12月 24th, 2010 Posted 12:00 AM
人とモノと相互作用
「会話・対話」は人と人との話し合い。
さらに人とモノとの間の対話的な相互作用。
だから、まずInclusiveが人称と関係性を確認。
このことをメモとして伝えてきました。
まず、人称性を文法的なカテゴリーを基本にして、
一人称と二人称に、三人称が介在してくるときには、
どのようにInclusiveの限定と拡張が起こっていくを検証しました。
その結果として、Inclusiveの対立・反照のExclusiveが、
実は「差別化」であることにまでたどり着きました。
つまり、Inclusive Designには、差別はありえない。
「差別性」というExclusive
「除外性」や「占有性」はありえないということを確認できたと思います。
したがってこれまで、Inclusive Designを「包含されたデザイン」という安易な邦訳定義、
これは全否定ですというのが私の目標でした。
ところが、「占有性」や「除外性」を限定させるという機能性、
これがデザインの本質にあることも、それこそ包括しなければなりません。
たとえば、限定されたユーザーへのデザインは、
Exclusive性をさらに強化する価値観というよりも、
価値「感」が必至であることも認めておかなければならないということになりました。
なぜなら、デザインはその原意に「目印をつける=designare」です。
目印をつけるというのは、直接的にExclusive性を目標としたデザインであることを示しています。
Exclusiveの反照に近接
したがって、Exclusive性を最初に明確化すれば、
その反照・対照であるInclusive DesignへのInclude化を、
導入し、補強し、保全し、完結させることができるものと判断します。
この判断上にInxlusive Designの本質ゆえの定義が明証化されることに近接していくのです。
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12月 17th, 2010 Posted 12:00 AM
Universal Designまでの経緯と系譜
少数派のためのデザイン。
バリアフリーを求めて。
生きのびるためのデザイン。
これらは、1970年代のデザインテーマでした。
おそらく、この系譜がまとめられた書籍は無いと思います。
だから、次世代のデザイン学者にとっては大きなテーマのはずです。
とりわけ、「バリアフリーを求めて」は、
1980年・国際障害者年の制定にあたって、
WHOが数名の学者に基本論文が1970年に求められたテーマでした。
これが、「ユニバーサルデザイン」につながっていくのです。
1989年、名古屋で開催された「国際デザイン会議」では、
故マイケル・カリルが「ユニバーサルデザイン」を紹介しています。
ようやく、「ユニバーサルデザイン」も一般化して、
今では小学生でも、夏休みの課題になるようになりました。
この経緯はまとめておかなければならないと私は考えています。
インクルーシブデザインの前提
それからグラスゴー大学が提唱し始めた「インクルーシブデザイン」までには、
まだいくつかの経緯と系譜があります。
ところが、最近、「インクルーシブデザイン」の定義が、
ユニバーサルデザイン→ヒューマンセンタードデザイン→ユーザビリティサイエンスなど、
こうした系譜そのまま継続連鎖させていることに、
私は異議を唱えておかなければと考えてきました。
これは、ここで「人権」について触れてきたことに近接と近傍しています。
いくつかの前提条件から、
「インクルーシブデザイン」に近づいていきたいということをメモとして記していくつもりです。
前提を三つ配置しておきます。
● 集合=含まれるという概念・or/and
● 会話での人称 1stPerson / 2nd Person / 3rd Peson
● InclusiveとExclusiveの対立と対照それぞれの概念
この三方向から、「インクルーシブデザイン」の定義を改めておきたいと考えています。
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4月 4th, 2010 Posted 12:01 AM
結論
私は三つの実存的な認識論をデザイン手法の背景にします。
循環性
まず、イノベーションは、単なる「技術革新」というのは、
ひとつの局面的な解決行為であり、解決方向でしかありません。
本来の意味には、経済=経世在民を維持するための意欲、
その活性化、それは循環性でした。
簡潔に言い切れば、「景気」という日常感覚の社会生理感であり、
そのままの実存性で語れば、「生きがい」や「働きがい」です。
したがって、再度、なぜ技術革新と直結しているのかといえば、
技術・技・術という行動規範や意欲活性化の方法と思います。
私たちの環境の要因には、
物質・情報・エネルギーが要素、その基軸性があります。
それぞれの軸性が、
活動的な時間性や経年性が加われば、要因化します。
この要因化へ向かう循環性がイノベーションと理解可能です。
アポリア
ところが、この循環性を遮断し、
到底維持も実行も不可能化することを「アポリア」と言います。
もし、循環性=生きがい・働きがいの停止は「死」に至ります。
実存的には、絶望であり、死に至る病と言われました。
現実、技術進化は常に「遮断性」が待ち受けています。
循環性の停止が不可避事態が発生します。
その時の姿勢は二つしかありません。
積極性と消極性
その事態への積極性と消極性です。
この極性から考えれば、
技術を受け入れるか、技術を拒否するか、の二者択一です。
最も顕著であるのは、
エネルギー技術論に反映していることは明らかです。
積極性の分離対決こそ誘発因
その実例が、「原子力運用」に関する賛否両論議の熾烈さです。
原子力技術は、問題解決をアポリアとする消極論と、
問題解決の技術推進への積極論は、
問題解決の技術停止への積極的な反対論が、積極論を分離しています。
私の判断は、この原子力技術の推進・対・反対という積極性、
この対立が、イノベーションの反発誘発だと考えることこそ、
最も知的なデザイン手法が主導するイノベーションの、
レトリック、あるいはメタファーとなるものと判断しています。
デザイン態度
したがって、デザイン態度、すなわちイノベーション支援は、
技術革新への姿勢としてのデザイン手法を明確化する、
その分離積極性の有無こそ、結論だと思っているわけです。
エネルギーによっての、物質と情報へのデザイン手法が、
現在最も論議を決着し、緊急的な具現化の創出が求められているということです。
デザインによってのみ、イノベーションの誘発は、
いわゆる文理融合であり、分離融合とさえ断言できます。
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