12月31日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
12月 31st, 2018 Posted 12:00 AM
12月31日 大安(丁酉)
大学人となって、
自歴はいやというほど
書きました。
また、
私には「川崎和男Design」を書き、
これには自歴があるのです。
自歴はいやというほど
書きました。
また、
私には「川崎和男Design」を書き、
これには自歴があるのです。
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『2018年での平成最終の「忘年会」』
12月 30th, 2018 Posted 12:00 AM
毎年恒例の「忘年会」。
ワイフ(左)と私(右)。
簔豊氏・金沢21現代美術館名誉館長であり、現在は兵庫県美術館長。
ハーバード大の美学博士。元は金沢市助役。
阪大の外科学第一部長であり、
今ででの細胞の薬事法に認められた心臓外科医、
iPSでの循環器での進化目覚ましい、医学博士。
いとこである東大からの最初の宇宙工学者で、
宇宙開発事業団からJACX出身、宇宙軍にもかかわる、工学博士。
阪大のアンドロイドロボットの石黒特別教授、工学博士。
日本科学館でのキュレーターである内田まほろさん。
血小板より世界最小のマイクロナノロボットの東大の生田教授、工学博士。
私はデザインディレクターで医学博士。
いとこと私は古希・70歳。
12月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
12月 30th, 2018 Posted 12:00 AM
12月30日 仏滅(丙申)
様々な専門家、
専門家であるなら、
国際的にも
ナンバー1であること。
専門家であるなら、
国際的にも
ナンバー1であること。
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『白印と朱印の落款を押すこと、2018の書に』
12月 28th, 2018 Posted 12:00 AM
私が東京で独立後、身体を壊してふるさと福井に戻ったのは、
昭和56年の豪雪でした。
まだ30歳であり、ふるさと福井から再度のスタートでした。
その時、私は手紙を筆で雁皮紙に書いていました。
仕事など何にも無いふるさとで、春になるのを待ちながら。
そんなときに、福井県庁で小松芳香教授とお目にかかり、
「金沢美大で工業デザインを学びました、
今後、伝統工芸をデザインしたいんです」と伝えました。
教授は、「君は古今和歌集と新古今和歌集を読んだかね」、
「いいかい、漆はこうなるんだ・・・」とかそんな話を延々と聞きました。
その時の会話で朱印と白印についても話題がおよびました。
私は学生の頃、主任教授であった米田教授の手伝いで自宅に伺い、
先生の描いた色紙に落款を押していました。
この落款を押す作業から多くのことを学んでいたのです。
私はそんな色んな思い出もあり、何度か落款を手に入れています。
中国での、ラピスラズリでの白印と朱印の落款はとりわけお気に入りです。
そして、今も手紙は筆で奉書紙に書くことも多く、
署名の終わりには
白印と朱印を押して締めくくります。
私の没後には、絶対に高額になると言えば、ワイフに笑われます。
12月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
12月 28th, 2018 Posted 12:00 AM
12月28日 友引(甲午)
落款には、
朱印と白印には
正確な順序がある。
これが、和文手紙の
とても、良いところである。
朱印と白印には
正確な順序がある。
これが、和文手紙の
とても、良いところである。
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『「鉄ちゃん」にもどろうか?、と思う』
12月 27th, 2018 Posted 12:00 AM
一応、私もいわゆる「鉄ちゃん」=鉄道模型マニアです。
子どもの頃、どうしても欲しいモノがありました。
当時、私はおじいちゃんに言えば、
買ってもらえると思っていたのでおねだりしたところ、
祖父が私に言いました、
「これは自分が働き出したら買いなさい」。
これはとても高かったのではないだろうか?と思います。
鉄道模型は、6.5mmのZゲージ=今もとても高額で、
16、5mmのHOゲージよりもとても比べものになりませんでした。
東芝で社会人としてスタートし、
在籍していたHi-Fi部門のAurexチームでは、
チーフが、そのZ ゲージ(6.5mm)でジオラマを造っていました。
それこそ、子どもの頃の鉄道熱が再燃しました。
出張にもジオラマが仕込まれたアタッシュケースを持っていく、
そのスタイルに私にはとても憧れました。
蒸気機関車の最終には北海道で
Aurexで生ロクまでしてレコードにしました。
Zゲージのメルクリン社には会員制のファンクラブがあり
そのインサイダー会員になりました。
フリーランスになってからは、
1年ごとにテーマを決めてZゲージの収集を続けました。
私はまず、Zゲージのヒットラー時代の列車や、ガソリンタンク、
それから戦時中の赤十字ラインなどが私自慢の収集歴があります。
