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Posts Tagged ‘可能性’


4月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     4月 11th, 2021  Posted 12:00 AM

4月11日 先勝(己丑)

『誌論としてのデザイン』

デザインが創出すべきは、
形、
その機「能」を
人間の可能性に対照し、
形、
その「心」を誠意として、
時代に提示する態度に
ほかならない。

artificial heart:川崎和男展


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『やたらと大学が増えていますが疑似大学生多い』


   


     8月 2nd, 2020  Posted 1:06 AM

大学での学びは専門知識の習得と、実習や研究など
知の創造があり、社会への扉を開く人財を養成、育成しています。
やはり本格的な「研究」は、大学院からで、前期課程となる修士
でも足りず、後期の博士課程になってからでしょう。
例えば、芸術・デザインは、知の「創造」と「創出」だけがありますが、
これは医学や法学、経済などとは異なり、出口での資格制度がないので
あくまでその才能の可能性にかけて送り出しています。
大学は入学競争で、AからFのランク付けがあります。
私は総合大学で大学人だったので、芸術系に限らず
この大学のランク付けはとても気になります。
AからCまでが大学入学資格の学力基準を満たしていて
それ以降は高卒未満あるいは中学程度の学力です。
特に日本人は「少子化」ですが、D以下の大学がいっぱいあるのです。
今後は国立、公立が増えます。
私立ならDからFランクの大学はこれまでの大学ではありません。
大学を減らすことを論議しなければいけないでしょう。


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7月7日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 7th, 2020  Posted 12:00 AM

7月7日 先負(辛亥)

『関数としてのデザイン』

視覚的理解による
形態把握と
認識的理解による
形相把握を
次世代エピステーメーとして
構築出来る可能性が、
それこそコンピュータの
画面上に新たな透視図法として
見えてきたと
考えるべきではないだろうか。

artificial heart:川崎和男展


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『「新素材」から素材とその製造法まで』


   


     1月 9th, 2020  Posted 12:00 AM

「新素材」を初めて知ったのは、私が音響設計に飛び込んでからでした。
いまでこそ、また一段とLPレコードプレイヤーがヒットしていますが、
そのカートリッジ=ヘッドシェル(=レコードシェルから音を入力)の
開発で「新素材」を使いました。
そこでは、軽量なことと周辺音響を取られないことを目指していました。
その当時は
マグネシュウム合金、チタチウム、カーボンファイバー、ボロンと
いった新素材がありました。
そして、今になってもまだまだ展開しきれていない、
ボロンの素材の可能性を追いかけています。
ただし、私の作品=商品であるカートリッジにはボロンを使用しています。
チタニウムは、私らしい車イスで実現を果たしました。
マグネシュウム合金は、GRiD社のラップトップで使用され、
MoMA(New York近代美術館)に
最初のパソコン収蔵作品としておさめられています。
車イスでとことん付き合ったチタニウムは、
製造から製品化、そして商品化までを十分に理解しています。
それでも、まだ製造的な問題を改善すれば、
その使用展開は拡大されると考えています。

* GRiD社=MoMAでの最初のパソコン


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『武器も兵器も、戦争ではなくて「スポーツ」である』


   


     8月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

戦争という言葉だけで、特に日本人は大嫌いです。
様々な技術開発が戦争の武器や兵器となることは当然危惧しています。
同時に、デザイナーとして武器や兵器には
造形と技術の知識に、ダ・ヴインチの如く関心を持って見ています。
知識と発想がなければ開発することも、正しく有効利用することも、
問題解決することも、平和的利用にもつなげられません。
「戦い」はそれこそ戦争ではない勝敗で、
新しいスポーツ化されないものかと考えています。
サッカーの起源が、戦争で勝った敵国の将軍の首を蹴って
祝ったことからとされていますが、
今はその競技には行き過ぎた行動を伴うほどに
血が騒ぎ熱狂を持って楽しむスポーツです。
そしてスポーツ選手は、英雄になり多くの人達に、
感動や勇気を与えています。武術や武道も戦闘法から、
その型の美しさや技の強さを競う勝敗をつける戦いとなり
身体と精神とも自分との闘いにより磨かれ、
その道を学び、極めていきます。
空手などの美しい動きの型はロボットの動きにも転用されています。
例えば、伝統工芸としての打刃物、刀剣も、
武器から神格化までその時代で役割や技術その継承が重ねられています。
日常の道具としての刃物も武器になる、人を傷つける可能性をもつ以上、
それを産み出すモノづくりには、
「生」をかけて、取り組まなければなりません。
結構な刃渡りの刃物をどこにでも持ち運んで使いましょうという
軽快なコンセプトでスタイリッシュなデザインされた刃物ケースは、
素材も相応しくなかったけれど、県か市のデザイン賞が与えられており、
銃刀法も知らずに「馬鹿が選んでいる」と想像がつきました。
話は展開してしまいましたが、
さて、コレはまた進化している「ズムウォルト級ミサイル駆逐艦」です。
「そして私は、戦争ではないスポーツとして、
その駆逐艦を考えていた男がいた」と言われたいです。

