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Posts Tagged ‘フランス’


『音場になるハウ・ハイ・ザ・ムーンでバド・パウエル』


   


     6月 25th, 2020  Posted 9:22 PM

ジャズ ナンバー「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」をかけました。
今はAMPZiLLA2000が「修理中」ゆえ、
「音像」より、「音場」を確かめました。
この「音場」は、BeoLab5とBeoCenter2の組み合わせで
搭載された技術により部屋の特性を計測し、
最適な音質で創り出しています。
私の大好きなバド・パウエルの演奏です。
バド・パウエルがフランスで演奏したものを収録したアルバムで、
その二年後に彼は逝きました。
「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」と言えば倉俣史朗の名作のイス。
自宅では中央に置いてあります。「シング・シング・シング」から
倉俣史朗はまたジャズ ナンバー付けたイスです。
この作品について私の著作『夢の形見に』では
「リトルネット論」で書き上げました。
まだとてもジャズ論では書けなかったのです。
ワイフが「この曲は?」と、
そこで、ジャズ論を述べようかと言いましたが、
「フーン」で終わりました。
このバド パウエルの名盤は、今、私を奮起させる音場でした。
そう言えば、故・菅野沖彦先生には、
「ジャズ」を日本人が録音する事が書いてあった。


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『もっとジャーナリズムは正確に報道すべき』


   


     3月 25th, 2020  Posted 9:48 PM

野口英世という細菌学者がいました。
ノーベル賞候補に何度もなり、伝染病の治療と
研究に生涯といのちを捧げた医学者の伝記をこどもの頃読みました。
私は以前から現金を持ち歩かないのですが、
聖徳太子、伊藤博文そして現在の千円札は野口英世の肖像です。
しかし、蛇毒、黄熱病の研究功績は、
ノーベル賞はもらえませんでしたが、世界の人々を病から救いました。
新型コロナウイルスは、肺炎が引き起こされますが
肺炎と言えば、細菌肺炎とウイルス肺炎、真菌肺炎があります。
基礎疾患がある人、高齢者は、肺炎での症状で死を迎えることが多く、
個人情報があると言っても、経路や接触者をオープンにできないことは
中国や韓国などと異なり徹底管理の妨げになっています。
米国のSOHOのギャラリー=これは国宝ですが、
オーナーからのメールで届いた写真です。
当初は、甘く考えていたために、今はこんな状態だと
生活が一変した状況を知らせてくれました。
世界はより身近に、同じ問題をようやく共有し、
とりわけ米国、イタリア、フランスの友人達と密メールをしています。


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『500年後のダ・ビンチを』


   


     12月 11th, 2019  Posted 12:00 AM

没後500年、1519年に亡くなった
レオナルド・ダ・ビンチの記念展や特別展が開催され、
あらためてその足跡を追い、徹底的な作品解析などが行われ
高い注目を浴びています。
私のデザインしたメガネが話題となり一躍、
海外からのインタビューを多く受けたとき
「人工心臓も手掛けるなんてダ・ビンチみたいですね」と言われ、
「ダ・ビンチより僕は絵が上手いよ」と冗談で返していました。
以前フランスから持ち帰ったこの本は常に自宅に置いてあります。
解剖図は、外科や兵器・軍器での手稿が多く、
それこそTAH=完全人工心臓の取り組みの中で
彼のスッケッチを何度も何度も見ました。
心臓の二つの弁も、彼は解っていました。
500年も前なのに解っていたことや、不明さもありますが、
彼の手稿が残されたことで、なぜこれが描けたのかと思われる
自分の村=ビンチ村のスケッチで彼の発明の軍器もあるのです。
これを眺めているだけでも、発想の啓示があり、
私のデザインのエネルギーとなるのです。恩師が私に、
「教職に就いている間は書物は持って行きなさい」と、
私はリタイアされて随分と経ってから、
大きな研究室と書庫を処分されました。
この言葉には、今になって気づかれます。
言葉通りに、自宅倉庫、レンタル倉庫と
必要十分な書籍に囲まれています。


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『私自分自身で循環器系や血液さらに心電図も確認できる』


   


