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『変だ! おかしい、狂っている、それは・・・私か?』


   


     12月 10th, 2014  Posted 12:00 AM

私は歩けなくなったときにこの時代と私はもう共時できない、
そう思ってきました。
だから正直に言えば、現代は「変」になることをめがけて進んでいます。
駅と新幹線、列車。=列車の進化に駅ホームは不適合!
空港と飛行機。=エアポートという駅に飛行物体は不適合!
港と船舶。=港は何も変わらず、船舶の工夫進化に不適合!
この組み合わせには何の疑いもありません、が、「変」です。
高速になった列車とホーム、ホームの危険度は柵程度では駄目です。
新幹線も、これまでの汽車座席がただそのままの形式が進歩しただけ、
それが、まともだと思っていること自体がおかしいのです。
だから、列車のデザインにホームの設計要素が必要であり、
飛行機への乗降者にエアポート=駅形式は大間違いであり、
現港の沖合まで新しい港は建設し直せば、
船舶の形態デザインも変わるはず。
これが私、デザイナーとしてのアイディアです。
極論すれば、歴史の進化がすべてバラバラのままに、何が進化?
歴史的な実例をひっくり返してこそ、本当の進化のはずです。
景観の哲学に、景気も病気も「変」に除外されてきました。
景気も病気も哲学にその項目がないからこそ、「治せない」から「変」。
景気に向かう、経済と経営ではもう無理なことは明白です。
病気に向かっている医学、看護学では無理なこと分別がつきます。
前例をつくればもう前例以外はこぞって進めてはいけないらしいのです。
こんな「変」な時代、このような社会構造と共時していくには、
気づいてしまった、この不適合性を明確に問題解決する手法、
その具体化実務=デザインしかありえません。
そろそろ、「変」さを除外していく私には、
この不適合さの景観を傍観するだけの無常論に
生き着いていくそんな気がしてなりません。


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『見慣れないのではなくて無視にも気づかない無知さについて』


   


     12月 9th, 2014  Posted 12:00 AM

駅のホームは空しくなるほど酷い。
最近はこんなことが見たり聞いたり知って、空しさと同時に、
とても穏やかになれない自分がいます。
もし、コスト的にただ屋根があって、それでも様々に機能的、
だからデザインされている、なんてもし自称しているなら、ヤる!
それこそ、ある記者の方から、革新について連載を書くので取材とか
そうした質問を聞いているうちに、私の苛立ちがあがってきます。
思い切って、「あの、ところで『革新』って何ですか?」、
「えぇ〜、革新は革新でしょう」
(バカヤロウ、もう結構だ、目の前にいたら・・・!)。
ある評論家が、
「イノベーションが起こらないんだヨ、困るね」、
「あの、イノベーションを発言した論理だと・・・」と言うと、
「それ、どういうこと?」
(はァ〜、原本すべて読破して自分の意見あるの〜)。
ある若手経営者が、
「これから我が社の機器と回線は・・・・」
(機器ってそういう意味じゃ無い、回線の時代性見えていない)
(この企業が自称する時代性はもう消滅しているナ〜)
助教授から准教授と名前が変わりました。
どうしたものでしょうか〜
(お前は、世間では生きていけない、せめて大学の空間に・・・
いや、お前がいくら博士だろうが、その前に才能が無い!)
エェッ、よくも匿名だとここまで勝手なことを書き込むよナ〜
一度、私の前で、私の目を見て、正々堂々と非難してみなさいよ?
できるわけがない!
車イスの私だけど、殴りあってみますか!
殴り合い、当然、暴力での喧嘩です。
やり合った経験すらないでしょう。いつでも出来ます、私は。
駅のホームの貧しさを見て、体中に怒りが沸いてくる私です。


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『ある時期を過ごした思い出の街の姫路城、その高度な文化』


   


