kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘スポーツ’


『チームより「一人っ子」気質がとっても大事』


   


     11月 18th, 2019  Posted 12:00 AM

球技を観るのは大好きです。
が、球技は大抵、スポーツの中では「チームで戦う」のです。
最も、最近はラグビーがブームになりました。
もちろん私もにわかブームに乗りました、
「ワンチーム」も心に響きました。
でもチーム球技のスポーツは、私には、絶対に向きません。
私は勝負事だったら、
自分の能力での勝ち負け以外好きにはなれないのです。
どうでもいいのですが、例えば、「汗が混じり合う」こと、
さらには「赤提灯で一杯」とかも、苦手です。
求められる協調性や、
コミュニケーションが一人っ子気質の私には欠落しているのでしょう。
よく、デザインも「チームでやる」とか言うチームワーク志向も、
私にとっては「自分の能力であり、強いリーダーシップ、リーダー志向」なのです。
それ故、戦術も戦略も私次第です。
ともかく、自分の力ならば、負けてもOK、納得なのです。
チームなりの良さも感じられるのですが、
私は、美大では空手部でしたが、
みんなの胴衣洗濯といった下働きはしましたが、
自分はあくまでも
「一人っきり」のスポーツ大好きだと認識しました。


目次を見る

『武器も兵器も、戦争ではなくて「スポーツ」である』


   


     8月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

戦争という言葉だけで、特に日本人は大嫌いです。
様々な技術開発が戦争の武器や兵器となることは当然危惧しています。
同時に、デザイナーとして武器や兵器には
造形と技術の知識に、ダ・ヴインチの如く関心を持って見ています。
知識と発想がなければ開発することも、正しく有効利用することも、
問題解決することも、平和的利用にもつなげられません。
「戦い」はそれこそ戦争ではない勝敗で、
新しいスポーツ化されないものかと考えています。
サッカーの起源が、戦争で勝った敵国の将軍の首を蹴って
祝ったことからとされていますが、
今はその競技には行き過ぎた行動を伴うほどに
血が騒ぎ熱狂を持って楽しむスポーツです。
そしてスポーツ選手は、英雄になり多くの人達に、
感動や勇気を与えています。武術や武道も戦闘法から、
その型の美しさや技の強さを競う勝敗をつける戦いとなり
身体と精神とも自分との闘いにより磨かれ、
その道を学び、極めていきます。
空手などの美しい動きの型はロボットの動きにも転用されています。
例えば、伝統工芸としての打刃物、刀剣も、
武器から神格化までその時代で役割や技術その継承が重ねられています。
日常の道具としての刃物も武器になる、人を傷つける可能性をもつ以上、
それを産み出すモノづくりには、
「生」をかけて、取り組まなければなりません。
結構な刃渡りの刃物をどこにでも持ち運んで使いましょうという
軽快なコンセプトでスタイリッシュなデザインされた刃物ケースは、
素材も相応しくなかったけれど、県か市のデザイン賞が与えられており、
銃刀法も知らずに「馬鹿が選んでいる」と想像がつきました。
話は展開してしまいましたが、
さて、コレはまた進化している「ズムウォルト級ミサイル駆逐艦」です。
「そして私は、戦争ではないスポーツとして、
その駆逐艦を考えていた男がいた」と言われたいです。

*駆逐艦


目次を見る

『車イスだったから、出来ないから、知っていること』


   


     3月 10th, 2019  Posted 12:00 AM

車イスになって、出来なくなったスポーツは、
まずは、スキー、高跳びから遠泳、
ロッククライミングそして少林寺拳法と空手。
スキーの腕前は越前市の市民スキー大会で小学6生から中学2生まで優勝。
遠泳は父から鍛えられ東尋坊から雄島までどれだけ必死に泳いだことか。
雄島が心霊スポットなんて騒がれていますが大嘘です。
高校時代は山岳部に所属し、福井県の山岳と白山ばかり。
美大時代は、最初入部した、空手部の退部試合で殴られ、
正々堂々と辞めた後に、山岳部の創立。だから今も先輩と連絡。
ロッククライミングに、大学時代の休みはすべて山に打ち込み、
2度死にかかりました。その時には車イスにならなかったのです。
ほとんど剣岳で練習と、終わると、後立山縦走ばかりでした。
武道を身につけるべく、最初は中学生時代の少林寺拳法でした。
少林寺拳法は、空手のような競技ではなく、
また精神的鍛錬に重きをおく点で、優れていると感じていました。
父の教育方針と、山が私の虚弱だった心身を強くしてくれました。
驚いたのは、デザイナーになって、知られてから、
少林寺拳法誌から取材依頼を受けました。
その時すでに車イスだったので、「もっと早く取材してほしかった」、
「なぜ取材を?」と聞いたら、
私が正拳士だったと聞いての取材だったのです。
その時も、五花拳の美しさを話しました。
こうしたスポーツとのかかわりで、
車イスながら、身体障害と心臓障害を負いながらも生きています。
父から命ぜられたお陰でした。
そして、車イスになって、
どれだけスポーツが精神を鍛えられるかを知ったのです。


