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Posts Tagged ‘確認’


『車検がビデオで届くと、なぜ、まだこんな状態か』


   


     12月 5th, 2018  Posted 12:00 AM

車検のビデオが届きました。
現状の愛車の状態と検対象箇所が映像で確認できます。
これが届けられると、美大時代の塗装等の実習の思い出が
見事に重なってきて、もっとこの部分知りたい、
なぜこの箇所を確認しないとかが気になりはじめ、
フィルター取り替え、消耗部品の買い換え時期とか、
仕様のやり直しとついつい追加指示をしてしまうのです。
正直、私の愛車、おそらく「人生で最後の車」でしょうが、
デザイナーとしては、
「もういい加減、車体のデザインは変えよ」という願いはあります。
愛車と、デザイナーとして理想の車とは、
まだというかいつまでも乖離しています。
デザイナーゆえに理想を追い求め続けるのでしょう。
なぜ、いつまで経っても、ソファの如くとか、
カーボンファイバーゆえにエコロジーは全く無理だとか、
もうすでに車のデザインが限界に来ているということです。
私は、これまで国産車は一回も乗ってきませんでした。
アメ車の「モンザ」から始まり、枚挙に暇なく・・
何しろ私の移動手段は限られてますのでイタリアやドイツ車、
そして映画に憧れ、最後は007のアストンマーティンにしました。
しかし、デザイナーとしては、この実装では駄目だと思っています。
また私仕様の運転補助装置の改造は、制度からやり直しが必要です。
大学人になって、カーデザイナーを育てて来ました。
カーデザイナーとして2?3年はそれぞれ、
海外研修機関の機会を得て活躍しています。
私はおそらく最高の車を乗ってきました。
これはとても幸福なことでした。
私の人生では残念ですが、ヘリコプター、ビジネスジェットは
とても手が届かなかったし、
最も欲しいと思ってた戦闘機は手に入らなかったのです。


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01月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 30th, 2018  Posted 12:00 AM

01月30日 先勝(壬戌)

「音」を聴く。
「音」には、音響と音楽。
私は音響出身ゆえ、
音響で音楽性を確認する
そんな癖がある。

川崎和男の発想表現手法


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01月05日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     1月 5th, 2018  Posted 12:00 AM

01月05日 大安(丁酉)

収集という行為は、
何をまだ所有していないかを
自己確認することに
等しい。

『デザインは言語道断』得手


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『「白」には詳細な白があってそれでも全てが美しい』


   


     11月 21st, 2017  Posted 12:00 AM

このブログ画面は一応「白」です。
が、「白」とは言えないかもしれません。
このところ「白」に拘っています。
写真ならばホワイトバランスが崩れると、とんでもなく写真カラーは変化。
今は、織物「羽二重」の繊維、繭から絹織物の白がやや光沢があって、
とても美しく、さらに「羽二重」での商品化において、
福井県勝山市の羽二重産地には、繭から生まれた石鹸「絹石鹸」、
それは絹織物の羽二重でとても泡立ちそのものと絹織物が最高です。
もう一つ、自分デザインでは、工業的な「白」では、
ペリカンの万年筆で、いわゆるこの企業の代表商品に、
「白」のスーベレンが出てきたことです。
「白」への拘りは、透明水彩では決して「白色彩」は使わないという、
そんな原則がありました。
その原則の下に、色彩論の実習では最初はポスターカラー演習でも、
ペリカンの白と、ターレンスの白は比べました。
この白に関しては、金属でのホーロー仕上げ、
ペイントでは白はかなり難しいと思っています。
したがって、車の色においても、白かもしくはメタル銀しか、
私は選んできませんでした。
羽二重織物の白とペリカン万年筆の白を比べて見ています。
デザイナーは色を満遍なく公平に見詰めていますが、
私にとって、「白」と「黒」はいつでも万年筆で見比べていますが、
最近は繭からの絹織物、さらには、繭から生まれた石鹸の泡、その「白」、
いづれも美しい「白」を確認しています。

* 『インク、インク瓶を初めて整理しました』
* 『イコン=アイコンが明解なモンブランとペリカン』
* 『商品価値のための特徴と特長のイコン=アイコン』
* 『布、なぜシルクロード、シルクボイスだったのか』
* 「芸術という技法が引用したことから」


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11月13日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     11月 13th, 2017  Posted 12:00 AM

11月13日 先負(甲辰)

「造形言語」は主観的な
造形意図で表現するが、
「形態言語」は客観的に
造形内容が確認される。
主観性と客観性は
意図と内容で分別される。

川崎和男の発想表現手法


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08月07日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 7th, 2017  Posted 12:00 AM

08月07日 先負(丙寅)