     5月 30th, 2019  Posted 12:00 AM

私は身体障害者、さらには心臓障害者です。
けれども、阪大では4名から5名の医師がついていて、
いつも決まった時間には定期検診を受けています。
しかも私自身が、循環器系、血液、さらには呼吸器系が一応は専門です。
それで、私自身の循環器系や血液では、
自分自身で自分のことをサンプルに、
医師たちと話し合って、なるほどそうなんだと納得出来るのです。
すでに私の循環器ではICD(埋め込み型除細動器)3代目が入っています。
それで、ICDの11年間の進化を見ているのです。
本日は、心電図での図形を自分のもので確かめることができました。
血液については安心とは言えませんが、安全範囲でした。
今日は英国からのインターンもいて、多少の会話をしました。
フランスでは英国でのどこの大学で研修をした
医師の名前が思い出し出来ませんでした。
そういえば、採血検査は、
(そうじゃないだろうという角度)針が入っていました。
今日の定期検診では、血液も大丈夫でした。
それが終わって、アストンマーチンで帰るところでした。


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『未来に向かって産地に私の経験と知識を伝える』


   


     4月 5th, 2019  Posted 12:00 AM

私とメガネデザインはもう30数年になります。
最初の頃は、まず国際的な賞を受賞してほしいということでした。
その当時 、賢明に考えて「アンチ・グラビティ」として
重力を感じさせない機構のメガネをデザインしました。
それはドイツで、iF賞を受賞することが出来ました。
その機構を持って、今の会長がメガネ業界の人と会いましたが、
実は「これを業界で出されては困る」となり販売が先延ばしになりました。
その方も亡くなり、とうとうようやく販売が開始されます。
ところが、30数年間も携わっていると、
ダメなところがあることに気付きます。
さらに、次には、「アンチ・テンション」を考えつき、
2000年にフランスの「シルモ賞」を日本で初めて受賞しました。
そこから、メガネ業界はこのモノマネが横行しています。
会長は最初、そういった訴訟にも時間を割いていました。
今でこそ、私も自分のデザインのラインを明確にし提案、
管理していますが、私のデザイン案が流出し、
あるメガネブランドの一種のアイコンとなっているモノもあります。
私はまた新たなアイディアを試行しています。
さらに、私は「アンチ・〇〇」とか「アンチ・△△」を練っています。
そうは言っても、そろそろ私は誰かに引き継ぎたいなと思っています。
またメガネデザインの経験と知識を広く伝えたいとも考えています。
やり残しているプリズム光線の屈折で見えるレンズのないメガネ、
脳内周波数と一致するメガネは私が実現したいのです。
おそらく、これまでの産地はやがて新しさに負けていくのかも知れません。


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『音場も音像も壊れている、現代のスピーカーシステム』


   


     2月 2nd, 2019  Posted 12:00 AM

音響を楽しむには、「音場」と「音像」があります。
「音像」ばかりでの、いわゆるステレオ感だけでは
無いんだということをフランスの音響雑誌で知って衝撃を受けた私は、
美大の卒業制作でそれを作品として具現化しました。
音像とは、ステレオで演奏者が
丁度ど真ん中にいて再生音を表現するでした。
音場は、部屋のどこにいても、最適な演奏が楽しめることです。
私の音像は、JBL4343で確実に確かめています。
そしてB&OのBeolab5は、コンピュータで、
部屋の広さや家具の配置、視聴各者も測定し、
ステレオ感ではない新しい音響が楽しめることです。
この「音場」と「音像」を目一杯楽しむために、
周辺へ音漏れなき環境にもなっています。
さて、私の卒業制作この無指向性スピーカーは
有名な先生から酷評されました。
何にも知らない、この人にはセンスが無い、と
若く生意気な私は意にも介さずでした。
実は音場づくりにはコンピュータ=デジタルが必要です。


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『ロートレック出身の町で、入院経験のPFM』


   


     12月 25th, 2018  Posted 12:00 AM

フランスのトゥールーズ(航空宇宙産業)から
約1時間半でアルビの町です。
ここでもいくつかの思い出があります。
フランスと日本の交流記念となるイベントで
私は「産業とデザイン」の日本代表として講演等に参加しました。
アルビでは、国立の鉱山大学を見て回った後、
ロートレックの美術館に案内されました。
この美術館はお城で、
ロートレックの石版まで見せてもらうことができました。
そして、そのアルビ県の知事官舎で、どういう訳か私も表彰されました。
しかし、当時は失業率が4.0%で、デモが起こりました。
危険が及んではと、知事の官舎、といってもお城跡で
その抜け道の地下道を通り町の市場に出て難を逃れました。
このルートは秘密とのことでした。
そこで、過密なスケジュールをこなしていた私は倒れてしまいました。
心臓発作が起こったのです。
ホテルでホームドクターの診察を受け救急車で大きな病院に運ばれました。
何としても役割を引き受けたトゥールーズでの講演はやり切り、
ドクターにお願いし10時間もたせる注射をしてもらい講演会を終了し、
後は、私はその大きな病院で、通訳二人とスタッフたちは
町のホテルで、20日間ほど滞在して日本に戻りました。
海外での入院生活はニューヨークとアルビでその入院環境を知っています。
この経験で、患者へのPFK=ペイシャント・フロー・マネージメントの
説明や開示、看護や食事と客観的にも見つめていました。
医療環境ならニューヨークより、日本よりフランスのアルビでした。
昼食後は、必ずワインを一杯ひっかける
そんな二人のドクターの対応を受けることになりました。


