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Posts Tagged ‘生’


2月15日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     2月 15th, 2021  Posted 12:00 AM

2月15日 仏滅(甲午)

『基層としてのデザイン』

とりわけ、
記憶、思い出、追憶に
寄り添うモノの
色あせない形態の創出は、
生命、人生、
いわば生と死への
尊厳への畏敬として
切り出される
かたちのイメージから
もたらされるのではないか
と想像する。

artificial heart:川崎和男展


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6月7日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 7th, 2020  Posted 12:00 AM

6月7日 先勝(辛巳)

おそらく、
クラマタにとっての薔薇のシンボルは、
「生」であったはずだ。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』19 ビュー・ポイントからのミス・ブランチ


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6月6日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design


   


     6月 6th, 2020  Posted 12:00 AM

6月6日 赤口(庚辰)

デザインの本質には、
「生」と「死」をつないでいる
私たちのアイデンティティが、
モノとの関係で明確化される力がある。

倉俣史朗のデザイン『夢の形見に』19 ビュー・ポイントからのミス・ブランチ


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『武器も兵器も、戦争ではなくて「スポーツ」である』


   


     8月 3rd, 2019  Posted 12:00 AM

戦争という言葉だけで、特に日本人は大嫌いです。
様々な技術開発が戦争の武器や兵器となることは当然危惧しています。
同時に、デザイナーとして武器や兵器には
造形と技術の知識に、ダ・ヴインチの如く関心を持って見ています。
知識と発想がなければ開発することも、正しく有効利用することも、
問題解決することも、平和的利用にもつなげられません。
「戦い」はそれこそ戦争ではない勝敗で、
新しいスポーツ化されないものかと考えています。
サッカーの起源が、戦争で勝った敵国の将軍の首を蹴って
祝ったことからとされていますが、
今はその競技には行き過ぎた行動を伴うほどに
血が騒ぎ熱狂を持って楽しむスポーツです。
そしてスポーツ選手は、英雄になり多くの人達に、
感動や勇気を与えています。武術や武道も戦闘法から、
その型の美しさや技の強さを競う勝敗をつける戦いとなり
身体と精神とも自分との闘いにより磨かれ、
その道を学び、極めていきます。
空手などの美しい動きの型はロボットの動きにも転用されています。
例えば、伝統工芸としての打刃物、刀剣も、
武器から神格化までその時代で役割や技術その継承が重ねられています。
日常の道具としての刃物も武器になる、人を傷つける可能性をもつ以上、
それを産み出すモノづくりには、
「生」をかけて、取り組まなければなりません。
結構な刃渡りの刃物をどこにでも持ち運んで使いましょうという
軽快なコンセプトでスタイリッシュなデザインされた刃物ケースは、
素材も相応しくなかったけれど、県か市のデザイン賞が与えられており、
銃刀法も知らずに「馬鹿が選んでいる」と想像がつきました。
話は展開してしまいましたが、
さて、コレはまた進化している「ズムウォルト級ミサイル駆逐艦」です。
「そして私は、戦争ではないスポーツとして、
その駆逐艦を考えていた男がいた」と言われたいです。

*駆逐艦


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『インスタレーションのインテリアドメインとフェーズ』


   


     7月 25th, 2019  Posted 12:00 AM

若い頃、東京の都市計画が、皇居を「象徴」として語る
建築論からその空間性に納得をつけたものでした。
秋の私デザインの新作発表は、インスタレーションでもあり、
「インテリア ドメイン」に関して、相当の論理付けをまとめていました。
連続する物理空間と情報空間の特に電磁波空間性を
「インテリア ドメイン」としています。
実在・機能・構造・象徴と性能・機能・効用・神話を見つめていました。
そして、経済的な、すなわち商品価値も大きく関わってくるのです。
重要なことは象徴は無くなり、
神話へのインテリアフェーズが始まっていることです。
インテリアドメインに対してのインテリアフェーズが開始しています。
自然と文化や生と死、混沌と秩序、感性と感情といった対立、
その融和をメタファーとして示し、
人間にあるいは、見た人、ユーザーに、そういったドメインとフェーズを
開示し受け取っていただく神話性を、
私は新作でやってみようと思っています。
残念ながら、デザイン誌は日常から消えていっています。
これは昨今の雑誌出版事情もあるのでしょうが、
一時的なブームは、すぐに消えています。
現状の一過性もしくは一時的なデザイン、
インテリア用品もまた消えていきます。
私は、音楽やデザインやアートといった文化的産物がたどり着く
「神話化」によりそれらに対峙し、語り直したいと思います。


