6月 14th, 2015 Posted 12:00 AM
6月14日 先勝(辛酉)
「出たがり」という輩が据えている。
現代は 何かと言うと、
講演だ、
ワークショップだという
そんなイベントが増えている。
ところが、
実力も無く
実績も無く、
それどころか、才能も無く、
特に
デザインを語る輩は
いづれ、成敗をしなければならいない。
が、それ以前に、
無能さを「見抜かれる」だろう!
川崎和男「喧嘩道」
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6月 11th, 2015 Posted 12:00 AM
演劇を本当に久しぶりに観ました。
新橋演舞場も初めて行きました。
インテリアデザイナーの森田恭通氏と彼の夫人・大地真央さんが
気を遣っていただき、招待されて劇場まで配慮されました。
演劇は大好きです。
特に名古屋時代は名古屋の劇場では一番観ていたかもしれません。
そして、私は自分でも呆れるほど、
よく劇場にはクレーマーを演じていました。
最近は車いす対応が進んできていますが、
必ず、文句をつけていたものです。
「熱海五郎一座」三宅裕司座長の喜劇は想像通りおもしろく、
しかも彼らが12年、昨年からこの劇場に進出してきたこと、
さらには、大地真央女優さんをゲストで彼女にも
喜劇をという苦労を思うと、
彼らのプロフェッショナル根性には敬意を払います。
私は浪人時代大阪で宝塚劇場に
最初は冗談半分で浪人同士が集まって行きましたが、
宝塚劇場あの独特さに心を奪われ一人で3回も行ったものでした。
気がついて、私は受験生だったので、
もう来ている場合では無いと言い聞かせたものでした。
いわゆる宝塚という独特の演劇人養成は、今なお優れています。
浪人していた浪人生ばかりの住処ではそこの娘さんが宝塚出身で、
無名で終わりましたが
宝塚出身の女優さんは本当に美しく、
青春時代は大憧れたものでした。
練習を重ねて一ヶ月の公演は、肉体酷使であり、
演劇人が「舞台」というジャンルはプロの局地だと思います。
女優・大地真央さんがこの喜劇をさすがに
華やかに主導してしかも彼女が喜劇を演じきってしまうこと、
私はともかく、プロフェッショナル性を再確認させられました。
演劇とデザインの関係は明白にありますが、
まだ接近していくには演劇の歴史性を
相当にデザインがその見識をつけなければならないでしょう。
どうしてもオーディオ、いわゆるPAが気になってしまう性分ですから、
これは世界的にもまだまだPAどころかプロジェクションマッピングなども
もっと接近すべきと思いますが、
演劇のデジタル性は
とても深い洞察論理とそれを成し遂げる才能が必要だと思います。
しかし、演劇とデザイン、あるいはPAやデジタル化は、
今世にもっと近接させるお互いの才能の出現を
待たなければならないと私は思っています。
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12月 9th, 2014 Posted 12:00 AM
駅のホームは空しくなるほど酷い。
最近はこんなことが見たり聞いたり知って、空しさと同時に、
とても穏やかになれない自分がいます。
もし、コスト的にただ屋根があって、それでも様々に機能的、
だからデザインされている、なんてもし自称しているなら、ヤる!
それこそ、ある記者の方から、革新について連載を書くので取材とか
そうした質問を聞いているうちに、私の苛立ちがあがってきます。
思い切って、「あの、ところで『革新』って何ですか?」、
「えぇ〜、革新は革新でしょう」
(バカヤロウ、もう結構だ、目の前にいたら・・・!)。
ある評論家が、
「イノベーションが起こらないんだヨ、困るね」、
「あの、イノベーションを発言した論理だと・・・」と言うと、
「それ、どういうこと?」
(はァ〜、原本すべて読破して自分の意見あるの〜)。
ある若手経営者が、
「これから我が社の機器と回線は・・・・」
(機器ってそういう意味じゃ無い、回線の時代性見えていない)
(この企業が自称する時代性はもう消滅しているナ〜)
助教授から准教授と名前が変わりました。
どうしたものでしょうか〜
(お前は、世間では生きていけない、せめて大学の空間に・・・
いや、お前がいくら博士だろうが、その前に才能が無い!)
エェッ、よくも匿名だとここまで勝手なことを書き込むよナ〜
一度、私の前で、私の目を見て、正々堂々と非難してみなさいよ?
できるわけがない!
車イスの私だけど、殴りあってみますか!