「見識」は、
知識と経験で学んで
「識る」こと。
「認識」は、
識っていることを
「確認」すること。

川崎和男の発想表現手法


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『応量器のモノからコトへがデザインの完成形』


   


     3月 1st, 2017  Posted 12:00 AM

五つの器が重ねられた食器を「応量器」と言います。
が、これを実際に使ったことが無ければ不明なことが多いようです。
応量器を考え出したこのデザインは、生きることと悟るためのこと、
こうしたことを食事の作法にしてきた曹洞宗のいわゆるコトのデザイン。
正直なところ、応量器の周辺が何であったのかとかは忘却されています。
例えば盤・盆・膳とのつながりや、箸・匙・刷の存在というモノのデザイン、
このモノのデザインによって食事の作法は最も優れたコトのデザインです。
?漆仕上げの応量器は、普段の食器であり朱色は儀式用と言われています。
コトのデザインとして重大なことは、
食事をなぜするのかとか、食べることすべての御礼があるということです。
・食事が賄われるまでのすべてへの感謝があり、
・この食を出来るだけの自分であるかという反省、
・正しい生き方をしているかという自分への問いかけ、
・食することは良薬であり、身体の健康を保つことの確認、
・だからこそ、この食によって、自分の生き方を成し遂げること、
この五つのコトがモノのデザインになっていることです。
道元が「典座(てんぞ)教訓」を残していかれたこのモノとコトこそ、
私はモノとコトのデザイン、その完成形だと考えています。
しかし今や漆芸の産地においてもこのことはすっかり忘れられています。
ただ、中学と高校時代に永平寺の第一道場で、
この応量器で食事をしていた私には、二つの思い出が残っています。
まず、お粥はとてもおいしかったのですが、漬け物は苦手でした。
そして、とても毎日が空腹だったことです。
そして食事後にこれを洗うのですがそれは使い古された日本手ぬぐいであり、
この手ぬぐいだけで、顔も洗いしかも板張りのトイレ掃除もしたことでした。
そして、確かに応量器を見本とした漆仕上げ?、いやウレタン塗装の食器が、
選別されたデザイン商品コーナーにあると、
私はこのデザインには、デザイナーの知見不足ととても強い怒りを覚えます。

* 「1980年代のデザインと伝統工芸産地の活動」
* 「モノづくり・コトづくり=デザインの源流でもう一度メモ」
*  「水に支えられている命・杓底一残水汲流千億人」
* 『「●●とは何か?」、質問形式とその答えは能無しである』
* 「現代的アートが象徴していることは企業革新テーマ」


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『「手・掌を清潔に」するモノとコトのデザイン実務』


   


     7月 15th, 2016  Posted 12:00 AM

「手あるいは掌」をきれいにすること。
手を洗うことは外出したら必ず、これは感染症を防止する日常的な常識です。
ここ数年で、病院はもちろんのこと公の場所や店舗などでも手の消毒剤を
どこでも目にすることができます。
しかし、病院ですら、これを常に使っているのは、
医療従事者、医師や看護師さんは当然ですが、来院者が使っている、
その現場は、自分は常に意識して見てきましたが、ゼロです。
企業の入り口にも必ず設置されていますが、これを使用している人を
全くみたことがありません。
理由は、面倒なこともありますが、何と言っても「手が濡れる」という
この印象が強いからかも知れません。
自分自身は、こうした手の消毒剤を全て使ってきましたが、
高級な消毒剤は、直ぐに乾燥してしまいますが、これではまた、
手を洗うコトと手を消毒するという日常性には大きな隔たりがあります。
自分にとっては、やはり、自動的に手をかざせば、消毒剤が掌に乗り、
それでも水でしっかりと洗い流すことが「手洗い」になります。
わが研究室は「コンシリエンスデザイン看医工学寄附講座」であり、
基本は「完全無菌と抗体保健」をデザイン対象にしています。
無菌に拘れば、身体は弱体化するというこの矛盾への難問解決が、
コンシリエンスデザイン・レジリエンスデザインを実務化する目標と目的です。
したがって、この「手洗い」の革新をこの3年狙って、
「全く新しい日常的な手・掌の清潔」を目指してきました。
この実装は7月28日に正式に記者発表をすることになりました。
これまでも多少、このブログで紹介してきた「動物実験」でのエビデンス、
これは医療関係での学術的な証左事実の確認です。
そしてこれを学術論文として発表をデザイナー自身がやります。
このデザイン実務は明白な「ビジネスデザインモデル」になるでしょう。
そして、こうしたことに次世代デザイナーが向かってほしいと願っています。

*『看医工学へのレジリエンスからコンシリエンスデザイン』
*『デザインはすでにここまでが必然となっている』
*『「パラシリエンスデザイン」でのプライミング効果予測』
*『IoMeTのためのMedical LogとConnect nome』
*『コンシリエンスデザイン看医工学の危機解決対象・MERS』


