kazuo kawasaki's official blog

Posts Tagged ‘いい加減’


『正しいデザイン手法としてのオマージュを熟知せよ』


   


     8月 15th, 2015  Posted 12:00 AM

デザイナーの倫理観が社会的批判、非難を受けています。
デザイナーとしてデザイン学者として至極無念でなりません。
2009年、私は知財権における著作権・商標権・工業意匠権について、
これは国家施策として、早稲田大学と北海道大学そして特許庁に、
特に「アプロプリエーション」がデザイン界では無知なことを示し、
実は、リスペクト・インスパイアー・オマージュなど、
これは盗作問題にならないように警告を与えてきました。*
ところが、ある私立大学の教員教授達(彼らは学者教授ではない)は、
そこまでの勉強も不足し、
見事に平気な盗作を、ジェネリックプロダクトなるいい加減さを
学生まで巻き込んで、その蔓延さをとうとう露呈しています。
これは現在問題のエンブレムデザインだけではありません。
私自身、1994年、ギャラリー・間で「プラトンのオルゴール」展にて、
モンドリアン、パウル・クレー、キェルケゴールへはオマージュとして
デザイン造形をしてきました。
それはデザイン手法でのオマージュ(リスペクトからのプロセス)であり、
今や、レベル無きデザイナー達が簡単にインスパイアーと言うなかれ、
リスペクトと言うなかれ、という安易なデザイン手法を否定します。
全く手法論としては無知蒙昧な方法が現代はまかり通るばかりか、
逝去したデザイナーのオリジナルを自分デザインとは許せません。
これは明らかに盗作であり、それにも関わらず、
彼らで成り立つ私立大学での教員教授たちの存在を見過ごすことこそ
犯罪行為、詐欺行為だとさえ考えてしまいます。
改めて記します。著作権は無方式登録で160カ国が加盟しています。
デザインレベルが「応答作品」という低レベルであっても、
商標権は登録審査されますから、商業主義的な登録成立も
私はデザインの神聖さ、これはパウル・クレーの置き土産ですが、
私はデザイナーとしてこの倫理性を護り抜く覚悟です。
この私立デザイン系大学は、社会的存在性はありません。

*I.P.Annual Report知財年報〈2010〉


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8月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     8月 27th, 2012  Posted 11:55 PM

8月27日 仏滅(庚申)

論文はともかく前段があって
最後に結論があれば、
中間はどうにでもなる。
これはいい加減さを言っているわけではない。

これもやはり
「 A とかけて B と説いたらその心は C だ 」
というルールがあてはまると考えている。

『プレゼンテーションの極意』タブーの逆説「いい加減」なプレゼンの「良い加減」づくり


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7月5日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     7月 5th, 2012  Posted 10:00 AM

7月5日 友引(丁卯)

タブー=やってはいけないことなどとは、
言われれば言われるほど重圧的で、
なんだか努力しなさい風な
嫌らしさしか残らない。

それよりも、もっと自分を解放して、
「楽しむ」ための方策、
「いい加減」さの重要さ、
「良い加減」になるもんだということを
知っておいた方がいいと思う。

『プレゼンテーションの極意』タブーの逆説「いい加減」なプレゼンの「良い加減」づくり


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「メガネフレームはまず自助具でありき」


   


     11月 8th, 2011  Posted 12:00 AM

メガネフレームのデザイン、
懸命に取り組んでもう25年以上になります。
インダストリアルデザインでの設計が、
産地に受け入れられてもらえたのは、
メガネフレームメーカー・増永眼鏡の指導と支援、
これがあったからだと思っています。
増永眼鏡は、フレームメーカーとして100年以上の歴史、
日本での眼鏡枠製造老舗、海外にはKOKIブランドとして、
最も信頼のある企業であり、技術力ではトップメーカーです。
メガネフレームは、ファッションであり流行に左右されます。
しかし、ファッション=自分演出のおしゃれ道具ですが、
根本的には視力支援器具、
いわば医療器具であることは免れません。
したがって、3プライスと言われるビジネスモデルでの
低価格商品は常にファッションというより、
「流行」だけをテコにした市場でありますが、
これは日本独特の市場展開なのです。
なぜなら、海外では度数の無いサングラスは、
どこでも買い求めることができますが、
医療器具としては、眼科医の処方箋が必要です。
眼科医というよりは、
「オプトメトリスト」=6年の大学専門教育と国家資格と、
「オプティシャン」というフレームとレンズの加工技師資格、
この二つの資格がなければ眼鏡ショップは経営できません。
日本だけがこうした資格無しでメガネが販売されているのです。
単なる広告宣伝でファッション性だけで語られる眼鏡は未完成です。
メガネフレームそのものがレンズが無ければ、
それはキーホルダーのようなモノにすぎません。
最近は、素材・重量(レンズ無し10g)・形態、
この形態がデザインだと受け取られていますが、
顔の形、耳、鼻などとのフィッティング=かけごこちは、
「性能デザイン」になっていなければなりません。
安易なデザイナーブランドや建築家が片手間デザインは、
「遊びのデザイン」として楽しめますが、
これをファッションとしてのメガネフレームだというのは、
生理的、倫理的、美学的には、私は認められません。
私は、いわゆるブランドフレームでも、いい加減なモノは、
それを着用しているユーザーの社会的存在性を自らが貶めています。
フレームの形態は、造形性能と造形機能が、
ある意味での「形態言語」になっていなければなりません。
私の提示した「アンチテンションスタイル」=レンズに応力無しは、
すでに「不易流行」のフレームデザインの一つの様式になりました。
メガネを着用している人、コンタクトレンズの人、
レーシックをしてしまった人、その手術を考えている人、
あらためて「視力」と「メガネ」、
この「造形言語」を読み直してください。
メガネフレームは「自助具としての性能・機能」が、
「効能」として、視力を支援し目を保護するモノです。

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