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Posts Tagged ‘WiFi’


「資本主義からの逃走」
  「WiFi Allianceという電磁波空間リスク」
  


   


     3月 10th, 2011  Posted 12:00 AM

WiFi環境空間
今自宅内はWiFi環境下です。
20世紀の最後に「無線」環境ができました。
東芝時代に電気回路を再学習させられました。
そのときの導入が「有線・無線」という入り口がありました。
この有線・無線の対比は、なるほどの連続でした。
さて、「無線」はPC技術で格段な進歩を遂げてきたと思います。
その代表が、WiFiとBluetoothだと思います。
特にWiFiの周辺機器や応用から進歩はめざましく、この普及は一般化しました。
ただし、人間が創造し進化させてきたコトにはどこかで「懸念する」必要があると思っています。
私の日常生活でWiFiは、PCとオーディオには無くてはならないものになっています。
WiFi環境の整備は社会基盤としてもっと日本では投資すべき対象だとも主張しています。
私は地方行政には、WiFi-City宣言を薦めています。
すでにパリ市内にはWiFi環境であるという標識まであります。
しかし、WiFiというのは無線であり、電磁波空間です。
電磁波空間のリスク
私が懸念するのは、電磁波空間と人体・生体の適合性についてはまったく不明です。
それは、私自身がICD(除細動器)を体内に埋め込んでいます。
心臓障害者1級になったのは、
この心臓発作を電気ショックで停止させる機器を埋め込んでいることにあるからです。
ICDに限らず、ペースメーカーを埋め込んでいる人にとっても電磁波空間は影響があります。
携帯電話も電磁波発信受信で、すでに人体的な影響は皮膚アレルギーなどエビデンスが出ています。
私自身、ICD手術後、食品アレルギーが出るようになりました。
電磁波空間では、いわゆるマイナスイオンなど人体に有益とあまり根拠無い話もありますが、
決定的な電磁波リスクがあることは明白です。
携帯電話を左の内ポケットに入れていたらとても気分が悪くなったことがあります。
ドクターからは厳重な注意を受けました。
30cm口径ウーハーSPからIH機器、プラズマ、電子レンジなどは「厳重注意」が明記されています。
当然特にノートタイプPCなども電磁波リスクがあるはずですが、まだ不明です。
現代、便利さとリスクが同居していることには注視しておくべきと考えます。
電磁波防止空間について私なりのアイディアはありますが、
まだ私の日常空間での実験中なのでエビデンスには至っていません。


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『資本主義からの逃走』
  「Media Allianceを構築するWiFi環境」


   


     12月 7th, 2010  Posted 12:00 AM

オースティンから
2000年を向かえるにあたって、
わが国が「バブル」から目覚めたとき、
コンピューターエンハンスメントの噂が出始めたのです。
ちょうど、親友が米国のオースティンで起業しました。
彼は言いました。
「小学生ぐらいですごい才能が革新的なインターフェイスデバイスをやり始めている」と。
「だから、オースティンで起業する」ということでした。
私は、パソコンでUSBの規格を聞いた時、
早くUSB搭載が自由になれば、
パソコン周辺のコネクションは一辺に解消すると思い始めていました。
ちょうど、モニターデザインを手がけていたので、USBが欲しくてたまりませんでした。
WiFi Alliance
そうしたらそれどころか、オースティンからWiFi=無線化される時代になるという話が出たのです。
日本では、BlueRayとHDDの競合が始まっていて、それどころじゃないと私は思っていました。
CDもDVDも記録媒体は、高圧コンプレッサーで蒸着表面の脆さにほとんど失望していましたが、
この時期、すでに日本はエンハンスメントアイディアが欠落し始めていたのかもしれません。
「コード・マネージメント」というコンセプトで、
モニターには電源を内部実装し、接続コードの収納性、
そのあり方を毎日熟慮していた私には、「無線?・WiFi?」は衝撃でした。
おそらく、今、わが国は無線化をハードシステムとしてとらえ直し、
ソフトダイナミックスとして、さらに拡張していくことが日本のモノづくりだと思います。
「2011年地デジ化」になったとき、
おそらくWiFiの正式名称が「WiFi Alliance」であるように、
私は確実に「Media Alliance」の要素と要因を整理して、
「無線でのアンビエント空間」が生活空間になると想像しています。
「光の道」程度では駄目でしょう。
WiFI+OSのAllianceはSmart-Phoneを超えなければなりません。
それもわが日本で創出するのです。
それを私はCool-Phoneとして、Media-Allianceのアンビエント空間=日常化させたいと思います。


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『資本主義からの逃走』
   「ガラケーは日本の通信会社、その大罪責任」


   


     12月 3rd, 2010  Posted 12:00 AM

ガラケー原因
ケータイは「世界標準から確実に離脱する」。
この予知は的中しました。
FOMAという通信方式とi-mode内容、
これをコンテンツと呼ぶようになりましたが、
それは「情報形式」と「情報内容」というより「情報目次」に過ぎなかったわけです。
情報通信を「包み込む」発想は全く無く、「詰め込む」だけの情報意味の勘違いでした。
以来、わが国では「コンテンツ産業こそ日本のオリジン」と思い込んでいます。大きな間違いです。
日本のケータイが「ガラケー」となってしまった鎖国的な情報認識でしたが、
それ以上の問題はケータイ回路設計実装と形態は、分断されました。
電話通信企業の展望の無さ
つまり、ケータイ流通は、通信会社(電話回線ネットワーク)に独占され、
ケータイ本機生産はハード企業への「形態・かたち」の決定は、
「造形デザイン素人にすぎない」キャリアと呼ばれる担当者に委ねられてしまっていたことです。
当時、私はグッドデザイン賞審査委員長でもあったので、この批判を相当にしました。
ハード企業のケータイ担当デザイナーの現場の声をいっぱい聞きました。
各社の担当デザイナーが集まって彼らたちと議論、懇談会も企画し実行しました。
現場の声は、「造形デザインにまで口出しする」キャリアへの不平不満でした。
「ガラケー」としてしまったのは、企業のデザイナーたちではありません。
デザイナーケータイ名作も国内棲息
デザインケータイと呼ばれる著名デザイナーの本来「作品」となるべき製品も、
通信会社キャリアというより、経営者の展望無き「好き・嫌い」でしかありませんでした。
彼らのデザイン評価の中でしか棲息を許されなかったのです。
それでも力量あるわずかのデザイナーは世界的な名作も数点ありましたが、
今度は通信方式を「日本の独自性」つまり鎖国的方式に固持仕切ることで輸出は見送られました。
ガラケー批判からの革新提案
私は、このようにすべからくケータイ批判をしてきました。
結果、私に「デザイン依頼は皆無でした」。
しかし、あるハード企業の会長直々から「このままでは日本のケータイは孤立し、
輸出もできなくなる」ということで、「アドバンスデザイン依頼」と、
「通信形式の進化デザインプラン依頼」がありました。
そのデザインはiPhone内容とは全く異なる機能性で超えているモノと自負しています。
私の提案は、日本列島すべてをとりあえずWiFi化し、
さらにWiFiを超える通信ネットワーク技術を、日本が提示することです。
と同時に、私は、Smart-Phoneを日本が進化させられるものと確信しています。


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