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Posts Tagged ‘素材’


5月12日Staff Blog


   


     5月 12th, 2010  Posted 5:36 PM

5月12日

鉛筆削りSCHOLA。
SCHOLAは、今は生産終了した作品です。
この商品には、本革仕様のケース、
さらに、「砥石」まで付属しています。
刃先は無論、蛤刃仕様、「火づくり鍛造」の
越前打刃物750年の伝統技モノです。

SCHOLAから、
PLASCHOLAへの展開となりました。
刃以外の持ち手部が
プラスティック素材仕様の品なので、
プラSCHOLAです。


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『資本主義からの逃走』   
「Mー素材がかたちを呼ぶ」


   


     4月 8th, 2010  Posted 12:01 AM

Material
アルファベットは、表音文字と言われています。
しかし、これは正しくはありません。
ヒエログラフから派生した象形からの歴史性をもっています。
したがって、このMが最も端的にその意味性は、
「m」という小文字のアルファベットに象形的意味があります。
m
上部の形は、「波」表面の形です。
ここからおおよそ、海・羊水・振動という原意につながります。
Maritime=海は、umi=umuという「生む」ことです。
umu=umiはシュメール語・サンスクリット語に同等同値です。
なんだか、怖くなるほどの意味性がアルファベットに存在しています。
Mother=母、その羊水、そして振動=Musicに展開し、
Matetial=素材というところまでの言葉の拡大は意味性が、
見事なまでに、世界要素になっていることです。
私は、素材=MaterialがMotherであり、
素材が生み出していく、ひとつが「かたち」だと思っています。
そして、素材の「素」からも、
あるいは「振動」からも、かたちの源である素材を求めます。
これはすでに私の慣習にもなっています。
常に、何かモノのデザインでは、「素材」へ回帰し帰着します。
かたちの母だと考えることが出来るからです。
「素材」が生み出してくれる具体性が「形態=かたち」であり、
「素材」の「素」には簡素・簡潔・清潔を抽象性として、
明確に手に入れたいと考えるわけです。
だから、デザインの母として、造形を生み出してくれるのは、
「素材」です。
この40年にわたってデザインしてきたモノには、
必ず「M」がありました。
Mono、というのは言い過ぎでしょう。
私のモノは人工物です。
物は、生物・動物・大きな牛が日本の古代からの定義でした。
羊から始まる美・義・善という古代中国(説文)ではありません。
むしろ、素材の簡素な清潔性に美を見つけ出すことだった気がしています。
「素材」は、やはり、かたちの母なのです。
Mother


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4月5日Staff Blog


   


     4月 5th, 2010  Posted 6:00 PM

4月5日

BOSS(川崎和男KazuoKAWASAKI)の
万年筆コレクションに最近加わった
Stipulaのモナリザ。
3色のエナメル仕上げのリングは
モナリザの微笑を曲線で表しているそう。

つくりや質感を子細にチェックしています。


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『資本主義からの逃走』
 「iPadがまた拡大させる!?・批判or批評or非難、
               iMacの私の経験から」


   


     2月 5th, 2010  Posted 2:37 AM

iPadだ!
未来、 見えているか?

iPadのNewsは様々な批評や期待で一杯です。
Apple社、ジョッブス氏の活発さに惹かれます。
そこには、いつも私たちは未来を見るわけです。
現代、こうしたNewsが、
多大な問題いっぱいの世界をやや救ってくれています。
それは閉塞感満ちあふれる日常での救いでしょう。
かつて、私はiMacを100人評価する雑誌で、
唯一、「ゴミだ!」って発言して、
ほとんど日本中から袋だたきに遭いました。
さらに、Gマークでも金賞候補からはずす主役でした。
問題点は、三つありました。
一つは、すでにあのモックアップは見ていましたから、
がっくりしたのです。
環境ホルモンと流行
ところが、
理由はそれが、ポリカーボネート製でした。
これが二つ目の理由でした。
ビスフェノールAという環境ホルモンの問題です。
今では、ポリカのリサイクルシステムもできましたが、
当時はビスフェノールAだ!って叫んだのは私だけ。
さらに、これがカラーで透明だったので、
おそらく日本の様々な文具から何にでも、
「流行現象」が蔓延してビスフェノールAに無頓着、
というのを、一人でも食い止めたいと思ったからです。
まあ、脅迫メールは届くは、
ポリカ業界からも散々な目に遭いました。
この時にも、私は自分を「職能家・デザイナー」を、
絶対に押し通そうと言い聞かせて、耐えました。
結局、「流行」は去り、ポリカのビスフェノールAは、
WHOから、「懸念ある素材」となり、
産業界はリサイクルシステム無しには、
素材使用は自粛されました。
「川崎は理詰め」と言われますが、
理性と感性には、順位があります。
「理をつめなければ、けっして感性優位は排撃すべき」
というのが、私のデザイナーとしての信念です。