     12月 8th, 2014  Posted 12:00 AM

2014年12月6日。
私は講演に呼ばれて姫路市に出かけました。
40年前に、私は東芝の新入社員として販売実習で3ヶ月、
この街、駅前大通の家電量販店で、ラジオ、TV、冷蔵庫販売。
一週間、じっくりお客さんの出入りを見ていれば、
何曜日の何時頃、お客さんの来店混雑がわかり、購買決定は、
必ず奥様が分かりましたから、量販店には支店会議があるからとかで
ほとんど映画を観たりして、そして、大量に売っていました。
サボっているのに売っていることを、他社のヘルパーから睨まれ、
それなら、直ぐに喧嘩をし過ぎて、田舎街の量販店に飛ばされました。
そこでも、売りまくりました。新人研修、西日本地区では売り上げ5位、
報奨金は当時のボーナス同等でした。
デザイナーになるための通過点でしたが、性分上、売るならトップに
懸命にやり切った街でした。
東芝の本社に戻らず、量販店に来ないかとまで誘われるほど売りました。
40年ぶりに姫路城を見ました。おそらく日本で最も美しいお城です。
ちょうどNHK大河ドラマとのコンビネーションでブームの街ですが、
私は、このお城が存在していることがすでに大宝物のある街であり、
これを後世に残した黒田官兵衛なる人物の存在に敬意を持ちます。
現代までにもこれだけ美しい建物を残した偉大な人は限られています。
後世への遺物として、美しい建物を遺すというのは偉業です。
だから、この大遺産を本当に大事にすべきだとことさら思います。
それはこの建物同様の素養が育てられてきただろうかということです。
私はとてもささやかで小さな講演会かもしれませんが、
姫路城を心から意識して、自分の役割は最大に計ったつもりです。
ところが、姫路駅に限らずですが、駅ホームは、
あれからどれだけ私たちが文明を進化させてきたでしょうか、
無念ながら、文化はその文明に比してとても貧しくなっていました。


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『手稿は宝物である』


   


     12月 7th, 2014  Posted 12:00 AM

私は教員という役目として、学生たちには、友人をつくることを
ことさら薦めて主張してきました。
ただし、友人というのは、今は亡き人たちに友人をつくることです。
彼ら、彼女らは、書籍の中に生きていますから、
本を読んで一方的に必死に友情をもてるぐらいになることを薦めます。
まして、その友人達の手稿があればそれは最高の友情だと考えます。
私の宝物は本物ではありませんが、ダヴィンチとクレーの手稿、
この二つは最高の物であり、おそらく再版されない限り、
美術館での特別展以外は見ることができません。
ダヴィンチはデッサン手稿でとても大きいのですが、
パウル・クレーの「造形理論ノート」は、彼の講義準備ノートです。
手稿ゆえに言葉は独語で書かれていますが、
出版物(今はもう手に入らない)では、ノートと翻訳があり、
ノートにはいわゆる図形、形態の彼なりの原則解釈があります。
おそらく、パウル・クレーほど厳密に図形、その造形解釈、
その論理化を熟考し言葉に置き換えて残してくれた人物はいません。
したがって、よく質問をしてくる学生には、
パウル・クレーと友情を持つことを吹聴してきたものです。
その実、今でも私がすべてを理解しているわけではありませんが、
時に、この造形表現はなにかおかしいと直感すると、
その説明は、彼の造形思考ノートで正解を確認することができます。
たとえば、単純なこと、矢印図形一つでも、なぜ、その平面性や
力学的な特性は、彼の言葉、文章で理解可能になります。
日本ではほとんどバウハウスの教育論が無視されていますが、
文理学際化の源、その教育原理はバウハウスにあります。
「教育原理」という教員資格単位がありましたが、
私は4年間この授業を受けましたが、単位を取らずなので、
結局、中高の美術科教員資格は持てませんでした。
理由は明快です。パウル・クレーの言説論無き「教育原理」などは、
大間違いだと今も思っているからです。
造形理論ノートには、造形課題とその教育理由が書かれています。


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『カラーバーが性能表示を明示している』


   


