kazuo kawasaki's official blog

staffblog 5月9日



     5月 10th, 2015  Posted 6:06 PM

5月9日

金沢21世紀美術館において、
柳宗理生誕100年記念講演会が行われました。

お影様で多くのお申し込みをいただきました。
ありがとうございました。

Tags: ,
Posted in Staff

「連休中は休筆します。」



     5月 2nd, 2015  Posted 9:33 PM

『腕時計には本来、機能性の無いモノだった』



     5月 2nd, 2015  Posted 12:00 AM

私はある時期から時計もコレクションになりました。
そうしたら、Apple Watchが登場してきて、
果たして手に入れるべきかどうかを迷っていました。
なぜなら、Apple Watchを身に付けるべきかで迷ったからです。
そして、明確になったことがあります。
自分の時計のコレクションを見ながら、
時計を最もそれこそ性能的に進化させたのはブレゲでした。
また、日本がクォーツの知財権を放棄したことで、
時計原産地であるスイスの苦悩は10年に及びました。しかし、
彼らは機械式性能を進化させることや、国立時計士を制度化して、
スイス製こそ、腕時計であることを証明してきたわけです。
さて、Apple Watchは、デジタル式のウェアラブルPCですが、
確かに高額なモノも発売して、時計市場の席巻を狙っています。
私自身は、ムーンフェイス式に今は最も興味がありますが、
気づいたことは、時計は効能性の証であって、
ファッション性として、どの時計を身に付けているかが問題です。
そういう意味では、デジタル式ウェアラブル時計は、
機能性が拡大したのではなくて、
効能性を捨て去り性能をデジタルにしているモノです。
ということは腕時計の存在は効能性=何を身に付けているかが重大、
性能は、たとえばムーンフェイスで、効能性が確約されているだけに
どのようなファッションスタイルであっても、
三都市の時間が分かる効能と性能があるということにすぎません。
結局、腕に装着してみれば、
Apple Watchは性能だけに期待できるだけであり、
確かに、スポーツタイプと言われればそれ以上の性能はありません。
結局、時計はブランドという効能性が性能を決定しているだけであり
腕時計というモノには、機能性はまだ人類は見いだしていないと
私は思っています。
つまり、時計・万年筆・メガネという男の持ち物には
まだまだ、機能性の発明が求められていると判断しています。
ちなみに、この万年筆はブランドモノであり、デジタル、
スタイラスなのです。明確な効能的な性能進化があるだけです。

5月2日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     5月 2nd, 2015  Posted 12:00 AM

5月2日 仏滅(戊寅)

喧嘩は歴史的には
室町時代に
「喧嘩両成敗」という制度から、
ファッションの形式である。

だから、喧嘩にはファッション性が
常に求められている。

川崎和男「喧嘩道」

5月1日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     5月 1st, 2015  Posted 12:00 AM

4月30日 先負(丁丑)

センスの問題は
喧嘩力、
その判断にあると思っている。

つまり、
喧嘩が出来るかどうかは
自分へのセンスの有無を
真剣に問いかける行為だと思う。

川崎和男「喧嘩道」

『センスの有無?は、香りか臭いかだと思う!』



     5月 1st, 2015  Posted 12:00 AM

デザイナーにはセンスが必要です。
そこでよく質問を受けるのは、センスって先天的?後天的?、
このことをよく質問を受けます。
私は、ようやく、センスは先天的であって、
しかもそれは後天的には訓練もされなければならないと思っています。
センスとは、本来は「臭い、香り」を実感出来るかどうかが、
フランス語圏内にて育ってきていると読んだ経験があります。
実感というのは、特に、「臭いと香り」を嗅ぎ分けるという
これはあくまでも視床下部で判断が直ぐに立証されるほぼ野性だと
私は理解しています。
したがって、ファッションデザイナーが名を成し効を遂げれば、
必ず「香水」というモノのデザインが出来るというわけです。
それは、香水は、本来は香りで有るべき判断が、
臭いとして耐えがたきモノならば、それは決して香水ではありません。
それだけに、私は臭いと香りをかぎ分けるがごとくに、
センスの有る無しは決定出来るものと考えるからです。
それは、香水の知見に関わる重大事だとさえ考えています。
ファッションデザイナーのデザインの極致は、
如何にその香りを纏うことができるかどうかであり、そのデザインです。
また重大なことは、香りの判断である視床下部はすでに先天的に
その判断基準が決まっているということです。
しかし後天的にはこの視床下部のトレーニングが可能だとも思うのです。
だから、私は視床下部に直接的な官能力には、感応、間脳、そして
さらに私はデザイナーには観応力の養成が絶対に必要だと考えています。

4月30日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     4月 30th, 2015  Posted 12:00 AM

4月30日 友引(丙子)

喧嘩には
ダンディズムが不可欠である、
というのが私の判断。

すなわち、
ダンディズムとして
確約たる
「ファッション性」着こなし、
身に付けている
洋服・靴・時計などが
喧嘩師には問われていることだ!

