12月 26th, 2020 Posted 12:00 AM
目次を見る
3月 2nd, 2020 Posted 12:00 AM
3月2日 先負(甲辰)
私が敢えて「Minuit」という作品を
事例として意図しているのは、
デザイン意図というデザイナーの内面、
精神的あるいは知的、
文学的、美学的な観念の世界観、
その反映がデザインとして結実していくことの
重大さを再認識しておきたいからである。
倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』14 意味論としてのデザイン
Tags: Minuit, デザイナー, デザイン, デザイン意図, 世界観, 事例, 作品, 内面, 再認識, 反映, 川崎和男のデザイン金言, 意図, 文学的, 知的, 精神的, 結実, 美学的, 観念, 重大さ
Posted in APHORISM
目次を見る
9月 23rd, 2017 Posted 12:00 AM
Macintosh512Kは全く新しいデザインツールになるという確信がありました。
全スタッフにこれをデザインツールにして、最も先進的な場を福井で実現。
デザインスタジオは、福井駅前にあり、
すでにプレゼンテーションも512Kで4:3画面で行うことができました。
そしてここには福井大学の建築学科の学生たちには、自由に使わせ、
デザインコンペへの応募をさせていました。いつも入賞は果たしていました。
その中の一人は今では国立大学の准教授になっています。
プレゼンテーションルームには巨大な壁画がありました。
それは親友がすべて鉛筆で描いたほとんど写真かと思える絵画でした。
これだけの才能はある私立大学で彼の存在が消される事件に巻き込まれ、
彼は日本を捨てて今はオーストラリアに居ます。
それこそ、3.11が起こった直後、
彼は私に、もうこちらに来るべきとそんなメールをくれました。
またここで、伝統工芸の職人さん達と打ち合わせをすると、NHKには、
「絵にならない、伝統工芸らしく」とか言われる有様でした。
私はNHKに対して、伝統工芸が近代的になるためには、
最も先進的なアトリエが当然という私の思いはほとんど通りませんでした。
伝統工芸は裸電球の薄暗いそういう場、
言い換えれば伝統工芸らしさは文学的な場が求められていたのです。
これを打ち破るにも、このプレゼンルームは重要でした。
現在も私は、デザインは絶対に最も先進的な場が必要と考えています。
そういう意味では、私のプレゼンや講演では16:9を重要視していますが、
とてもそこまでのことは叶っていません。
なぜデザインの場が先進的であるべきなのかは、
未だにデザイン界自体も気づいていないと私は判断しています。
私があくまでもMacintoshに拘っているのも、
絶対にWindowsでは無理なのです。
だからMacオンリー主義ではないことも付け加えておきます。
ともかく、ふるさと福井で私はまだまだ先が見えていない512Kに、
デザインの先進的な「場」づくりの根柢を求めていたのです。
そして、今となると、この認識による実際行動は
全くデザイナーには正解であったと思っています。
* 『リトルコンピュータピープルの顔色は人工知能要素かも』
* 「現代の道具・LSIのやり直し」
* 「もう一つの言語を教えていた昔・ロゴレゴのこと」
* 『「場のちから」の「ば」と「ち」にあるデザイン』
* 『前頭葉で「ち」と「は」=形と言語が制御されている』
Tags: 16:9, 4:3, 512k, Macintosh, Macintosh512k, Macオンリー主義, NHK, Windows, オーストラリア, オンリー主義, デザインコンペ, デザインスタジオ, デザインツール, デザイン界, レゼンテーション, 事件, 伝統工芸, 伝統工芸らしく, 先進的, 全スタッフ, 写真, 准教授, 国立大学, 場, 場づくり, 壁画, 存在, 実際行動, 建築学科, 応募, 才能, 文学的, 有様, 根柢, 正解, 画面, 福井, 福井大学, 福井駅前, 私立大学, 絵にならない, 絵画, 職人, 薄暗い, 裸電球, 認識, 講演, 近代的
Posted in ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ
目次を見る
6月 30th, 2012 Posted 12:00 AM
車椅子生活、障がい者になって以来、
私は徹底的に歴史的、絵画的、文学的など、
その領域に登場する障がい者を
趣味のごとく収集してきました。
このヒエログリフは、
元来はヒエログリフ文字という象形文字から、
アルファベットの形態を探っているときに発見しました。
女性は、確実にヒエログリフでの説明があり、
現代医学的には筋ジストロフィーではという予想があり、
もう一つは確実にその時代にも、
小児麻痺があったことを示しています。
最近では、クロマニヨン人の時代に、
障がい者を家族が看ていたという推測もあります。
この推測の系譜を私はまだ追いかけています。
要は、人間の心情に備わっている「同情」と言う心理、
心理学的には他愛主義に結びついているでしょう。
しかし、自己主義の極点は、非情です。
この非情性に宿るのが「差別感」が入り込むのです。
結局は、人間の心理の異常性を自己認識することです。
この自己認識ができるかどうかは、
自分自身の無知性が引き込んでくるものと思います。
私は多分、車椅子にならなかったら、
ヒエログリフ世界に入り込むことは無かったでしょう。
ヒエログリフを知ることは、
無知性から開放される大きな手がかりでした。
無知性への直接的対決は、
「知識」の獲得であることは間違いありません。
Tags: アルファベット, ヒエログリフ, 収集, 女性, 対決, 差別, 差別感, 形態, 手がかり, 文字, 文学的, 極点, 歴史的, 無知, 無知性, 獲得, 現代医学, 異常性, 発見, 知識, 筋ジストロフィー, 絵画的, 自己主義, 自己認識, 象形文字, 趣味, 車椅子, 開放, 障がい者, 非情, 非情性
Posted in 企望を「までい」具現へ, 祈望から企望へ
目次を見る