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『もう一度絶対逢いたい哲学者・中村雄二郎先生』


   


     11月 14th, 2017  Posted 12:00 AM

高校時代は「倫理社会」という科目の中で哲学を教わりました。
得意科目で、当時全国では4冊教科書があり担当教諭からもらいました。
だから私なりに美しく仕上げたノートは残してあります。
大学時代は一般教養で哲学があり、覚えている試験問題は「機械とは何か」。
そして福井時代に突然、中村雄二郎先生が福井にまで来ていただきました。
それは私の刃物のデザインを見て、私に会いに来ていただいたのです。
もう大学時代から憧れていた先生だったので、とても驚き感激しました。
先生はデザインそしてグッドデザイン賞の理論的支柱でした。
先生を囲んで勉強会のために何度も上京したものです。
丹後縮緬再生プロジェクトは、先生の指導で2年取り組みましたが、
産地をまとめることが出来ず、先生からも、
「この産地は駄目だから撤収しよう」と終わったこともあります。
東京新聞に先生が連載を書かれることになったとき、
私がそのイラストを先生から、「描いてみなさい」ということで担当。
先生は、フランス語で文章を書かれてそれを日本語にするために、
フランス語キーボードをApple Japanに頼んだこともあります。
明治大学を退任されたとき、美術館や図書館など館長依頼が一杯ありました。
ところが、先生は明治大学退任とともに、
NHKで著名な学者先生とのインタビューで世界を飛び回っておられました。
「先生、そんなに懸命にだと身体を壊します」と言ったこともあります。
最終に教わったのはロボットの「身体論」と「形態論」でした。
これはSONYのAIBOを最終審査をするために教わったことです。
哲学者・西田幾太郎に次いでフランスから認められた哲学者でした。
Apple Japan10周年では、先生が新聞広告でモデルをされました。
しかし、あるとき、先生の歩き方が本当に弱くなり、
先生のショルダーバックのファスナーが開いたままのときに、
私は先生に異変があると思ったのです。
それから入院をされて、もう会えなくなりました。
一時、明治大学に誘われたことがあります。
明治大学の理事からの誘いの時に、
「先生に会いたい」と言ったらもう無理だからそーっとと言われました。
先生は結局、老衰で91歳で逝かれました。
何度も先生のことを書かなければと思いつつ書けなかったのです。
先生の語られる=書かれる「知」はそれこそ今では「哲学領域」にて
随分と先生の書かれたタイトルが引用・借用・盗用されて使われています。
この「術語集」の「あとがき」には、
私のことを紹介とともに書いていただいています。

* 『わが哲学の恩師・中村雄二郎先生』
* 「緊急課題になった『リトルネッロ論』の再考と具現化」
* 「 Media Integrationは「述語論理」だという確信・6 」
* 「これまで6冊の出版に込めたパターン化」
* 『「真善美」をプラトンに教えられたから生きてきた』


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『文具が情報化すれば市価は5倍になり出してきた』


   


