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Posts Tagged ‘大学入試’


『綺麗な文字は、「書く」と「描く」は一緒のこと』


   


     11月 9th, 2019  Posted 12:00 AM

今では、警察官は米国式の警察カードです。
父が現役の頃は、警察手帳であり、
警察手帳には父のとても綺麗な文字が書き込まれていました。
「書は人なり」「書は心の画である」と、
絶対に綺麗な文字でなければと、私も叱られました。
仕事場でも、調書をとるときなどでも、
しっかりと漢字が書けないといけないので、
警察署内でも父が試験をしていました。
私が交通事故での調書があまりに汚く、随分と怒りました。
そのため、当然私は、ノートはすべからく美しい文字でなければいけなく、
それが、「勉強する」ということでした。
さらに、美大進学でしたから、「書く」と「描く」は一緒のことであり、
「書く」と「描く」は、大学入試の基本だと、今は私は思っています。
埼玉県の小学校で実施されている書写での
美文字訓練のことを知っていますか。
そこで採用されている「10 B 筆鉛筆」を使っています。
さて、これらはレプリカであり、米国内で使ったら犯罪らしいのです。
アメリカ連邦捜査官、CIA、FBIなのです。
「バッジだけかと思っていたら、また、そういうのよく見つけるね」、と
ワイフに言われました。


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『「手」は最高のデッサン対象であった』


   


     5月 20th, 2019  Posted 12:00 AM

大学入試で「手」のデッサンの実技試験問題を出しました。
これだと、実技のサンプルがいりませんでした。
またその実技試験にいくつかの入試合格条件を大学側はつけました。
まず、配布された鉛筆を、持参したカッターで削ること。
それゆえに、削り方とその処理方法がわかること。
このため、手の怪我などの対応として医師の同席も必要でした。
入試番号を書くところから、削った鉛筆が必要でした。
これは名古屋市立大学 芸術工学部の実技試験、その最初40倍でした。
削るという作業から削り方からその始末で、
やっぱり手の器用さと手順、整理や整頓までがわかり、
その結果削り糟を床面に落とすことなど実技にも反映していました。
手の基本的なデッサン力、描写力を見るためなのですが、
構図、構想力も必要ではないのかと膨らませて、
様々な動きや仕掛けを考えて描く受験生も多くいました。
その後は毎年違うモチーフ、例えば持参した辞書とかを題材に指定なのに、
受験生は試験対策で「手」のデッサンに取り組んでいるので
みんながモチーフと手を描くようになっていました。
実技の試験では、この子は凄いと思う子たちは、
残念ながらほぼ一人も入学出来ませんでした。
この大学では、学科試験に点数配分を重く置いていたためです。
自分の手を描くというのは、今でもデッサンの基本です。
私も金沢美大で、いつも描かされていた常時の課題は「手」でした。


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『詩学から離れた風力発電機だからこそ倒壊する』


   


     8月 30th, 2018  Posted 7:09 PM

もし、ガストン・バシュラールの地・水・火・風を知っていたら、
風力発電機などは絶対に造っていなかったろうと私は思います。
これは台風20号で、淡路島の風力発電機が見事に倒れていました。
これがどういう経緯で作成されていたのかが、現代のマスコミでは、
まったくわかりませんが、行政の仕事ならばとんでもない金額です。
私自身、風力発電機は絶対に認めていません。
この台風被害での、発電機そのものを見ても
全く地中内での支持支柱が無いことに、びっくりします。
60メータの発電機を支柱に取り付けておけばこれが転倒することは
無かったのでは無いでしょうか?
公園に単に風力発電機が置物であったとさえ思います。
しかも、これは6年間使われていなかっというのです。
バシュラールの「空と夢」を見れば、風あるいは風力を
人間は自然の能力をどのように使えばということは明白です。
かってある大学入試でも、木立がゆれるから風があるのか、
もしくは風があるから木立がなびくかという試験問題がありました。
これはバシュラールの「詩学」にあてはめるのだろうかを聞けば、
それは想像力の問題です。
それでも建築物の構造ぐらいは明確にすべきだと思います。
今回、台風20号の被害ですらこれだけの被害があったのですから、
3〜4年前に海洋構築物である風力発電機を私は国費の
コンペで落としました。が、それは正解だと思いました。
風力発電機は絶対に無謀な計画だと私は再確認しました。


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『大学入試センター試験問題に「デザイン」が出た』


   


