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Posts Tagged ‘間伐材’


『間伐材での木製ストローは製造特許の山だ』


   


     7月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

「G20」の閣僚級会合で使用され話題となった
日本技術の木製のストローは、最高に良かったのだろうと思います。
まだまだ高価だとは思いますが、
間伐材でのあのストローが、世界に投げかけたモノは、
エコロジーへの強いメッセージ性があったと思います。
0,15mm厚で、間伐材だったことは
紙のストローよりもよく仕上がっていました。
それこそ木製のスプーンも必要ですが、デザインが違うなーと思いました。
ストローの製造特許はより安い方法があるでしょう。
おそらく、ペットボトルは今のデザインでは駄目だろうと考えます。
ともかく、海の汚れは世界的に取り組む大問題です。
洗剤などはじめとするパッケージのデザインは大改革が必然です。
地球がこれほどまでに、汚れるとは。
プラスチック素材が、必ず「土に戻る」という手法が必要です。
こちらではマスコミが全然報道していませんが、
TOKYO-2020の新国立競技場の木材が、世界規範と衝突しています。
違法伐採木材が含まれている可能性を指摘されているのです。
オリンピックの施設では「持続可能性に配慮した木材の調達基準」のもと
資材調達しなければなりません。
それほど、エコロジーや国際的な環境を護ることになっています。
デザインにとって、
地球環境全体を守る難問に取り組まなければなりません。


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『セルロース素材によるわが国の基幹産業化』


   


     3月 5th, 2017  Posted 12:00 AM

時間はかかってきましたがようやく着地点が見えてきました。
ちょうど、3.11東日本大震災の前に、
この素材は今後わが国のしかも国内で素材が賄えるということでした。
セルロースであり、それは自然素材の樹木・絹・麻から、
落ち葉、間伐材、古紙・紙粉を、
セルロースパウダーにすることでした。
今やまだ日本はブリスターパック=プラスチックで、
これさえ産業化は遅れていますが、欧米は全て紙素材パッケージです。
既に広島土砂災害、御嶽山爆発でセルロースパウダーは確実に運用可能。
現在は、セルロース素材利用によって、除染も、土砂災害も、
実験結果を積み上げてきましたので、いづれ東北現地に入ります。
私の直感では、除染だけではなくて土壌改良や「パリ協定」にわが国の
デザインだからこそ、それも「基幹産業化」とリスクキャピタルから、
ベンチャーキャピタルの戦略から戦術までが可能になると予測しています。
それが「コンシリエンスデザイン」であり、
パラリンピックでの「看医工学」は確実に「老年医療」にも繋がります。
今わが国最大の問題は、それこそ私が出身してきた「東芝」の企業崩壊は、
明らかに「サラリーマン企業の終焉」になるでしょう。
そこにセルロース戦略とカーボン戦術をデザインから提示していくことです。
ところが、「パリ協定」の無視宣言を米国の大統領からの反対宣言など、
おそらく、グローバリズムの改変は起こるでしょう。
それだけに、改めての地球存続性は、
先般の恒星に7つの惑星発見、月に在るヘリウム3など、
希望は見えています。
ともかく2050年まで(生きていないでしょうが)のデザイン、
その目標と目的でのデザイン成果の「美学」は置き土産にするつもりです。

* 『中国の月面着陸ロケットの思惑・範原発を!』
* 「『形と性能』・デザイン成果=造形言語と形態言語」
* 「デザイン成果としての『かたち論』は生涯論考するだろう」
* 『「森羅万象悉く神なり」は樹木と二酸化炭素の関係』
* 『除染されていない間伐材へのデザイン開発』


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『油断してはいけない「薪」へのデザインを』


   


     2月 2nd, 2017  Posted 12:00 AM

日本は資源の乏しい島国国家です。
だから貿易国家で存続していくことが宿命だと思います。
そのことは言葉=漢字に表意あるいは象形に表れているのです。
たとえば、「油断」には二つの意味がありました。
精神的に身構えることの無い状況と、
文字通り石油を手に入れることが出来なかった。
これこそ、敗戦国家に追い込まれてきたことに繋がっています。
おそらく日本の少子化と高齢化での
国民の大問題はエネルギーへの油断です。
私はエネルギーを水・食料・電力と考えてきました。
とりわけ、油断を警戒しなければならないとするなら、
それは新しい電力エネルギーを
日本はもとより地球全体が解決するべきことでしょう。
その応答・回答・解答に、私は「薪」があると考えています。
私が提示している「セルロース戦略」そのものであるとともに、
古来日本人が薪から黒炭や白炭、
薪炭としてきた大きな知恵=silienceであったということです。
私はこのことを「カーボン戦術」とし、
しかも「薪」周辺を基幹産業化する未来創成の
デザイン戦略戦術として提示しているのです。
ともかく「薪」への技術は
それこそ間伐材のチップ化とペレット化があります。
薪を白炭や黒炭にしていく手続きこそ、
とても重大なことだと考えています。
何にしても電力エネルギーを島国日本では石油などありませんから。
だとするなら、終戦直後にも炭は求められていました。
その記憶をとりもださなければなりません。
チップ化したり、ペレット化した木材の炭化=カーボン戦術には、
新しい技術デザインが必要なことは間違いありません。
特に、除染されていない間伐材のチップ化・ペレット化・炭化こそ、
この領域にインダスとリアルデザインは不可欠だと確信しているのです。

