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Posts Tagged ‘豊’


『お米という簡素で簡潔な美しい主食文化』


   


     3月 6th, 2017  Posted 12:00 AM

お米と言えば、「コシヒカリ」ですが、
この米が福井県農業試験場が創ったことはあまり知られていません。
私はこう言います。
「コシヒカリ」は最高であり、魚も最高、カニも最高、
それが北陸であれば、福井の魚が富山湾で捕まっただけであり、
カニも「セイコガニ」の二級品が
マツバガニ、コウバコガニと言い切ります。
京都には魚を鯖街道で送り、奈良のお水とりも福井から送っている、
五か条のご誓文を書いた東京府知事も
由利公正と「ふるさと計数」が高い人間です。
そこで、
日本の「お米文化」は「日の丸弁当」「卵かけご飯」「握り飯」が、
世界で最高の主食であって、それこそ、梅干し、卵、焼き海苔は、
決定的な栄養バランスがあるということです。
それこそ道元・永平寺(福井)による応量器から典座教訓こそ、
人間道のあり方そのものと考えます。
それこそ民藝作家と言われた黒田辰秋の漆仕上げのお櫃は、
漆黒の中に白米に緑の海苔が振りかけられた美しさは、
日常に常に配置しておきたいと思う美しさです。
お米・梅干し・卵・海苔という
絶大な組み合わせの簡潔さを確かめるべきには
毎年、コシヒカリから様々な商品ブランドが生まれています。
しかし私には納得がいかないネーミングが多いと言っていいでしょう。
お米と炊飯器の技術進化はとてつもなく素晴らしいのですが、
なんとも、インダストリアルデザインでは素晴らしいのは
3点程度しかありません。
祖母がこれ以上きらめく炊きあがりのご飯は、
お釜の底にはマムシが一匹入れてありました。
これは偉大な知恵であったと思いますが、その当時の知恵生活こそ、
はるかに「豊な日本の時代」だったと思い返します。

* 『お米は合鴨米か、コシヒカリ』
* 『米=日本人のエネルギーの素、誤魔化す事は犯罪だ』
* 「甲殻類アレルギーでも、蟹は食べる!」
* 『四句分別にある明解な「的」は曖昧性を強化する』
* 「ふるさと福井の偉人たちへの敬愛あるのみ」


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『いたづらが出来ることは豊かな時代だ』


   


     2月 28th, 2017  Posted 12:00 AM

このところ、宝くじにあたったから、とか、
本当にお世話になったから、とか、
そのようなセリフで札束を渡しています。
全員がびっくりして、「そんな大金もらえないよ」と言われます。
最高のいたづらであり、ワイフから「小学生のようなことを」とかですが、
結構面白いし、結果、笑いが起こります。
まさしく、お札が百万円札の札束ですが、それは表紙と裏表紙だけで、
中はメモ帳で、よく出来ているなあ〜って思います。
まず、最初に兵庫県立美術館の蓑館長に、
「館長、これだけだけど寄附するね」ってやったら、
「それは駄目だよ、なんだ?赤瀬瓦源平の作品のようだね」
「おいおい、外から館長が賄賂をもらっている、なんてな!」ということで、
これはいけるなーってことで金沢の同期会には1000万円も持って行きました。
「今回、世話になったから、コレを」
「何考えているの、貰えないよ」
「いや、受け取ってほしい」
「・・・・何?、コレ??」ってことで、
それを見ていた同期生が、
「川崎、俺にも寄越せよ、・・・エッ?」
てな具合で相当に楽しむことができました。
これが気に入って、ワイフに買ってきてほしいと言ったら、
「恥ずかしいし、嫌だよ」って会話ながら、
周囲にいたづらができますが、もはや、これ以上の何かを探しています。
しかし、最近はこのいたづらも考えないといけない時代になっています。
子どもの頃も、いたづらをして祖父には相当に怒られたことが一杯あります。
今や言えないいたづらが生きていた時代は豊だったと思います。
残念ながら、最初のパソコン・Macにも仕込んであったことがありました。
そんなことがなんとか消えない時代で、考えられたいたづらが欲しいです。
正直、札束では〜な〜という哀しみもありますが、
でも、一時、笑いを誘いました。

* 『25000ページを書き残した今ではアーティストの展覧会』
* 「『あさっての美術館』・兵庫県立美術館イベントと同窓会」
* 「蓑豊館長はやっぱりすごいなー」
* 『理念という思想からの発明がデザイン造形を決定する』
* 『最近見なくなった竹藪、その思い出』


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『ツバメの巣、それが福祉の象徴です』


   


     6月 4th, 2016  Posted 12:00 AM

忘れていた自然界の素晴らしさを美大時代の同期から
写真がFBにアップされていました。
写真掲載OKをもらって、しみじみと思い出しています。
この季節、渡り鳥がやって来て、巣を造ってくれます。
すっかり、この風情を忘れていました。
ツバメがやってきて巣を造ってくれるのは良いことが起こるという
こんな話が今ではすっかり忘れられていますが、確かに同期は金沢。
福井にいたときに、あんな所に巣を造っている、と驚いて、
そうか、ツバメも新素材の接着剤を見つけたんだ。
でなければ、出来るワケがないと思い出してしまいました。
本当に今では見ることができないどころか、
ツバメの巣造りを嫌うことが出てきたとすら聞きます。
とんでもないと思います。
ツバメは毎年やって来て、巣造りをしてもらえる家には
福をもたらすと言われていますが、
これは真実です。
祖母から聞かされていた話は、ツバメがこの季節にやってきて、
彼らは最高の居場所だからこそ巣を造るのです。
自然の摂理を家に当てはめているのです。
巣は安全で安心できる場所を見つけているからです。
もし、ツバメの巣があれば、その家には「福」が舞い込んでくるのです。
母の実家、父の実家にもありました。
福井に戻った私が見たのは、全く新しい建築資材がその巣にあったとき、
アレは新しい巣を造る素材と方法を編み出したと思ったものでした。
自然が見いだす最高の居場所は、もう都会にはありません。
しかし、ツバメの巣こそ、豊かさの象徴だと思っています。
北陸には、「福」がやってくるその豊かさがまだまだ残っていると、
とても安心した風情を美大時代の同期が思い起こしてくれました。
連日、仕事に追いまくられていますが、
そうだ、やっぱり日本には自然からの「福」があるのです。
それこそ、福祉とは、神様が富を壺に詰め込んでやってきた、
その証に、膨らんだ「福」と
その足跡=祉を残すことです。
福祉とは、まさに、ツバメの巣こそ、その象徴だと思います。

*『日本が貧乏になっていく、と思うのは・・・』
*『金沢美術工芸大学の大阪での大学大同窓会』
*『端午の節句だが、かつての日本の田舎が豊かだった』
*『「福祉車両」とは決して言ってはいけない車』
*『安全と安心・デザインの不在か非在か』


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