     1月 17th, 2018  Posted 12:00 AM

大学入試制度でのセンター試験では、毎年様々なことが起こるようです。
今年は、厳寒ゆえの交通麻痺から、ムーミンマンガでの出題がありました。
私が注目したのは、国語で「デザイン」がそのまま、
原語からデザイナーの必読本
さらには意味までが、問題として登場したことでした。
これまで、私の著作から、予備校での試験問題、
さらには私立美大の試験問題になったことはありました。
これは必ず著作権としての利用譲渡で主催者から問い合わせがあります。
入学試験問題では後日使用箇所が知らされますから分かります。
さて今年2018年は「大学問題」が少子化とともに
今後の大学存在にも関わるので、
私も共通センター問題で、大学入試の能力程度を知りたかったのです。
そこに国語では「デザイン」がそれこそアフォーダンスまで、
語られたとても詳細な問題であったことです。
正直ここ数年、日本人の感性での美的判断やモダンデザイン離れもあり、
デザイン理解度の低迷を知っていただけに、
私はビックリしたのですが、デザインが語られる参照本は、
デザインセンスを混乱させているだけに
デザイン意味論やアフォーダンスは正解ですが、
最近まとめ直していることにも影響されるでしょう。
たとえば、デザイン盗作やジェネリックデザインとかでの物真似に、
私はがっかりしていたので嬉しい現実でした。
深夜のTVショッピングなどでは、日本人の美感覚特にデザインセンスでは、
落胆していただけに、
センター試験・国語の問題になったことは書き残すべきことと思いました。


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07月09日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 9th, 2017  Posted 12:00 AM

07月09日 先勝(丙申)

記憶の徹底さは、
暗記力となり、
これがいわゆる偏差値で、
大学入試の基準になっている。
偏差値での判断は
「創造力」にはならない。

川崎和男の発想表現手法


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『わが哲学の恩師・中村雄二郎先生』


   


     11月 15th, 2013  Posted 12:00 AM

高校時代は「倫理社会」その中の哲学が最も好きでした。
大学入試の模擬テストでも、この科目だけは全国トップでした。
「哲学」を本当に深く知るようになったのは、
中村雄二郎先生と直にお目にかかり、いくつも勉強しました。
だから、この本棚には特別の想いがあります。
あるとき、「このナイフのデザイナーは?」ということで、
先生自らが福井に来訪され、以後は、なんでも聞きました。
先生の新聞連載のイラストを任されたこともあります。
先生は、考え方をフランス語で打ち込まれるので、
フランス語のキーボードを用意したこともあります。
先生は、明治大学退任直前には、
アップル日本法人の新聞全面コマーシャルにも出演されました。
デザイン・デザイナーの批評はとても子細なコトまで熟知。
かつては日本のグッドデザイン賞の思想を教示してもらいました。
先生を囲んでの勉強会は素晴らしく楽しいものでした。
現在日本のデザイン界に哲学的な支柱が無いと私は思っています。
「デザインは難問解決である」とか、
ロボットデザインにおいての理論的背景も教えられました。
デザイナーは、「形態論」だけを語っていてはいけない、
「身体論」での論議性を懸命に解説をしていただきました。
この秋、フランスとカナダが共同してのプロジェクトにおいて、
私は、医療・原子力・ロボットがテーマになっていますが、
ロボットデザインでは、中村先生からのヒントを紹介します。
先生は今は加療中ですが、この本棚には先生がおられます。
私はこの本棚の前で佇むときにはいつも想い出すことが出来ます。
私の著作にも一文書いていただいたこともあります。
つまり、デザインにはこうした哲学の先生が最も必要なわけです。


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「連載結果の出版は『ことばの相対論』」


   


     3月 2nd, 2013  Posted 12:00 AM

本日、大阪大学会館にて「最終講義」をします。
講義内容は、すべて「ことば」になります。
本来の仕事は、
デザイナーゆえに「かたち」で問題解決をめざしてきました。
もはや無くなった「MacPower」誌には、
17年間連載をさせてもらっていました。
その連載を中学性時代に出逢って、
デザイナーという職能を選んだ人までいるのです。
連載は、当時は副編集長、
やがてアスキー社の常務にまでなったT氏の薦めでした。
2年半で、連載は単行本として書店に並ぶようになりました。
しかし、
連載はほとんどその当時のパソコン、それもApple社ばかりでした。
したがって、内容はエッセイ的なものにかかわらず、
アスキー社ゆえに、
書店では常にパソコン誌の傍らにひっそりと置かれました。
エッセイ群に入っていればそれなりに売れた自信がありますが、
パソコン誌群の片隅ではなかなか売れなかったのですが、
それでも4版にまでなったモノもあれば、
これは難解さを求めたから売れないと思っていたモノが
長期にわたって3版にまでなったりしました。
「かたち」にこだわる職能として、
「ことば」を求め続けていました。
表紙にもこだわり、
初期のモノは活版印刷・布貼り・銀箔文字型押しもあります。
モノの「かたち」にもこだわりました。
文章は、大学入試の現代国語の試験問題に選ばれた所もあり、
実際には大学入試問題になった文章もあり難しいと思った経験があります。
結局は、パソコンとデザインにこだわったことば=文章でした。
伝えたいことを徹底して日本語を調べたので日本語は中学時代以来、
日本語の語彙が増加した経験が残っています。
だから、この6冊は15年間にわたっての連載を単行本にできました。
少なからず、私のささやかな宝物になったのかもしれません。
時には、私のこの著作を抱いて、講演会でサインを求められます。
とても嬉しいことです。
できるかぎり毛筆で名前を書きます。
そして「恵存」とまとめます。
「恵存」ということばは、哲学者の中村雄二郎先生に教わりました。
「恵存」というのは、
「どうかいつまでも大事にしてほしい」という意味です。
「ことば」と「かたち」、
この相対論は常に身につけておきたいと思っています。


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