* 『電力の自由化と電気の自由化があります』
* 『最も重要なエネルギーとしての「水」』
* 『忘れた頃にを想定内に!』
* 「現代の道具・LSIのやり直し」
* 『匿名的な知恵=silienceである』


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『除染されていない間伐材へのデザイン開発』


   


     2月 1st, 2017  Posted 12:00 AM

間伐材という材木があります。
この言葉やその意味が今やあまり知られていないようです。
幸いにして私は子どもの頃、多分小学生時代に知っていました。
それは樹木の生長をコントロールするために、
植林後に間引き伐採する木のことです。
まだ私が小さい頃すでに祖父たちが
間伐する職人が激減していることを聞いていました。
デザイナーになって福井にいる頃には、
福井県のデザインアドバイザーとして、
「間伐材をなんとかデザインでの製品化」を頼まれたものでした。
間伐材そのものの植林からの計画が必要だと思い知ったものです。
したがって、「間伐材とデザイン」の関係は
とても長期期間にわたっての大きなデザインテーマだと思います。
これまでデザインプロジェクトをほとんど見てきましたが、
一時、成功かと思わせますが、
定量的、定質的な事例は皆無と言っていいでしょう。
デザインにとってはとても重大なデザイン対象であるだけに、
ただ単に椅子やら机ではなく全く新しい提案が必要だと考えています。
しかも、この日本列島の森林地帯での間伐材には大きな問題があります。
まず、私が子どもの頃ですら、
伐採出来る職人さんがいなかったのです。今はなおさらです。
さらに大きな問題は、3.11あの原発事故、
後始末としての除染が行われていないことです。
これはそれこそ、直径12~3cmの樹木を切って、
その年輪とともにセシウムが含有されているのです。
いわゆる年輪とセシウムは植物壁に有害物質が入り込んでいることです。
私自身、基幹産業に「セルロース戦略」を掲げているだけに、
特に、福島県から長野県、さらには東京都や静岡県での間伐材、
こうしたセシウム含有への戦略化そのものを、
デザイナーが考え出すべきと考えています。
セシウム134の半減期は2年、セシウム137は30年です。
なんとしても、私はセシウム含有間伐材での
「カーボン戦術」の企画計画に取り組んでいます。

* 『セルロース戦略と炭素戦術が基幹産業になる』
* 『ある効果とある理論を実際に問題解決=デザインへ』
* 『セシウム除染もデザインが深く関与すべきだ』
* 「杉と桐と、そして琴に成る」
* 「環境デザインの難問解決・利益相反設計論」


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『ある効果とある理論を実際に問題解決=デザインへ』


   


     11月 22nd, 2016  Posted 12:00 AM

米国の大統領は絶対に彼だ、という推測は当たっていました。
今年・申年は事件が頻繁に起こるということは、迷信かも知れません。
しかしまさに的中事件が多過ぎます。
わが国の大問題はなんといっても、拉致被害者の奪還と3.11の、
ともかくまずは除染の問題があります。
そして、コツコツと除染問題を解決しているY名誉教授を私の寄附講座、
その招聘教授に迎えました。それは除染対象である、
沼や池、田畑、構造物=家屋周辺は除染に取り組んでいましたが、
森林には何の除染も不可能でした。実際的には、
その森林での間伐材の年輪に134Csと137Csが明確に残っています。
この話を聞かされたときに、あらためてデザインが目指す、
義・美・善を思い起こしました。
134Csは半減期が約2年、137Csは約30年が明らかだと聞いています。
なんとしてもセシウム(Cs)除染の素材とその手法はデザイン対象でした。
まだこれからの実験が残っていますが、確実に除染方法が見つかると
私は自信が湧いてきました。
その素材には当初から目をつけていましたし、これまでの土砂災害でも
大きな効果をあげてきました。
ともかく、年輪から細胞壁での相当の知識が求められています。
デザインに化学的、植物学的な基本知識も要求されています。
現在の手法では除染が移染と言われてしまうことからはなんとしても
この問題解決=デザインが必須だということです。
これまでの芸術系から学術系へのコンシリエンスデザインが見えています。
自分の役割は、これまでのデザインを芸術から学術、学術から芸術へと
絶対に次世代デザイン界を変革することだと確信しています。
つまり、もはやデザイン系教育の大転換、これもイノベーション、
その実例をこの除染で示したいと考えています。