     12月 6th, 2014  Posted 12:00 AM

電気に関して最も初期に知識化するのは、二つの法則です。
電荷の法則である、オームの法則と、
磁荷の法則、クーロンの法則があり、
多分、そのことはすぐに忘れられてしまうのですが教わります。
私はオーディオをデザイナー職能の対象にしていたために、
この二つの法則はいつでも側にある気がしています。
電子部品は、ほとんどがアノニマスデザインですが、
なかなか興味深いモノが沢山あります。
いわゆる抵抗器というのは電流と電圧を制御する部品にすぎませんが
この部品は存在が美しいモノだと思っています。
オーディオ工場に駐在することが正当だと思って社会人デザイナーを
スタートさせた私は、電子部品すべてに取り囲まれていました。
そして、最も驚いたことは、回路図を簡単に書き上げて、
そのワーキングサンプルを作成する現場では、
抵抗器にあるカラーバーで、その抵抗値を諳んじている人が多く、
しかも、回路実装での、分圧や電流制御を簡単に決定する
そんなエンジニアたちと仕事をすることができたことです。
美大卒の私が、回路図を覚えることができたのは、
こうしたエンジニアたちが、私がほしいという電子回路を、
それも簡単に造ってもらうことができたからです。
たとえば、ヘッドホンの自重と側圧=両耳を押す測定器や、
両耳の感応測定器などは、自分仕様を造ってもらっていました。
ともかく、そんなときに彼らは抵抗器のカラーバーを
見るだけで、抵抗値は分別し、分圧や電流値を決定していました。
カラーバー表現の有効性を目の前で覚えることができたのです。
この小さな抵抗器にはカラーバーが入っているだけですが、
これは装飾されたパターンでは無くて、明確な表示ですから、
デザインされているということです。
そういう意味では、アノニマスデザインの一つだと言えるでしょう。


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『部品コンデンサの働きは、能力の手本になる』


   


     12月 5th, 2014  Posted 12:00 AM

私は東芝に入社すると銀座(元阪急ビル)に勤めることになりました。
しかし、銀座へのラッシュアワーは私には耐えがたきまさに労働。
ところが磯子工場のデザイン室は、工場や研究室があり、
電気・電子部品は見たこともないほど一杯あり、
それらは自由に使うことができましたし、横浜から反東京は
まさに時流とは反対方向が気に入り、自ら駐在を申し出ました。
「金沢から来るとやはり田舎者だな」と言われましたが、
部品や試聴室、研究室に出入りできることがどれほど楽しいかと
どうしてデザイナーは思わないのかとかえって不思議でした。
その電子部品の中で最も不思議なモノの一つがコンデンサでした。
コンデンサは、端的には三つの役割しかありませんが、
この三つの役割分担こそ、電子回路を決定しています。
電気を蓄えたり放出させることで電圧の変化を吸収して一定にする。
電気の通り道だけにノイズを取り去ることが出来る。それはまた、
直流を遮って、周波数で電気信号をコントロールすることができる。
たったこの三つでしかありませんが、
構造は、金属板二枚の間にある絶縁体の塊に電圧をかけると、
蓄電が起こって電圧をかけなくすれば放電を起こすだけのことです。
したがって、この金属板や絶縁体をどうするかで、
コンデンサの種類と役割が多用になってくることこそ実装の決めて。
最近は、大きな電解コンデンサで蓄電されて、渦巻きコイルに、
500円玉をおけば、放電された電圧でこのコインは飛び上がります。
電気の力、電流・電圧での電力を目の当たりに出来るのです。
今では、回路実装された基盤上にこのようなコンデンサが
並んでいることはほとんど無視されていますが、
コンデンサの形態はとても豊富にあります。
そしてこの豊富な形態それぞれの役割は力を蓄え力を発揮するという
その性能がそのまま形態になっていることです。
コンデンサはとても面白い電子部品です。


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『インターラクションデザインの基本は可変抵抗器と指先』


   