*駆逐艦


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『間伐材での木製ストローは製造特許の山だ』


   


     7月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

「G20」の閣僚級会合で使用され話題となった
日本技術の木製のストローは、最高に良かったのだろうと思います。
まだまだ高価だとは思いますが、
間伐材でのあのストローが、世界に投げかけたモノは、
エコロジーへの強いメッセージ性があったと思います。
0,15mm厚で、間伐材だったことは
紙のストローよりもよく仕上がっていました。
それこそ木製のスプーンも必要ですが、デザインが違うなーと思いました。
ストローの製造特許はより安い方法があるでしょう。
おそらく、ペットボトルは今のデザインでは駄目だろうと考えます。
ともかく、海の汚れは世界的に取り組む大問題です。
洗剤などはじめとするパッケージのデザインは大改革が必然です。
地球がこれほどまでに、汚れるとは。
プラスチック素材が、必ず「土に戻る」という手法が必要です。
こちらではマスコミが全然報道していませんが、
TOKYO-2020の新国立競技場の木材が、世界規範と衝突しています。
違法伐採木材が含まれている可能性を指摘されているのです。
オリンピックの施設では「持続可能性に配慮した木材の調達基準」のもと
資材調達しなければなりません。
それほど、エコロジーや国際的な環境を護ることになっています。
デザインにとって、
地球環境全体を守る難問に取り組まなければなりません。


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03月01日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 1st, 2017  Posted 12:00 AM

03月01日 大安(丁亥)

意識にはいくつかの層、
層、すなわちレイヤーがある。
そこで、
非現実的なレイヤーに、
「想像力」を配置すること、
その可能性があるということだ。

川崎和男の発想表現手法


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『診る・看る・観る・視るを取り囲む安全と安心の環境』


   


     8月 18th, 2016  Posted 12:00 AM

コンピュータの表示機をディスプレイと呼んでいた時期がありました。
モニターという呼び換えによって、その表示には、
映す・写す・撮す・遷す、という表示内容がありました。
しかし、一般的には移すという行為が移すになり、
結局、映すということで、映像と言われて映像機器が
今なお、液晶TV・モニターも映す機器になっています。
ほぼ10年、映像モニターのデザインに携わっていましたが、
以後、その映像機器メーカーはその基本が無くなり、
企業の商品そのモノのデザインには機器らしさの根本が消えたかのように
デザインの魅力は無くなっているようです。
これは液晶TVのデザインにも造形言語と形態言語を失ってしまっています。
最近、オーストラリアの液晶TVがこのライン性を取り戻しています。
そこに「デジタルサイネージ」という商品群が登場しましたが、
根幹が無いがゆえにデジタルサイネージは電子看板となって
これこそ映像ディスプレイに引き戻してしまっているのです。
性能性・効能性・機能性を失っていると自分は判断しています。
自分が引き込んできたのは「アッサンブラージュ」という美術的手法でした。
それに付け加えたことが、診る・看る・観る・視るという機器と行為を
IoTを焦点化したinternet of Medical Things=IoMeTでした。
これは病院と自宅、訪問看護での新たな効能性=社会的に存在する意味、
すなわち、患者への医療環境から医療情報をネットワークによって、
安心と安全を与える看医工学を成立させるシンボルを形成しています。
いわゆる患者のBig Dataへの社会制度を支えるモノが、映像機器を
システム化だけではないダイナミックスを社会の情報環境に与えること、
この可能性という進化にたどり着いたと考えます。
「デジタルアッサンブラージュ」は、
診る・看る・観る・視るを映像機器をさらに進歩させていると確信しています。

* 『デザイン対象となる医療関連の開発について』
* 『IoMeTのためのMedical LogとConnect nome』
* 『温故知新から不易流行の「IoMeT」へ』
* 『IoTではなくIoMetというライン手法』
* 『自宅玄関には涼しさを「デジタルアッサンブラージュ」』


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『自宅玄関には涼しさを「デジタルアッサンブラージュ」』


   


