『パウル・クレー再読の備忘録から点・線・面を』
5月 2nd, 2020 Posted 8:32 PM
パウル・クレーとカンディンスキーは、私の大事な著作です。
『点と線から面へ』はカンディンスキーのデザイン原論です。
休みの期間中にまた目を通している『造形思考、上・下』は、
「なぜ、造形思考が必要なのか」を組みたて、
そこから「造形意図と内容」が明示されています。
デジタル時代に入ったとき、アナログ時代に読みこんていた
『点と線から面へ』の「点は正方形」が理解できたのは
画面上のピクセルでした。
線は点の集合体ではなく、それはつまりピクセルでは
線は点ではいないというまなざしだったのです。
点である正方形には「大きさ」があり、線には「幅」があります。
そして、面には「厚さ」があるのです。
コンピュータ空間で、デザイン、造形化していく
私の思考にはこの基本が大事となったのです。
というわけで、パウル・クレー再読の備忘録でした。
そして私のトレーニングは、やはり岡倉天心が教え子であった横山大観に
教育としての線の「描き方」が基本です。
また、そこから「デザインストローク」の訓練では、
基礎のない私への訓練にリピート9枚が
必須だったのだと教育の奇跡を感じます。
5月2日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
5月 2nd, 2020 Posted 12:00 AM
5月1日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
5月 1st, 2020 Posted 12:00 AM
5月1日 赤口(甲辰)
音楽がすなわち家具としての
性格を持っていることを。
現代、アンビエントということばで
ネットワーク環境を語り始めている。
性格を持っていることを。
現代、アンビエントということばで
ネットワーク環境を語り始めている。
4月30日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
4月 30th, 2020 Posted 12:00 AM
4月30日 大安(癸卯)
現代、
どうしてインテリアの
新作デザインといわれるモノで、
つまらないモノが膨大に
なってしまったのだろうか。
どうしてインテリアの
新作デザインといわれるモノで、
つまらないモノが膨大に
なってしまったのだろうか。
4月29日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
4月 29th, 2020 Posted 12:00 AM
4月28日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
4月 28th, 2020 Posted 12:00 AM
4月28日 先負(辛丑)
論理で造形は生み出せるかもしれないが、
ほとんどは、
単なるコスモス的な形態化に
行き着いてしまい、
感動を与えるモノには
決して具現化されないものである。
ほとんどは、
単なるコスモス的な形態化に
行き着いてしまい、
感動を与えるモノには
決して具現化されないものである。
4月27日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
4月 27th, 2020 Posted 12:00 AM
Tags: デザイナー, 川崎和男のデザイン金言, 直観
Posted in APHORISM
4月26日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
4月 26th, 2020 Posted 12:00 AM
4月25日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
4月 25th, 2020 Posted 12:00 AM
4月25日 赤口(戊戌)
イメージの暗闇のなかで、
自分のイメージの核心に辿り着くためには、
何か、口ずさむ音楽、
あるいはリズムのような感覚が、
心強い頼りがいであったことは
間違いない。
自分のイメージの核心に辿り着くためには、
何か、口ずさむ音楽、
あるいはリズムのような感覚が、
心強い頼りがいであったことは
間違いない。
4月24日
川崎和男のデザイン金言 Kazuo’s APHORISM as Design
4月 24th, 2020 Posted 12:00 AM
4月24日 大安(丁酉)
そのデザインの効用というのは、
どのような音響を空間に満たす機器
あるいは
装置としての存在という
直言的なデザイン行為であった。
どのような音響を空間に満たす機器
あるいは
装置としての存在という
直言的なデザイン行為であった。

