7月15日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
7月 15th, 2015 Posted 12:00 AM
7月15日 仏滅(壬辰)
喧嘩と暴力が並んでいた時期は長い。
が、
「喧嘩道」になって、
喧嘩は暴力では無いと論理化されている。
川崎和男「喧嘩道」
Tags: 川崎和男のデザイン金言, 暴力, 論理
Posted in APHORISM, 川崎和男 「喧嘩道」
『ジェネリックプロダクトの盗用悪用が始まっている』
7月 15th, 2015 Posted 12:00 AM
Genericという言葉がもつ意味は、とても優れていました。
元来は、薬などが商標権などに囚われずに一般的なと言う意味でしたが、
このノーブランド性を最初は借用していたのが、
医薬品以外、特に家具などにジェネリック家具となり、
それは意匠権などが消滅するとジェネリックプロダクト、
ジェネリックデザインへと盗用されるどころか、
オリジナルデザイナーの名前を消し去り、
オリジナルデザインの価値観を完全無視し出しました。
ジェネリック医薬品の考え方は、優れていたと思います。
これはインドの国策として、医薬品の物質特許を、
インド国内では認めない=貧困層に医薬品を提供する政策でした。
しかし、そうなると創薬にかかった開発費は無視されたことになりました。
そこで、後発医薬品をジェネリック医薬品として、
先進国家も製造を開始することになるわけです。
ジェネリックというノーブランド性を、
家具業界が借用しかつては素材や生産方法では高額であったモノが、
コストパフォーマンスなどが性善説であったのはほんのわずかでした。
特に、ジェネリックプロダクト・ジェネリック家具が、
中国のモノ真似主義を根本で支えることになると、
倫理感の無いデザイナーは平気でこれを悪用することになったのです。
日本では意匠権で20年保証をしてないとするなら、
オリジナルデザイナーの死後に、オリジナルデザインを消し去り、
それは「私のデザイン」だとまで主張し始めるのです。
法的には問題は無いのかもしれません。
ジェネリックプロダクトならば、
今ならここまで優れた新素材・新生産方式で、
オリジナルデザイナー名を明記して、
リデザイナー名としての表記なら私も納得するでしょう。
しかし、デザイナーという職能は、
美・義・善を職能倫理観としているならば、
ジェネリックデザインはやらないはずです。
まして、オリジナルデザイナー名を消し去って、
自分名でデザインしたともなれば、これは盗用悪用です。
先般、私はシェーカー教徒デザインを
まったく自分名としてきた作品を審査委員に検討を図りました。
当然のこと、知らなかったが、これは盗用!という意見でした。
オリジナルデザイン、
とりわけアノニマスデザインを徹底的に学ばされて育ってきた者には、
ジェネリックプロダクトに関与することは、
デザイナー哲学として絶対に踏み込まないことは明確です。
まして、政治的な権力で受賞対象にしてしまい、
意匠権を盾にしてライセンス生産のオリジナルを
デザインの歴史から、
抹消させるなどとは許されるものではありません。
ジェネリック医薬品のディメリットが、
やがてジェネリックプロダクトに反映するでしょう。
ジェネリック医薬品の物質特許無視が
招いてしまった薬剤特許は後発医薬品の効能を失わせているのです。
おそらく、ジェネリックデザインを悪用しているデザイナーは、
彼のこれまでのデザイン全てが拒絶されると危惧します。
Tags: アノニマスデザイン、オリジナルデザイナー名、美・義・善、コストパフォーマンス, ジェネリックデザイン, ジェネリックプロダクト, ジェネリック医薬品, ジェネリック家具, デザイナー哲学, ノーブランド, 創薬, 医薬品, 商標権、薬 、Generic、, 国策, 完全無視, 後発医薬品, 物質特許, 物質特許無視, 盗用, 薬剤特許, 貧困
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『風当たりを我ながら強くする! 当然である。』
7月 14th, 2015 Posted 12:00 AM
昨日は大阪に来てから初めて強い風が吹き付けました。
天候異変は、台風の進行方法を変え、
さらに連続する台風が、進行方向を予断させていません。
私は事典・辞典・辞書の類いが子供の頃から大好きです。
そして私が最も大気に入りが「風の事典」でした。
