kazuo kawasaki's official blog

『Fayetの多機能なステッキをもっと知るべきです』



     8月 22nd, 2018  Posted 12:00 AM

「Fayet」というブランドを知らない人が多分多いとわかっています。
これは、ステッキの超有名なブランドです。
フランスの例えば薔薇の木をイタリアに渡して、
ステッキとしてはここでは書けない事もあります。
ステッキは心臓病の人には当時の気付け薬のウィスキーもありますし、
それこそ吹き矢から、護身用ナイフもあるほど、
ステッキが多機能であることがとても多いのです。
私デザインのステッキもあります。
400年の歴史ある有田焼、そして奈良県のステッキと取り組みました。
現在は流行しているステッキは、大きな問題があります。
まずステッキのハンドヘルドがHUSATから見れば、問題が多く、
Fayetで試作を重ねている杖のハンドヘルドは、
円形である必要性から杖を真っ直ぐにする機能性があります。
そしてこれからは、杖の樹木は国際的にも国内産に限っています。
最も重要なのは土とステッキとの接触面です。
私デザインのステッキの先は、北海道の水産現場で使っている長靴であり、
それは今では手術用シューズ靴底や、
ロボットのアシモもここのビブラム靴底を使っています。
現在はここのゴム仕様が一番だと思っています。
私がいつでも現在のステッキではFayetの様々な多機能性を見ることです。
かって仕込み刀剣であった吉田茂のスッテキなども本物を知りたいです。
私は車倚子ですが、ステッキならば、Fayetを事細かに知るべきです。

『コカコーラは透明にもなってきた』



     8月 21st, 2018  Posted 12:00 AM

コカコーラが多色になり、そして透明コカコーラが加わりました。
コーラは私の好きなビバレッジです。
これには二つの思い出があります。
まず、これは父から、多分中学生徒だったと思います。
父は第二次世界大戦で、運良く7.5年も従軍して、
半年はフィリピンでコカコーラとアイスクリームであり、
日本に帰国した際には十分に太っていたということです。
アイスクリームは、自分が車倚子になった時も、食欲不振の頃は、
アイスクリームだけを食していました。
最初はビールのように飲みにくいという印象がありました。
コカコーラは海外でも一番味が一緒で安心なのです。
もう一つは、美大でパッケージ実習では「より新しいモノ」をやりました。
これはペーパーモックでしたが、コカコーラのロゴは全て描きました。
新しいパッケージのアイディアよりも、ともかく一本一本にロゴを描き、
すべてがブラッシュ体だったのでともかくもうとんでも無く、
このロゴを描いていくのが大変でした。
今ならコンピュータで楽ちんな作業だと思います。
当時はすべて手描きでしたので、ブラッシュ体は何でも出来る能力でした。
そして、今年は透明のコカコーラが商品になってきました。
味はこれまでのコカコーラと同じであり、どちらかというと、
私にとっては凄い発明だったと思っています。
ともかくコカコーラとペプシが闘っていましたが
だれもがペプシとは言うのですが、コカコーラがやっぱり圧倒的です。
今も何か飲み物のときにも、私はコカコーラを頼んでいます。
その時には、美大での実習を思い出します。

08月21日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 21st, 2018  Posted 12:00 AM

08月21日 大安(乙酉)

セリフ体、サンセリフ体、
ブラッシュ体、
全てを自分で描かないと、
コンピュータを使っても
カーニングは無理である。

 

08月20日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 20th, 2018  Posted 12:00 AM

08月20日 仏滅(甲申)

プレゼンテーションで使われる
資料やデータ、写真素材なども、
それぞれがバラバラのものを
表しているわけではなく、
あくまでも伝えたいことを
表現するための素材として
お互いに補完しあっていなければならない。

それは順番が変わったとしても
結論は同じである。

『プレゼンテーションの極意』タブーの逆説「いい加減」なプレゼンの「良い加減」づくり

08月19日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 19th, 2018  Posted 12:00 AM

08月19日 先負(癸未)

「アンチグラビティ」とは、
重力と顔面との一致。
「アンチテンション」とは、
レンズに何ら張力が無いこと。
そして
私は「アンチ・・・・・」を。

 