目次を見る

08月12日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 12th, 2018  Posted 12:00 AM

08月12日 友引(丙子)

登山用品は進化している。
というよりも、
スポーツ、
全ての用品は進化している。

 


目次を見る

「富山県工業系高校先生方への講演」


   


     12月 8th, 2017  Posted 12:00 AM

高校生や校長会で講演をする意義は大きいと考えています。
今回は富山県高等学校工業科主任研究協議会にて講演をしました。
呼んでいただく高校はそれなりにいわゆる偏差値も平均的、
大学進学が OKなのですが、65は越えていただきたいと思っています。
なぜなら、高校教育では偏差値60以下は大学進学はすべきでないと、
私は思っています。
無論、偏差値そのものが高校生の能力だとは考えていません。
所詮、課題に回答、その丸暗記の訓練に過ぎないからです。
私は高校生として問題意識をそろそろ持つべきと考えています。
現に、主要5科目よりも問題意識とその解答は、
美術・音楽・スポーツが本当は主要科目だと確信しています。
したがって、工業系高校は本当に理科系でしょうか?
それは理科系へ偏向しているだけだと思うのです。
工芸科、電気科、情報科、建築科などの理科系要素は専門的に高校生、
彼らの能力に匹敵しているのだろうかということです。
それこそ最近の生徒(小学生や中学生)書き文字がとても下手くそです。
さらに、読書不足は甚だしくて、
「本を読むと頭が痛くなる」という学生を
教諭である先生方は、その治療義務を見逃しているのです。
本を読んで頭が痛くなる時点で脳障害があること、生理的な大問題に
全く先生方が無関心過ぎるのです。
これは日教組なる組織が生徒や学生ファーストよりも自分ファーストで
待遇という権利しか主張してこなかった歴史にうずもれたのです。
実例を言えば、
「絵が下手だね?」ってこの言葉で
生徒・学生は傷つき絵が苦手になるのです。
文字と絵の関係は頭脳開発ではとても大きな問題です。
こうしたことから、高校生になってしかも理科系はとても偏った、
それが教育、課題:回答と暗記だけで偏差値を決めていることです。
最近の一芸に秀でているとか、
AO入試などは最低の能力検定だと主張します。
私はこの講演を「学術と芸術、文科系と理科系の融合概念」と題しました。
それは「コンシリエンス」という言葉=概念を知らせたかったからです。
私は高校での工業系、商業系、あるいは農林や水産という専門性は、
高校教育には今後は絶対に不必要だと考えています。
それならむしろ高等工業専門学校で
5年生の高等教育制度が必要だと思っています。

* 『サイエンスの限界にある美学性をさらに造語化』
* 『コンシリエンスとレジリエンス』
* 『書いて覚える=コンシリエンスデザインを語るために』
* 『主要3科目こそ受験勉強=回答訓練でしかない受験勉強』
* 『デザインは解である』


目次を見る

07月22日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 22nd, 2017  Posted 12:00 AM

07月22日 先負(庚戌)

美術、音楽、体育、
体育?、いやスポーツ
これが一番、デザインに
向かっている。
取り囲んでいる。
私には
中心、中核に歴然とある。

川崎和男の発想表現手法


目次を見る

『機械式腕時計とスマートウォッチの出現から』


   


     7月 15th, 2017  Posted 12:00 AM

時計の歴史はまずスイスでのトゥールビヨンやムーンフェイズ、
ミニッツリピーターなどこうした発明から機械式が発展しました。
そこに日本からクォーツ(水晶発振子)が特許無しオープンで、
一時期はスポーツ関連では必ず日本の時計が制覇していたのです。
スイスはこのことで改めて国立の時計士学校を充実して、
ほぼ10年で、今や高級時計機械式を復活したのです。
歴史的には、発明の数々、クォーツ式、そして高級機械式が特に、
男性ファッション雑誌では主流でした。
ところが最近、Apple Watchなどスマートウォッチの登場で、
腕時計の歴史は一変したと思います。
私自身腕時計は絶対に50万以上は持たないと言って実行していましたが、
一度、盗難に合い、いわゆるブランドモノが数点一挙に盗まれました。
これはかなり悔しくて、それなら余裕があればとそれなりの時計もあります。
時計は、人類が決めたいわゆる測定機でありましたが、
スマートウォッチになってからは、腕時計の機能が格段に増えました。
支払いからバイタルデータ、睡眠管理までがそれこそ毎月進化しています。
私デザインもクォーツ式は何点かあります。
そして最近ではほとんどApple Watchばかり使っています。
それこそ、私自身ブレスレットも大好きですから、
腕時計とブレスレット、これはとても重要だと考えます。
ブレスレットが好きな理由は、美大入学時に母が指輪とブレスレットを購入。
父から叱られると思っていましたが、
案の上、「男が何だ、その指輪と腕輪をして」でした。
母が美大に入ったんだから思い切り良く言われている「気障」にしなさい、
この言葉を今も守っています。
時計は今ではスマホでも確認ができますが、腕での様々なデータ管理や、
それでの行動管理が出来る時代になったことです。
結局、機械式でしかも高級さというのが、「情報化」でスイス製機械式では
もはや市場性が終わるのでしょう。
しかし、私も生年1949年機械式を大事にすることはあるでしょう。