この事典は大変な作業で私は初版本を持っています。
最も学んだことは、日本には風は三つしかないという結論でした。
とても簡潔な結論に私は鳥肌がたったことを覚えています。
日本の風は、山からの風と海からの風であり、
この二つの風には名前が各地方ごとにありますが、
とても似通っています。
そしてもう一つの風が瀬戸内海からの風です。
私は大阪の風は、瀬戸内海からの風だろうかといつも思います。
北陸に育った私は日本海の風と日本列島山脈からの風はすぐに分かります。
むしろ東京にいるときには太平洋からの風はなんとなくわかっていました。
「風が吹くから木の葉がゆれる」
「木の葉がゆれるから風が吹いている」
この二つの表現を解説せよ、という大学入試問題が
「隠喩性」で出題されてたことがありました。
私は、「風」というテーマでデザイン課題を出したこともあります。
それはどれもデザインにおける比喩論的な手法につながり、
レトリックへのデザイン論だと考えます。
だから、風をメタファーにすれば、
人間関係や社会の景気論などはまさに風です。
だから、教え子や後輩から相談を受けると、
「私はそんなこと、一時の風のようなものだから」
「受け止めること無く、その風に吹かれて平然と」、
と、簡単に伝えますが、
翻って、私はたとえどのような風であれ、防風対策をします。
防風どころか、暴風対策をしてしまいます。
詰まり、風当たりが強くなってこそ、
生きがいだと感じる性質で生まれてきたのだと自覚しています。
正しいデザインのためには、
風当たりが強くても、メタファーでは語れない
「悪用」・「盗用」のデザイン・デザイナーを告発するつもりだ!
7月14日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
7月 14th, 2015 Posted 12:00 AM
7月14日 先負(辛卯)
「喧嘩道」とは、
ノルアドレナリンの完全な制御防止焼却手法だ!
川崎和男「喧嘩道」
Tags: ノルアドレナリン, 制御, 川崎和男のデザイン金言, 手法
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7月13日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
7月 13th, 2015 Posted 12:00 AM
7月13日 友引(庚寅)
完全であることや安全であることは
知を具現化するための最終目標として目的化する義務がある。
デザインが対象とするモノの安全はデザインの本質的課題である。
Tags: 川崎和男のデザイン金言
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『民藝へのアンコンシャスビューティを再熟読』
7月 13th, 2015 Posted 12:00 AM
「柳宗理生誕100年記念講演」以来、
私はあらためて先生の作品系譜から、柳宗悦「民藝論」を
再熟読をしています。
多分もう一度「川崎、読み直せ」と言われていると
自分に言い聞かせています。
アノニマスデザイン・ゲマインシャフト・アンコンシャスビューティが、
先生から受け継いできたデザインの要でした。
先生はスケッチやレンダリングよりも、
ともかく、現場での実験モデルを重要視されていました。
そのことを私は正面切って、先生にぶつかっていきましたから、
学生時代は睨まれ、叱られながらも、なぜか一杯話をしてきました。
レンダで誤魔化すな!− いえ、レンダでも十分に語ってみせます。
図面を書きすぎるな!− いえ、いやというほど図面を画きます。
でも、現場のゲマインシャフトを護り抜き、
アノニマス性を順当に受け入れてきました。
アンコンシャスビューティを何としても見出そう!
これを私は自分のデザインの核心にしてきたと自負しています。
先生が、父親の「民藝論」増補版で製作者の方々に、
大変な敬意を語られています。
同様に、先生のご子息・柳新一氏に、
私はアジアで盛大な展覧会なのに生誕記念講演だけで
本当に申し訳なかったと伝えました。
そうしたら
なんと「民藝」が商業主義の基盤的背景になっているとの話に、
私はまず、先生の怒りの表情を見ました。
2005年に亡くなってしまった女性デザイナーの仕事を見事に、
自分のデザインだと言い切ってしまう狡猾さを反映して、
「民藝」を自分の商売デザインに平然と悪用する輩を許さない!
