8月 30th, 2012 Posted 12:00 AM
私はずーっと「自然との調和」などありえないと考えてきました。
3.11は1000年に一度、
現代を共時共有している私たちにとめどないショックを与えました。
今でも、あの大津波の映像を見ると胸がつまります。
昨日、中川防災大臣が「南海トラフ大震災」の予測を発表しました。
私は「までい-Project」を3.11直後からデザイン計画を書き上げ、
石巻市にプレゼンもしました。副市長は派遣された若手官僚でした。
この計画は相当に壮大ですが、やり抜かなければなりません。
石巻プレゼン後、中川防災大臣にプレゼンしたとき、
すでに、中川防災大臣直轄での
「南海トラフ予測会議」は20回目に及んでいました。
「南海トラフ大震災」は予知ではなくて、
すでに予測値が最大死亡者32万3000人までがシミュレートされています。
私自身も大阪市民の一人ですから、大阪市は7700人の死亡者予測です。
私の自宅マンションも8Fまで津波水害があると言われています。
結局、大震災が南海トラフという地震断層に、
東海・東南海・南海と三連続・同時ということです。
日本列島はコンニャクのような地盤です。
この地盤の上の自然と私たちは共生していく運命にあります。
「自然との調和」などはありえないのです。
ということは、自然との喧嘩が待っているのだ、とすら私は思っています。
自然相手に喧嘩なんて不可能かもしれません。
だから、私は、減災・防災・救災というレベル設定をしています。
私が考えている「までい-Project」では、
「人工地盤デザイン計画」と
「制度設計としての医療環境デザイン」を進めています。
「危機管理デザイン賞」の創設もその一貫でした。
自然相手の喧嘩は、喧嘩への志と態度です。
この志と態度に「知恵としてのデザイン」で
立ち向かいたいと考えている次第です。
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4月 5th, 2012 Posted 12:00 AM
アメリカ映画では、
車がメチャクチャに破壊される場面が多いものです。
私はそうした映画を観る度に、
これほど車を破壊する場面が登場するのは、
ある種、現代文明への破壊情念がどこかに潜んでいる、
そう思うことしばしばでした。
しかし、今回の津波の状況では車が押し流されて、
おそらく大変な交通事故があったと思います。
先般訪ねた石巻でもまだまだ瓦礫となっている車の残骸を見ました。
私は工業デザインの世界にいますから、
教え子はじめカーデザイナーはとても身近な存在です。
私自身も車は大好きですから、
新車の話題は人並み以上に興味を持っています。
安政の大地震や大津波の記念碑には
「決して船で逃げるな」との記載が残っています。
今回の津波でも、
「車に乗っていて流された人」はどれだけ多かったことでしょうか。
デザイナーとして、自然災害に対して、
車、そしてエレベーターは不要どころか、
そうした災害に対して何も対策が無いことは大きな問題だと考えています。
「逃げ込めば絶対に命を守ってくれる」
車とエレベーターがテーマだと考えています。
特に、エレベーターは地震や火事の時には、
逃げ込んではいけない場所になっています。
私は逆転の発想が必要だと考えています。
火事や、地震のときに「カプセル」となって命を護ってくれるモノに、
エレベーターや自動車のデザインが必要だと主張しています。
それは、もはや車で海に飛び込んでも絶対に助かってしまう自動車、
そんな自動車が設計実現されるべきでしょう。
そしてそういう技術は日本が生み出すべきと考えています。
新たなエレベーターこそ、日本列島に必要不可欠のモノと考えています。
3.11で学び直し、
さらに進化させるべきモノとして車とエレベーターは
その代表だと考えています。
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4月 3rd, 2012 Posted 12:00 AM
3.11によって、私たちは多くの同胞を失いました。
そして、日本列島の脆弱さを存分に知らされました。
さらに、今回の震災によって、日本は地震だけではなくて、
津波に対する海抜高度も有していないことを知らされました。
南海トラフの詳細な調査では、
津波と地震が同時期に起こる予知さえ明らかになりました。
私は、日本列島を防潮堤で取り囲むという発想ではない
人工地盤づくりを提案しています。
しかし、これだけで津波に対抗できるわけではないことも知りました。
日本列島の「とち・つち・まち」づくりが重要だと考えています。
そのために、
「減災ライン=海抜4m」
「防災ライン=8m」
