kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘ブランディング’


『伝統とは「裏切り」であるから、産地は新たな技能開発』


   


     3月 24th, 2019  Posted 12:00 AM

世界的なショップでは、このようにして伝統が崩れていきます。
私は越前打刃物にはデザイナー人生の大半つき合ってきています。
ゆえに包丁のあり方には、産地の存続、
後継者の育成といった長い時間軸で製品、商品を見ています。
伝統工芸士という認定制度もあり、産地と職人を育成、
産業振興で次世代へと伝統をつなごうとしていますが、
本来の包丁と日常食の関連が希薄になってきました。
家庭の調理とその道具は、生活スタイルのバリエーションとともに
多様で多種に存在します。
私にとっての包丁=Kitchen Knifeはブランド「Takefu Knife Village」です。
刃と持ち手の柄を一体化しました。そしてその素材を開発し、
高品位ステンレス鋼で鋼をサンドイッチした構造により
日本刀=62に近いビッカーチ硬度=60を実現しています。
そしてブランディングに必要なロゴ、マーク、キャラクター、
テーマやコピーとできる全てを注ぎました。
そうすることで世界に発信することと産地と職人たちが
産地哲学あるいは理念を共有して続けていくこととなります。
あらためて産地ポリシーに添って、
私は、新たな包丁=ナイフの提案がすでに存在しています。
このキッチンナイフの新しい形態と実装の想像で、
伝統=「裏切り」を創ります。


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『C.I.もブランドも、その一般的知識が無い』


   


     3月 19th, 2019  Posted 12:00 AM

C.I.=コーポレート・アイデンティティと
Brand=ブランドについては、デザイン戦略の中で
商品から企業全体までの未来を描こうとしています。
ここしばらく行政ではブランドというキーワードがもてはやされ
デザインではなくて、
ブランドあるいはブランディングが一応に目立っています。
C.I.についての基礎知識がないばかりか、
同時にブランドも知識不足です。
はっきり言えば、企業存在は「どこの馬の骨か」、
「焼印」を由来とし、その成り立ちやテーマ、理念の社会的共有、
認知といった知識なのです。
C.I.でのE.H.エリクソンの8段階までのアイデンティティが不足しています。
企業生存率を考えたことがあるでしょうか。
私は、商品を手掛けるだけでなく、ベネフィットとプロフィットにおいて
商品ブランドはC.I.からをデザインします。
このところ、パソコンでは、カーニングどころか、
英文の曲線と直線までの知識不足がとても多いと感じています。
また起業した年月と、どこからスタートしたとかも、
表現されていませんから、その企業のC.I.とブランドの力が、
社会のなかで存在を発揮できていません。
美大の教育では、このレタリングは丸1年すべてがフリーハンドでした。
定規やカーブ定規も使わずに、手に覚えさせます。
「デザインストローク」で訓練して、
サンセリフ、セリフ、スクリプトは、得意分野に訓練で身につきました。
当然、今はコンピュータでの作業ですが、身についた感覚が
微妙なバランス力や視覚補正をして、
ぴったりくる美しいレタリングを実現できます。
結果、ワンヘヤーラインが描けるレタリング技能者が激減しています。

*デザインストローク


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『レタリングで基本ロゴタイプ・Kazuo Kawasaki® 』


   


     1月 20th, 2019  Posted 12:00 AM

「Kazuo Kawasaki」。
フリーになって、ともかくこれからが、デザイナーとして
「名前を出す」と言うことで作成したロゴタイプです。
天地60mmで、ある書体(不明)を参考にして、
ケント紙上(ホワイティングが可能)で作成をはじめました。
私の作品・企画書・計画書に記載されるこのロゴは、
全てのレタリングの調整を終えるまでに3ヶ月くらいかけて
当時、赤坂の事務所でつくっていたことを思い出します。
最もzの書体が気になり、そのうちの2ヶ月をzの書体を調整しました。
しかし、このロゴタイプは最初は企画書だけに使用していました。
ふるさとの福井に帰ってから、越前打刃物にデザインを導入し、
「タケフナイフビレッジ」のブランディングを手掛け、
デザイナーとしての自分の名前は、表に出さないと私は決めていました。
また話題になってからも、私の写真は掲載しないとも決めていました。
作品よりも、「身障者がやっている」というイメージが、
先行することを恐れてたからです。
まだまだ公然と偏見や差別がある時代でした。
これを出来る限り、作品から抹消したかったのです。
28歳で車イスになり、まもなく70歳です。
そろそろ、思い切ってこのレタリング=ロゴタイプで、
デザインを使用していいのかと思っています。
ちなみに、名前をブランドとして商標登録するには条件を
満たす必要がありますが、
「Kazuo Kawasaki」は商標登録されています。
最近では、企業の製品で自分を売り出すデザイナーが、
多いことこそ、「デザイン本来」を忘れています。


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01月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 30th, 2017  Posted 12:00 AM

01月30日 先負(丁巳)

ブランドデザインという
「街起こし」手法は
間違っている。
たとえ
ブランディングという行政には
「ゆるキャラ」のデザイン
いや、
デコレーション人形化しか
無いのだ。

川崎和男の発想表現手法


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『日本の経済界には「伯楽」がいなくなった』


   


