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Archive for 3月, 2011


「資本主義からの逃走」
      「天災が、・・・」
  


   


     3月 12th, 2011  Posted 12:00 AM


ついに、いややはりと言うべきでしょう。
日本列島の宿命ですが、天災に見舞われました。
私は自宅で、いつものような目眩だと思っていましたが、
32階は相当な揺れでした。
ほとんど船酔い状態でした。
TV報道は、各社とCNNを見比べました。
CNNの分析は克明であり、
このニュース報道から国際的な日本へのまなざしがみえました。
電話が通じないことは最大の社会基盤が不整備だということになります。
SMSだけしか通信手段が無い文明は見直さなければなりません。
天災についてはまったく思考停止させられてしまいます。
花綵のわが国がどこまで天災への準備周到さをしていくかは、
やはり、「人工」的設計の最大テーマでしょう。
次第に、被害状況特に人命被害を知ることになりますが、
天災は人類に最大不幸の哀しみを与えます。
無抵抗でいるわけにはいきません。
地震津波発生から10時間、行方不明者・死者数が報じられています。


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3月11日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 11th, 2011  Posted 12:35 AM

3月11日友引(乙丑)

知行
美しさの源

『デザインの極道論』知行


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「資本主義からの逃走」
  「環境デザインの難問解決・利益相反設計論」
  


   


     3月 11th, 2011  Posted 12:00 AM

花粉症と間伐材
この季節は花粉症に苦しむ人が多勢です。
国策、林野植林計画が招いてしまった結果です。
日本列島=「花綵の国」の自然環境が変わってしまいました。
花粉症がその最たるものでしょう。
杉を植林すればその育成には手抜きができます。
残念ながら林業の衰退が立ちはだかった結果です。
ということで、杉の花粉が都市に吹きまくり、
さらに間伐材の処理に困り果て、
なんとか間伐材の利用がデザインに求められている状況です。
間伐材の使い道も見つからずという国策の貧しさをみます。
というより、本来、日本列島に最も大事なブナ林や里山の保全には何の国策もありません。
結果、土砂崩れが起こり、河川形状が異変し、
日本の森林破壊はそのまま都市環境にまで多大な影響を及ぼしてしまいました。
私も、WiFi-City計画など安閑と提案していますが、
このWiFi電磁空間が及ぼす人体への影響は分からぬままですから偉そうなことは言えません。
利益相反の難問解決デザイン
問題は、自然環境の保全というのは、実際は「何が問題なのか」ということは、
人類が抱え込んだ最大難問でしょう。
CO2 問題も、学識者意見は二分されています。
この自然環境・対・人工環境は、
人間その生体との適合性ということに集約と収束されているようですが、
このこと事態が問題だということになります。
都市計画や環境デザインに欠落しているのは、この自然・対・人工という利益相反性が、
すべて産業経済論に持ち込まれたとき、難問はほとんど迷宮入りになるということでしょう。
結局、資本主義イデオロギーが無視してきたことは、
自然・対・人工という利益相反性だったということになります。
環境デザインを有効ならしめるには、付加価値設計論ではなくて、
利益相反性設計論だと私は思っている次第です。


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3月10日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 10th, 2011  Posted 12:20 PM

3月10日先勝(甲子)

致知
より吟味された地の世界

『デザインの極道論』趣致


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「資本主義からの逃走」
  「WiFi Allianceという電磁波空間リスク」
  


   


