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Posts Tagged ‘空想エネルギー論’


「世界各国の2030年計画は壊れた」


   


     5月 14th, 2011  Posted 12:00 AM

2030年が目前です。
だから世界各国には、
2030年に向かっての
各国が国際的に互助関係にいたるべき
問題提起とその解決方針が書かれています。
当然わが国にも、真摯ないわゆる官僚作成計画があります。
最近、官僚はほとんど悪人扱いがこれもある種の風評。
私はかっては国の委員などした経験もあり、
審議会後、議事録の「霞ヶ関文学」に幾たびも文句をつけました。
よって、おそらくブラックリストの一人なのでしょう。
以後、霞ヶ関に出かけることはまったく無くなりました。
だから御用学者ではありません。
墓場に持って行くわけにはいかない話はすべて書き残す覚悟です。
でも2030年計画には理想主義的計画は確かにいっぱいありました。
というわけで、2030年の様々な計画書を見ると、
特に、CO2問題、エネルギー問題、電力と情報ネットワーク問題、
こうした計画は、今回のフクシマ原発事故で、
すべて見直しになったものと考えます。
そして、私はわが国の現政権は、
少なくともわが国の2030年計画は白紙となって、
あとは「思いつき」で被災地と原発問題に対応しているだけです。
というより、代議士はじめマスコミも、
2030年問題解決の各国提案を本当は読んでもいないのでしょう。
世界人口が100億人になろうとしている事態に、
民主主義や資本主義などは、
すべからく「民衆主義=ポピュラリズム」に代替されています。
「反原発」が「脱原発」へ、
これも浅はかなポピュラリズムにすぎません。
私は、「解原子力=新生エネルギー」であるべきと考えます。
2030年計画では、「再生エネルギー+原発」思想が目立ちます。
この程度が人類の発想=空想エネルギー論であっては、
「思いつき」と「思い込み」であって、創造性を喪失しています。
フクシマ原発事故=人災が突きつけていることは、
本当に21世紀を生き延びる本当の科学と技術をベースにした、
人類の知恵を修練し結集せよという啓示だと私は認識しています。
勉強不足のマスコミ、ひたすら専門馬鹿の評論家や御用学者、
彼らのポピュラリズムに惑わされてはいけないのです。
2030年計画を厳粛に読み直し、修正とさらなる創造性、
これがデザインテーマだと私は考えています。

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「文明の利器である原子力だから怖いのだ」


   


     4月 19th, 2011  Posted 12:00 AM

刃物業界は「利器業界」と呼びます。
つまり、刃物を利器というのは、
まさしく文明と直結しているからでしょう。
刃物は食物、野菜や魚、肉を切る道具ゆえに、
文明の利器として、
刃物こそ最初のモノだったという文脈が残っているからです。
刃物は人殺しの道具になります。
これは利器というモノを象徴しています。
「原子力発電」は、
最も先端的な文明の利器だというのは間違いありません。
「反原発」と「脱原発」の間には微妙な温度差を私は感じます。
フクシマ(すでに世界語)原電事故は、
「原子力発電」の全廃という核アレルギーヒステリーを、
加速し強化しています。
だから、国際的に「反原発運動」は過激さを増しています。
この運動の切実さは当然でしょう。
ともかく原子力肯定についての発言は、
もはや「魔女狩り」集団相手への反論を掲げるようなものです。
私は、原子力発電所のあり方には反対ですが、
「原子力技術」その進化が、「脱原発」になることはありえない、
この主張を変えることはないでしょう。
代替エネルギーはまだ「空想エネルギー論」です。
世界的に明快なことを整理して、議論をしている場合ではなく、
私は、既存の利器である原子力への責務・義務への具体行動こそ、
今最も私たちが「問題解決」していくことだと考えます。

  ■ 原子力利用・推進国
  ■ 原子力成長国
  ■ 原子力新規導入検討国
  ■ 脱原子力傾向国

現在は上記の分類が明確になった国際的な原子力への姿勢です。
そして、「脱原子力傾向国」には、
代替エネルギーへの技術開発力もなく、
他国から電力を買い取っているだけの国であり、
「空想エネルギー論」の主張国だけだと分析することができます。
私は、「文明の利器」は両刃の刃であり、
それを確実な「安心・安全・信頼」を技術と倫理の制度設計が
最も知性的姿勢・態度だと考えます。
私は「反原発」・「脱原発」という空想論を声高にする気は皆無です。
「文明の利器」は、武器となり、人命を脅かすモノだということを
あらためて受け止めて、原子力へのデザイン導入を提示します。


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