11月3日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
11月 3rd, 2021 Posted 12:00 AM
目次を見る
7月 17th, 2019 Posted 12:00 AM
本来は端午の節句に「ちまき」は配られています。
ちょうど今、祇園祭りで「ちまき」が圧倒的に売れ、
同時にネットで転売されているというニュースが出ていました。
祇園祭の「ちまき」は笹の葉で作られたお守り、
疫病と災難除けに効果があるとされています。
それを見ながら、私は母方の祖母が、
とっても大きな鍋でちまちを巻いていたことを思い出します。
この時期、京都の和菓子のちまきを食べたとき、
これは絶対に私の知るちまきではないと言い放ちました。
それこそ現代では、行事、節句の中でも消えつつあるモノ、
消えたモノがあります。
たとえば、油団(ゆとん)、
これは福井の夏のしつらえ、和紙に荏油を塗り込んだ敷物でした。
蚊帳なども、今ではすっかり使われていません。
が、この蚊帳の目がとても気持ちがいいのです。(床ずれなど)
昔、祖母がやってくれていたことがとてもいい思い出であり、
福井での日々の暮らしがとても豊かだったのだと感じる一方、
日本は随分と継承してきたモノやコトを捨ててきていると思います。
そういう意味では、
小中学校での思い出の「日本の文化」が消えているのです。
合理化や利便性を追い求めすぎた代償は大きく、
未来づくりを担うデザインも、単にモノづくりがコトづくり、
翻って、コトがモノづくりだとする一辺倒のストーリーは
再考、再構すべきです。
Tags: お守り, コトづくり, しつらえ, ちまき, ネット, モノづくり, 代償, 再構, 再考, 合理化, 和紙, 和菓子, 床ずれ, 敷物, 日本の文化, 暮らし, 未来づくり, 油団, 消えつつ, 災難除け, 疫病, 祇園祭り, 祖母, 端午, 笹の葉, 節句, 荏油, 蚊帳, 豊か
Posted in ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ
5月 6th, 2016 Posted 12:00 AM
北陸・福井生まれの自分にとって、端午の節句には
幼い頃の強烈な思い出が残っています。
端午の節句飾り・チマキ・菖蒲の湯の香りです。
チマキもすでに京都の日本風スゥーツ?になっていますが
全くのインチキだと思います。
というより、田舎の方が豊かだったと思います。
幼少の頃は祖母が大釜でチマキを大量に茹で上げていました。
もう一度食べたいと思い出します。
その大量のチマキは宮大工大棟梁一族全てに配るためであり、
台所が大騒動であったことや、きな粉の香りが今も残って居るほどです。
そして菖蒲の湯のために職人さんが菖蒲の俵巻きを
荒縄でいくつもつくっていました。
高校生になっても、それは家に届いていました。
そして、何と言っても、端午の節句のお飾りは、
最初の外孫であったために、ミニチュアの弓矢や刀がありました。
残念ながら飾りの弓矢などは水害で無くしましたが、
刀といっても小刀は残っていて、
しかもそれは本物でありそれほどの切れ味ではありませんが、
小学生の頃は、山で遊ぶときには有効な刀になっていました。
端午の節句、その直前には、父の日本刀の手入れを離れて観ていました。
その時に日本刀の手入れや、
菖蒲の俵巻きの方法などは習っておくべきでした。
すでに端午の節句での鯉のぼりや5月飾りなどを見ると、
あたかも日本の伝統は、お土産物や観光の小道具になっています。
それは伝統文化を商業的に利用しているだけの、
きわめて「貧しい継承」だと思ってしまいます。
日本の伝統継承が貧しくて、
余程、昔の田舎の方が豊かだったと思います。
写真は私の自宅:マンション(集合アパートの玄関飾り)
*『最近見なくなった竹藪、その思い出』
*『享保の手帖から私が学び直したこと』
*『* 夢の大きさは、祖父への約束 *』
*『大風呂敷という喧嘩手法、その肝心要』
*『なぜ、あえて「日本刀」と呼ばれたのか?!』
Tags: 5月飾り, インチキ, お土産, お飾り, きな粉, スゥーツ, チマキ, ミニチュア, もう一度, 一族, 五月飾り, 京都, 伝統, 伝統継承, 余程, 俵巻き, 刀, 切れ味, 利用, 北陸, 台所, 商業的, 土産物, 外孫, 大棟梁, 大量, 大釜, 大騒動, 孫, 宮大工, 家, 小刀, 小学生, 小道具, 居る, 山, 幼い頃, 幼少, 弓矢, 強烈, 思い出, 手入れ, 文化, 方法, 日本, 日本刀, 日本風, 昔, 最初, 有効, 本物, 棟梁, 残って, 残念, 水害, 父, 田舎, 直前, 祖母, 福井, 端午, 端午の節句, 節句, 継承, 職人, 自分, 茹で上げ, 荒縄, 菖蒲, 菖蒲の湯, 観, 観光, 豊か, 貧しい継承, 遊ぶ, 配る, 頃, 食べたい, 飾り, 香り, 騒動, 高校生, 鯉のぼり
Posted in ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務
8月 19th, 2014 Posted 12:00 AM
8月19日 壬戌(赤口)
だから、生きていく未来を
私たちは「豊か」にすることでしかない。
その「豊か」さは、
死んでいく毎日に、
その豊かさを
懸命に積み重ねていくことしかない。
「川崎和男 強い人弱い人」
8月 23rd, 2012 Posted 12:00 AM
私の移動、その大半は飛行機です。
そして、プレミアムシートでは軽食が出ます。
その軽食の種類、量、
パッケージが段々とコストダウンをしていくのを見ると、
「貧乏になっていくなー」と感じます。
敗戦後、日本は「豊かな国、国民になろう」と考えました。