* 『物欲によるモノの美と美あるコトへの自分』
* 『腕時計には本来、機能性の無いモノだった』
* 「私の必須道具だから・iPhoneアプリにしてみた」
* 「日本のモノづくりが構築すべきこと」
* 『腕時計というモノの機能性、その反射・代謝・照射ゆえ』


目次を見る

『青春時代の「熊の岩」、もう一度行きたい』


   


     6月 18th, 2017  Posted 11:50 PM

車椅子生活も40年になります。
最近は、山岳系や登山系の雑誌・マガジンをかなり詳細に覧て読みます。
それこそ車椅子生活になって以来は、
絶対に覧ないことにしてきたのですが、
やはり青春時代に最も熱中していた登山・スキー・ロッククライミングは、
本当に驚いてアルピニズムを読んでいると言って良いでしょう。
ともかくこうしたスポーツの用具が全く変わってきました。
ザイル、リュック、ピッケル、登山靴などは、
(そうだよ、これが正しいはずであり、なぜ、あの頃は・・・)という、
この思いがとても強くなってきています。
キスリング=横幅があり、両サイドには400ccの水とガソリン。
これはどう考えても危険極まり無かったと思います。
不帰の岳などは今ではチェーンが急斜面に取り付けられていますが、
私の頃は、ザックの片面が岩肌にひっかかり落下する寸前もありました。
登山靴も現代のは軽量で柔らかく、ピッケルなどはとても短くて、
あれなら確実に雪面でも停止が出来るはず。
私にとっては長治郎雪渓にある熊の岩です。
おそらく今はあの場所や、剣岳真下の剣コルなどではテントなどの設営は
絶対に出来ないことでしょう。
長治郎雪渓のもう少しで剣岳には、テントを張っていて、
源治郎尾根と八峰尾根のクレオパトラノーズなどでは、
源治郎尾根に登ってアップザイレンや、その尾根からのピッケル操作訓練、
八峰尾根ではロッククライミングで6級の岩面で恐怖だらけだったことは、
熊の岩があればこそできたことです。
長治郎雪渓は剣連峰でも最も大きな雪渓ゆえに、
夏スキーも朝方にはミラーフェイスと言われるほどの氷面を滑走できました。
どうして当時は、早月尾根を3泊四日も宇奈月から登山列車、
そして徒歩で何度か嘔吐するほどのリュック7〜8Kg リュク、
そしてメタルスキーを背負い剣岳連峰に入っていたのだろうと思います。
この嘔吐しながら徒歩登山の度に、もう登山は絶対に辞めようと思いつつ、
熊の岩でのテント設営が楽しくて、食料が無くなると、
立山から剣岳の入り口で観光登山客が残していく食料を
金沢美大・東京藝大・京都市芸大で当番で恵んでもらいに行きました。
熊の岩で母の夢を見て、翌日のトレーニングは体調も悪く参加不可能でした。
そうしたら八峰尾根では大落石事故があり、私が参加していれば、
確実に私が遭難だったと言われました。
熊の岩にヘリコプターで行きたいのです。

* 『歩けた頃=スキーに夢中だった時の写真が届いた』
* 『「岳人」が教科書だった時代を思い出す』
* 「トランスジャパンアルプスレース・過酷さの美学」
* 「やっぱり、なぜこれほど落ち着くのだろう」
* 「冒険、してはいけないことになるかも」


目次を見る

9月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     9月 2nd, 2016  Posted 12:00 AM

9月2日 先負(丁亥)

「手」は運動神経で動く。
したがって、たとえば
どのようなスポーツでも
身体をそれぞれの動きを
訓練します。

この「手」の訓練こそ
発想力を創る。
「創育」です。

川崎和男の発想表現手法


目次を見る

7月9日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 9th, 2016  Posted 12:00 AM

7月9日 大安(壬辰)

体育よりスポーツ、
この発想は間違っていた。
「想育=想像力の育成と
「創育」=創造力の育英がある。

川崎和男の発想表現手法


目次を見る