kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘絵画’


7月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 24th, 2023  Posted 12:00 AM

7月24日 赤口(癸未)

クラマタの
モンドリアンへのオマージュの家具は、
その扉の開け具合によって、
絵画の平面性をいわば破壊してしまった。

モンドリアンカラーの平面的な短形の色彩は、
扉の開閉で、色彩は変化してしまう。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』7モンドリアンへのオマージュ


目次を見る

『2Dから3Dへの視線は動線になる』


   


     2月 10th, 2020  Posted 2:00 AM

眼球は唯一、一部むき出しの臓器です。
目で見る、視る、観る、覧るといったその生理と機能があります。
絵画の瞳は、2次元で表現されていますが、
レオナルド・ダ・ビンチは、解剖の経験を絵画にまで持ち込みました。
モナリザの視線は、追いかけてきます、
モナリザは、どこから見ても視線が合うのです。
視線が合うダ・ビンチの絵画は2次元から3次元の表現となり、
それは彼の功績です。
したがって、液晶TVでも2Dと3Dが間違っているのがあります。
遠景がはっきりと見えるのは、大きな誤りです。
以前、私は依頼があっった選挙用のポスター撮影に立ち会った時、
鏡に視線を送って撮影し、視線が合うつまり3次元の表現を作りました。
鏡の像を反転したポスターで、
どこからでも見つめる視線を持つ選挙用ポスターの完成です。
そして目で見る、映像のモニターとその画づくりはもちろん、
長年、私はメガネをデザインしてきました。
メガネの由来はいろんな話がありますけど、
「目の差し金」だと言っています。
そもそも依頼された企業には、
皆アイバンクに登録することから
デザインに取りかかりたいと言いました。
有難いことに、私はダ・ビンチのように解剖を経験でき、
私は目周辺の筋肉、血筋、リンパ線を知っています。
そろそろ、こういった目のメガネへの知識と知恵を
めがね産地の福井と鯖江のデザイナーに
全てを受け渡したいと思っています。


目次を見る

『ビンチ村を三輪車で刻銘に描いていた』


   


     12月 21st, 2019  Posted 12:00 AM

500年前に、あたかも人工衛星からの写真かと思う、
そんな絵が、レオナルド・ダ・ビンチによって描かれていました。
これはビンチ村の上空から見えたと思う絵画です。
どうして、こんな絵が彼には描けたのでしょうか?
もともとというか、ダ・ビンチが絵を描いていた頃には、
彼はとても貧乏であり、やっとミラノで画家になりました。
兵器・軍器設計者として、彼の手稿には三輪車が発明されています。
当然、戦争では軍の地図帳でしかも上空から見えるMAPが重要です。
そのために、三輪車には例示として、ビンチ村の図がありました。
これこそ軍器としての発明、その実例として描かれていたのです。
人間も描き、その表情だけでなく、身体そして表層ではなく筋肉、
人体解剖図とそれへの探究心は留まりません。
しかも人間だけでなく布の質感や馬の筋肉や、
心臓の解剖には、動脈や静脈もありました。
500年経ってからコンピューター検証により、
あらためて彼の圧倒的な科学と芸術との融合が存在しました。
これこそ、学術へのアプローチの実証が確認されています。
だから、ダビンチの発明には、デザインがあるのです。


目次を見る

『画素・ピクセルは「正方形」になるダヴィンチがいる』


   


     11月 16th, 2019  Posted 12:00 AM

点描の技法といえば、ジョルジュ・スーラを思い浮かべます。
また、ワシリー・カンディンスキーの『点・線・面』は、
私のバイブルでした。
「点はやがて限りなく正方形に近づく」は
コンピュータ画面ピクセルの形状につながったのです。
2点が線となり、その線で囲まれた面となります。
光造形では線には幅があり、面には厚さがあり造形として、
クラインボトルにもなりました。
スーラは、光学的手法とはいえ、短い生涯の作品がすべてで、
テキストあるいはバイブルとなることばとしての
理論が私には届いていませんでした。
ダ・ビンチは、没後500年の今年は最大の展覧会が開催されますが、
最新の科学を通して様々検証が重ねられています。
筆の跡さえ残さなかった彼の技法は、
それこそ、コンピュータの如く、画素であり、
そこには全ての光を閉じ込めた跡がありました。
おそらく、スーラもカンディンスキーも、
ダ・ビンチのことは知らずして、
ピクセルの形状のような正方形、点を通して、
絵画は突き詰められていました。


目次を見る

7月9日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 9th, 2019  Posted 12:00 AM

7月9日 赤口(丁未)

