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Posts Tagged ‘伝統継承’


『端午の節句だが、かつての日本の田舎が豊かだった。』


   


     5月 6th, 2016  Posted 12:00 AM

北陸・福井生まれの自分にとって、端午の節句には
幼い頃の強烈な思い出が残っています。
端午の節句飾り・チマキ・菖蒲の湯の香りです。
チマキもすでに京都の日本風スゥーツ?になっていますが
全くのインチキだと思います。
というより、田舎の方が豊かだったと思います。
幼少の頃は祖母が大釜でチマキを大量に茹で上げていました。
もう一度食べたいと思い出します。
その大量のチマキは宮大工大棟梁一族全てに配るためであり、
台所が大騒動であったことや、きな粉の香りが今も残って居るほどです。
そして菖蒲の湯のために職人さんが菖蒲の俵巻きを
荒縄でいくつもつくっていました。
高校生になっても、それは家に届いていました。
そして、何と言っても、端午の節句のお飾りは、
最初の外孫であったために、ミニチュアの弓矢や刀がありました。
残念ながら飾りの弓矢などは水害で無くしましたが、
刀といっても小刀は残っていて、
しかもそれは本物でありそれほどの切れ味ではありませんが、
小学生の頃は、山で遊ぶときには有効な刀になっていました。
端午の節句、その直前には、父の日本刀の手入れを離れて観ていました。
その時に日本刀の手入れや、
菖蒲の俵巻きの方法などは習っておくべきでした。
すでに端午の節句での鯉のぼりや5月飾りなどを見ると、
あたかも日本の伝統は、お土産物や観光の小道具になっています。
それは伝統文化を商業的に利用しているだけの、
きわめて「貧しい継承」だと思ってしまいます。
日本の伝統継承が貧しくて、
余程、昔の田舎の方が豊かだったと思います。

写真は私の自宅:マンション(集合アパートの玄関飾り)

*『最近見なくなった竹藪、その思い出』
*『享保の手帖から私が学び直したこと』
*『* 夢の大きさは、祖父への約束 *』
*『大風呂敷という喧嘩手法、その肝心要』
*『なぜ、あえて「日本刀」と呼ばれたのか?!』


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「資本主義からの逃走」
   「企業C.I.ロゴタイプは、まさしくシンボル」


   


     2月 13th, 2011  Posted 12:00 AM

象徴としての企業ロゴタイプ
企業ロゴタイプは企業C.I.のシンボルです。
40年間の私の経験値で、
企業ロゴタイプのデザインは、まさしく象徴です。
企業を象徴しているというのは、
イメージから成長度、利益度、組織力程度までを表現しているということです
最近は、感心するようなロゴデザインだったのに、企業都合で突然変更された時には、
その企業の発展事情、その危険度を直感することがあります。
まずい変更デザインは必ず企業危機に陥ります。
まったくデザインとして完成度の無いロゴタイプになると、必ずその企業は没落していくものです。
企業理念の継承と革新=ロゴタイプデザイン
企業成長には、30年説、100年説があります。
日本には実際、300年以上の企業体が605社(帝国データバンク2010)もあります。
そのほとんどが「オーナー企業=同族経営」です。同族経営は理念を失ったときに崩壊します。
だから、連綿とした企業理念があり、その伝統継承と、常に創造的、革新的な経営が必要です。
そうした企業理念の共通事項には、
すべからく、「企業の社会貢献優先・社会への利益還元主義」が貫かれた企業は永続性があります。
無論、企業シンボルのマークやロゴタイプ・商標は変わっていません。
ロゴタイプの視覚的ルール
80年代にはC.I.ブームがありました。まるで、広告手法や宣伝方式でしかありませんでした。
当時、ふるさと福井でフリーだった私には、デザイン依頼や相談が持ち込まれました。
私が最も心がけたのは、「新規デザインをするか、しないか」を決めることでした。
創立時のマークやロゴを、イメージを変えずに視覚修正したものが多くあります。
新規デザインをする場合、特に欧文ロゴタイプについては、
徹底的に伝統的なレタリングルール・法則にこだわりました。
最近は、レタリングルールを「創作」という言い訳にしてしまって、
まったくルールや法則性が狂ったデザイン氾濫があります。
そうして、そのようなロゴタイプ・シンボルに変更した企業は、
必ず企業存続・企業存在が無くなっていくものです。
ある意味では、「姓名判断」的な「ロゴタイプ判断」が可能ではないかとすら思うことがあります。
企業C.I.のロゴタイプやマークは、企業の象徴性=シンボルが明示されているものです。


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