* 『シュンペンターと象形文字を同次元に考える』
* 『陽子加速器での核変換デザインによる復興』
* 『カラスはすでに見抜いている、らしい?』
* 『広島被災地に「パウダースマイル」を!』
* 『セシウム除染もデザインが深く関与すべきだ』


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「杉と桐と、そして琴に成る」


   


     1月 25th, 2012  Posted 12:00 AM

日本の植林行政での大失敗は杉の木の植林でした。
全国どこでも杉の木はメンテナンスフリーの樹木です。
結果、必ず花粉症に悩まされる国民性を引き込んでしまいました。
さらに、間伐材の問題も生まれました。
間伐材利用のためにデザイン導入も随分と試されましたが
すべからく失敗しています。
これは関与したデザイナーの力量不足だったと指摘しておきます。
そして、桐の木もかつては箪笥素材として日本の代表的樹木でした。
しかし、桐箪笥は着物文化とともに市場は縮小しています。
桐材でのデザイン開発をした経験がありますが、
桐箪笥流通ルートでモダンデザイン流通は困難で失敗しました。
私は杉と桐との伝統的な素材観が失われたことが、
行政の安易な伝統文化への知識無さだと思ってきました。
それを象徴しているのは「琴」、「琴づくり」です。
琴の素材は桐です。
そして伝統楽器である「琴づくり」においては、
杉と桐との育成に伝統技があったことです。
つまり、杉は向日性で真っ直ぐに育ちます。
ところが桐の木の向日性は自由気ままに育ってしまうのです。
そこで、杉林の中で桐の木を育てると、
桐は周囲の杉の木の向日性に支配され真っ直ぐに育つのです。
この桐の習性を利用します。
よく育成した桐の木を伐採して、水に浸けておくと、
桐は本来持っていた曲がりくねる習性が表れてしまいます。
その曲がり具合で楽器・琴にする形態を選び出すのです。
そうして最適カーブをもった桐の木をくりぬいて
琴の音質を決定していくという伝統技です。
私は、杉林の中にある一本の桐の木をイメージすると、
杉林という環境が一本の桐が周囲環境で育成します。
ところが水に浸されて本性である桐の向日性が
出現するということに注目します。
すなわち日本の伝統技には、
素材の本性を自然環境のままに制御する人工技があることです。
私が自然との人工を対比するとき、
自然との調和などは元来ありえず、
むしろ自然をこよなく観察しその自然性の本性性能を、
人間技が徹底して制御運用してきたことが重大だということです。

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「資本主義からの逃走」
  「環境デザインの難問解決・利益相反設計論」
  


   


     3月 11th, 2011  Posted 12:00 AM

花粉症と間伐材
この季節は花粉症に苦しむ人が多勢です。
国策、林野植林計画が招いてしまった結果です。
日本列島=「花綵の国」の自然環境が変わってしまいました。
花粉症がその最たるものでしょう。
杉を植林すればその育成には手抜きができます。
残念ながら林業の衰退が立ちはだかった結果です。
ということで、杉の花粉が都市に吹きまくり、
さらに間伐材の処理に困り果て、
なんとか間伐材の利用がデザインに求められている状況です。
間伐材の使い道も見つからずという国策の貧しさをみます。
というより、本来、日本列島に最も大事なブナ林や里山の保全には何の国策もありません。
結果、土砂崩れが起こり、河川形状が異変し、
日本の森林破壊はそのまま都市環境にまで多大な影響を及ぼしてしまいました。
私も、WiFi-City計画など安閑と提案していますが、
このWiFi電磁空間が及ぼす人体への影響は分からぬままですから偉そうなことは言えません。
利益相反の難問解決デザイン
問題は、自然環境の保全というのは、実際は「何が問題なのか」ということは、
人類が抱え込んだ最大難問でしょう。
CO2 問題も、学識者意見は二分されています。
この自然環境・対・人工環境は、
人間その生体との適合性ということに集約と収束されているようですが、
このこと事態が問題だということになります。
都市計画や環境デザインに欠落しているのは、この自然・対・人工という利益相反性が、
すべて産業経済論に持ち込まれたとき、難問はほとんど迷宮入りになるということでしょう。
結局、資本主義イデオロギーが無視してきたことは、
自然・対・人工という利益相反性だったということになります。
環境デザインを有効ならしめるには、付加価値設計論ではなくて、
利益相反性設計論だと私は思っている次第です。


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