結果は、貧乏だというのはお金が無いこと。
お金があれば「豊かになれる」と思ったのが、気がつくと、
それは「豊かさ」とは全く違うことがやっと分かったのでしょう。
最近は、格安航空券ブームです。
したがって、この軽食の質も格段にコストダウンをしています。
シャンパンがまずブランド品から格下げになり
スパークルワインになりました。
最も明解なのは、ファーストクラスの食事など、
「これが?」というほどになっています。
無論、それは一部のことだと言えますが、
「貧しい」ことの解釈が「豊かさの勘違い」を引きずったままだからです。
航空機会社ではファーストクラスを廃絶したところもでてきました。
世界的な傾向でしょうし、
それがスタンダードになっていくのだと思います。
私には未体験ですが、客船でも1等客室も2、3等客室でも、
食事は平等になりつつあり
それなら3等客室で十分という話を聞いたことがあります。
つまり、「貧乏」というのは、
「贅沢」との格差、その感じ方だと思います。
「贅沢さ」=「豊かさ」ではありません。
「貧乏」=お金が無いことではありません。
今、私たちに問われているのは、可処分所得の高低が貧乏さを決定したり、
贅沢・豊かさ・貧しさ、ということへの、
自分自身がどのレベルで「心」を満腹に出来るかということです。
ちなみに、「心」とは武士道では「腹」にあり、
よって、「切腹」とは、
腹の清らかさを確認する自死行為だったということです。
だから「腹づもり=心構え」こそ、
貧乏も贅沢も切り捨てた美学だと思っています。
Tags: お金, コストダウン, シート, シャンパン, スタンダード, スパークルワイン, パッケージ, ブーム, ファーストクラス, ブランド, プレミアムシート, レベル, ワイン, 体験, 切腹, 勘違い, 可処分所得, 国, 国民, 客室, 客船, 平等, 戦後, 敗戦, 格安航空券, 格差, 武, 武士道, 死, 清らかさ, 満腹, 空, 腹, 自分自身, 自死, 航空機, 船, 行為, 解釈, 豊か, 豊かさ, 豊かな国, 貧しさ, 貧乏, 質, 贅沢, 量, 飛行機, 食, 食事
Posted in 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ
11月 28th, 2011 Posted 12:00 AM
Tags: ICD, アルコール, アレルギー, いとこ, おいしいもの, おやつ, コウバコガニ, コシヒカリ, ズワイガニ, セイコガニ, ブランド, ふるさと, マツバガニ, ワイフ, 一本義, 二日酔, 京都, 仏教系, 加賀, 勤労感謝の日, 埋め込み型除細動器, 基督教系, 季節, 家系, 小学校, 幸運, 幼稚園, 心臓, 恵み, 手術, 故郷, 新嘗祭, 新米, 日本海, 母方, 父方, 物質社会, 甲殻類, 白髪, 福井原産, 禿げ頭, 自然, 蟹, 証明, 豊か, 豊かさ, 越前産, 越前蟹, 転園, 酒, 銀髪, 高額商品, 魚屋, 鳥取, 黒龍
Posted in 祈望から企望へ
9月 5th, 2010 Posted 12:00 AM
本当に豊かな時代はあっただろうか
日本が豊かだった時代は本当にあったのでしょうか?
私はもう一度、この探索をし直すべきだろうと思います。
少なからず、戦後の高度経済成長から、
日本の奇跡と呼ばれ「Japan as No.1」の時期はありました。
現代の若い世代には、そんな時代イメージはTVの中での一シーンにすぎません。
私自身、社会人になってすぐに「オイルショック」・「バブル」・「円高」・
「リーマンショック」、そしてまた「円高ドル安」でした。
私にとっては昭和30年代(小学時代)が「豊かな時代」だった気がします。
それは「貧しい時代」だったのです。モノには全く多種多様性はありませんでした。
価値感にも多様性はありませんでした。
だから、モノを大切に大事にしていた時代だったことは確かです。
私は、畳もなく、ガラス窓の無い住宅に友達が住んでいたことを思い出します。
しかし、「笑い声いっぱい」でした。
確かに「イジメ」もありましたが陰湿ではありませんでした。
喧嘩も充分にしましたが、ナイフを使って級友を刺殺することなどはありえませんでした。
豊かさの核心=審美性
敗戦意識は、「貧しい」という観念をすり替えられたと思います。
「貧しいこと」からの脱出は、
「お金持ちになる=豊かになる」という意識が入り込んでしまったのです。
この大きな勘違いが、現代アジアに根付いています。
日本が真の「豊かさ」をガラパゴスという批判から再構築する立場だと考えます。
したがって、高級=高額であり、高級感は高額なモノにある審美性ではありません。
極貧なれど「美」を生み出そうとしている芸術家、
芸術家は極貧ということも当然だった時代がありました。
私が美大を選んだ時には、「食べていけるのか?」という評価が一般的であり、
美大は道楽学校だったのです。
デザイナーは芸術家でも無いだけに、美大進学は進学校での信頼は皆無でした。
これは今なお、デザインは決して芸術的印象はあっても、芸術的価値として評価はされていません。
「豊かさ」の核心にある「審美性」、
あらためてデザインが創造する「デザイン審美性」の創出を私はめざしたいと考えています。
Tags: Japan as No.1, イジメ, オイルショック, お金持ちになる=豊かになる, ガラパゴス, デザイン審美性, バブル, リーマンショック, 円高, 円高ドル安, 多種多様性, 大きな勘違い, 審美性, 敗戦意識, 昭和30年代, 極貧, 笑い声いっぱい, 芸術的価値, 芸術的印象, 豊か, 豊かな時代, 貧しい時代, 道楽学校, 高度経済成長
Posted in 046「豊さの分配」, 資本主義から逃走せよ!