私は改めて「民藝」を護り抜かなければならないと決意しています。
「川崎、叱っているのだ、怒っているのではない」、
先生の声が耳鳴りします。
が、「民藝」を広告コピーとしていることには、
柳宗理先生は大激怒しておられるでしょう。
Tags: アノニマスデザイン, ゲマインシャフト, 商業主義, 大激怒, 怒り, 柳宗悦, 柳宗理, 柳宗理生誕100年記念講演, 核心、アノニマス、レンダリング、スケッチ、アンコンシャスビューティ, 狡猾さ, 耳鳴り
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7月12日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
7月 12th, 2015 Posted 12:00 AM
7月12日 先勝(己丑)
知識と行為の合一上にのみ
デザインはあり得ないことを忘れてはならない。
知行としてのデザインを確認しておきたい。
Tags: 川崎和男のデザイン金言, 知行, 知識, 行為
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『愛着と愛用がデザインの全体価値である』
7月 12th, 2015 Posted 12:00 AM
私は心臓を痛めて以来、薬を手放せません。
あるとき、出張中に薬を持参していないことがありました。
そのとき、たまたま教え子が自宅から、薬を届けてくれました。
その教え子が就職した年に、
彼は選び抜いてくれたB&Oの薬入れ(今は無い?)をくれました。
この心遣いにびっくりし、彼のデザインセンスは確かだと
思ったものです。
以後、いくつかを買いそろえて、絶対に持ち歩くことにしています。
除細動器も2度手術をしてから、薬の量は本当に減りましたが、
このケースには、アレルギー対症薬やどうしようも無い痛み止めを持参。
自分が、モノのデザインに最も関わっていて、
そのデザイン効果は、モノの形態言語=designed languageである、
モノのデザイン表現の用途内容が最も大事だと思っています。
それはモノの用途への使い勝手と使い心地です。
使い勝手と使い心地が日常的なモノは、「愛用」と「愛着」に、
確実に結びついているかどうかです。
私が工藝品というのは、愛用と愛着するモノのことだと考えています。
それこそ、文豪が使っていたインク壺とか、万年筆、
時には頭髪ブラシなどがあります。
だから、デザイン審査での最終決断は、愛着心が湧くモノだろうか、
必ず愛用されるだけの、望ましさ+好ましさ=価値があるだろうかです。
そういう意味では、たとえば文房具品には、
愛着心や愛用出来るだけのデザイン効果が全体価値かどうかです。
決して、デザインは付加価値ではないということです。
付加価値でしかないモノには、愛着性も愛用性も生まれません。
7月12日川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
7月 11th, 2015 Posted 10:12 PM
7月12日 先勝(己丑)
喧嘩は重要である。
しかし、
現代人には、
喧嘩は暴力と結びついているという
大誤解がある。
喧嘩とは、
まず、自分への意地がきほんであり、
その意地こそ、
自分を維持することに他ならない。
まず、自分への意地がきほんであり、
その意地こそ、
自分を維持することに他ならない。
川崎和男「喧嘩道」
Tags: 川崎和男のデザイン金言, 意地, 暴力, 維持, 誤解, 重要
Posted in APHORISM, 川崎和男 「喧嘩道」
『話題への応答商品、課題への回答商品、問題への解決商品』
7月 11th, 2015 Posted 12:00 AM
「DESIGN TOKYO」展は出品商品を書類審査によって、
審査委員が決定することになっています。
私は審査委員長をしていますから、審査は勿論のこと、
審査委員の審査も詳細に見なければなりません。
今回の審査では、スピーカーやスマホ関連、アロマ関連などから、
伝統産業なども出品が数多くありました。
書類審査ゆえに、写真や文章、商品企画書や掲載誌など、
あるいは受賞経緯など克明なものから大雑把な書類と
4ヶ月間毎月選別していました。
受賞経緯などでは、インチキなデザイン審査を再確認できました。
スピーカーについては私の専門性もあって、
単なる拡大器を商品にされると、正直いい加減過ぎると思います。
スピーカーの性能表こそとても重要ですが、
周波数特性図が無いモノを商品とする企業は駄目です。
アロマや石鹸なども、OEM生産での商品化も駄目でしょう。
そんな中で、これは南部鉄の鋳物ですが、
鋳物でありながらこの正確な面出し=表面をダイヤモンドカット仕上げは、
伝統産業の技術進化を見ました。
しかし審査委員にとってここまで読み取れないことは分かっていましたが、
受賞作になる仕上がりでした。
受賞作候補には模倣もありそれを審査委員に伝えれば即刻理解されました。
商品には、話題への応答商品・これはすぐに売れなくなるでしょう。
課題への回答商品はあふれかえるほどありました。
この商品企画・計画はもう時代遅れだと私は思っています。
OEMでも商品化出来てもさらに工夫と改善が必要です。
日本の産業全体が駄目になってきているのは、
課題−回答=Qestion & Answer商品づくりに安住している結果です。
そうしたなかで、この商品には、
鋳物ゆえに最終切削でのダイヤモンドカット面の実現は
伝統産業を進化させた問題解決商品になっていました。