川崎和男「喧嘩道」

『金沢美大には伝統的なアノニマスデザインがあった!』



     4月 30th, 2015  Posted 12:00 AM

金沢美術工芸大学は今も日本の大学では最も小さな大学です。
全校学生が600名もいない大学であり、なおかつ入学困難な大学。
反対に今、私は大阪大学、国立大では学生数最大 18万人います。
その金沢美大には、大学創立時には、
柳宗理先生は欧州から特にバウハウスの流れを持ち込んで頂き、
もう一方で米国へデザイン留学生第一号であった平野拓夫元学長、
この二人が戦後最初に日本のデザイン教育を
ほぼ完璧なものにしたと私は判断しています。
なんといっても、それは工業デザインが、
いち早く日本では総括的に欧州と米国流を統合的に確立されました。
それはいわば民藝の「アノニマス性」が顕著だったと思っています。
最近、そのことがとても明快になったのは、
日本で最高ランクのホテル、ホテルオークラの建て替えについて、
海外から大きな反対運動が起こり、そのホテル建設については、
米国から戦後一番にトータルなデザインが反映していたことです。
おそらく、私世代の金沢美大卒業生なら、
このホテルに戦後最良のデザインがあったことを知っているはずです。
海外のしかもデザイン界はこぞってこの反対運動が開始されました。
このデザインは平野拓夫先生であり、この反対運動を私は大賛成です。
このホテルこそ、日本で戦後最初のIMF国際会議のために建設。
そして当時の日本政府はそのデザインを米国に発注したところ、
余りの高額に仰天しましたが、
そのデザイン事務所に米国で平野先生と同級生がいて、
結局、官僚だった平野先生がロゴタイプはじめデザインをしていました。
まさにあのホテルが日本で最初のアノニマスデザインになっています。
しかし、金沢美大でデザインを学ぶ学生は、
柳先生の作品と平野先生の作品で、
欧州のデザインと米国のデザインその実際の実務作品から
先生たちの後姿で、デザインを学んだと私は思っています。

「日本で最初のスクリプト体・恩師のデザイン」

『教え子で得をしたことがあります。・・・』



     4月 29th, 2015  Posted 12:00 AM

柳宗理先生にとって、私は反抗的な弟子でした。
ところが、私は先生の薫陶を4年以上も受けていたことで、
とても得をしたことが二つあります。
一つは、ニューヨークMoMAで、アッキーレ・カステリオーネ氏が
個展を開催していた時、ちょうど私は招待されていたこともあり、
その個展の会場で、彼に挨拶をしました。
「君は日本人か?、日本には親友がいるんだ」。
「私は柳宗理先生に学びました」、と言うと、
彼はとても喜んで、強くハグされてしまいました。
「そうか、そうか、教え子か」と喜んでもらいました。
(とんでもない教え子にも関わらずでした)
そして、東芝でのデザイナー時代には、よくオーディオの師匠、
菅野沖彦先生です。東芝時代には数名の評論家の先生自宅に、
企画や新製品の評価をもらいに出入りをしていました。
その中で最も親しくなり、先生には新製品企画を応援してもらいました。
そんな折りに、美大で誰に学んだかと問われました。
「柳宗理先生でした」と答えると、
「これをあげる」と言われてもらったのはLPレコードでした。
しかもそのレコードの制作ミキサーは、菅野先生自身のものでした。
柳先生の母上である、オペラ歌手だった柳兼子女史のレコードでした。
彼女は、あの柳宗悦の奥様でした。
東芝時代にレコード盤は2000枚ほど持っていましたが、
CDになってからは50枚ほどに、そのCDもハードディスクです。
けれどもこの50枚ほどのレコード盤の中にまだ私は持っていました。
最近は、やはり、もう一度、LPの再生システムを、
組み直すべきかとさえ考えています。
それは、LPレコードを整理しなければ良かったとさえ反省をしています。
私は、柳宗理先生に学んだのは、デザインだけでは無くて、
これほど得をしてしまったとさえ思っています。

4月29日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     4月 29th, 2015  Posted 12:00 AM

4月29日 先勝(乙亥)

人は高齢になると
丸くなってくる、と言われます。

私は
いつも尖っていて
喧嘩師であることは辞めないつもりだ。

喧嘩が出来ないようでは
男の美学は堅持すること無理である。

川崎和男「喧嘩道」