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「富山県工業系高校先生方への講演」


   


     12月 8th, 2017  Posted 12:00 AM

高校生や校長会で講演をする意義は大きいと考えています。
今回は富山県高等学校工業科主任研究協議会にて講演をしました。
呼んでいただく高校はそれなりにいわゆる偏差値も平均的、
大学進学が OKなのですが、65は越えていただきたいと思っています。
なぜなら、高校教育では偏差値60以下は大学進学はすべきでないと、
私は思っています。
無論、偏差値そのものが高校生の能力だとは考えていません。
所詮、課題に回答、その丸暗記の訓練に過ぎないからです。
私は高校生として問題意識をそろそろ持つべきと考えています。
現に、主要5科目よりも問題意識とその解答は、
美術・音楽・スポーツが本当は主要科目だと確信しています。
したがって、工業系高校は本当に理科系でしょうか?
それは理科系へ偏向しているだけだと思うのです。
工芸科、電気科、情報科、建築科などの理科系要素は専門的に高校生、
彼らの能力に匹敵しているのだろうかということです。
それこそ最近の生徒(小学生や中学生)書き文字がとても下手くそです。
さらに、読書不足は甚だしくて、
「本を読むと頭が痛くなる」という学生を
教諭である先生方は、その治療義務を見逃しているのです。
本を読んで頭が痛くなる時点で脳障害があること、生理的な大問題に
全く先生方が無関心過ぎるのです。
これは日教組なる組織が生徒や学生ファーストよりも自分ファーストで
待遇という権利しか主張してこなかった歴史にうずもれたのです。
実例を言えば、
「絵が下手だね?」ってこの言葉で
生徒・学生は傷つき絵が苦手になるのです。
文字と絵の関係は頭脳開発ではとても大きな問題です。
こうしたことから、高校生になってしかも理科系はとても偏った、
それが教育、課題:回答と暗記だけで偏差値を決めていることです。
最近の一芸に秀でているとか、
AO入試などは最低の能力検定だと主張します。
私はこの講演を「学術と芸術、文科系と理科系の融合概念」と題しました。
それは「コンシリエンス」という言葉=概念を知らせたかったからです。
私は高校での工業系、商業系、あるいは農林や水産という専門性は、
高校教育には今後は絶対に不必要だと考えています。
それならむしろ高等工業専門学校で
5年生の高等教育制度が必要だと思っています。

* 『サイエンスの限界にある美学性をさらに造語化』
* 『コンシリエンスとレジリエンス』
* 『書いて覚える=コンシリエンスデザインを語るために』
* 『主要3科目こそ受験勉強=回答訓練でしかない受験勉強』
* 『デザインは解である』


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『親方二人目の褒章受勲・タケフナイフビレッジ』


   


     5月 2nd, 2016  Posted 12:00 AM

東京から福井に帰ったときに、東京には在るが福井には無いものだらけだ、
どうして生きて行こうと思っていましたが、逆発想をしました。
福井にあって東京には無いもの。
それが越前市(旧武生市)の伝統工芸の打刃物であり、
あることで若手の刃物工業研究会との出会いがありました。
3ヶ月黙っている彼らに自分は難し言葉使いをやめて福井弁で話ました。
新素材開発でメーカー交渉を産地の代表として徹底的行いました。
国内外で展覧会をやり「タケフナイフビレッジ」を絶対に実現約束。
行政の力を借りずに「借金をして取り組んでもらう」ということ、
そのデザイン戦略をともかく盲信してもらうことでした。
ステンレスで鋼をサンドイッチにした高品位ステンレス鋼で
「ハマグリ刃:蛤のように断面で見ると中央が膨らんでいる刃」を
火づくり鍛造してもらいました。
世界で初めてすべて金属製ゆえの一体の刃物ゆえに、
熱湯で一変に大腸菌が防菌可能な一体金属の刃物を開発しました。
徹底的に図面に精確な研磨によりビッカー値硬度も60~62を実現。
その製品開発の中でも、高品位ステンレス鋼をグリップ部分に、
私の造形言語である「ウェーブレット(さざ波のよう波型)」を実現。
それを成しえてくれた今では親方・第一世代の加茂勝康氏が
瑞宝単光章を受勲できました。
昨年は安立勝重氏が受勲しました。
加茂氏はスキー、安立氏は登山家、それぞれの世界でも重鎮です。
第一世代では癌に冒されても「技を伝えて」と半ば命令していた浅井氏は、
工房でもう限界と言って2週間寝込んで逝ってしまった仲間です。
今、第一世代9名、第二世代20名を率いていますが、
新メンバー・新デザイナーを私は選別して、
「ナイフスクール」を本格的に開校します。
二人目の受勲お祝いの会は、さらに盛大に全員で祝いたいと思っています。