     12月 4th, 2014  Posted 12:19 AM

ISO規格は日本潰しだったことを改めて述べておきます。
インターラクションデザイン賞を設置して、もし、
この賞が取れたならばISO 3290が認可される手はずを準備していた。
ところが、本来はスイスにあるべき本部ではなくて、
英国でISO規格は整備されていました。
その詳細は別途として、ISO 3290がインターラクションデザイン、
すなわち人間と機械との相互性=使い易さの基本その規格化でした。
私が少年の頃、夢中になったのは鉱石ラジオを自作することでした。
その回路は極めて簡単であり、ダイオードと可変抵抗器で、
AM電波を受け止めることができました。
可変抵抗器というのは、AM電波を選別するだけのいわゆるダイヤル。
このバリアブルコンデンサ(バリコン)、あるいはツマミを回すだけで、
自分の選別が可能になる使い勝手があるものだったわけですが、
Hi-Fiオーディオ機器では、チューナー、音量などの選別を
回転動作で機器が指先で可変出来るモノでした。
そして、その使い勝手は、そのスムーツなダイヤル操作感でした。
このダイヤル操作感を創り出すために、抵抗器とダイヤルツマミは
徹底的に実装化アイディアを考えていました。
結局、私は少年時代からこのツマミ一つで選択性の使い勝手に
拘ってきたのかもしれません。
現代製品は回転式よりもタッチセンサーとデジタル化で、
こうしたインターラクション性の基本を私は失っていると思っています。
なぜなら、インターラクションデザインの基本がISO 3290でも、
この可変抵抗器での使い勝手の詳細が無いからです。
たとえば、自動車では未だに方向性の選択は回転させるハンドル、
人間にとって、動作と選択の回転性能、この基本は回転精度であり、
この回転精度にこそ、私はインターラクションデザイン、
つまり、使い勝手の根本があると確信しています。
だから、私が明言すれば、ISO規格取得などは無意味です。


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『エトルリアという国家で生まれた言語=ラテン語』


   


     12月 3rd, 2014  Posted 1:30 AM

デザイナーという職能になって以来、
デザインという言葉に取り憑かれて生きてきた気がします。
designとはdesignareというラテン語が原語だということから、
その言葉をつくりだしたエトルリア人=エトルリアという都市国家と
その人たちの言葉であるラテン語がどれだけ美しい言葉だったかは、
オウィディウスの詩集には、その韻律が今なお残っています。
私たち日本人には、ラテン語という原語である言語は、
全く教育されていないことが残念至極だと私は思っています。
もし、私たちが英語学習の前に、ラテン語を少しでも学習すれば、
英語教育は大きく変わっていたと私は思ってしまいます。
最近は幼少期から英語というこの考え方に、
私は大きな疑問を持っています。
まず、エトルリアという都市国家の存在は、大学を最初に発想し、
ラテン語を紀元前8世紀〜1世紀には、この言語体系があったから、
やがて、欧州の様々な言語に流れていくことになるわけです。
なんといっても、designareは、do+sign=designになったことです。
do signとはそのまま「目印をつける」という言葉を生み出します。
それは見えて区別することですが、
思考そのものへの目印という意味は、思考決着にいたること、
それは分別をつけることであり、表面的にはどうしても装飾を
引き出すことが、戦後の日本には洋装・ファッションの用語意味が
強調されたがゆえに、装飾は意匠となり、やがては思考決着である
設計に至ってしまったのかもしれません。
したがって、21世紀に入ると、中国がデザインを設計から策略とした
このdesign訳語は日本のデザイン訳語を乗りこえてしまったことです。
比して、台湾が資源とした訳語も私は正解だったと思っています。
オウィディウスとゲーテとの友情関係などを
私はデザイナーになって、ラテン語を追いかけていくとき、
彼らの関係を知ってとても驚愕したものです。
それこそ知的なエトルリア人をもっと知りたいと思った動機でした。
designという言葉が、私をこの国家の知性まで引き込んだことは、
どれほど大きな幸運だったかと思っている次第です。


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『「造形思考」はイメージの表現=造形への音楽的理論がある』


   