     3月 10th, 2011  Posted 12:00 AM

WiFi環境空間
今自宅内はWiFi環境下です。
20世紀の最後に「無線」環境ができました。
東芝時代に電気回路を再学習させられました。
そのときの導入が「有線・無線」という入り口がありました。
この有線・無線の対比は、なるほどの連続でした。
さて、「無線」はPC技術で格段な進歩を遂げてきたと思います。
その代表が、WiFiとBluetoothだと思います。
特にWiFiの周辺機器や応用から進歩はめざましく、この普及は一般化しました。
ただし、人間が創造し進化させてきたコトにはどこかで「懸念する」必要があると思っています。
私の日常生活でWiFiは、PCとオーディオには無くてはならないものになっています。
WiFi環境の整備は社会基盤としてもっと日本では投資すべき対象だとも主張しています。
私は地方行政には、WiFi-City宣言を薦めています。
すでにパリ市内にはWiFi環境であるという標識まであります。
しかし、WiFiというのは無線であり、電磁波空間です。
電磁波空間のリスク
私が懸念するのは、電磁波空間と人体・生体の適合性についてはまったく不明です。
それは、私自身がICD(除細動器)を体内に埋め込んでいます。
心臓障害者1級になったのは、
この心臓発作を電気ショックで停止させる機器を埋め込んでいることにあるからです。
ICDに限らず、ペースメーカーを埋め込んでいる人にとっても電磁波空間は影響があります。
携帯電話も電磁波発信受信で、すでに人体的な影響は皮膚アレルギーなどエビデンスが出ています。
私自身、ICD手術後、食品アレルギーが出るようになりました。
電磁波空間では、いわゆるマイナスイオンなど人体に有益とあまり根拠無い話もありますが、
決定的な電磁波リスクがあることは明白です。
携帯電話を左の内ポケットに入れていたらとても気分が悪くなったことがあります。
ドクターからは厳重な注意を受けました。
30cm口径ウーハーSPからIH機器、プラズマ、電子レンジなどは「厳重注意」が明記されています。
当然特にノートタイプPCなども電磁波リスクがあるはずですが、まだ不明です。
現代、便利さとリスクが同居していることには注視しておくべきと考えます。
電磁波防止空間について私なりのアイディアはありますが、
まだ私の日常空間での実験中なのでエビデンスには至っていません。


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3月9日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 9th, 2011  Posted 10:00 AM

3月9日 赤口(癸亥)

まだまだ、
デザインとは何か、
何がデザインかということや、
デザイナーの役割や職能は
理解どころか認知もされていない。

『デザイナーは喧嘩師であれ』あとがき


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「資本主義からの逃走」
 「空間に生まれる『定在波』も変化するだろう」
  


   


     3月 9th, 2011  Posted 12:00 AM

オーディオ評論家の虚実体験
新人デザイナーの頃、
オーディオ評論家の先生方訪問をしていました。
ほとんどが評論家先生方の自宅でした。
新製品開発や、商品化決定前のアドバイスを受けていました。
とても尊敬できる評論家と虚構の評論家がいました。
ちょうど私が東芝を退社する頃に、
オーディオ評論家新人だった人たちが今活躍されています。
この人は駄目と思っていた人は消えてしまって見かけませんが、
当時、この人が評論家?という人が現在活躍されていますが、
時折、そんな人の評論はやはり駄目だと思って読み飛ばしています。
オーディオ評論家足る条件は、まず、音楽への造詣がずば抜けていること、
音源に対する専門的知識、オーディオ回路へのアイディアが豊富であること、
そして時代的な音楽潮流を読み取っていること、
さらに当然のこと文体力に魅力があることなど、これが最小限の条件だと思います。
当然、そうしたことは自宅のリスニングルームには顕著に表れていました。
まったくセンス無しなのに、人気の評論家もいましたが彼の評価は無視していました。
ある評論家の人に教えられたことがあります。
それは、音響空間のことでした。
「定在波がみえる」人たち
「定在波」というのがあります。
簡単にいうと、室内空間の設計造作によって共振したり共鳴をする室内部位ができてしまうと、
音響再生がどれほど高価なオーディシステムでも台無しになるということです。
そこで、数人の評論家はその室内に入ると「定在波が見える」とまで言われていました。
かって私の名古屋の自宅へ評論家S先生が専門誌取材で試聴にこられることなり、
大急ぎで部屋のリフォームを専門家にやり直してもらったことがあります。
その先生は室内を見渡せば「定在波」が見えるとまで言われている方です。
今、私はCDリッピングにより、新たな自宅内のオーディオ空間を再構築しています。
そして次のように思うのです。
デジタル音源で定在波共存も変化するかも
デジタル音源での室内音響空間の「質」も変化するのではないだろうか、ということです。
これまでの定在波とデジタル音源からの波長との共存性が変わってくれるかもしれません。
私自身、私なりの経験では室内空間の部位構造で、
あそこには絶対定在波が生まれるとか、この素材構成では定在波が起こると感じます。
是非とも、建築家にはこの「定在波」知識を経験で培ってほしいと思っています。
有名建築や、有数のコンサートホールには「定在波」に無頓着な空間を数多くみてきました。
特に建築家で音響体験の無い人は、これからの、オーディオ空間づくりの知識は不可欠です。


