱狂を持って楽しむスポーツです。
そしてスポーツ選手は、英雄になり多くの人達に、
感動や勇気を与えています。武術や武道も戦闘法から、
その型の美しさや技の強さを競う勝敗をつける戦いとなり
身体と精神とも自分との闘いにより磨かれ、
その道を学び、極めていきます。
空手などの美しい動きの型はロボットの動きにも転用されています。
例えば、伝統工芸としての打刃物、刀剣も、
武器から神格化までその時代で役割や技術その継承が重ねられています。
日常の道具としての刃物も武器になる、人を傷つける可能性をもつ以上、
それを産み出すモノづくりには、
「生」をかけて、取り組まなければなりません。
結構な刃渡りの刃物をどこにでも持ち運んで使いましょうという
軽快なコンセプトでスタイリッシュなデザインされた刃物ケースは、
素材も相応しくなかったけれど、県か市のデザイン賞が与えられており、
銃刀法も知らずに「馬鹿が選んでいる」と想像がつきました。
話は展開してしまいましたが、
さて、コレはまた進化している「ズムウォルト級ミサイル駆逐艦」です。
「そして私は、戦争ではないスポーツとして、
その駆逐艦を考えていた男がいた」と言われたいです。

*駆逐艦


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『デザインによる美はセンスとしてのテコが要る』


   


     10月 14th, 2017  Posted 11:00 PM

人には人間と人類が種別できます。
そして、人間である条件、人類である条件は極めて勝手気ままな無常識。
同じことが、能力あるいは力(ちから)にも反映しているのです。
私は力:ちからを懸命に追いかけてきました。
それこそ、ちからという日本語での区別・差別・分別全てでの定義です。
簡単に言ってしまえば、ち+からです。
ち+空=この仏教的解釈を自分に取り込んでいるのです。
つまり、「ち」とは知・血・地・値・智・致・治・・・・随分とありますが、
「空」という観念で無に帰すのです。
それがほぼ日本からの哲学的な解釈でしょうし、これを信用しているのです。
そして、力は作用点と方向と、その大きさがあるという物理性です。
従って、それこそ、商品力から開発力など形容される全ての力に、
これが運用されていることがわかります。
ここからさらに、力が能力とまでなってくれば、
まさに、人間・人類・人は個々人の能力を活用し拡大するのは「テコ」です。
これこそ、五大器械の根本にもなるのです。
テコには力が働く、支点と作用点だけが決定すれば、
それこそ、人類は地球でさえ、イラストのごとく、
人の能力で持ち上げることさえできます。
前段が長くなりましたが、テコのこの力を支点と作用点で能力、
それも「美しさ・美」を見極める能力のテコを考え出すこと、
これが真善美のその中の「美」判断力=能力を、
私はデザイン、デザインでのテコを追い求めてきたのです。
だからこそ、自分デザインには必ず、美しさをデザインに配置・配備する、
力の支点と作用点がある、
まさに美のテコを見いだすことでした。
美が創れる能力=美創出の力とは、
ち+空であり、その拡大のためのテコを
それこそデザイナー養成にはテコを自力、つまりテコあるセンスづくり、
これがデザインでの美づくり、美の判断力だったというわけです。

* 「『ち』は知の草書体になった理由に神髄がある」
* 「花綵の国のことばには「ち」、土地と価値がある」
* 『想像力を今また熟考を毎日繰り返している』
* 『芽生えることと確認すること、ライバルとジェラシー』
* 『人工知能には「ち」の思潮が欠落している』


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11月05日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 5th, 2016  Posted 12:00 AM

11月05日 先負(辛卯)

想像力には、
血・地・知・智・値は
不可欠という定義は、
血統性
環境性
知識力
知恵力
そして
価値創出のことである。

川崎和男の発想表現手法


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11月04日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 4th, 2016  Posted 12:00 AM

11月04日 友引(庚寅)

想像力を大欠落している者は
犯罪者である、
これが私の見解であり定義。

したがって
想像力には、
血・地・知・智・値は
不可欠だと定義している。

川崎和男の発想表現手法


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『もう絶対に逢えない、今日は母の命日』


   