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『HUSATとしての「シーティングエンジニアリング」』


   


     7月 4th, 2016  Posted 12:00 AM

車イス生活を余儀なくされて来年は40年になります。
本当に正直よく生きながらえているものです。
すでに私の体型は変形が来ていて、
しかも今ではすっかり電動車イスを使用していますが、
自分にはとても幸運なことがあります。
美大時代同級生に、「シーティングエンジニアリング」を
打ち立ててきた親友がいるのです。
以前から、「体の変形を指摘して、俺が直す」と言ってくれていました。
彼はすでに身障者向けの様々な開発をしてきた日本ではトップクラスです。
彼を阪大の自分の研究室の特別研究員になってもらっています。
おそらくわが国では最初に
「身障者向けの家具から用品の開発」をしてきた男です。
彼に計測とシートの作成を頼みました。そして使い心地を確認して、
再度、また体型の変形を矯正する
「シーティングエンジニアリング」を適用してもらっています。
「シーティングエンジニアリング」はこれまでの人間工学を進化させている
新しいデザイン医工学のHUSATになろうとしています。
おそらくHUSATを知る工業デザイナーは
まだほとんど国内にはいないでしょう。
HUSAT=Human Sciences and Advanced Technologyです。
今、彼:光野有次と自分が組めば、最も強力で新たなHUSATとして
車イスは勿論、椅子そのものの設計を革新することができるでしょう。
何と言っても、自分が使用者のモデルになれること、
彼も自分も美大では徹底的に
モノづくりのトレーニングを体で覚えてきたこと。
ユニバーサルデザインは、自分が米国から持ち込んできましたが、
最早その時代は終焉していて、人間工学も不可能なことを
HUSATとしての「シーティングエンジニアリング」を
「コンシリエンスデザイン看医工学」に配置したいと考えています。

*『「座る」・人間工学からシーティングエンジニアリング』
*『車いすのレジリエンスとノルアドレナリン』
*『少数派のためのデザインから・再度、再検証』
*『公・自・単・情・安・省・空を暗記せよ』
*『インクルーシブデザインとは「人称デザイン」である』


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『伝統工芸産地を補助金漬けから開放し法律の改正が必要』


   


     6月 20th, 2016  Posted 12:00 AM

30代になって自分はふるさと福井に戻り、福井県下の伝統工芸に、
インダストリアルデザインの導入、
打刃物・和紙・漆にブランドを創成し、その活動に必死でした。
タケフナイフビレッジ・オータキペーパーランド・エチゼンキジファーム
このメンバーを一同に集めて、
東京・New Yorkで「越前物語」展までをやりました。
結局、タケフナイフビレッジでは褒章叙勲者を2名出しました。
しかし、創立メンバーで力量あった職人さんは逝ってしまいました。
昨日、二人目の瑞宝単光章叙勲を祝ってきました。
かつてのメンバーがみんな揃ってくれました。
現在、ふるさとでは新しい伝統工芸へのデザイン導入が行われていますが、
その実情を聞かされてとても危惧する事態になっていることを知りました。
結局は、「補助金目当てのデザイン導入」と
「本来はそうしたアイテムは伝統工芸にはなりえないモノ」と
デザイナーやプロデューサーと称する者達の知識不足、能力不足をすでに、
しっかりとふるさとで見抜いている人たちから聞かされました。
最もキッチンナイフにしても、
自分が30数年前にデザインしたモノは今も売れていますし、
その時に発明した形態の模倣はどんどんと国内外に増えています。
これは福井県の伝統工芸とデザインの関係だけではありません。
それこそ、私自身がふるさとで
「伝統工芸奨励法」を徹底批判していました。
が、この法律は何も変更されること無く
どれほど日本が「クールジャパン」を絶叫したところで、
確実な「伝統工芸ブランド」にはなりえません。
元来、「伝統工芸」が注目されたのも沖縄返還時に沖縄の工芸を産業化する、
この法律制定を国内本土の伝統工芸に向けただけのものにすぎません。
この改正も行われること無く、「伝統工芸産地」は補助金漬けなのです。
補助金で伝統工芸が復活することは絶対にありえません。
重大なことは、デザイナーと産地の職人さんたちとの哲学です。
明確に自分流には「ライン発想」が必須だと確認しています。

*『親方二人目の褒章受勲・タケフナイフビレッジ』
*『750年をタケフナイフビレッジで革新して30年』
*『ひとりの親方が逝った・・・』
*『30年前のデザインを伝統工芸産地で商品化して今なお・・・』
*『安政の決定事項にデザイン導入してから・・・』


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