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3月8日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 8th, 2011  Posted 10:00 AM

3月8日 大安(壬戌)

「ことば」が「かたち」を
一言でぶちこわしてしまうことは
常にある。

その対象が自分が
デザインしたものであるならば、
なんとしても、
せめて自分のデザインが、
一言の「ことば」で
その価値を壊されるのは絶対に堪え難い。

『デザイナーは喧嘩師であれ』あとがき


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「資本主義からの逃走」
「CD媒体が象徴してきたこと、やがて終焉へ」
  


   


     3月 8th, 2011  Posted 12:00 AM

CDが開発された頃
今私はCDを毎日エンコードしています。
気づいてみたらCDはどれほどあるのだろうか。
CDになる直前まで、私は企業でオーディオデザインに携わっていました。
フリーになると、RCAとフィリップス社でCD開発が始まっていました。
その両社の技術開発ニュースに一喜一憂していて、レコードが確実に終わると明言していました。
ほとんどの人が半信半疑だった印象があります。
当時はレコード針やカートリッジのデザイン、商品化がメインの仕事でした。
今も、そのときの商品・カートリッジは売られています。
欧米からLPのように両面タイプの試作が私の元にも届いていました。
CDプレーヤーのアドバンスデザインは東芝から依頼されていました。
当時こんなエピソードがあります。
CDは水平配置か垂直配置とすべきかということが、
プレーヤーデザインでは形態決定と実装設計の根本になります。
CDプレーヤーに関わっていたすべてのメーカーが「垂直・縦型」でした。
これは、フィリップス+ソニーの戦略でした。
したがって、CDが世界的に新発売になったとき、
フィリップス+ソニーは「水平配置」で競合企業を出し抜きました。
私は、アンプなど形態からも「水平配置」を提案していましたが、
ソニーに見事に裏切られた思い出が残っています。
これは後に、I氏と食事をしたとき、「それが狙いだった」という話を聞きました。
CD素材はポリカーボネイト=(この素材は今もWHOでは環境ホルモン懸念材料)であり、
スパッタリングでアルミを蒸着した簡便さゆえに私は経年変化のあるものとみています。
640MBから700MB 780nmの近赤外線レーザーで、
1.2Mbpsで74分42秒という収録時間は、開発由来の話が伝説となていまが、
私はこうしたメディア媒体の発明と進歩は、産業構造とぴったりと重なっていると判断しています。
CDは産業構造の象徴ゆえやがて終焉
つまり、このメディアの終焉を私自身には明確にみえています。
結局、このメディアは、資本主義経済産業構造の中での進化であり、
資本主義のいわば構造を象徴するとともに、終わりまで同様な象徴になると予測しています。


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3月7日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     3月 7th, 2011  Posted 1:07 PM

3月7日 仏滅(辛酉)

「このデザインが嫌い!」
なんて、
一言で片づけられてたまるか、
といつも思う。

『デザイナーは喧嘩師であれ』あとがき


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