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Posts Tagged ‘クラブ活動’


「やっぱり、なぜこれほど落ち着くのだろう」


   


     5月 13th, 2013  Posted 12:00 AM

中学時代は 父からクラブ活動を文科系にさせられました。
しかし、高校時代はスポーツ系で「山岳部」で活動しました。
当時、一人っ子を危険なクラブにと親戚からも言われましたが、
ピッケルと登山靴を買ってもらえました。
高校時代は、奥越国境=石川・岐阜の県境山々、
白馬山系から鉢ノ木岳までの縦走などで、
「ヤブこぎ=獣道の見分け方」・「天気図と天体星位置」から、
高山植物やツェルトという簡易テント暮らしなどを学びました。
大学当初は空手部でしたが、
芸大山岳部だった先生がこられてから、正式な「山岳部」になり、
空手部の退部試合にも出たので、今も先輩とつながりがあります。
大学では、当然のことロッククライミングや、
夏でも、雪渓スキーをしていました。
したがって深夜にNHKが「北アルプス」の景観映像を流します。
私はこれを明け方まで見入ることがあります。
とりわけ、剣岳周辺、源次郎尾根や八ツ峰、長次郎雪渓を見ていると、
本当に心が洗われるというのは、
きっとこういうことだろうと思うほど落ち着きます。
今では、たとえば長次郎雪渓の途中の熊の岩や、
長次郎雪渓の頂上でそこから剣岳へ直登などは不可能でしょうが、
当時は、熊の岩や雪渓の頂上に「テン張って」いました。
東京芸術大学・京都市立芸術大学・金沢美術工芸大学は、
三美大と言われていて、
必ず、剣岳に集結して、毎日雪渓での滑落停止トレーニング、
ロッククライミングを先輩たちから教わったものでした。
剣岳は、宇奈月温泉から黒部峡谷鉄道で入ります。
それから、早月尾根、ほとんど水がありませんが、
その尾根伝い3日で剣岳のキャンプ地までひたすら歩きました。
毎回、剣岳にほぼ一ヶ月以上暮らします。
そして、それぞれが別れて縦走に入ります。
私は必ず鉢ノ木岳まで縦走して、
そこから直下するとバス停で長野県の大町市に出て、
鉄道で自宅に帰ります。
自宅に着くと、必ず、顔には無精髭があり臭いらしく、
母から玄関先で裸にさせられてすぐに風呂に入ったものでした。
いつの日か、必ず、ヘリコプターで剣岳を中心に飛びたい。
可能であるなら、この映像に包まれて目を閉じたいものです。


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「中学1年生の甥っ子は50歳年下」


   


     8月 22nd, 2012  Posted 12:00 AM

実妹の子です。実妹は父が再婚なので24歳も離れています。
今年、甥っ子は著名男子中高一貫校に合格しました。
1999年生まれゆえ、私とは半世紀年下になります。
彼は、私の父、彼にとっては祖父を知りません。
夏休みで、甲子園に父親と高校野球を観て、
阪大の私の研究室に来てくれました。
研究室は9月から開始される博士後期課程、
その博士号取得論文の査読が始まるために全員多忙です。
大学研究室といっても、
「先端デザイン研究の現場」を13歳がどう受け止めてくれたのでしょうか。
幸いにも私同様勉強は嫌いでもなく、これも私同様文学全集はすでに読破。
クラブ活動はラグビー部に入ったことを報告してくれました。
「文武両道」であってほしいし、
すでに、フランス語も小学時代から興味を持ってやっているとのこと。
読書や気候観測なども大好きゆえに、
大学教授としてはそれなりの大学事情は教えてやることができます。
彼の未来、彼が50歳の時、私は100歳ですから、
多分私はこの世にはいないでしょう。
少なからず、私の作品も知り、
私の著作もそろそろ読める頃になったかもしれません。
問題は、日本の今後が彼らにとってふさわしい国家であるのかどうかです。
彼が、今日のことを生涯忘れないでいてほしいと思います。
勉強よりもラグビーで鍛えて、
「自分に負けないように成長してほしい」と思います。
おそらく、中高と一貫しての受験が彼の日々になりそうですが、
まったく、それは気にしていないと断言してくれました。
姉がいます。
彼女も著名女子中高一貫の学校で、
すでにTwitterからFacebookもこなしています。
SNSに飛び込んできた彼女は私には相当の驚きでした。
姉弟がフランス語というのも、
フランスで現地のフランスの子ども達と言い争いになったらしく、
それなら絶対学びたいと始めたようです。
伯父である私は祖父が私の将来を期待してくれたように、
私も彼らを見護りたいと思っています。
ともかく、彼らのためにも私の使命は、
「日本の再生」をデザインで主導することでしかありません。


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