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Posts Tagged ‘川崎和男のデザイン金言’


12月17日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 17th, 2009  Posted 10:02 PM

12月17日 赤口(丙申)

果敢とはどういうことなのかを
突き詰めていくと、
結局はその過程で
「躊躇している自分」を
見てしまう。
だから躊躇する人間とは、
弱い存在である。
その弱さに、
いわば「人間性」というのがある
かもしれない。
それを踏みにじる果敢さというのは、
野蛮でしかないことになる。

『デザインの極道論』よわい


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12月14日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 14th, 2009  Posted 9:00 AM

12月14日 先勝(癸巳)

現代は膨大な種類のモノがあり、
モノの豊富さゆえに、
人は「玩物喪志」になってしまっている
と言われる。
しかし、
これはモノへの大きな誤解だ。

『プラトンのオルゴール』
かたちの華をアントロギア


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12月11日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 11th, 2009  Posted 1:22 PM

12月11日 仏滅(庚寅)

「音」は、「言」ということばと
明確な違いがあり、
「識」や「闇」に
「音」の形象があるがごとく、
日本のことばや時間と空間の
文化的な根幹を成している。

『プラトンのオルゴール』
「プラトンのオルゴール」からビートルズ


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12月10日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 10th, 2009  Posted 10:48 PM

12月10日 先負(己丑)

会いたい。そして逢いたい。

この二つには大きな違いと
微妙なニュアンスの差がある。

会う事とは状況をめぐらして会合、
会集することである。

逢うというのは、
神が会わせるという意味が
原意に潜んでいる。

『プラトンのオルゴール』
十二人に会う・逢うためのオマージュ・オブジェ


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12月08日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 9th, 2009  Posted 12:30 PM

12月09日 友引(戊子 )

新しくするには、
古いものをばっさりと
切り捨てる覚悟が必要だと
自分に言い聞かせている。

『デザインの極道論』あたらしい


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12月08日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 8th, 2009  Posted 12:00 PM

12月08日 先勝(丁亥 )

恐さ・怖さから解放されるために、
デザイナーのコワさ=強さのある
強面の人になって、
直面するリアリティーの問題を
解決していかなければならないと
決心している。

『デザインの極道論』こわい


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12月07日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 7th, 2009  Posted 10:29 PM

12月07日 赤口(丙戌 )

戦乱の地域で、
美しいデザインによって
人間らしさをどう伝えていくことが
できるのだろうか。
私は、ヒューマニズム的な奇麗事を
デザインで語りたいとは
決して思わない。
そんなヒューマニズムなら、
堂々と喧嘩を仕掛けるべきだ。
それでもデザインは奇麗事を語る
唯一の職能であるということを
全面的に心服しているわけだ。

『デザインの極道論』こわい


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12月06日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 6th, 2009  Posted 3:22 AM

12月06日 大安(乙酉 )

デザインは、
尊いことを具体的にモノの形態に
集約させていく職能である。
コミュニケーションの
最良の方法として、
「デザインという知恵」が
求められている。

『デザインの極道論』とうとい


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12月05日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 5th, 2009  Posted 12:00 PM

12月05日 仏滅(甲申 )

デザイン界も、マスコミ界も
また、あのバブル時期のような、
思想性のかけらも感じられないデザインを、
「新時代デザインの到来」だと持ち上げている。
新世代のデザイナーには思想性の重量感が、
あたかもデザインにとっては
「罪悪である」がごとく、
低脳な発言をする者を見てしまう。
これには反省と、さらなる学習を
求めなければならない。
こうしたデザイナーのモノは、
デザインではありえない。

『デザインの極道論』とうとい


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12月04日川崎和男のデザイン金言 Kazuo's APHORISM as Design


   


     12月 4th, 2009  Posted 8:43 PM

12月04日 先負(癸未 )

私は、あえて
行動を過激にしている。
デザイナーにとって
デザインという仕事の目的は、
デザインされたモノでの豊かさが、
人生そして世界に寄与することだ。
が、それは平和なればこそである。

『デザインの極道論』とうとい


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