     1月 30th, 2017  Posted 12:00 AM

本来ならケータイは日本の産業の核心であったはずです。
もはや公に出来る始末になってしまいましたから、
私の体験を伝えておきたいと思います。
ある企業でコンサルタントとして、製品分類をしました。
この一群は「商品化OK」です。しかしこれらは全て駄目と伝えたら、
商品化OKは海外のみで、国内は電話業者のキャリア達条件が厳しく
このデザインですと回答を受けました。
このとき、ケータイの国内市場は滅亡し始めていました。
教え子も、修士卒業は全てケータイグループに配属。
彼らからすでに国内の閉鎖した市場ではケータイデザイン困難と聞きました。
私自身、大手電話企業とまず、操作基準をキャリア達に提案、
その後、丁度、FOMA開発でのエージェントインターフェイス提案を
その企業トップへのプレゼで、彼らに呆れかえってこの企業滅亡と、
プレゼを切り上げて日本は敗北すると言い放ちました。
その後、最後のプレゼはiPhone対抗をある企業に提案しましたが、
結局、メーカーは電話企業のキャリア達の条件に敗北しました。
それは明確に企業ブランドマークの改変とその停止とともに、
日本からのケータイはガラケーと呼ばれ、
スマホ仕様はApple追随になって負けました。
このケータイからスマホでの新たなデザイン提案が否定された時こそ、
典型的に日本の産業基盤を失ってきた代表例だと思います。
今年念頭に日本の経済界は企業合併を推奨したという報道を聞いたとき、
私は日本の基盤産業である、家電・情報・精密などのメーカー企業が
とうとう終焉し始めてきたと認識しなければならなくなりました。
経済界にリーダー=伯楽が全くいなくなったのです。
日本の企業名が、銀行はじめやたらメーカー名を長々とし始めたとき、
日本の基幹産業、その基盤は崩壊してしまったのです。
日本の企業ブランド、あるいはブランディングという言葉は残っても、
日本の「企業らしさ」は義と善と美に成立していたはずです。
とりわけ美はデザインそのものであったはずです。
そのデザイン評価に「かわいい商品」というモノづくり姿勢こそ、
日本の産業基盤から義を売り渡し善という企業倫理も失ってしまったのです。
「かわいいデザイン」などあるわけが無いのです。
義も善も「きれい」である形容動詞の世界観が基本です。
義も善も失った美=デザインを取り戻さなければなりません。
私自身のデザインには「かわいさ」など求めるつもりは全くありません。

* 『藝と醫を略字化したことは本質を見間違える!』
* 「 何がMedia Integrationとなるのか・2」
* 『柳宗理作品の軽薄で見識不足な批評は叱られる!』
* 「独裁されてきたケータイからの解放」
* 『スマホのアイコンはインフラ的な高品位性が不可欠である』


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staffblog 8月1日


   


     8月 1st, 2016  Posted 11:55 PM

8月1日

本日は未来塾を行いました。
福井県織物工業組合青年部の
皆さんとのプロジェクトです。

商品化実現のために、
実際に「モノ」に触れる時間が増加。

厳しい目で見つつ、新しい発見に心が躍ります。

それぞれの専門領域からの意見を交換。

川崎からの問いかけに考えが飛び交います。

ブランディングを支える商品展開、
その実現に突き進みます。


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「地方都市の産業活性化策定は金太郎飴」


   


     11月 27th, 2011  Posted 12:00 AM

かつて名古屋市立大学時代には、
名古屋市の教職員だったので、
「名古屋市2010年計画」の策定に加わっていました。
当時は、「企画」なのか「計画」なのかから、
詰め寄って議論をしたことがあります。
福井時代にも、そして、御用学者的にも国の政策策定、
こうしたことに関わってきましたが、
私の極めて正確無比な言動ゆえに、今ではすっかり、
そうした政策策定には関与していません。
ただし、企業の戦略策定はプロとして関わっています。
理由は簡単です。
地方行政や国家行政はいい加減なことがあまりに多い、
これが私の結論です。
しかし、企業ではそうはいきません。
最も、企業コンプライアンスをいい加減にしている、
そんな企業も最近は見受けられるようなりました。
でも、私にはこのような企業は「やっぱり」なんです。
ところで、「名古屋市2010年策定」は今もその展開、
進行結果の報告がありますから、評価しています。
ところが最近、幾つかの地方都市の2020年から2050年など、
そうした「地方行政政策策定書」、
特に「産業活性化」をいくつか読む機会がありました。
どこでも、項目がすべて同じ=金太郎飴であり、
「企画」なのか「計画」なのかも定かではないのです。
ひょっとして大手広告代理店、銀行系のシンクタンク、
そして大学教授という学識人の委員会だと、
「このようないい加減な策定案」が最もらしく文案に
なってしまうのでしょう。
特に、3.11以前の策定案ならば、もう即刻に書き直すべきです。
「スマートグリッド」・「クリーンプラン」・「再生エネルギー」など、
幾つかの術語がコンセプトになっていて、
その定義が脚注に書き込まれています。
プロとしての判断では、この定義は間違いだらけです。
TVのコメンテーター=評論家といわれる人たちの言説も、
間違いだらけが特に最近は目立っています。
「だから、わが国はシステムが壊れてしまった」。
私は相当に怒らざるをえません。
私は少なからず「商品」という具体物で勝負してきました。
さらに、「地方行政」には、自分たちのふるさと再生、
地方産業の活性化政策で、ブランディングとかマーケッティングとか
グローバリゼーションというキーワードがとても氾濫しています。
ところが、
「デザイン」という言葉が全く無い政策案もあって驚愕です。
それは、地方行政ではいまだに「デザイン」に信頼が無いのか、
あるいは「デザイン」を付加価値程度にしか認識が無いのでしょう。
とても「いい加減な言説」には、徹底的にプロとして言説で抵抗します。


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