     6月 5th, 2016  Posted 12:00 AM

この日早朝、母は逝きました。
47年間のうち、21年間は私だけのための生涯だったと思います。
命日を迎える度に、自分が生きてきた目標をかみしめなおします。
しかし、3度は重篤状態になってきた経験からは、
いわゆるあの世で出逢うことは絶対に無いというのが最近の結論です。
どうして、自分があの母の下で育てられてきたのだろうかということは
哲学のまず基本的な命題だと思ってきました。
一浪をして、正直に医学部進学よりも美大に行きたいと言ったとき、
母は「医者になることは全く似合わないから辞めなさい」と言いました。
美大進学が決まれば当時流行になったVANのスーツを買ってくれましたが、
同時に、ブレスレットと指輪も母は私に買い与えてくれました。
厳格な父には絶対に叱られると思って拒否しましたが、
「美大に行くなら、これくらいは当然。そしてもっと男らしく」
ということでした。
「赤い血を見るより赤い絵の具の方が楽しいから」でした。
しかし、ちょうど父は警察の刑事部門の幹部となり、
毎朝、黒塗りの車で敬礼されて出勤をする立場になり、
母は癌を宣告されました。
ところが当時は、本人には言わずに父と懸命に癌治療を考えました。
父からも「和男、大学を辞められるか?」と聞かれました。
「全ての財産を使ってでも直したい」と父は言いました。
私は即座にOKをしました。
母の死後、遺言が出てきました。死の10日前に私宛のものでした。
「あなたは、もう福井に帰ってくることはないから、
世界で活躍できるデザイナーになりなさい」という遺言でした。
大学を出たら地元の短大で美術を教えると言ってきただけに
大きなショックを受け、やれるまでやろうと考えたのです。
美大を道楽学校としか私に言わなかった父に、
大学人になって、医学博士号を受けた報告をしました。
「貴方への借りはこれで返した」と。
父の葬式の夜に、
「結局、父はデザイナーになった私を許してくれなかった」と言いました。
父の友人は言いました。
「何を言っているんだ、酒を飲むと君の自慢しか言わなかった」。
それを聞いて、やっと父との別れに私は号泣しました。

*『母と死別して45年も過ぎてしまいました』
*『指編みを思い出しながら』
*『63歳まで生きました・母より年上です。』
*『大好きな色鉛筆・最近のお気に入り』
*『美大生1年のときに私の最初の社会的なデザイン』


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『人工知能には「ち」の思潮が欠落している』


   


     4月 2nd, 2016  Posted 12:00 AM

「人工知能」が間近に来ていると言われています。
最も「人工知能」というのを、どこまでの範囲、領域、
あるいは性能・効能・機能で語るのかによって限界があるでしょう。
しかし、僕は、人工知能は不可能だと言ってきています。
それは「知能」という日本語がすでに間違っているからです。
「知」を明確化するために
「ち」の日本的な哲学・思想が欠落していること。
つまり、「ち」は日本の伝統的な思潮であり、
それは血から値・地・治・智・致など、知の思想までが
人工=コンピュータで創り出せるだろうかにあります。
かつて僕はコンピュータにはSyntax Errorがあると言ってきました。
そこで、Configuration Error を徹底して排除したのが
ゲームであり、囲碁、将棋。そしてチェスに対して
人間とコンピュータの勝敗はコンピュータが勝ったという論理です。
これで、人工知能はもはや完成の射程距離が明確になってきたという風潮。
すべからく、僕は大嘘だと断定しておきます。
人工知能という性能と機能はPlay Backシステム、
すなわち決定的な「繰り返し作業」は可能になりますが、
これを「人工知能」というのは憚られます。
したがって、Play Backシステムが効能化されれば、
人間の労働環境に異変が起こることから、
必要とされない職業が出てくることは間違いありません。
僕はこれを「人工知能」と言ってはならないと考えています。
知能が完成されるのは、創成・創発・創出という考え出す発明力です。
これを成し遂げる「ち」の思潮がコンピュータに、アルゴリズムに
確実に蓄積される必要があります。
そうした意味でも、あえて「人工知能」は不可能説を
僕は言っておきたいと考えます。
それこそ、ロボットが30年経ってようやく「医用ロボット」になったこと、
この事態と極めて似通っていると思うからです。
産業用ロボットはすべてPlay Backシステムでしかなかったことと同値で
おそらくArtificial Intelligencesでは無理があり、
Consciousness / Information / Knowledge にはすべて
「ち」の思想から理念があるということです。

*『心を持つロボット表現として、「泣き出す表情」』
*『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』
*『「KK塾」の対談と質問はイニシャルで方向決定』
*『KK塾最終回 松岡正剛氏からの新たな知の編集』
*『資本主義からの逃走』「各産業の0.5次化という高度化は情報化を加算」


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11月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 21st, 2015  Posted 12:00 AM

11月21日 先勝(辛丑)

平和は決して「ことば」では生まれない。
平和は武器、
ただし、威嚇防衛をし、
血を流さない、
そんな新たなイノベーション
つまり、技術革新ではない、
新結合された知恵が生み出す。

川崎和男の発想表現手法


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「『ち』は知の草書体になった理由に神髄がある」


   