「救災ライン=12m」
「安泰ライン=16m」を考えました。
しかし、これでも間に合いません。
日本列島が地震だけでなく津波対策も十分にしていく
新たな発想が求められていると考えます。
まず、「とち」と「つち」から私たちの生活拠点の場を
再構築していかなければなりません。
3.11で失った御霊から教えられているのは、
私たちの住処である日本列島のあり方そのものだということです。
私たちは彼らの犠牲から何を学びとり、
新たな住処づくりをすべきかを再考しなければなりません。
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3月 31st, 2012 Posted 12:00 AM
コンニャクのような私たちの日本列島。
地震列島に津波、
だから「防潮堤を」という発想には俄然反対です。
私はこのきもちを抱いて10ヶ月、復興デザイン計画書を書き上げました。
ひとまず、すでに現地に復興実施をしている企業の口添えで、
まず石巻でプレゼンをしました。
とちを、つちを、だから、まちを!という発想です。
とち・つち・みち・まち、そして東北は「通り」があります。
人工地盤には、上水道・中水道・下水道。さらに電力と情報によって、
インフラの整備をすることで、
ようやく「スマートグリッド」の基盤整備が可能になります。
政府は未だに「防潮堤」の計画を進めようとしていますが、
美しい海岸線を
高さ10m以上の壁面で取り囲むというこの智恵無き発想にあきれます。
まして、この防潮堤の土木工事は
これまでの建設関連既得権益と強固に結びついています。
被災地の人たちには未だに瓦礫が山のように立ちはだかっています。
そして遠方には何事もなかったがごとくの穏やかな海が広がっています。
毎日、津波で無くなった方々への鎮魂の祈りを捧げておられるようです。
私は、減災・防災・救災、そして安泰という
海面からの地盤高を考え抜いた人工地盤計画を持ち込んでいます。
リアス式の美しい絵画から、あの巨大な津波は、
女川の集落をすべて飲み込んでしまったのです。
それでも現地の人々は、
毎日、穏やかな海、荒れ狂う海を見つめて暮らしていく、
この日常性での安全+安心=安泰の地盤計画が必然と考えています。
帰阪後、風邪気味なので眠りに眠りました。
あらためて、津波でおそいかかった海に、
今、生きる人間の最大の智恵で、
「生活のつち・とち・とおり・まち」を創生させたいと考えています。
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12月 25th, 2011 Posted 12:00 AM
3.11が破壊し尽くしたこと。
陸前高田市には高田松原という海岸線に防風林、
それは7万本あったと聞いています。
10mの津波と言われていますが、
実際は28mから52mに及んだ場所が数多くあります。
その高田松原は全滅でしたが、
たった一本の松の木が残りました。
被災した現地の人には、その痛たましい姿ながら、
「希望」のシンボルになりました。
あれだけの大津波の中で、気高く生き延びてくれた姿に
現地の皆さんは「復興」への勇気と元気を回復しました。
しかし残念ながら「塩害」はこの松の木を日毎弱らせてしまいました。
それでもなんとかこの一本の松の木の再生を試みておられます。
松ぽっくりから発芽の試みと、接ぎ木の方法を
滝沢村にて現在、その再生を試行されていると聞きます。
3.11の記憶をシンボルとして残す一つの代表例だと私は考えます。
そして、あらためてこの海に囲まれた日本列島の海岸線、
そして防風林や防潮林の新たな新技術を早急に準備しなければなりません。
私のふるさと北陸の日本海岸の防風林も、
中国からの黄砂だけではなくて酸性雨で絶滅に瀕している現実があります。
3.11で「自然の威力」を同胞の死で思い知らされた訳です。
高田松原の素晴らしい景観を失いましたが、
たった一本の松の木が、
未来を示唆してくれていることは忘れてはならないでしょう。
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12月 7th, 2011 Posted 12:00 AM
これは東芝デザインセンターから借りました。
東芝デザインセンターの社会システムデザインチームは、
いち早く、被災地調査に入りました。
若手デザイナーのまなざしがどこに向けられていたのかを知りました。
これはマスコミや写真ジャーナリズムとは全く異なる視線です。
どこからどこを見つめてきたかということが明白でした。
この写真はその一部ですが、
大津波は二度襲いかかっていたのです。
まず、海から襲いかかってきましたが、その力よりも、