     7月 14th, 2016  Posted 12:00 AM

一般的にはTV、その番組は情報革命の先人でした。
それは画面情報がさらに拡大していくことと、
画面表示器そのものの種別が増えて進歩しています。
特に画面の情報化というのはバーチャルリアイティの世界です。
したがって、自分のデザイン経験では、モニターもTVも、そして、
その関連機器のデザインが相当にあります。
それだけにこうした進化自体に、大きな違和感を抱いてきました。
特に、「デジタルサイネージ」=電子看板というアイテムへの
デザイン参画は全て大失敗ばかりです。そこである企業での電子的展示から
その拡大を自宅で「デジタルアッサンブラージュ」として、
センサー・赤外線・LED照明、
そして画面表示のアッサンブラージュ化を実現。
自分の作品も流れますが、
今年、自宅の玄関は「夏」をアッサンブラージュ化します。
水槽の中の魚、金魚、くらげ、
さらに夏の高原を流れる谷川、さらに大阪城、
滝や花火がアッサンブラージュされたバーチャルリアリティの情報画面が、
玄関を通過する人物の動きと
画面表示の色彩・光と灯りをコントロールします。
自宅玄関でどこまで可能であるかを確認しています。
これによって、どれほどデジタルサイネージでは不可能かを明白化します。
デジタルアッサンブラージュは、
かつて芸術家が試みたそれこそ廃棄されたモノ、
それでも組み合わせてアートに、彫刻にという思いを引き継いでいます。
画面情報のセンシング、WiFiコントロール、赤外線制御、
そして照明のカラー表示を変幻自在にしてくれる可能性が見えてきました。
これは今秋には機器として、特に看護環境への適用を考えています。
自宅玄関は、訪問者毎に「夏」の環境情報として、
確実な「涼しさ」を映像と照明で与えることが可能です。

*『GRiD社キーボード位置をどう乗り越えるかだった』
*『改めて自宅玄関のデジタルアッサンブラージュ』
*『自宅玄関のデジタル化とアナログ操作性の実験』
*『鏡の背後を熟知するため、あるいは解放をめざす』
*「もう一つの言語を教えていた昔・ロゴレゴのこと」
*『KK塾での実務紹介=デジタルアッサンブラージュ』


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『日本文具大賞の「機能部門」と「デザイン部門」って?』


   


     7月 10th, 2016  Posted 12:00 AM

2016年・第25回「日本文具大賞」の発表と表彰式が行われました。
日本文具大賞はこの時期の大きな行事になっています。
今年も審査委員長として概評と審査基準や文具業界へのお願いをしました。
年毎に応募は増え、今回はwebsiteで事前調査を各審査委員がすませて、
その後、現物審査をしました。
これはまず個々人の主観性で評価され、
それが、審査会ではぶつかり合って客観性に変わります。
つまり、デザインにとって最大に重要な客観的な評価が成立します。
この審査は二つの部門があります。
「機能部門」は、
常にデザインと言えば「機能的が美しい」という常套句がありますが
これをもっと広範囲でとらえ直しています。
性能=モノの性質の能力と、
効能=モノが社会的・時代的に存在している意義や効用と効果が問われ、
結果、性能と効能の可能性が文明的な史観で
「機能性」という可能性になるのです。
「デザイン部門」は、
機能性にさらに美学性が将来性を持っているか、までが問われるのです。
簡単に言い切ってしまえば性能性という誠実さと効能性という信頼性が
社会的に存在を許容しているかどうかまでが確かめられているのです。
特に「グランプリ賞品」には、
誠実さと信頼性に美しさという倫理観が適合していく未来性を
求められているということです。
本賞の商品は、毎年必ず大ヒットになることは間違いありません。
そしてこの審査会が
「各商品や各メーカー事情を詳しく組み込んで評価している!」
という理由から、審査会自体が褒められることがあります。
これは審査委員会の伝統的な誇りであり自慢だと思います。
賞品市価は200円から2000円、高くても5000円のモノですが、
わが国の「文具は世界一」であることを今年度も再確認できました。
ただし、今回は各社のwebsiteを見ましたが、
残念ながら、websiteには
企業各社の特色ある美しくてインターラクションが
より必要であることを付け加えて述べました。

*『日本流見本市の創出=日本は常にホスト国であるべき』
*『売れるより売る文具大賞グランプリ』
*『「機能」と「デザイン」=日本文具大賞の審査基準』
*『『第22回日本文具大賞』を発表しました』
*『アートからの革新=フォンタナの作品から』


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