殴り合い、当然、暴力での喧嘩です。
やり合った経験すらないでしょう。いつでも出来ます、私は。
駅のホームの貧しさを見て、体中に怒りが沸いてくる私です。
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10月 21st, 2014 Posted 12:00 AM
10月21日 乙丑(赤口)
デザイナーは明確に才能が要る。
教え子の才能は、
学生時代
就職した後
この二つの連続で判定できるようになった。
いづれの時代においても
人間としての正直さと真面目さが根幹である。
こうしたことから、
教え子の未来も見えるようになった。
こうしたことを「知る」と、
私の恩師も私をすでに判断していたと知り、
恩師をあらためて敬愛する。
たとえ、教え子であっても
デザイナー同業者として、
その行く末は見えているものだ。
恩師も私の今をすでに見通していたようだ。
「川崎和男 強い人弱い人」
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8月 2nd, 2014 Posted 12:00 AM
8月2日 乙巳(先勝)
真剣さと地道さ、
これを手に入れた人間でなければ、
その人に「才能」は生まれません。
真剣さと地道さには
毎日の
日常の
生きていく道程が
やがて冥府に繫がっている事すら
「才能無き」人には宿りようが
全く無いでしょう。
「川崎和男 強い人弱い人」
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1月 11th, 2014 Posted 12:00 AM
TV放映では語り継げないことが多いことは明らかです。
しかし、私の表情を読み取った人たちは多かったのです。
私の恩師はすべてを読み取って二つの感想の電話がきました。
私がプロとして相当に押さえた発言をしていたかということ。
それでもTV出演しているだけの演技もデザインには必要。
私は今この日本が、特に大企業が国家を支えられず、
しかも若い世代は大企業への信頼感すら失っています。
しかし、やはり大企業だからこその真の力、
その偉大さ、尊大さと矮小さまでを識り尽くさない限り、
ベンチャー企業の起業能力は妄想にすぎないものになります。
いくつもの企業体験をしてきました。
特に、モノづくりとコトづくりをそれぞれデザイン対価で
評価判断もしてきました。なぜなら、デザイン対価にこそ、
デザイン職能の価値が規定されているからです。
結果、海外は明快にデザイン対価を取り決めます。
わが国でのデザイン価値とは大きく異なっているのです。
つまりデザイン成果価値をProfitとBenefitで峻別できます。
わが国のデザイン成果価値をそれこそベンチャー企業ですら、
未だに理解どころか分別もできないのです。
そのような企業が30年も存在することは不可能です。
Profitとは「金銭価値」=純利益であり、
Benefitとは「印象価値」=ほぼ経常的な利益と考えられます。
まず、「デザインする」という価値を、
デザイン対価=Profit+Benefitに出来る起業家には才能が必要。
もう私にはその才能も見極めがつくようになってきたと思います。
この自負心が正直に私には表情に出てしまうようです。
恩師にはそれを見透かされていましたが、まだ闘う覚悟です。
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7月 27th, 2013 Posted 12:00 AM
私の年表づくりは「安政」に焦点を当てています。
理由は、すこぶる明快に思想を貫いた偉人への想いからです。
梅田雲浜は、故郷に疎まれ、
「お前の藩にはすごい人物がいる」と言われて、
その藩は気づきます。
彼は、病死?獄死?ですが、私は拷問死だったと思うのです。
橋本左内と吉田松陰は、顔さえ会わせずに、牢番に聞かされて、
お互いの尊敬を詩で交わし会います。
この詩を忘れてならないと思っています。
横井小楠の働きぶり、才能、身体を橋本左内は書状に書きました。
斬首直前の書状で確認ができます。
二人が越前打刃物の「定書」をあの若さで取り決めています。
横井小楠はキリスト教徒では無いにも関わらず、
京都で惨殺されてしまいます。
その時には、左内はすでに斬首されていたのですから、
彼の思いを追いかけてみるだけです。
「安政」は、ペリー黒船来航や大震災を迎えたがゆえに、
徳川体制によって定められた年号でした。
悪政の時に限って、わが国は大天災を迎えていることは確かです。
この人たちの思いが、一人のヒーローを小説化して、
それが一般化されている、あたかも歴史を私は疑うのです。
「安政」、この年間にこそ「明治維新」として、
私たち近代、現代の、
混乱が彼らの非業の死の中に封印されている気がしてなりません。
これまで、私は自分の講演で、折りあらば、彼らを語りました。
初めて、私は「適塾・橋本左内と先端デザイン」を話します。
泣き出してしまうかもわかりません。
なぜなら、彼らの生き方を支えた日本という小さな国家、
その開国にあたっての理想と思想だけの生きがいに、
心から私は、彼らを手本にしたいからです。
「デザインは宿痾の解決」だからこそ、
先端デザイン基本を「安政」の忌まわしき年間に確かめるのです。