引き潮となって海に津波がもどっていくときの力の大きさです。
バス停や案内板の脚棒が海に向かってグンニャリと曲がっています。
海から襲いかかったときよりも引き潮で海に津波が戻る力の巨大さです。
こうしたことを発見するまなざし力がデザイナーにはありました。
東芝は原発の復旧と同時に「復興計画」を同時進行させています。
したがって現地調査で「何を災害力」として発見してきたかが問題です。
私は、この調査チームがどこを見てきたかを知って、
デザイナーの視線の強さを知りました。
そして、この調査から「減災」というコンセプトが加えられました。
日本列島は自然災害にはとても脆弱過ぎます。
大地震大津波や山崩れ、大洪水、火山爆発などがいつ起きるか不明です。
したがって、こうした自然災害に向かっていかなければなりません。
そこで、すでに被災した結果の十二分な調査から何を学び取るかです。
デザイナーの調査チームが災害時に何が起こっていたのか、
その災害結果へのまなざしは大変に重要です。
私も東芝デザインセンターにOBとして加わり、
「復興計画」に参画していますが、
こうした若いデザイナー達が何を発見してきたかを知りました。
大津波の引き潮についても対策を考えなければなりません。
私は、調査チームのまなざしから多くの減災対策をつかんでいます。
3.11以後、日本のデザインに課せられたテーマ、
その大きさをあらためて噛みしめています。
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12月 2nd, 2011 Posted 12:32 AM
12月は決まって「デコレーション」が似合っています。
まず、クリスマスツリーや、
夜は、照明が煌びやかで歳末というより、
クリスマスを感じます。
しかし、今年は東日本大震災・原発事故という国難を
私たちは背負い込みました。
そして、まだまだ油断ができそうにありません。
慣れたくはありませんが、
時々日本列島は地震がどこかで起こっています。
被災地が揺れるとたまらなく悲しくなります。
だから正直「デコレーション」が今年は何か空しく感じるのです。
もっとも、デザインが装飾という言葉に重ねられている一般認識。
私は、デザインとデコレーションの明白な違い、
そしてデコレーションの意味をすでに40年も語ってきたと思います。
きっと、死ぬまでデザインとデコレーションを語るのでしょう。
けれども、クリスマスを待ち受ける今年のデコレーション、
今年、日本の様々な街に飾られている
色々なデコレーションへの「きもち」は、
何かを心に刻み込んでおく必要があると私は思っています。
寒暖のリズムは激しく変化し、
適うなら、もうわが列島は揺れないでほしいと願います。
ワイフに告げました。
若いときに「絢爛豪華な装飾いっぱい=デコレーション」なんて、
大嫌いだったのに、最近はそんなデコレーションのある
デザインをやってみたい。
しかし、デコレーションと絢爛豪華は絶対に違うのです。
おそらくなんとしても日本文化の絢爛豪華には伝統がありました。
それはデコレーションとは全く異なっていたと思います。
わが国は、デコレーションではない絢爛豪華が必要な国家なのです。
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8月 22nd, 2011 Posted 12:00 AM
敗戦後懸命だった日本。
それからの日本システム。
それは日常性が確約されていた、
今となってはパラダイス国家でした。
大震災と原発事故はこのパラダイスを破壊しました。
しかし、それ以前、政権交代を希求に至ったのは、
すでに崩壊していたと思います。
格差社会とか「勝ち組・負け組」とかという言葉が象徴でした。
日本システムは中産階級がほとんど日本流システムの中核。
それは企業の家族的な情緒性と完全雇用体制の完備でした。
現在は正社員と派遣社員という企業構造が、
企業中心の日本システムを失いました。
しかも、正社員より派遣社員の方が企業機能を果たしています。
雇用体制での差別社会、リストラと呼ばれる「解雇」、
これは日本システムの根幹=骨抜きにしています。
無論、この方向に追い詰められた原因は少なくとも、
五つあるでしょう。
◆ 政治能力・政治的リーダーがいないこと。
◆ 国際的経済破綻の連続とその政治対応無策性。
◆ 企業法人税はじめ税制度の無策性。
◆ 未来不安が次世代の精神性を低能力化。
◆ 教育システムー小学から大学までの教育者能力不足。
理由はまだまだありますが、無策性と能力不足が、
あらゆる局面、あらゆるコミュニティ、
そして高密度情報社会での情報格差が覆い被っています。
たとえば、コールセンターなども外注であったり、