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『GS=グループサウンズにはザ・ジャガーズでした』


   


     7月 6th, 2019  Posted 12:00 AM

GSといえば、ザ・タイガースを思い出します。
大阪の難波にあったジャズ喫茶「ナンバ一番」に入ったところ、
生の歌声を聞きました、浪人時代でした。
そこには、浪人である私たち3人と、あと観客は3人だけ。
6人の観客相手に、圧巻のステージで上手くて「凄いな!!」でした。
しばらくして、タイガースがテレビに登場してきました。
それこそ、GS=グループサウンズでズーッと一番人気でした。
ところが、私にとってはそのうちザ・ジャガーズへと気持ちが移り
こちらが最高のメンバーだと、よく音楽を聴いていました。
最近はYouTubeで確かめられることが多いので、
リードボーカルの岡本信の歌声を再び聴いています。
残念なことに、10年前に彼は旅立っていました。
いつまでも、青春時代の彼の音楽を聴ける現代の環境は嬉しいです。
当時はいわゆる流行歌手はやはり歌唱力がありました。
AurexのCDやカセットで、これらを聴いています。
今では誰も覚えていない安達明もCDで聴きます。
ただし私のスピーカーシステムでは、
GSは絶対に聴かないことにしています。


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『左脳と右脳は、左右の耳に加齢化しています』


   


     2月 9th, 2019  Posted 12:00 AM

まもなく、私は生から死を迎えます。
おおげさな言い方ですが、今月、古希70歳になります。
それには、もはや「何にも要らない毎日」の生活があるのです。
闇雲に物欲に負ける生活は終わり、
もちろん審美眼が年齢とともに備わっているのです。
今は、身体のことで、左右の耳と左右の脳のことが一大関心事です。
自身にとって確かに異なっているのは、
右耳からの情報=ミュージックは
左脳が劣っているのは加齢のためです。
一般的にも、耳と脳との関係を深掘りして調べています。
アナログの再興で、デジタルとともに、
音響システムを構築できるいい時代です。
そしてレコードから、いい音を出すためにプレイヤーと
周辺小物を調整していますが、
レコード盤を押さえ込むスタビライザーも、
自分でデザインしたモノがあります。
幸いにして、40年も前のカートリッジは、
「ナガオカ・ジュエルトーン」で販売されています。
私デザインは、きっと私よりも、かなり長生きになるでしょう。
デザインしたスタビライザーがあるのかを、
オークションで探してみると、存在してるのです。
それはとても幸運なことだと思っています。
「何も要らない毎日」には、
感性=右脳を、購買すべきかどうかを迷っています。


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『葉巻はやっぱりダビドフNo.2ならパジャマもあるのでは』


   


     8月 11th, 2018  Posted 12:00 AM

私は決してグルメではありません。
しかし、まずいモノには「好き嫌い」があるから決して食べられません。
「好き嫌い」というのは、人間の中でも味には最高かも知れません。
それでも、高校時代に初めて、キュウリやナスが食えましたが、
トマトは今でも、どうしても生では食べることが出来ません。
そういう意味では、自分がグルメだからとか言う人のことは、
私は認めることはありません。
たとえば、蕎麦であって有名な店に行って、「これが最高?」と言って、
若い頃、そこのご主人と大口論になったこともあります。
なぜなら、体質的にも12歳から17歳までで、その人の好みは決定しています。
今年に入っても、それほどのグルメが良いというのはありません。
むしろ、車倚子になってから、しかも心臓障害になってからは、禁煙しました。
60歳になってから「葉巻」を吸っていますが、自宅では吸うことは禁止です。
決まって、ホテル内で決定しているところだけです。
ただ、大学にいた頃は自分の教授室でだけは試すことができました。
今回、ここに取り上げているのは、葉巻でも多分には代表的なモノです。
一番のダビドフNo.2はありません。
そういう意味では、ハッジャマがあります。
よく言われているシルクのモノはたいしたことはありません。
しかし、よく言われているパジャマでいいのは、
エルメスからダビドフ、もう一つあるホテルのモノが最高です。
葉巻だけでなく、パジャマでは今後は睡眠時の自力の体温のことは、
パジャマでないと、とることができません。
それと睡眠時には睡眠負債と言われいますが、
私は「睡眠サイクル」と「寝具での体温調整」だと考えています。