     12月 2nd, 2014  Posted 12:00 AM

デザインを職能にするには、線を学ばなければなりませんでした。
デザインストロークを美大では徹底的に手で覚えさせられました。
それは手が思考するという訓練だということを教わったのです。
その意味がわかってから、デザインを教える基本の論理は、
パウル・クレーが、壮大な記述を残してくれていました。
私は、オーディオからデザイナーになることができた幸運があり、
なぜ、プラトンが形態と音階を明らかにしたのだろう?とか、
いや、バウハウスで教官だったパウル・クレーは、
さらに音楽?で造形を追い求めるとか、
その分節理論で形態を求めていたことに惹かれました。
したがって、私の美大卒業から30年で、
「プラトンのオルゴール展」が、金沢21世紀美術館に収蔵されました。
パウル・クレーの日記から学んだことが膨大にあり、そのために、
彼へのオマージュを造形化し作品にすることができました。
彼から学んだことは、デザイン=造形=見えることから、
今は、如何にデザインで造形から解放されるべきかに至っています。
それこそ、色彩・音楽・音響・造形は根底で、
そのイメージが、混沌とした闇から、見えないことを、
線描という方法論が、「造形思考」と「無限の造形」にありました。
つまり、美大がデザイナー養成をここまでで停止したことが、
今なお温存されていることに、私は次世紀デザインへの反発があり、
造形と機能に押し込められていることへの対決でした。
ちょうど、私は30代を迎えるときに「記号論」に出逢い、
私の脱構築は、デザインされたから視覚化されただけでない、
まさしく制度デザインにまで、来ることができたことでした。
プラトンは、善悪に迷ったなら、美で決定すべきと言いました。
それは、音階のあり方を見いだし、さらに、音楽の分節化を
パウル・クレーは、造形の基礎にしてくれました。
彼の線描・デッサンだけを受け継いでいる現代のデザイン系大学に、
造形思考を講義できる教員はいないのかもしれません。
だから、デザイン職能が劣化していると指摘しておきます。

「手を頭脳化するトレーニング=デザインストローク」

『プラトンのオルゴール』


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『「形態学序説」からのデザイン原論思考が必要』


   


     12月 1st, 2014  Posted 12:00 AM

ヘシオドス(ヘーシオドス)の「神統記」は、
西洋の知の起源の一つ、「ギリシア神話」や「ローマ神話」など
これらの源になっています。
そして、デザイン原論の代表としては、
パウル・クレーの「造形思考」のカオス論や、ゲーテの「色彩論」
そして、「形態学序説」Morphologyにもその体系は繫がっています。
まず、人間が最も不明としていた、カオス=混沌と死は、
タナトス=死の神の設定であり、その兄弟には眠り=ソムナス。
そして、ゲーテはソムナスの子どもであるモルフェー=白日夢を
形態学の入り口に文字通りモルフォロジーと名付けています。
タナトスやソムナスは西洋絵画にも描かれてきました。
そして白日夢であるモルフェーは、今も、薬の名前に残っています。
モルヒネは、まさにうとうとと眠りと夢見心地を誘発する薬名です。
では、果たして白日夢という朦朧とした状況ではなくて、
妄想から幻想という想像力=イメージの世界観を明確にする命題は
生物学的に、まず、形に注意しそれは器官や構造にまで至ります。
形態発生学のなぜ、「その形に至るのか」という論理は、
生物学・言語学やがては都市形態学や数理形態学にまで拡張します。
したがって、デザインにとっての形態学はまだまだその論理は
残念ながら読み解く才能が不足していることは認めざるをえません。
パウル・クレーが、イメージはカオスから生まれてくることから、
根本的には芸術作品はすべからく「見えるように表現する」という、
この結論に至ります。
だから、あえて私は、デザインが造形から解放されるためには、
見えている形態から、その構造や機能、さらにはその発生の逆読みが
絶対に必要だと考えているからです。
多分、そろそろ、自分の職能であるデザインのその原論、原則論を
語るには、モルフェーの白日夢に浮かんでくる造形発想が必要です。
つまり、デザインで造形をイメージする根本には死と眠りと白日夢、
これらから見えるようにしていく表現が、
見えない制度までをデザイン発生させる思考論理を求めています。

「Morpheusの白日夢から」


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