クラマタの
モンドリアンへのオマージュの家具は、
その扉の開け具合によって、
絵画の平面性をいわば破壊してしまった。

モンドリアンカラーの平面的な短形の色彩は、
扉の開閉で、色彩は変化してしまう。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』7モンドリアンへのオマージュ


目次を見る

『METガラ・ドレスをまとった美術館がテキスト』


   


     2月 14th, 2019  Posted 12:00 AM

名古屋市立大学での教授のIDカードは、海外の美術館では
とても有効で専門家として書庫や倉庫まで閲覧できました。
大阪大学のIDカードは、意外にも、旧帝大での文化として、
芸術が全く認められていない、海外での有様でした。
メトロポリタン美術館の服飾部門が手掛ける展覧会、
そのファッションの祭典 、メット ガラは美しいドレスのセレブが集い
展覧会の熱狂と、ともにニュースは世界へ発信されています。
そしてこういった様々なパワーを集約し
美術館の大切な資金をしっかりと集めます。
映画「メット ガラ ドレスをまっとった美術館」には
このファッション ドキュメンタリーがおさめられています。
絵画、彫刻とともに、あるいはそれ以上にファッションが、
未だに、国内ではドレス=ファッションを切り口としての
アートが、語られることははありません。
デザインもまた美術館で、展覧会を行うことは貴重です。
私自身もデザイン製品を美術館で並べるなんてといった
古典的な考え方に対峙したことがあります。
キュレータがかかげる、展覧会のテーマそのものが、
伝統や固定概念、倫理や道理、歴史や政治の問いかけとなっています。
大きな役割を担うヴォーグの編集長は広報はもちろん
装飾やゲスト管理、さらには、テーブルコーディネイトに席次を担います。
メトロポリタン美術館には、一本の柱がありました。
外したい位置づけの柱は、ティファニーから寄贈でした。
知識やセンス、そして決断への力が必要となりますが、
彼女の「審美眼」を理解し、スタッフ全員が従っていました。
この展覧会は、それこそ、どうやれば、全てに渡って表現を
商業的にも芸術的にも昇華できるかの教科書です。
「モードの体系」に引き続けた、デザインの新しいテキストです。


目次を見る

『鏡・・・私の造形要素となっている』


   


     1月 27th, 2019  Posted 12:00 AM

「鏡」は、造形要素として使う最初のきっかけでした。
インダストリアルグラフィックでのアイディアと、
さらに、チューナーグリル、
そしてメーターに誰も思わなかった鏡を造形要素とし
Aurex チューナーST210が完成しました。
ギャラリー間での「プラトンのオルゴール」展では、凹鏡球面内の球を
虚像として浮かび上がらせるプラトンのオルゴールや
立体を鏡を介して絵画を出現させる
モンドリアンのオルゴールでもそのアプローチを実践しました。
さらに金沢21世紀美術館では、各展示空間で鏡との
対話、拡張、対立、調和と造形要素としての
鏡への実践的デザインを続けました。
鏡については、美術評論家・宮川淳で賢明に学びました。
「鏡の裏には冥府への道が・・・」があることや、
左右対称ではない「対称性の破れ」、そのデザイン的解釈を
このチューナーで表現しました。
ともかく、営業からは「これが売れるのか?」と詰め寄られ、
すぐに、殴りたくなる私を止めたのはKチーフでした。
私をいつもかばってくれたKチーフには今も頭が上がりません。
若い頃は、デザインを通すためには
力ずくでと目上の人達にも食ってかかっては
「高校時代なら殴ってる」と腕まくりをしていました。
結果、腕力ではなく、あくまでもデザイン力で、
パワーアンプ、メインアンプなどには、
インダストリアルグラフィックと鏡・鏡面が使われる状況になりました。

*プラトン

*モンドリアン


目次を見る

『正三角形でのデザイン発想で造形言語と形態言語』


   


     8月 4th, 2018  Posted 12:00 AM

江戸時代から「絵図をえがく」というのは、
泥棒が使い、刑務所用語となって、今でも警察用語になっています。
絵や図が発想の起点だと考えていいでしょう。
だから、デザイン発想の一つのやり方だ、と私は考えてきました。
ところで、「絵」は難しいけれど「図」ならやさしいと言うこと。
「絵」は誰かが「下手」と言えば、「絵」は性格的に苦手になるものです。
だから誰でも「絵」や「絵画」を否定的に批判することは駄目です。
「図」はたとえば地図をかけばそれなりにコミュニケーションができます。
そこで、正三角形は四つの配置があります。
右の各図にともかくA・B・C を三角形の頂点におけば、
いわば、「木」があって「林」なり、それが「森」になる、とか
「森」は「林」からなって、それぞれが「木」であるという、
このようなシナリオが書くことができます。
そこから、A・B・Cはコンセプトという要因や要素になります。
これが、発想での正三角形の応用だと考えることができます。
もし、「造形言語」といってコンセプト3つでシナリオを描けば、
今度はさらにシナリオによって「形態言語」が生まれます。
三角形での「造形言語」は「用途」のコンセプトを決めて、
「形態言語」として「内容」をシナリオ化できます。
正三角形の発想、その一つを論理化したいと望んでいます。
これは発想方式として私は書籍化することを考えているのです。