     9月 26th, 2013  Posted 12:00 AM

私は海外では必ず日本語のことばにこだわります。
特に、「ち」です。
血・地・稚・値・置・治・千・致・智・恥・・・・、
と限り無く、言葉=漢字とその意味の多用性に大きな意味があり、
「ち」は草書体での「知」に他なりません。
人体はとち・つち・まちにあり、血が知から智にまで至ります。
こころは、から=空であり、ところは=所であり、ちから=力。
なるほど、こころ+ち=心地を形成しています。
私が、3.11の復興計画=までいProjectも、
とち+つちに重きを成し、よって、まちの居心地をデザインです。
こころ+ちからも、結局は「空」の世界であり、
天地は乾坤を無し、
それに、人間は血から知への人生を持つのでしょう。
「空」と「知」こそ、力なのかも知れません。
その力の限りに智が宿るのかもしれません。
私は、かたち・きもち・いのちを、つちととちとまちに求めます。
かたちが創り上げるのはここちになることも純粋理解可能です。
私は「かたち」を生涯の目標にしてきました。
40余年やりつづけてきて、辿り付いたら、結局、心地・良さ。
心地良さをきもちに入れて、3度、いのちの端に佇みました。
そして、かたちを身体=血は、
いのちのきもちに「知」がありました。
「芸術の知性と科学の感性」ある人物を敬愛します。
それこそ、いのち・きもち・かたちからここちを教示するのです。
したがって、まち・とち・つちに人は帰るのでしょう。
だからこそ、失われた、痛みきったつちに新たな心地を設計です。
私の「ち」は、限り無く「智」を求める「知」だと思います。


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「喧嘩道には制度的なサンクションが作動する」


   


     9月 24th, 2013  Posted 12:33 AM

私は自称も「喧嘩師」となっています。
だから、すこぶる怖がられます。
結果、初めて出会うと「全然怖く無かったです」とか言われます。
喧嘩道は室町時代の武士道制度に当時規範が伝統的になりました。
喧嘩師には、現代流行で風潮の「倍返し」は全くありません。
刀を使わない喧嘩=口喧嘩=ディベート最良のサンクションです。
サンクションでマニフェストを論述したこともあります。
サンクションとは、制度的な賞罰を社会が自然決定する常識です。
常識に血は流れるはずもなく、賞罰・罪罰・顕彰での実力決定。
このところ、Nゲージにやたらに心惹かれて和やかな気分の私に、
盗作盗用でサンクションを資本主義的財力で制御する、
まるで仲良しクラブなら大丈夫の流行イベント、
その統括周囲の知性無き虚偽の実像を知りました。
負のサンクション裁量をすることにしました。
軍事拡大に蒸気機関車をナチス政権は「速度向上」をめざし、
一方では、赤十字が負傷者医療看護に蒸気機関車を創りました。
負のサンクションと正のサンクション。
私の趣味は、喧嘩道を明らかに支えているようです。
なぜなら、武士に刀はシンボルでしかなく、
それは正と負の決定をあくまでも厳正中立にも瞬間的な、
正と負のサンクションを明盛に決定づけることです。
私はこれを厳格な明解なる名辞的な大決定だと思っています。
せめて盗んではならない、盗んだもので過飾してはなりません。
しかし、風潮は、見て見ぬふりを温存し、
虚飾の中で自分を誤魔化す、そんな輩に厳格な少なからず、
「美」は創れるはずは無いのです。
美無くして、真も善も成し遂げることはできないでしょう。
M.ウェーバーで強化された資本主義偽善を容認だとするなら、
私は、この中核人物に「負のサンクション」を与えます。


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「ふるさと偉人の「ち」の系譜を再興したい」


   


     6月 1st, 2012  Posted 12:00 AM

現在、私は大阪大学にいて幸運なこと、
それは、阪大が適塾からの歴史をもっていることです。
適塾には、最も尊敬する橋本左内が適塾で学び、
緒方洪庵は、
「後世、適塾有りと語り継がれるならば、
橋本左内をもって他無し」とまで、
橋本左内の能力を評価していました。
その橋本左内は福井藩の侍医家系であり、
日本の医学史においては、
麻酔薬による外科手術を成し遂げた華岡清州に、
橋本家は学び、その弟子筋に藤野家がつながります。
藤野厳九朗は仙台医学専門学校の教授でした。
彼の存在は、
中国近代文学の祖と言われる魯迅よって明らかになります。
魯迅は仙台で学んだ師と仰ぎ、
恩師との関係は中国の教科書に載るほどでした。
藤野厳九朗の甥には、藤野恒三郎がいます。
彼は大阪大学教授として集団食中毒の腸炎ビブリオの発見者。
私が彼の存在を知ったのは、
適塾で使用されていた道具類を骨董的価値としてではなく、
近代医学史の資料として買い集め、
そのまま阪大に寄贈していました。
そして、彼の近代医学史の著作があります。
「医学史話・杉田玄白から福沢諭吉」です。
そして、この本こそ、日本の近代医学史の原典と考えます。
ところがすでにこの本は絶版になっていました。
この著作は、杉田玄白も福井県出身であり、
橋本左内についても詳細に語られていることです。
そこで、この復刊をと想い続けてきましたが、
復刊出版社が見つかり、復刊が決定しました。
本来の出版社はもう存在せず、
問題は、藤野恒三郎の末裔の方々の了解が必要です。
福井の友人達にも調査を依頼しました。
あらためて、三国町を中心とする藤野一族、
そして藤野恒三郎家筋の方々の情報、
さらに了解を求めたいと思っていますので、
心当たりの方はご連絡ください。
「ち」、まさに「知」と「血」、
その系譜を連続させたいと願っています。


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