7月 16th, 2019 Posted 12:00 AM
モノはコトを仕掛け、コトはモノを要求します。
モノが象徴化されれば、構造がそのモノの進展を促し、
コトがモノを準備させます。
一方、モノが神話化すれば、効能がモノを要求しコトを導き
あるいは発祥させます。
現代では、コトからモノへ、コトがモノを突き動かすという
デザインが多く、またそれらがデザイン賞でも奨励されています。
しかし、私は、『芸術の陰謀』(消費社会と現代アート)での
ジャン・ボードリアールの「無価値と無内容」という
一刀両断の切り口を、今の市場の価値論で、思い返しています。
私は秋発表の新作において「性能」としての存在から、
機能と効用を取り込み象徴化から神話化へと昇華させなければなりません。
市場はインターネットで多極化していますから、
消費と浪費の間で、普遍的な富と美を訴求すれば、
その過程で、象徴と神話がモノとコトを見事に分裂を起こせます。
そのとき、アートとデザインはくっきりと定義をわけるでしょう。
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12月 3rd, 2018 Posted 12:00 AM
先般、盟友のサイトウマコトから、
「お前の奥さんに頼まれているポスターを送る」と言われた。
サイトウマコトには、動物的で野生的な勘があります。
人の才能を直感で見分け、レベルとラベルが違うと一刀両断。
サイトウマコトと私は、名古屋の私と東京の彼と、
9.11のテロをライブ映像でみて、「とんでも無い世界が始まるな」と、
そんな会話をしたことがあります。
もう、グラフィックデザインでは、ポスターが終焉することを
彼はつかんでいたのです。
21世紀美術館における私の個展開催時、人が主役の時には行きたくないと
断ってきた乾杯の音頭を、「やっぱり、行く」と来てくれたのですが、
その場で作品もなく、館長を「画家としての個展をやりたい」と
口説き落としたのです。もはやグラフィックデザイナーから
サザビーズで評価される画家になりました。
さて、彼はワイフの気に入ったポスターを覚えていたのです、
女子への気遣いは流石です。
かなり前に銀座gggでの個展見たこの作品は、
ワルシャワビエンナーレで金賞を受賞しています。
ポスターが来て、早速京都の額縁屋に額装の手配をしたのですが、
手こずりました。
「これ商品か?」というような仕事のモノが1ヶ月かかって納品され、
再度の納品で結局2ヶ月ほどかかりました。
ポスターの取り扱いまでこのようになってしましました。
「画家としてサイトウマコト」は世界的にも一流になっていますが
源流のデザイナーとしての作品も、
圧倒的な存在感を空間に放っています。
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11月 21st, 2011 Posted 12:00 AM
大震災に被災した人にとっては一大事なことです。
それを一刀両断的に「無能なる住宅」と断言します。
この表現は被災者の方々には失礼極まりないことですが、
やはりこの被災地の対応制度政策を評価するには、
こう言わざるをえません。
「仮設住宅」の制度は、全く知られていませんが、
これほど工業住宅が進歩した中で、呆れることが多すぎます。
この制度の入り込んでいる住宅対価詳細から、
この住宅建設の仕組みをもっとマスコミは報道すべきです。
パネル工法とガルバリウム鋼板の屋根材は低安価ながら、
きわめて一見合理的な印象がありますが、行程は省略工事です。
すなわち、防音材・断熱材・基礎工事の行程が省略されています。
明言します。手抜き工事ゆえに、
夏は相当に暑く、雨音はうるさく、この冬の寒さは当然です。
なぜ、私はこのことをほぼ告白として書くかと言えば、
中越地震の前にある住宅メーカーと、
「災害用住宅のデザイン」計画を進めていました。
ところが、そのメーカートップが病気で倒れてしまい、
この計画推進のリーダーを失いました。
結果、実に残念なことながらプロジェクト中断でした。
私は現在、復興計画では、建築や都市計画ではなくて、
「インダストリアルデザイン手法」の導入による、
特に「インクルーシブデザイン」としての計画を進めています。
いづれその詳細は、もし実現しなくとも「発表」する決意です。
基本は「仮設」ではありません。「佳設住宅」ですが、
「住宅」という概念も変更するつもりです。
「佳設」とは「美しい設備」が万端であり、
復旧でもなく、復興でもなく、
未来住居としての「佳設」が、「まち・みち・きち」、
すなわち、私のデザイン定石「いのち・きもち・かたち」が基盤です。
私は、現状の「仮設住宅」という制度、市町村と県の関わり方、
さらには、「仮設住宅」が工業生産される既得権、
これが建設族議員との関係を明らかにすべきと言っておきます。
やはり、日本のシステムがどれほど壊れているのかは、
「仮設住宅制度」が象徴しています。
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