*11月5日Staff Blog
*『刃物の地肌、その偽物氾濫が流行している』
*『 ひとりの親方が逝った・・・ 』
*『タケフナイフビレッジ、恩人を見送った。』
*「鎌倉時代名刀と江戸時代名刀を語り合う」


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『羊年・あけましておめでとうございます』


   


     1月 1st, 2015  Posted 12:00 AM

 

2015年になりました。
「光陰矢のごとし」ということが
論理的に実感できたのは、
60歳になったとき、
一年の速度は60分の一に過ぎていく
この論理はとてもわかりやすく感じました。
だから2015年は、
私が 66歳になりますから、
66分の一というスピードで
この一年を過ごしていくことになるのでしょう。
だから66倍の仕事をしなければなりません。
66倍、真摯に真剣に懸命で賢明にと思っています。
しかも「羊年」です。
「美」という漢字の基本を私は美大で
西洋美術史の大家である故・柳宗玄先生から
教わり、正直未だに「太った羊」のイメージとは
一致していませんが、柳宗玄先生は柳宗理先生と兄弟でした。
これは幸運な話だったのだと今は振り返ることができます。
すでに大阪大学は退官しましたが本年も残って、
「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」、
実際、旧帝大では皆無であった
「学際化」でデザインの新領域にて
危機管理学ではとても不可能なことを
危機解決学構築のデザイン実務でやり切る覚悟です。
■
このブログは毎夜書き続けることに精進と修練をします。
くれぐれもよろしくご支援ください。


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『この男に惹かれる・舞踊と舞踏がテーマになってきた』


   


     2月 2nd, 2014  Posted 12:00 AM

かつて土方巽の存在を美術手帳やいわゆる前衛アートで知り、
暗黒舞踏を教育TVで見て、現代舞踏も芸術かと驚愕しました。
ところが米国のクランブルック美術大学院で講義のときに、
そこには「パフォーマンス」が重大主要科目でした。
舞踊家は故・西川千麗女史と「十牛図」を一晩語り、
その後対談講演を京都で行い、突然、彼女の逝去を知りました。
私のロボットは「ロボットデザイン基礎学」をいくつかの大学、
その基本シラバスを恩師が主要大学に分配してもらいました。
私のロボットは「舞」と「踊」があります。
だからこれからさらに舞踏と舞踊を追いかけなければなりません。
かつて、Apple本社で提案したキーボードは「プリエ方式」にて、
この時はバレー演者の足の動きを取り入れました。
盟友・松岡正剛は時に私に不可欠な人間関係を与えてくれます。
今般、彼の誕生日に私は田中泯と石原淋氏を知りました。
まだ存分に話をしたことがありませんが、久々の「男」でした。
彼から、彼(一人の農民ですと私に言いました)から、
彼の育てた「フクヒカリ」のお酒が届きました。
「御日待家(おひまちや)吟醸生酒」です。
私は60から大好きだった酒を飲むようになっています。
ちびちびと、石原淋氏からワイフのごとく注意を受け、
そして、松岡正剛との対談本を読み嫉妬しました。
彼の随筆「僕はずっと裸だった」を読んでいます。
一番読みたかったのは土方巽と警察官の息子だったことです。
両方ともすこぶる納得でした。
特に土方巽を知らない世代は、「本当にかわいそう」ですね。
警察官の息子としては私も本来は見てはいけない死体写真、
彼も見ていたらしいのです。私は彼より見ているでしょう。
海外の殺人写真集もありました。
暴力での死体・銃殺の死体・絞め殺された死体などです。
検死から帰ってきてからの父は元来は無口なのに、
その殺され方の推察を交えて聞かされました。
彼には、今夜手紙を書くつもりです。
田中泯の舞踏アンドロイド創りをロボット学者に伝えました。

関連過去ブログ記事
『人生70暴走古来稀・松岡正剛氏』
『男に嫉妬あり、田中泯と松岡正剛の間に割り込む』


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