私は、iPadには、二つが無かったと思っています。

●「新素材・made in Japanを知らなかったこと」
●「清潔感をコンセプトにする」

ということです。これは「批評」です。
それでも、iPadが、「iPod」がデカイだけ、
というのは、非難であり、未来が見えていません。
これは駄目でしょう。
私は、私の批評ポイントをはずせば、
やはり、「やられた!」といわざるをえません。
そして、必ず、私の二つの批評が合体するモノを
最も希望しています。


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『資本主義からの逃走』
 「ATOMがBITSを、BITSでATOMに、
        それは新素材開発での造形デザイン」


   


     2月 2nd, 2010  Posted 1:00 AM

FEP Front End Processor
ワープロは、日本独自の発明でした。
英・Word Processorとは異なるBits文字世界です。
さらに、日本語フロントエンドプロセッサーも、
日本語処理を可能とした大変な成果だと思っています。
だからFEPが無料である必要はありません。
しかし、そんな時代が近づいていると考えます。
日本語は、パソコンやケータイでは、
不利な言語体系であることがDigital技術で、
明白になりました。 
それは、BITSをコスト的に考えれば英字に比べれば、
コストは2倍です。
ハングルとも2倍差があります。
そこで、パソコンやケータイでは無くて、
電子ブック(これは変な日本語です)での日本語、
その進化を私は、これまで正確に追いかけてきました。
すでに確立しているFEP(IN PUT)が電子ブックでは、
「EFP」(OUT PUT)=日本語アウトプットが不可欠です。
「書籍(ATOM)」という形式の要素としての日本が、
電子ブック(BITS)形式にはもう目前です。
私はe-Bookが各種進化するたびに収集してきました。
しかし、これらはすべて英文字でした。
「青空文庫」が立ち上がって、なんとかMacで、
という発端時の様子も間近でみてきました。
今、私はKindleを、Kindleで購入したコンテンツを
iPhoneでも読むことができる時代になりました。
Kindle・iPhone
i-Pad
そして、とうとう大変な話題であった、
憶測や推測のiPadが商品化されました。
が、日本語処理=「EFP」は、
KindleもiPhoneもBITS技術は開発されていないので、
日本語電子ブックになる明確な日程は届いていません。
それはBITSの問題ですが、私は別の視点で、
大きな見落としを、デザイナーとして確信しています。
それは、電子ブックの「形式」ではなくて「形態」です。
「形態」=ATOMを決定づける素材が、
まったく開発されていません。
すなわちATOMとBITSの相互作用を忘却していす。
もうひとつ付け加えるなら、デジタル機器の機能です。
その機能の重大さは「清潔さ」です。
「書籍」を一ページづつ舐めた指先でという風景より、
「不潔さ」を解消しているATOM性が皆無です。
それはBITSを包んでいる形態の「素材」の進歩です。
私は、その「新素材開発」をベースに、
ATOMとBITSの相互作用性をデザインしました。
まもなく発表します。


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『資本主義からの逃走』
 *「無思考とは、思考無しではない、
   思考空であろう」*


   


