12月 21st, 2015 Posted 12:00 AM
私の大阪大学吹田キャンパスにある研究室、
そのデスク上にあるMac環境システム装置です。
モニターもキーボードも私自身のデザインであり、
商品化されている商品として、
これ以上の商品性能とデザインは無いでしょう。
このコンピュータ・モニターはすでに販売はされていませんが、
現在もこれ以上にスペックをもったモニターは存在していません。
このモニターは当時、エンジニアが技術上「これ以上はありえない」という
その性能パフォーマンスをすべて商品化させることを条件にしました。
そして、この技術とその表現=デザイン=問題解決が果たした結果、
未だにこの商品を超えたモノはまったく存在していないということであり、
私の研究室ではすべてこのモニター主体になっています。
キーボードも平面であり、これ以上のキーボードも存在していないのです。
モニター・キーボードの性能性がここまでであれば、
MacもSPも、さらにBluetoothの電話も、iPhoneと直結しています。
当然ながら、製図台も今ではもうあり得ないドラフターは、
二台を私用ながら置いています。
正直、製図台はインテリア要素になってしまっていますが、
製図・ドラフターとしての調整は正確無比に常にしてあります。
いずれ、退任したなら自宅にはこのドラフターで手描きで
ドラフトやレンダリングをしたい!という要求は消えていません。
もっともそのときには、このドラフターサイズのパッドで、
スタイラスで絵画から図面までができるようになっているかも知れません。
本来、私の研究室は壁面には水が流れているはずでした。
それは電磁波=2.4GHz or 5.0GHz、Bluetoothを遮断するつもりでした。
しかし、文科省では無理でしたが、
それでも国立大でここまでの研究室はありえないと思います。
私は研究室には一切書籍を必要以外は持ち込まないことにしています。
大学では読書はしないことが基本です。
書籍データを必要とするなら、それは別室でやるべきです。
大学人の研究室の平面が書棚になっているのは、
すでにそのような書籍に取り囲まれているのが「教授」ということ自体、
大学人のクールさを私は放棄していると思っています。
幸いに、私は工業デザイナーなので、
モニターとキーボード、そしてメガネが自分デザインであるという
これは大きな幸運でした。
名古屋市立大学時代は、メルクリン・鉄道Zゲージがありましたが、
現在の研究室には、趣味であるオーディオ装置が置いてあるだけです。
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11月 21st, 2014 Posted 12:00 AM
鉄道模型には子ども頃から心惹かれていました。
しかし電車の運転手になろうなんてことは一度も思いませんでした。
鉄道模型が欲しくて、祖父なら買ってくれるだろうと思って、
祖父にねだったことがありました。
はっきりと言われました。「大きくなったら自分で買いなさい」と。
大人になってわかったのは、メルクリンはとても高額でした。
ところが、東芝に入社して、上司がメルクリンに凝っていました。
いつかは自分も買い求めて部屋中をジオラマにしたいと思ってます。
だから、それなりにメルクリンを収集してきましたが、
とてもジオラマを創り上げる時間はまだありません。
「ハッカー」というのは、今ではコンピューター用語ですが、
本当は、MITの鉄道模型クラブのジオラマを、こっそりと、
一夜にしてやり替えてしまう連中を呼んでいた言葉でした。
鉄道模型、ジオラマの世界観は、とても優れた高度な知的趣味です。
そして、これまでメルクリンに憧れて、私なりの基準の収集性は、
実は大きな変化がきていたのです。
それはアナログだったジオラマが、すっかりとデジタル化しました。
それこそ、メルクリンクラブがありましたが、もう無くなりました。
これまで鉄道模型なら、なんとしてもZゲージ!