     7月 6th, 2017  Posted 12:00 AM

毎年恒例になっている日本文具大賞、DESIGN TOKYO、そしてProto Lab、
これらの審査委員長として激務でした。
DESIGN TOKYOはグランプリを最終選考から、5点、それらの中で一点を
グランプリにしました。
ともかく、まず大まかに選別して驚いたのは、海外製がほとんどになります。
この傾向を今年度は、文具大賞でも、目の当たりにしたのです。
Bicというのは元々ボールペンで世界制覇をということで、
黄色と黒いキャップのボールペンが1960年代早々に商品化されました。(左)
ところが、その頃のボールペンは、
インクが出過ぎたり、洋服を汚すというモノでした。
だから、いわゆる100円ライターと呼ばれたBicのライターは、
とても鮮やかで、特にフランスではこれほど色彩豊富というほどでした。
今では禁煙もあってライターはすっかり主力商品ではなくなったのです。
そしてボールペンの進歩は著しく、欧州のデザイナー達はスケッチ用では、
とても今は評価があるのです。
大抵、世界先進国家では100円程度の
効能価値商品であり、性能、機能ともに優れたものに進化してきたのです。
ところが最近はノック式ボールペンとスタイラスペンがほぼ500円程度の
実際にも大変に優れたペンが登場。
さて、もう一方ではいわゆるスマートペンというノートに記せば、
Padにも手書きがしっかりとした書体表示、
このペンとノートそしてその下敷きが登場したのです。(右)
3 年前でしたが、私は、「やられた」と思ったくらいです。
ところが、1年後に実は日本がこのスマートペンのOEM供給元でした。
MonBrancという一流文具から時計・装飾品の商品です。
このスマートペン =デジタルペンがほぼ65000円程度なのです。
比して元々このOEMメーカー商品は12000円ほどです。
気づいてほしいのです。いわゆる情報化と結びついたペンが5倍するのです。
私は日本の文房具業界グランプリ発表表彰式で現物を掲げて説明しました。
それこそ情報化時代で海外は5倍の市価商品で、襲いかかってきていると。
家電がやられ、台所用品や雑貨、やがて車メーカーも厳しく市場から、
日本製は追い出されるという危険信号を文具業界、
さらには、DESIGN TOKYO出品業界にも伝えたのです。
そして、もう一つ大きなモノ、船舶業界も海外ブランドに襲われています。

■ 「日本文具大賞」
■ 「DESIGN TOKYO」

* 『海外製は情報化させる文具は5倍の価格で攻めてきた』
* 『iPadのスタイラスペンは徹底的に精査しています』
* 『電子ペン?電子版?、モバイルとの関係性は?』
* 『自分文房具の紹介をしながら語った取材でした』
* 『日本文具大賞の「機能部門」と「デザイン部門」って?』2016


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『看医工学デザイン対象のアルツハイマー』


   


     7月 5th, 2017  Posted 12:00 AM

現代、私たちの生涯、あるいは生をストップさせるのは四つあると思います。
まず、天災と人災、そして癌、アルツハイマー病です。
とりわけ、この日本は天災・地震と津波は避けようがありませんから、
ともかく、減災、国土強靱化は根本が大間違いです。
これを私はレジリエンスデザインとして、
熊本地震から39大学のデザイン系や建築系で
レジリエンスデザインの調査活動に、
ベースとしてのコンシリエンスデザインを手法理念にしています。
人災である戦争については、
どうすることも出来ない北朝鮮からの拉致被害者奪還を訴求し、
防衛としてのいわば軍事は当然仕方ありません。
そして在日スパイへの歴然たる政府強化が希望です。
そして、看医工学としては、癌とアルツハイマー病をもデザイン対象。
これが看医工学のターゲットだと考えると、
コンシリエンスデザインは切実なデザインの主要手法論とします。
これまでの美大やデザイン工学、今や風潮に過ぎないデザイン思考には、
とても癌とアルツハイマーはデザイン対象にはならないでしょう。
しかし、フランスでは「アルツハイマー病患者」へのデザイン解決が、
デザインコンペティションになるほどです。
韓国もコンシリエンスデザインでの新たな国家体制づくりを提案。
現在、ミラノ工科大学とのコンシリエンスデザインと看医工学での
阪大との提携に着手しています。
癌は急激にバイオテクノロジーや新たな療法、薬剤、抗がん剤不使用など、
そうした看医工学が見えてはいますがかなりステージ?ともなると困難です。
知人、友人を今年は多く見送ってきました。
私は母を47歳大腸癌、当時は手術してやっと癌と判明でした。
それだけに、大腸癌は詳細にデザイン対象にし私自身が決めてきました。
そして、命あっても、しかも若年性でのアルツハイマー病と
デザインの関与方法を見いだしたいのです。
私が恩師とする大事な人もアルツハイマーと聞くと、
デザインにとって、宿痾=アポリアかと思ってしまうからです。
デザイン対象にアルツハイマー病を立ち向かわせたいのです。

* 「生きることの模範・範疇・範囲として」
* 「『危機』・ことばの定義について」
* 『レジリエンスの学習はデザインにつながる』
* 『もう一度美しい国を再興するレジリエンスデザインを』
* 『「くまモン」参加のワッペンでレジリエンスデザイン』


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