ようやく、私ももう一度「鉄ちゃん」にもどろうと思っています。
そういえば、新大阪駅には「D-58」の実物があり、
スタッフには「これ、欲しいんだ」とか言ってます。
来年の抱負として、そろそろZゲージを楽しみたいと考えています。
Tags: 9mm, Aurex, D-58, Hi-Fi部門, HOゲージ, Zゲージ, アタッシュケース, インサイダー会員, おじいちゃん, おねだり, ガソリンタンク, ジオラマ, スタイル, スタッフ, チーフ, ヒットラー時代, ファンクラブ, メルクリン社, 会員制, 働き出し, 再燃, 列車, 北海道レコード, 収集, 収集歴, 在籍, 子ども, 実物, 戦時, 抱負, 最終, 来年, 東芝, 欲しいモノ, 比べもの, 生ロク, 社会人, 祖父, 私自慢, 蒸気機関車, 赤十字ライン, 鉄ちゃん, 鉄道模型, 鉄道模型マニア, 鉄道熱, 高かった, 高額
Posted in ConsilienceDesign, 企望を「までい」具現へ, 危機解決をめざすデザイン実務, 祈望から企望へ
12月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
12月 27th, 2018 Posted 12:00 AM
12月27日 先勝(癸巳)
鉄道にはちゃんとマニアがいる。
私はZゲージがやっとやれるかも
zゲージには思いがある。
私はZゲージがやっとやれるかも
zゲージには思いがある。
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『かって「南蛮菓子」だったビスケット』
12月 26th, 2018 Posted 12:00 AM
とうとうこの「ビスケット」を見つけました。
私は子どもの頃から、3時にならないとおやつを食べませんでした。
そして決まっていたのは、M製菓のビスケットでした。
この習慣でなければ、私はおやつは食べなかったのです。
来年には古希70歳になりますが、このビスケットが懐かしく
色々探しましたが、まったく見つかりませんでした。
いつもワイフに言い続けていたので、ついに「これじゃない?」と
このYBCのビスケットが見つかったのです。
なんともつまんない話かもしれませんが、
「これだ!」と嬉々としています。
古希にもなると、もはや子どもの頃がとてもなつかしいのです。
最も、記憶の中のM製菓のビスケットはもっと厚いし、
中のチョコレートも大きいです。ただ、味は間違いなくこれです。
確かに、ビスケット、クッキー、サブレなどありますが、
日本に入って来たのは、あの黒船来航のときです。
当時は「南蛮菓子」と言われていたのが大騒ぎしたらしいのです。
味や香りでいろんな記憶がよみがえって、
すてきなおやつタイムを過ごしています。
ビスケット、というのは、もう長い時間のおやつとして筆頭です。
12月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
12月 26th, 2018 Posted 12:00 AM
12月26日 赤口(壬辰)
今や、何でもある、
というのが、
日本の菓子状況です、
しかし、私にとっては、
「ビスケット」が
一番の「味」です。
というのが、
日本の菓子状況です、
しかし、私にとっては、
「ビスケット」が
一番の「味」です。
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『ロートレック出身の町で、入院経験のPFM』
12月 25th, 2018 Posted 12:00 AM
フランスのトゥールーズ(航空宇宙産業)から
約1時間半でアルビの町です。
ここでもいくつかの思い出があります。
フランスと日本の交流記念となるイベントで
私は「産業とデザイン」の日本代表として講演等に参加しました。
アルビでは、国立の鉱山大学を見て回った後、
ロートレックの美術館に案内されました。
この美術館はお城で、
ロートレックの石版まで見せてもらうことができました。
そして、そのアルビ県の知事官舎で、どういう訳か私も表彰されました。
しかし、当時は失業率が4.0%で、デモが起こりました。
危険が及んではと、知事の官舎、といってもお城跡で
その抜け道の地下道を通り町の市場に出て難を逃れました。
このルートは秘密とのことでした。
そこで、過密なスケジュールをこなしていた私は倒れてしまいました。
心臓発作が起こったのです。
ホテルでホームドクターの診察を受け救急車で大きな病院に運ばれました。
何としても役割を引き受けたトゥールーズでの講演はやり切り、
ドクターにお願いし10時間もたせる注射をしてもらい講演会を終了し、
後は、私はその大きな病院で、通訳二人とスタッフたちは
町のホテルで、20日間ほど滞在して日本に戻りました。
海外での入院生活はニューヨークとアルビでその入院環境を知っています。
この経験で、患者へのPFK=ペイシャント・フロー・マネージメントの
説明や開示、看護や食事と客観的にも見つめていました。
医療環境ならニューヨークより、日本よりフランスのアルビでした。
昼食後は、必ずワインを一杯ひっかける
そんな二人のドクターの対応を受けることになりました。
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