そうした人が激減してきた気がします。
メルクリンショップも、本当に少なくなってしまいました。
だから、毎月メールでの案内に心が躍ります。
私は、オーディオの世界もメルクリンの世界もやはり、ここには、
明確なダンディズムがあると確信しています。
そして、かつてはアナログ世界ゆえに面白くてたまらなかったコトが
デジタル化によって失ったコトがなんだか多い気がしてなりません。
Zゲージの世界は、やはりとても高額であり、
この世界観を楽しむのには、おそらくビジネス世界でも、
相当に成功しなければ、この世界は手に入らないのかもしれません。
メルクリンの世界観は、やや「鉄ちゃん」ということとは、
大きな違いがあるのかもしれません。
「遠くへ行きたいからという本能」
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9月 4th, 2013 Posted 12:00 AM
『鉄ちゃん』というのは鉄道マニアのことです。
だから、ハッカーというPCネット破壊をする人は、
元々はMIT鉄道クラブの「鉄ちゃん」用語でした。
夜、大学に忍び込んでジオラマを変えてしまうマニアのことです。
私が、ほんの少しだけというのは、収集していたZゲージに今は、
触ってもいませんが、書店では鉄道雑誌を読み、
メルクリン社からは毎月新作のZゲージ案内に憧れています。
この男の趣味はワイフには通じません、とても無念です・・・
なぜ、鉄道が好きかといえば、それは母の実家にあります。
昔は福井には京福電鉄があり、まだ私が幼稚園に行く前に、
新福井駅から松岡駅まで電車に乗ることを覚えました。
観音町でドキドキして、松岡駅で降りたら大声で泣くのです。
必ず、駅舎では私がどこの外孫であるかがわかりますから、
駅舎から母の実家に駅で泣いている私のことが伝わるのです。
そうすれば必ず祖父が迎えに来てとても喜んでくれます。
私は祖父にしがみついてまたさらに大声で泣くのです。
祖父が来ないと、母の実家の使用人が来ます。
決まって隠坊が来ます。
彼らは当時私の家来だと思っていました。
私はすぐに泣くのをやめて、
「なんで、お前や」と言ったものでした。
京福電車で降りた駅(左上)は今では(左下)らしいのです。
京福3000系の電車ほどのシンプルな電車はもうありません。
だから、鉄道マニアの間でも京福3000系Nゲージは高価です。
もちろん、Zゲージに無いことが残念ですからいつか造らせたい。
私には、京福電鉄の運転席の後ろから電鉄進行の景観が好きです。
多分、子どもの頃のこの記憶は今も私の大きな景観論だと思います。
とても不思議なことは、鉄道マニア向け雑誌は今も健在です。
そして、毎回のテーマ、全ての雑誌の企画が素晴らしいことです。
先般、思い切って京福電鉄3000系をインターネットで調べました。
間もなく、京阪電鉄の「鉄道まつり」で敬愛する人と対談します。
だから、京阪電鉄の8058の運転席からの景観を毎晩眺めています。
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2月 20th, 2012 Posted 12:16 AM
男の子は本能的に動き回りたい本能があると思います。
「運転手になりたい」とか、
あの自動車を運転してみたいとか、
これは男の子が少年になる前に必ず思い描く公約数的な夢です。
男は常に居場所を求めることがプログラムされているのです。
これは人間に限らず、動物的な野性と言っていいでしょう。
ともかく遠くへ遠くへ行きたい。
この精神・心理・野望の野性は秘められています。
おそらく心の心底・奈辺にあると思います。
それが、移動する機械に換喩されるのです。
自転車・自動車・船・飛行機という
トランスポーテーションマシンに必ず心惹かれます。
私は、その中の一つが機関車=鉄道にあるのではないだろうかと考えます。
しかも、鉄道には線路という道筋が決定されています。
移動することに規程があるというわけです。
社会的にはこの規程を管理し、あるいは自由に出来ること、
その換喩を実現できるモデルとして、
鉄道模型とジオラマがイメージに広がるのです。
私はこの野性的な遠くへ行きたい願望が
鉄道模型に集約していると自己判断しています。
素直に率直にあることを自認しながらも、
毎日どこかで押さえています。
だからこそ、より小さくて精密で精緻な鉄道模型が、
メルクリンのZゲージです。
6.5mm幅、220分の一、という縮約された世界こそ、
実際の鉄道がそれも歴史性をもって、
大きく、大きく象徴されていることを時折確かめることにしています。
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