Tags: キリスト教徒, デザインは宿痾の解決, ペリー黒船来航, 京都, 偉人, 吉田松陰, 大震災, 安政, 定め書き, 年表づくり, 思想, 才能, 拷問死, 故郷, 明治維新, 梅田雲浜, 横井小楠, 橋本左内, 牢番, 獄死, 病死, 藩, 越前打刃物
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6月 9th, 2013 Posted 12:00 AM
大学人=デザイン研究者として、
デザイン成果を17年目に一つの結論として示しました。
まず、デザインは問題解決の実務手法と40余年主張してきました。
そして、デザインを装飾や単純な商業手段としている者を、
徹底的に論理性でもデザイン成果としても全否定してきました。
それは、政治的にデザインを展開する輩すら認めませんでした。
明らかなデザイン成果は問題解決での最適解が、
あくまでもデザイン成果として、形態が「言語化」することです。
この言語化することには、才能が不可欠だと思っています。
それはこれまでのデザイン系譜を美術→応用美術の範疇さえ、
乗り越えた先端的な技術の「統合性=inclusive」にあります。
私はこれを造形言語=「designing language」と、
形態言語=「designed language」と名付け、
この教育に辿り付いています。
この造形言語と形態言語に分別することで、
たとえば、カーデザインの領域にもデザイン成果は、
車両の形=カースタイルと、
車両の性能=カーエンジニアリングに見事に分別可能です。
これまで、工業デザインは車のデザインとして、
車両意匠=カースタイリングと
車両性能=カーエンジニアリングとして扱われてきました。
この二つを「統合化」することを、私は論文誌に発表しました。
自動車技術に「デザイン」が「形と性能」への提言として、
求められたことは、やがて石油文明の車両から、
電気自動車とその社会性が求められる時代にあっては最適でした。
すでに有名性あるデザイナーがこのテーマに向かわされた意義、
これは今後のカーデザインとカーエンジニアリングに対しては
とても大事なことだったと思います。
私は、幾人かのデザイナーの見解を期待しましたが、
このテーマに解答的な提示を表したデザイナーを知りました。
正直、カーデザインで名を成した人物が書けなかったことは、
このデザイナー人物を明らかにしたい気分です。
つまり、デザイン成果はまたこれで問題解決、
たとえば、「形と性能」を明確にしたものと評価しています。
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6月 6th, 2013 Posted 12:00 AM
多分、私はこのままだとこの画家のことを書いていくだろう。
ニコラ・ド・スタールの人物ゆえに、彼の作品のことです。
忘れたように引っ張り出しますが、
有名になる直前に自死を選んだ性格が見いだしたことです。
彼は何を、見たのでしょうか?
観てしまったのでしょうか?
このことに惹かれる生涯を選んだということかも知れません。
もちろん、私の「プラトンのオルゴール」作品の一つです。
ビートルズの曲は「JULIA」です。
5年ぶりに前回パリに行ったときも彼の作品集を探し求めました。
私は、画家という職能とその作品を、
なぜ、人間は知性と感性の最高感覚として、
知性が選ぶ才能として、絶対に受け止めない人物は貧しいのです。
しかし、最近では、
「デザイン」は、あたかも知性ある人間として、
安易にその指導者ぶりや商業を押し隠している人物を多数、
私は知り尽くしてきました。
アートではないけれど、これがデザインだという、
最も貧弱な知性ぶった人間を蔑んでいます。
高校時代だったら殴っていたでしょう。
それ以上の価値などはありませんから、
命を奪うことはありません。そんな価値も当然無いからです。
先般、現政権の「COOL JAPAN」が海外で受け止められている、
その商業主義の浅はかさを聞かされました。
デザインの職能団体が、
時代と共に衰退していく事を目の当たりにしました。
つまらないイベントに、日常から逃げ出している輩を見ました。
これが「人間界」だというなら、
生涯にその最も汚濁した部位を表現の一つにすること、
それは画家という職能の最大重要点だと断言しておきます。
なぜ、JULIAという音楽が彼の作品と同調するのでしょうか?
なぜ、彼の作品は、最期には色彩が無彩色=まるで墨絵、
白と黒の絵画世界観に達していくのでしょうか?
私は生涯、この気持ちを下敷きにして、
自分のデザインを、日常の汚濁には決して配置しないと思います。
彼の最期の作品(左)は私のPCの壁紙にしています。
Tags: COOL JAPAN, JULIA, アート, イベント, デザイン, ニコラ・ド・スタール, パリ, ビートルズ, プラトンのオルゴール, 人物, 人間, 人間界, 作品集, 価値, 命, 商業, 商業主義, 墨絵, 感性, 才能, 指導者, 最高感覚, 海外, 生涯, 画家, 知性, 職能, 自死, 色彩, 高校時代
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5月 14th, 2013 Posted 12:17 PM
5月14日 庚辰(友引)
デザインも、
その「品ある情報」のための
デザインへと革新していくべき
時期に来ている。
『デザインは言語道断』物品
奨学金や研修制度
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