『私デザインは「アンチ・・・・・」眼鏡があります』



     8月 19th, 2018  Posted 12:00 AM

私には眼鏡が大きなデザイン開発としてあります。
よく聞かれるのは、何を描いていますか?、というのには
眼鏡ディテールと刃物の新しい形状が多いです。
眼鏡では、これまでも「アンチグラビティ」と「アンチテンション」があり、
「アンチテンション」は、今では眼鏡業界では定番になっています。
これは「シルモ賞2000」を私は日本で初めてとりました。
そして、今、私が取り組んでいるのは「アンチ・・・・・」です。
「アンチグラビティ」はこれでドイツで受賞しました。
しかし、これは現在の眼鏡を乗り越えるということで、
眼鏡では商品化をしませんでした。
それがこれからは商品化が出来そうです。が、私の役割は、
決して「眼鏡のレンズの形」はやりません。それが増永眼鏡との約束です。
なんと言ってもレンズの形は店舗とメーカーに委ねます。
それが眼鏡デザインでの一番テーマなのです。
そして、いよいよ「アンチ・・・・・」を考えています。
これは絶対に私以外では出てこないと考えているというほど自負しています。
最も、これが増永眼鏡で「OK」になるかは、これからです。
これまでもスカウターをやってきましたが、そうしたバーチャルでは無いこと、
ともかく、「アンチ・・・・・」があります。
これもデザイン開発以前にずーっと求めてきたモノです。
「アンチ・・・A」と「アンチ・・・B」があります。
本来ならば、眼鏡のいらない屈折率を平気で変えられることが夢です。
このデザイン開発は「アンチグラビティ」と「アンチテンション」が、
大きな下敷きになっています。
そして、私は眼鏡デザインプロセスを福井・鯖江に伝えたいと思っています。

『1992年に私は「ライフスタイル」を書いている』



     8月 18th, 2018  Posted 12:00 AM

未来について、という意味でのコンセプトという書籍は減っている。
もちろん20??はありますが、デザインコンセプトではありません。
これが、この書籍の基本であり、それこそ未来だと思っています。
現在はなかなかこうした書籍が減っていることが、
建築界、デザイン界でも減少しています。
これが1992年出版でした。私は多分「ライフスタイル」でした。
ちょうどその頃には、「生活様式」が市場でも専門的なモノではなく、
そのモノを取り囲んでいるモノ全般で、そのモノを生活様式で語っていました。
私がその頃には、ある哲学書で「ライフスタイル」が中心でした。
したがって、ライフスタイルがどこまであることで、日本と海外が異なり、
日本では敗戦後に米国の進駐軍からもたらされていました。
私は1972年に社会人デザイナーになりましたし、
1991年には毎日デザイン賞を受けていました。
そしてその頃には「バブル」経済。
私はほとんどApple本社と仕事をしていました。
ともかく東京は狂っていると思っていたのが
福井いる私のバブル経済への感想です。
そしてこの書籍は2018年になって建築家・デザイン批評家・デザイナー達の
現在のことがほとんど当たっています。
この書籍では、二つのことが欠落していました。
まず、地震国家であることと少子高齢化のことでした。
私のレベルでは、当時は図表・図解化を起こしていました。
この図解は、スタッフ募集の時に彼のポートフォリオにありました。
その彼は今では大学人になっています。
なお、この書籍は今も売られています。

08月18日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 18th, 2018  Posted 12:00 AM

08月18日 友引(壬午)

ライフスタイルは
生活様式です。
今ではすっかり、
生活様式がインターネットと、
新しい革新になっている。

 

08月17日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design



     8月 17th, 2018  Posted 12:00 AM

08月17日 先勝(辛巳)

「ケータイ」から「スマホ」、
この日常用具は、
「使用価値」だけで、
社会を「性悪説」に
制度化している。

 

『応答商品=使用価値だけのケータイは何を制度化したか』



     8月 17th, 2018  Posted 12:00 AM

私はどれだけの「ケータイ」を使ってきただろう。
阪大の研究室を整理するに当たって、これの3倍は使ってきました。
その中で、正しく「使用価値」だけを求めてきた、それも「応答」商品です。
ドラえもんの形、ベンツの形、モトローラの形、それと電子ペンとの形でした。
しかも、それぞれには思い出があります。
ベンツがひとしお面白かったのは、ちょうどSLK230?だったか、です。
親友にベンツのを買ったよ、とか言ったら、
彼は「川崎が使うっだたら成功」と言われました。
どうして?と聞いたら、
これほどのモノに川崎が欲しいというのは自分の企画が成功したということだ。
そんなことを言われたモノでしたが、ちょうどダッシュパネルや、
ブランドマークがブランドが二重構造でした。
ちょうどその頃には、モトローラのしかもブルー地がありました。
これは米国で買いました。まだ出て間もないころでした。
それこそ、モトローラがこの世界を一瞬に変えるだけの企業資質でした。
電子ペンはこれまでは3本あって、ほとんど使われていませんでした。
しかし、私はこれをすべて使いこなしていました。
そして、日本ならではの「ケータイ」はクラブシェル型のモノでした。
それから、どれだけの「ケータイ」から現在の「スマホ」になりました。
しかも、最近では米国、韓国、日本から台湾が関わってきました。
なんといっても「使用価値」だけをデザインだけが求めてきました。
これこそ「使用価値」=応答商品であり、ここに新たな技術投与は
エンジニアのそれこそ「革新」だったのでしょうが、
これも「応答」商品で「使用価値」で「制度化」したのです。