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『標高100メートル自宅からの2018年1月7日の遠景』


   


     1月 9th, 2018  Posted 12:00 AM

一昨日、七草粥の後にワイフから今年に入って一番遠景が見える、とのこと。
この自宅には2006年から入居。
入居すると、直ぐに金沢21世紀美術館にて、
私の個展、それも丁度デザイナー仕事30年の集大成で
「川崎和男展・いのち きもち かたち」を開催。
しかし、最終頃には「敗血症・多臓器不全」となりました。
それは重篤と言われ、私は3度目の死線にいました。
2018年1月7日の谷町から、アベノハルカスが遠景に見えています。
正直、大阪に来て住居がやっと見つかって入居すぐに重篤になったのです。
遠景に見えるアベノハルカスは、私があそこには近鉄デパートがあり、
浪人時代1年を暮らして居て、予備校時代に美術学校へと思いを変えました。
この写真からは、雲の様子がやや怪しげです。
この雲が一筋事に明確になれば、
私の予測では「地震雲」として予知が可能になります。
すでに南海トラフでの大地震と大津波予測がありますから、
ややこの雲状態ならば大丈夫かもしれないという予知です。
「人生69年目」ですが、生は死への過程であり、
それが南海トラフではないことと、
北朝鮮からの攻撃ではないこをを願います。


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『進化進歩するレプリカントは破壊された未来に存在』


   


     10月 17th, 2017  Posted 12:00 AM

久しぶりに「ブレード・ランナー」を観ました。
これはまず、私が最も大好きな映画監督リドリー・スコットの作品。
そしてまだ新作「ブレード・ランナー2049」は観ていませんが、
この作品では、監督が原作をどう捉えるかということと、
もう一つは工業デザイナー・シド・ミードの、デザインスケッチでの原作から、
いわゆるイラストレーションはレンダリングが映画の画面構成上では、
大きな影響を持っていることです。
そして私にはレンダリング表現ではいつも手本にしたいことが相当あります。
まず、この映画の根本から、
いわゆるSFとしては、未来の地球のそれも進化の怖さが明確にあります。
ブレード・ランナーが何を使命としていることになるというテーマ設定です。
アンドロイドどころではないレプリカントという細胞クローンが登場します。
これは決して未来が夢見るユートピアでは無いという不気味さがあります。
まさにアンドロイドは、友人でもある石黒浩教授から、
さらにクローン化までが表現されることです。
どう考えても、私たちの未来にはユートピアよりも、
地球環境は進化に進歩する限り、環境は破壊されていきます。
おそらくAD5000年には地球は消滅はやむを得ないことなのでしょう。
最も私自身1949年生まれは、なんとしてもきっと観ることが出来ない、
2049年がブレード・ランナーというレプリカントとの対決具合なのでしょう。
間も無く私を待ち受けている死はいつ来るのかは分かりませんが、
現代の想像力をリドリー・スコットとシド・ミードで確認したいのです。
細胞勾配でのクローンはアンドロイドをレプリカントにさせるでしょう。
それこそ、ネアンデルタール人とホモサピエンス人が進化して、
ホモサピエンスが我々の祖先となり、
「同情」という気持ちはネアンデルタール人から譲り受けたという、
こうしたことをともかくあと僅か、
平均年齢、私の生はあと20年余りです。
しかも決してそこには破壊だけの世界に投げ出されると自分は思っています。
最近は、「普通」が求められますが、私はこれは大間違いであり、
ホモサピエンスから現代人であることは絶対に進化し進歩なのでしょう。
「ブレード・ランナー2049 」、多分、その恐怖が楽しみです。

* 『ディスクールはアンドロイドロボットで消滅させられた』
* 「光造形から3Dプリンターへの系譜は人工人体へ繫がるか」
* 『現時点でのスタイラスペンの評価』
* 『イラスト・漫画はデザインスケッチでは無い』
* 『もう絶対に逢えない、今日は母の命日』


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