サービス性だのCRM、ISOだの、さらにはブランド化だの
この喧騒性の中で、肝心のことが見失われています。
私は 47歳で大学人になりました。
すでに16年になります。大学環境と世間との隔離を見ています。
新設される公立大学の学長候補になったこともあります。
そして辞退したこともあります。
すべからく、日本システムの崩壊が見えていたからです。
一方では、現役のデザイナーですが、
それゆえに、企業と大学の断絶性や、
法人化大学から公益法人までがまったく「革新性」皆無を
毎日体験しています。
ある予測には2300年には「日本人」という人類は滅亡、
これは「少子化」や今回の日本列島・放射能汚染からも
かなり想像可能になってきています。
だとするなら、東日本の復興ではなくて、
日本列島全体の復興という名の「新生日本システム」化です。
無策性と能力不足への対策は、想像性と創造性、
懸命さと賢明さ、精神性・日本人としての意識改革、
これらを各個人意識とそれを先導するリーダーが不可欠です。
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5月 26th, 2011 Posted 12:00 AM
環境という言葉。
私世代が知るのは1970年代です。
私の記憶では「ローマ会議」の頃・・・
そして最も重大になってきたのは、
「環境ホルモン」という存在への大衆的な恐怖感。
当時、ビスフェノールのことでは、
「ポリカーボネイト」素材でそれなりの思い出があります。
今や、すっかり「ポリカ」は廃棄・回収などの
社会的で制度的なことが整備しました。
それでもWHOでは「懸念される素材指定」となっています。
さて、環境は今では最重要な世界観のキーワードです。
環境というのは言葉からも、
取り囲まれた空間イメージがあります。
環=円環と境=境界ですから、
その円環の中心と周縁というイメージが必要でしょう。
ということは、環境の中心がまず問われるでしょう。
それはその中心地・中心領域であり、その機能性です。
そして、その中心=核心を取り囲んでいる環=周縁です。
フクシマ原発を中心として円弧が描かれ、
その円弧半径を距離性と見なして、
避難地域が指定されています。
しかし、その中心での出来事が把握できていません。
中心を推測しイメージしているのでは、
結局、その場は「空」になっているに等しいわけです。
そして円弧で指定されている「場」が周縁になります。
確実に中心=空の機能は殺人装置になっているわけです。
しかし、それはイメージでしかありませんが、
その機能能力は確実に被曝させる力を持っています。
フクシマ原発の環境は、そのまま現在の日本列島です。
けれども周縁である「場」での対策は見えていません。
これは、日本システムの中心がいつでも空であり、
中心機能が周縁に及ぼす影響度もイメージ認識です。
私はあらためて、中心+周縁=環境の距離空間を、
再設定すべきだという結論に至っています。
それは
「プロクセミクス」の再認識です。
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3月 17th, 2011 Posted 12:00 AM
昨夜、大阪もまた揺れました。
緊急地震速報が、またまた流れます。
日本列島がどうなっていくのかとても心配です。
東北地方は、今夜も厳寒とのことです。
今朝、目覚めるときに寒くて、
ベッドに思い切り潜り込みました。
その時、ハッとして目覚めてしまいました。
自分は、この寒さでも潜り込めるベッドがあると。
すぐに、TVをつけると、地震よりも原発事故と、
東京での買い占め報道が流れていました。
これほど連日、TV報道はいっせいに地震・原発・東京報道です。
そして、地震も西に震源が移動してきました。
あらためて、天災と自分の日常との隔たり感を感じます。
報道情報が本当に自分の意識や推測との距離感ができつつあるようです。
つきつめて、天災と自分意識を推し量って、
この意識距離感に、
自分の想像力を明確にしなければなりません。
おそらく、日本全体が疲労し始めているのでしょう。
それは、被災現地は絶望や失望以上に
肉体的・精神的疲労困憊に成り果てているのでしょう。
原発事故を解説する専門家の言説には、
私なりの疑念がわきあがってきています。
この疑念に勝手な想像力を働かせるわけにはいきません。
海外が日本脱出を計画していることは当然になっていくのでしょうか。
今、自分自身に
「何が正確な想像力であり、何がこの天災との同一性なのか」
このことを緊急に突き止めていかなければならないでしょう。
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