目次を見る

『あの名作の遠景はやっぱり無くなってしまった』


   


     1月 16th, 2018  Posted 12:00 AM

東山魁夷の「年暮る」という名作があります。
当時は京都ホテルの屋上から、川端康成の提案で、
「今描くべき」と言われた作品(1968年)があります。
「描いておかなければやがてこの景色が変わる」と言われた雪景色でした。
京都ホテルは現在は京都ホテルオークラです。
ホテルオークラのOkuraは私の恩師のスクリプト体であり、
ホールのデザインは故・内田繁、アルドロッシゆえ、
私にとっては、いつもこの絵画の上に現代の京都があります。
4日間このホテルから古書を探していました。
古書といっても、江戸時代の庶民の筆タッチのスケッチ:画集です。
結局、見つかりませんでした。
出逢ったあの時に買うべきだったと思っています。
とても軽快にほとんど一筆描きかと思うとても薄い画集でしたし、
なんだかいつでもこのスケッチを思い出すのです。
京都はワイフの生まれ育った場所ですが、
京都が魚を食べられるのは福井県小浜市からの「鯖街道」があるから、
奈良だって、お水取りは福井から送られてくるのです。
ともかく毎月、映画を観るために出かける街になっています。
車イスの私には、京都と金沢が映画が観やすい街なのです。
大阪はやや不潔で駄目、東京は車イス使用者を規定の場所ゆえ駄目です。
このことは本当に言い伝えないといけないと最近はつくづく思います。
もうどこが観光化していないかが分かる街になっています。
ともかく、今年はこれほど寒いかという街でした。


目次を見る

『先進的なデザインの場は512Kで可能だった』


   


     9月 23rd, 2017  Posted 12:00 AM

Macintosh512Kは全く新しいデザインツールになるという確信がありました。
全スタッフにこれをデザインツールにして、最も先進的な場を福井で実現。
デザインスタジオは、福井駅前にあり、
すでにプレゼンテーションも512Kで4:3画面で行うことができました。
そしてここには福井大学の建築学科の学生たちには、自由に使わせ、
デザインコンペへの応募をさせていました。いつも入賞は果たしていました。
その中の一人は今では国立大学の准教授になっています。
プレゼンテーションルームには巨大な壁画がありました。
それは親友がすべて鉛筆で描いたほとんど写真かと思える絵画でした。
これだけの才能はある私立大学で彼の存在が消される事件に巻き込まれ、
彼は日本を捨てて今はオーストラリアに居ます。
それこそ、3.11が起こった直後、
彼は私に、もうこちらに来るべきとそんなメールをくれました。
またここで、伝統工芸の職人さん達と打ち合わせをすると、NHKには、
「絵にならない、伝統工芸らしく」とか言われる有様でした。
私はNHKに対して、伝統工芸が近代的になるためには、
最も先進的なアトリエが当然という私の思いはほとんど通りませんでした。
伝統工芸は裸電球の薄暗いそういう場、
言い換えれば伝統工芸らしさは文学的な場が求められていたのです。
これを打ち破るにも、このプレゼンルームは重要でした。
現在も私は、デザインは絶対に最も先進的な場が必要と考えています。
そういう意味では、私のプレゼンや講演では16:9を重要視していますが、
とてもそこまでのことは叶っていません。
なぜデザインの場が先進的であるべきなのかは、
未だにデザイン界自体も気づいていないと私は判断しています。
私があくまでもMacintoshに拘っているのも、
絶対にWindowsでは無理なのです。
だからMacオンリー主義ではないことも付け加えておきます。
ともかく、ふるさと福井で私はまだまだ先が見えていない512Kに、
デザインの先進的な「場」づくりの根柢を求めていたのです。
そして、今となると、この認識による実際行動は
全くデザイナーには正解であったと思っています。

* 『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』
* 「現代の道具・LSIのやり直し」
* 「もう一つの言語を教えていた昔・ロゴレゴのこと」
* 『「場のちから」の「ば」と「ち」にあるデザイン』
* 『前頭葉で「ち」と「は」=形と言語が制御されている』


目次を見る