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『機能食品である栄養ドリンクの本質』


   


     8月 21st, 2017  Posted 12:00 AM

デザインと言えば、必ず、「機能美」。
機能あるモノは美しい、と言われてきました。
しかし、私はこれこそデザインに大誤解を与えた元凶だと考えてきました。
機能の裏側には機械主義が歴然とあります。
機械工学と今なお大学、学会と大間違いをしているのです。
なぜなら五大機械というのは全て兵器・武器つまり「械」であるからです。
結局、文明を成し遂げた機械は、武器・兵器だったということです。
そこから、実は、これらの栄養ドリンク剤も、
その裏側には兵隊が食事なくとも、身体保持が大丈夫であるという
機能食品であるということです。
私は機械という浅はかさをずーっと発言をしその反感を買ってきました。
名指しで言われたこともありますが、
日本は「機器工学」でなければ、真の文明は語ることが出来ないのです。
そういう意味では、こうしたドリンク飲料は明確に文明のモノであり、
身体機能を支えるある意味では武器だと言えば、また反感を買うでしょう。
しかし、文明は「機」織りで、「器」はうつわなのです。
寒さは機織りで衣服をつくり、飢えは器を要求し,それが文明でした。
文明が文化になっていくのは、武器兵器で闘ってその国を支配してこそ、
やっと文化が生まれていったと明言しておきます。
機械工学にデザインがなじめなかった最大の理由は、
デザインは文明を文化にする手法であったことです。
私はそのことを最も語るために機能性食品の飲料をここに差し出します。
もっと端的に言えば、人間工学を考えればすぐに理解されるでしょう。
自分は安全に相手=ヒト・モノを効率的に機能化する学問でした。
したがって、第二次戦争後には、エルゴノミックスは一端廃棄されて、
ヒューマン・ファクターエンジニアリングになったことです。
機能性食品である、栄養ドリンク剤は未だ知らされずに開発されたモノ、
すなわち、兵器であり武器だと断言をしておきます。
まさに「征露丸」が「正露丸」となったこの見事な医学的薬剤は、
栄養ドリンク剤に連鎖していたと言っていいでしょう。
「機能美はデザイン」からは離脱させるべきと私は考えています。

* 『若き日、「東京家具見本市」で二人は学んでいた』
* 『デジタル表現の基礎は、烏口や用紙感覚も必要』
* 『哀しみのためから楽しみのための電動車椅子開発へ』
* 『イスと空間、空間の質量を自在化するデザイン』
* 『HUSATとInternet of Medical Thingsのデザイン言語 』


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『日本民族の傍らにあった飲み物』


   


     8月 19th, 2017  Posted 12:00 AM

ワインのことをもっと知りたいと思ってまず赤玉ポートワインを買ってみました。
そうして気づいたことは、
日本人いや日本民族には、歴史的に絶対的な「飲み物」として、
この赤玉ポートワインと養命酒があるということです。
当初、スペインからのワインは不評だったらしく、
それならいわゆる「滋養強壮剤」として、
この二つが日本人の傍らにずーっと在ったということです。
したがって、なんらかの思い出に残っているのではないかと思います。
私にとっては、幼少の頃は身体が弱くて、偏食は今も変わらずですが、
祖母からもよくこの二つは飲まされていたとうっすらと思い出します。
それこそ、養命酒にいたっては江戸時代からだったとか、
ヌード写真でのポスターが日本最初だったということなど、
おそらくほとんどが忘れられていくのでしょう。
最も2300年には日本民族はケルト人のごとく存在しなくなる統計結果です。
地球自体があるかどうかもわかりません。
養命酒はおそらく日本人家庭には、必ず一本はあるのかも知れません。
そうして、その効用が素晴らしかったということもなく、
どういうわけか超ロングライフ商品になっています。
今ではワインはファッション性ある飲み物になりました。
もはや滋養強壮剤ではありません。
しかし、養命酒で癌が治ったという話もありません。
ともかく、この二つの飲料が日本民族に与えてきた影響や市場性は
もっと語られることがあっても良いように思っています。
私なりには、赤玉ポートワインも養命酒も私たちの遺伝子には
入っていない気がします。
そして、品格性には、んーっと考えてしまいます。
品位などがあっては残らないのかもしれません。
しかし、こうした民族とともに存在してきた歴史性は、
それが生み出されてからの系譜はもっと語られるべきでしょう。

* 「マルチツールナイフをワインスクリューから検分」
* 「日本が貧乏になっていく、と思うのは・・・」
* 『商業主義の貧しさは経営から離脱した盗作である』
* 『ふるさと納税に私デザインのカートリッジを発見』
* 「製品が商品となって、愛用されるまで」


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『ペットボトルの水=企業選定C.I.として』


   


     10月 18th, 2014  Posted 12:00 AM

今、国連に加盟している約150カ国内で水道水が飲料になるのは、
13カ国程度と言われています。
わが国の水道水は飲料水としても素晴らしく飲みやすい水です。
しかし、日本人もペットボトルの水が日常的になっています。
私は、身体の7割が水分と言われているだけに、
水には大きなこだわりがあります。母は47歳、大腸癌で逝きました。
当時は癌と告げることも出来ず手術をして医師が分かるという時代。
しかし、母は私と父宛の遺書に癌であること知っていました。
父は日本中の水を手をつくして鉄道運搬用のタンクで取り寄せ、
それが父の癌への最後の抵抗であったと思っています。
私はそのこともありペットボトルの水は徹底的に調べてきました。
イタリアの高級水(高級レストラン御用達)は今手に入りませんが、
私自身は、国内外どこでも確実な水を選んで自分の水分そのものを
この水にすることに決めていますが、これは重要なことです。
日本を代表する水、政府の国際会議は帝国ホテル、ホテルオータラ、
しかもこの水はすべて富士山の湧き水になっていますし、
ホテルがこの水の確保をどうしているかは調べておく必要があります。
だから、企業C.I.においてもその企業の水を決めさせてもらいます。
今回ニプロの研究所C.I.=iMEP=institute of Medical Practiceは、
企業カラーとその水は企業立地している滋賀県で最高の水を選定、
この研究所は、医師、看護師、医療従事者のトレーニング、
研修所機能をもった施設ですが、水はすべて地元で最高水です。
勿論、私が選んでいる自分の水、国家賓客用の水と飲み比べて、
まったく遜色のない水にしました。
もちろん、地元で最高の製菓やお酒も企業C.I.として決めています。
何分、身体の水分は徹底して決め抜いた水のペットボトルです。
正直、ペットボトルの形態そのもののデザインを変えたいですが、
流石にそこまでは許されていません。
いづれ、自分のデザインスタジオの水も決めたいと思っています。

『最も重要なエネルギーとしての「水」』
『水というエネルギーの国際化』


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