     2月 1st, 2010  Posted 1:00 AM

無思考
私はほとんど外出してデパートやショッピングモールなどは、車イスになる前から、好きではありませんでした。ミッドタウンをワイフに車イスを押してもらいつつ、いわゆるデザイン系ショップを久々にのぞいて見ました。デザインは、相変わらず「進化」がありませんでした。学生たちが憧れているモダンデザイン系ショップに陳列されているモノに、愕然としました。1960年代よりは素材がカラフルだったり、プラスチックや電気回路が進歩したから、「ソレナリ」のモノがこれほどコピーされて氾濫しているとは、驚きでした。まるで、浦島太郎の心境になって、もう本当に目眩がしました。外出して、書店に行っても、あまりのカラフルさは、車イス視線からでは、目眩がします。まして、コピー製品があまりに「それっぽいデザインした風」なのですから、耐えかねます。また、店員さんの商品知識も格段に低いと思いました。せめて、これぐらい知るべきでしょう。カタログにも肝心な性能表が無くなってきています。それは駄目でしょう。企業の商品化能力を疑います。また、あるアイテムの展示会に招かれました。有明ビッグサイトでの見本市企画企業から、あらたな業種の展示会へのアドバイスを、ということでVIPカードで見て回りました。流ちょうな日本語の外人からいっぱい声をかけれられました。なんとしても商談!という意気込みです。比して、肝心な見本市担当者の無口なことにあきれました。これじゃ、凋落する産業のさらなる凋落が予知出来ます。ともかく、思考していない=薄思考です。これを私は、無思考とは言いません。無思考とは、思考が「無」の状況や事態を指示していると私は考えています。なんでもいいから、まだ一度も使ったことの無い、edyカードで買い物をしてみたかったのですが、「欲しいモノ」がありませんでした。いわゆる今、旬の若手デザイナーの作品である商品も、デザイン設計で、「金型チェック」もしていないのでしょう。3D-CADやCGレンダリングなら、多分、「カッコ良かった」のでしょうが、さらに中国製となると、成形精度も格段に悪くて、これは必ず経年変化を起こすと見抜けてしまいます。さらに、恩師の名作も、カーブや板厚も微細に変貌しています。もはや、高齢になられた先生の眼力チェック無しの復刻品も見かけました。これが、現代の日本の商戦現場だとするなら、どうやって、立て直すべきかと考えさせられました。明日、Gマーク賞制度審議委員会があります。この私が最年少ですから、今年の「Gマーク賞制度は、国際化戦略」の一つの核心となる「戦術」にしていきたいと考えています。私の発言が了承されるかどうかは不明ですが力説します。よって、審査委員も少数精鋭で海外審査委員を投入することを、私の私見として発言するつもりです。昨年のある事件見解も、公表すべきことは、審議委員会からだと私は考えてきました。ある種、審査委員がデザイン界のエリートならば、「敵前逃亡」や「自分勝手さ」はNoblesse Obligeも果たせなかった審査委員資格は審議委員会にての裁決をしなければならないしょう。なぜならば、「Design made in Japan」を象徴化しているGマーク賞制度は、一つの国家戦略です。だからこれは、日本の産業から現代文化の最前線でもあると考えるからです。「無思考」は「思考空」だとも考えています。思考結果がデザインとなり、無思考結果がデザイン効果であるとするなら、思考空は、デザインへの憧憬になります。憧憬は常に潔しが基本です。
思考空


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11月5日Staff Blog


   


     11月 5th, 2009  Posted 2:27 PM

11月5日

BOSS(川崎和男)傑作
フラクタス(FLUCTUS)、
ラテン語で「波」です。

タケフナイフビレッジの製品の中でも、
最も鮮烈で崇高な造形美を持っています。

サイドビューは面で波を表し、
トップビューは、一本の線、
ラインでグリップの立体感と、
波を表しています!
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BOSS(川崎和男)も、
描き出した時、身震いしたという
トップビューの一本のライン!
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フラクタス(FLUCTUS)は、
四角錐におさめられます。
これは、機織りのシャトルと
同様の技法でつくられました。
今は、生産が難しいので
終了してしまいました。

BOSS(川崎和男)は、
海外ではジーニアス!と、言われてますが、
まさしくジーニアス?と思う1品です。
05_p


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10月28日Staff Blog 2/2


   


     10月 28th, 2009  Posted 5:31 PM

10月28日 2/2

あるゲストハウスの空間の美意識を満喫中の
BOSS(川崎和男)です。

建築家は、自然との関係を十二分に室内へと
計算し取り込み、インテリアデサイナーは、
自然と調度、アートの調和、アクセントを、
本物の本質という基準でまとめています。
究極の素材と究極の技は、時代を経た今、
復元、維持管理が難しい域にまで
達していました。

それぞれのデサイナー、
アーティストの作品、
空間をこれほどまでにオリジナルを
継承していくことに忠実なクライアントと
出逢うことは、理想です。

本物のちから、スゴイです。

091028_gesthouse2


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10月28日Staff Blog 1/2


   


     10月 28th, 2009  Posted 4:44 PM

10月28日 1/2

BOSS(川崎和男)滞在の部屋の洗面台、
アクリルに目がくぎづけでした!
サボンが置かれたアクリルの量塊。

気泡のないアクリルの塊をつくることは、
高度な技です。
蛇口のハンドルは、球体のアクリル。
これは、
もはや制作できるところがないそうです。

091028


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